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10.ルカ(1)


 ベルンシュタイン家の歴史は、数千年にも及ぶ。


 その長い歴史の中で、代々の当主は()()()()を全うしてきた。


 それは、星の祝福を受けた光の巫女()を守護する、という役目だ。


 この世界には、数百年に一度、大瘴気というものが各地で発生する。


 それは普通の瘴気とは比較にならないほど禍々しく強力で、人々に疫病や飢餓といった災いをもたらしてきた。大瘴気のせいで、世界人口の半分が亡くなった時代もあったくらいである。


 その大瘴気を唯一払えるのが、星の祝福を受けた光の巫女()なのだ。


 加えて、光の巫女姫が浄化した場所は、向こう百年程は瘴気が発生しないという特徴があった。その代わり、しっかりと念入りに浄化する分、どうしても浄化に時間がかかるのだ。


 光の巫女姫は代々、大瘴気が発生する時期に示し合わせたように生まれてくる。ベルンシュタイン家の当主は、そんな巫女姫を妻に迎えて守護し、大瘴気の浄化をサポートしてきた。


 そして、ベルンシュタイン家の人間には、特殊な点が二つある。


 一つ目は、代々、男児がたった一人だけ生まれる、ということ。その男児はもれなく強力な大魔法使いとなり、たった一人で国を滅ぼせる力を持つ。


 二つ目は、ベルンシュタイン家の男児は二十歳を超えると、光の巫女姫と婚姻関係を結ぶまで、体の成長及び老化が止まる、ということ。


 そんな人間は、世界中どこを見渡してもベルンシュタイン家の人間だけである。


 どうしてそんな特異な体質を持つのかはわかっていない。ベルンシュタイン家の始祖がそういう魔法を己にかけたのかもしれないし、元々は人間と魔物が交わった存在なのかもしれない。


 その理由がどうあれ、ベルンシュタイン家の人間が特殊な存在であることは変えようがない事実だった。



 ルカは体の成長が止まってから、父を看取り、母を看取り、多くの使用人たちを看取ってきた。


 二百年も変わらぬ体。自分でも気味が悪かった。

 

「ねえ、ギーゼル……僕は一体、あと何年待てばいいんだろうね」


 父は母を迎えるまで、四百年待ったという。あと倍の年月を、正気を保ったまま待ち続けるなんて、自分にはできそうになかった。


 父曰く、光の巫女姫には会えばすぐにわかるらしい。巫女姫を見た途端、全身の血が騒ぎ出し、心が高揚し、本能が「この人だ」と叫ぶのだと。


 父はこの体質を祝福だと言っていたが、自分には呪いにしか思えなかった。


「大瘴気の発生周期は、おおよそ二百年から五百年ほどでございます。早ければ、もうじきお会いできるかもしれませんよ、ルカ様」


 そう答えるギーゼルは、ベルンシュタイン家に代々仕えるバーシュ家の人間だ。彼の父も、そのまた父も、ルカに仕えてくれていた。そして、ルカより先に年老いて亡くなった。


 先代の「光の巫女姫」である母が亡くなってから既に百八十年ほどが経つが、フレーベル帝国には未だ新たな巫女姫は誕生していない。


 そもそもここ何十年もの間、帝国には普通の「光の巫女」でさえ生まれていなかった。


 それ故に帝国は、瘴気が発生するたびに他国から光の巫女を借りて対処してきたのだ。


「そうだといいな。ああ……暇だなあ……」


 ルカは今、執務机に向かって座っている。が、やるべき仕事はとうに終えていて、特にすることがない。


 領地経営は楽なものだし、領民の揉め事も滅多に起きない。帝国からは独立した立場であるので、特に国から仕事が降ってくることもない。


 現皇帝がまだ幼い頃に魔法の家庭教師をやっていた時期もあったが、ルカにとってはそれもほんの一瞬だった。人の子が成長するのは本当に早い。


 ベルンシュタインの血(ゆえ)か、ルカは幼い頃から何でもできた。魔法はもちろんのこと、勉強も、運動も、料理も、領地経営も、何もかも。


 だからこそ、何をやっても物足りない。自分の人生に、何か決定的なものが欠落している感覚が常に付きまとっている。


 そんな日々が二百年も続けば、誰だって嫌になるものだ。


 ルカは思わず溜息をつきながら、窓の外を見遣る。


 ベルンシュタイン家の領地は広大で、下手な小国よりもずっと広い。この土地は「迷いの森」という特殊な魔法の要塞に囲まれており、実際の広さは地図上に描かれた三倍はあるのだ。


