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11.ルカ(2)


 ルカが声をかけると、アストリアは驚いたように目を丸くして、じっとこちらを見つめた。


(可愛い、可愛い、今すぐにでも抱きしめたい)


 内から湧き上がる衝動をなんとか抑え込み、ルカは一向に喋らない彼女に再び声をかけた。


「ええと、聞こえてる?」


 彼女はハッとしたように我に返ると、慌てて返事をしてくれた。


「は、はい! 私は光の巫女で、ここに発生していた瘴気を浄化していたのです」


 その後、会話を進めるうちに、彼女の名前がアストリアということがわかった。


 アストリアには「星のごとく輝く者」という意味がある。星に祝福を受けた光の巫女姫にピッタリの名前だ。


 そして彼女はどうやら、ここがフレーベル帝国の領地内だということに気づいていないようだった。瘴気の気配を追っているうちに、いつの間にか迷いの森に足を踏み入れてしまったようだ。


 運命の相手が自分の領地に偶然迷い込んできてくれるなんて、今日はなんと幸運な日なのだろうか。


 そんなことを思ったのも束の間、ルカはアストリアの置かれた状況を聞かされ、ランドル王国への怒りとともに激しい後悔に襲われた。


(僕がもっと早くアストリアを見つけられていれば、彼女はこんなに苦しい思いをしなくて済んだのに……)


 国外まで光の巫女姫を探しに行かなかった自分の怠慢さに腹が立つ。


 その場ですぐさまアストリアを保護したかったが、いかんせん彼女はランドル王国の王太子の婚約者だ。このまま連れ去れば、流石に衝突が起きそうだった。


 国の一つくらい潰せばいいかとも考えたが、アストリアの母国を消し去って彼女に嫌われるのは嫌だという思いが勝ち、踏みとどまった。


 夢にまで見た巫女姫にようやく会えたというのに、この場で何もできないのがなんとも歯がゆい。


 ルカはせめてもと思い、アストリアのために夜を明かすためのログハウスや食事を用意した。そして翌朝、彼女を家に送り届けた後、ルカはその足でフレーベル帝国の皇城へと向かったのだった。



* * *



「マルクス。話がある。とても重要な話だ」


 転移魔法で皇帝の執務室に直接飛ぶと、部屋の主――現皇帝マルクス・ロンネフェルトは、プラチナブロンドの髪を掻き上げながら困ったように苦笑した。


「……先生くらいですよ。何重にも結界が張られたこの部屋に転移して来られるのは」


 マルクスはまだ二十二歳の若き皇帝だ。昨年、彼の父である先代皇帝が病で急逝したことにより、急遽後を継いだのである。


 若いからと言って、決して能力が足りないということはない。むしろ国政においては非常に秀でており、皇帝としての務めをしっかりと果たしている。


 ちなみにマルクスがルカのことを「先生」と呼ぶのは、ルカが彼の魔法の家庭教師をしていた頃の名残だ。二人は見た目は同年代なので、事情を知らない人には不思議がられることがよくあった。


「先生がここにいらっしゃるのは久しぶりですね。重要な話、というのは何でしょうか」


 マルクスはそう言って、執務机からソファへと移動する。ルカも彼の対面に座ると、早々に口を開いた。


「星の祝福を受けた光の巫女姫が、とうとう見つかったんだ」


「――……!!」


 マルクスは心底驚いたように目を丸くした後、とても優しく微笑んだ。


「おめでとうございます。私も、先生の悲願が叶って嬉しく思います」


 マルクスはルカの良き理解者の一人だ。ルカがここ二百年ほど鬱屈とした日々を送っていたのを知っているため、彼は巫女姫が見つかったことを心から祝福してくれた。


「婚姻はいつ? お相手はどちらの家の方ですか?」


 マルクスにそう問われ、ルカは全ての事情を説明した。


 彼女は隣国ランドル王国、ウォーラム公爵家の長女で、王太子の婚約者であること。


 貴重な光の巫女であるのに、国中から蔑みの目で見られていること。


 もうすぐ王太子の生誕祭があり、そこで婚約破棄される可能性が高いこと。


「アストリアをあんな国に置いてはおけない。僕は王太子の生誕祭で、彼女を攫おうと思ってる」


「婚約破棄に至らなかった場合は?」


「彼女の話を聞く限り、その可能性はかなり低いと思う。もちろん、事前に調査はするつもりだけどね」


 一番最悪なのは、婚約破棄された後も公爵家や王家に利用され、馬車馬のように働かされることだ。そうならないようにするためにも、アストリアをあの国から連れ出すのが最善だろう。


 もちろん、彼女が望むなら、だが。


「帝国に迷惑はかけないつもりだ。もし抗議文が送られてきても、全て僕のせいにしてくれて構わない。それでもランドル王国が引かないようだったら、僕が圧をかけるよ」


 ランドル王国は小国ではないが、それほど力のある国でもない。大魔法使いや帝国を敵に回すような愚かな真似はしないだろうとルカは踏んでいた。


「わかりました。まあ、ランドル国王もそこまで愚かではないでしょう。帝国との力の差は歴然ですし、表向きはそう強くは出てこられないはずです」

 

 マルクスはそこで一度言葉を切ると、その切れ長の碧眼に鋭さを宿す。


「しかし、裏で巫女姫を取り戻そうとする動きが出てくることは十分考えられます。先生が遅れを取ることはないと思いますが、くれぐれもお気をつけください」


「ああ、わかってるよ」


 無論、アストリアに害をなそうとする輩が現れれば、全力で返り討ちにするつもりだ。これ以上、彼女の笑顔を奪わせてたまるか。


 ルカがアストリアを守る決意を固めていると、マルクスは小難しい話はここまでとばかりに表情を緩め、にこやかに微笑んだ。


「ですが、上手くいけば一ヶ月後には先生も結婚ですか。これで先生の時間も再び動き出しますね。帝国としても最大限の祝福をしますよ」


「結婚……結婚か……」


「何か懸念でも?」


 怪訝そうに尋ねてくるマルクスに、ルカは苦笑を浮かべて答えた。


「いや……急に現れた男にいきなり結婚してくれって言われても、普通は困るよなあと思って」


「驚きはするでしょうね。ですが、アストリア嬢も実情を嘆いている。婚約破棄などされた日には、迷わず先生の手を取ると思いますが」


「どうだろうね……」


 正直、自信は全くなかった。


 アストリアとは、ほんの半日ほど一緒に過ごしただけだ。悪い印象は持たれていないと思うが、好きになってもらうにはあまりにも時間が足りていない。


 ルカは思わず大きな溜息をついた。


「攫うにしても結婚するにしても、彼女の意思を尊重したい。無理に話を進めて、嫌われたくないんだ」


 ルカがこぼした弱音に、マルクスはクスリと笑った。

 

「先生は完全無欠だと思っていましたが、不得手なこともあるんですね。恋に関してはこれほど慎重とは」


「笑わないでくれよ」


「フフッ。すみません。ですが話を聞く限り、杞憂だと思いますがね」


「だといいんだけど」


 教え子に笑われ、ルカは再びふぅと溜息をこぼした。


 用件も済んだのでそろそろ帰ろうとした時、マルクスが最後にこう告げた。


「何はともあれ、光の巫女姫が誕生したとなると、大瘴気の発生が近いということですね。我が国としても警戒を強めます。大瘴気の発生が確認され次第、先生にご連絡させていただきますので、その時はよろしくお願いします」


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