 迷いの森はその名の通り、許可なく立ち入った者を迷わせ、街への立ち入りを拒む役割を持っている。

 

 領民は自由に森を行き来できるが、領民以外の人間は、ベルンシュタイン家当主が出入りしても良いと思う人間のみがその往来を許されるのだ。


 ルカが物憂げに外を眺めていると、お茶を運んできてくれたテレサがこんな進言をしてきた。

 

「そんなにお暇でしたら、ランドル王国との国境沿いの森を見てきていただけませんか? 最近あの辺りで凶暴化した魔物が出たとの噂がありまして。噂が本当なら、瘴気が発生しているかもしれません」

 

 テレサも我が家に代々仕えるキュフナー家の人間で、ギーゼルに劣らず有能な人物だ。


 この屋敷の使用人は、主にギーゼルとテレサがまとめ上げてくれているが、使用人の数は屋敷の広さに反してかなり少なく、必要最小限しかいない。屋敷の掃除や洗濯はルカの魔法で一瞬で終わってしまうので、わざわざ雇う必要がないからだ。

 

「そういうことなら今から見てくるよ。万が一、領民が魔物に襲われでもしたら大変だ。いたら片付けてこよう。本当に瘴気が発生していたら、皇帝に相談しないとね」


 そうしてルカは、国境沿いの森へと赴くのだった。



* * *



 転移した森の中は、確かに瘴気に覆われていた。


 瘴気には魔力が含まれているわけではないので、魔力探知で位置を特定することができない。そのため、大魔法使いと言えど発生したことに気づけないのだ。


 凶暴化した魔物がいないか注意深く辺りを観察しつつ、瘴気が濃い方へと進んでいく。何匹か魔物を倒しながら瘴気の発生源らしき泉の近くにたどり着くと、そのほとりに一人の美しい女性が立っているのが見えた。


 その姿を見た途端、魂が震えた。


 ドクンと心臓が跳ね、今にも叫び出しそうになる。


 ルカはこれまでに感じたことのない強い衝動をなんとか抑えつけると、木の陰に隠れ息を整えようとした。


 しかし、全身の血が騒いで仕方がない。二百年以上の人生の中で、経験したことがないほど心が高揚している。心臓が悲鳴を上げるようにドクドクとうるさく喚いていた。


 そして、自分の人生に欠けていた、最後のピースがはまった感覚。


(ああ……彼女が、星の祝福を受けた光の巫女姫……!!)


 ルカは領民全員の顔を覚えている。しかし、彼女の顔を見るのは初めてだ。


 それに加え、現在のフレーベル帝国には光の巫女がいないことを考慮すると、彼女は隣国ランドル王国の人間の可能性が高い。


 光の巫女姫はてっきりフレーベル帝国内に生まれてくるとばかり思っていたので、ルカは他国の巫女を気にしたことがなかった。


(こんなことなら、大陸中の光の巫女に会っておくべきだったな……)


 そんなふうに後悔していると、彼女は自分の周りに防御魔法を展開した後、祈りを捧げるように手を合わせ、目を閉じた。

 

 すると途端に、彼女を中心として、光の粒が周囲に広がっていく。黄金色の光は彼女のブロンドの髪を照らし、一層輝かせていた。


(なんて綺麗なんだろう……)


 ルカは時を忘れ、彼女の横顔に、凛とした佇まいに、彼女が作り出す幻想的な風景に、ひたすら見惚れた。


 浄化が完了して彼女が目を開けた時、ルカはようやく我に返ったが、彼女の大きな金色の瞳がこれまた美しく、再び見惚れてしまう。


 そして、彼女が浄化後の美しい景色に頬を緩めた時、ルカは彼女に近づきたいという衝動に駆られ、木の陰から飛び出した。


「ねえ、君。こんなところで、何してるの?」


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