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1.光の巫女の苦難


 ランドル王国、西の国境沿いの森の中。


 ウォーラム公爵家の長女、アストリアは、父親から通信機越しに激しい叱責を受けていた。


「アストリア! 一体いつになったら帰ってくるんだ!?」


 魔道具である手鏡型の通信機には、青筋を立てた父、ウォーラム公爵が映っている。


「瘴気の浄化にどれだけ時間をかけているんだ! このウスノロ!」


 この世界には、定期的に瘴気というものが発生する。原因は未だ解明されておらず、その強さも発生場所も、その時々によって様々だ。


 瘴気には、魔物が寄り付き凶暴化する、人間が近づくと病に冒される、農作物が枯れる、といった悪影響がある。そのため、瘴気の浄化が必要なのだ。


 その浄化の力を持つ人間を「光の巫女」という。


 アストリアは、このランドル王国にたった二人しかいない光の巫女のうちの一人だ。七歳で光の巫女として覚醒してから十年間、国のために瘴気の浄化に努めてきた。


 そしてアストリアはここ一ヶ月ほど、西の国境沿いの森一帯に発生した瘴気を浄化する任務に当たっている。


 その任務がようやく終わろうとしていたところで、父から連絡が入り、こうして叱責を受けている、というわけだ。


「お前が不在にしているせいで仕事が滞ってかなわん! 瘴気の浄化などさっさと終わらせて、領地の帳簿をまとめに帰ってこい!」


「申し訳ございません、お父様。明日には帰路につきますので」


 領地の帳簿管理は、本来であれば父や母の仕事だ。しかし彼らは、自分たちが楽をするために、領地経営のかなりの部分をアストリアに任せている。いや、押し付けている、と言ったほうが正しいかもしれない。


 しかしアストリアは、両親の命令に逆らうことはできず、浄化の任務の合間を縫って淡々と仕事をこなしていた。


「お姉様ってば、まだ浄化のお仕事終わってないの? ほんと、のろまね。私はもう東の渓谷の瘴気を浄化させて来たわよ? ほんの数分でね!」


 父の後ろに、嘲笑を浮かべた妹、シェリルの姿が映った。


 彼女が長い髪を手で後ろに払うと、艷やかなピンクブロンドが美しくなびく。


 対するアストリアのブロンドの髪は、ひどく軋んでしまっていてお世辞にも綺麗だとは言えない。ここ一ヶ月ほど外泊続きで、まともな手入れができていないためだ。


 服装もシェリルとは雲泥の差だった。


 彼女は華やかな赤のドレスを可憐に着こなしている一方、アストリアは町娘が着るようなワンピースに、薄汚れたローブをまとっている。


 到底貴族のする格好ではないが、新しく服を買うことを許されないアストリアは、今あるものをできるだけ長く大切に着るしかないのだ。


 すると、父がシェリルの言葉に同意した。


「お前は本当に出来損ないだな。シェリルと同じ光の巫女とはまるで思えん。この恥さらしが」


「申し訳ございません……」


「明日中に帰って来ないと承知しないからな!」


 そこでブツッと通信が切れた。


 アストリアは思わず、ふぅと溜息をつく。


 昔は父も母も優しく、こんな酷い扱いは受けていなかった。周囲の人間も、この国で()()()()()()光の巫女として大切に扱ってくれていた。


 それが変わってしまったのは、五年前。シェリルが十歳の時に光の巫女として覚醒してからだ。


 シェリルはアストリアに比べ、瘴気を浄化するスピードがとても早い。たった一瞬で浄化してしまうシェリルに対し、アストリアはじっくり時間をかけないと浄化ができないのだ。


 今回の任務も、アストリアは一ヶ月かけて、北から南に向かってゆっくりと西の森一帯を浄化して回っていた。


 だから先程、父もシェリルもアストリアのことを「のろま」や「出来損ない」と言っていたのだ。


 シェリルが覚醒してからというもの、アストリアは皆から無能と(さげす)まれ、(あなど)られ、馬鹿にされ続けている。


(仕方ないわ……わたくしが出来損ないなのが悪いんだもの……)


 アストリアはそう思うことで、この理不尽な扱いを受け入れてきた。自分を納得させてきたのだ。


 思わず溜息を漏らしながら空を見上げると、日が傾きかけていた。


 まだほんの少し浄化作業は残っているが、一旦街に行って宿を探したほうが良いだろう。


 そう思った矢先、手に持っていた通信機が震えだした。手鏡型のそれをすぐに開くと、身綺麗な茶髪の青年が眉を吊り上げながら怒鳴ってくる。


「おい! アストリア! 俺の生誕祭の準備はどうなっている!?」


 この青年は、ランドル王国の王太子でありアストリアの婚約者でもある、ジェフリー・ランドルだ。アストリアは七歳で光の巫女として覚醒し、そのまま彼と婚約した。


 彼も昔は優しく誠実だった。少々勉強嫌いでアストリアに頼り切りな部分もあったが、それでも彼とは良好な関係を築けていた。


 しかし、シェリルが覚醒して以降、如実にアストリアへの態度が変わってしまった。アストリアを罵り、蔑み、こうして自分の仕事を押し付けてくるようになったのだ。


「つつがなく進めております。既に各貴族への招待状の送付は完了し、殿下の衣装の手配も済ませてあります。何か問題でもございましたでしょうか?」


 アストリアは公務に関しては決して無能ではなかった。むしろ優秀すぎるくらいだ。


 ジェフリーから外交や国営事業の推進など、ありとあらゆることを押し付けられても、すべての仕事を完璧にこなしていた。それも、浄化の任務とウォーラム公爵家の領地経営をこなしつつ、だ。


「何か問題でも? ではない! バッツ公爵から招待状が来ていないと苦情の連絡があったぞ!!」


「そんなはずは……」


 ジェフリーの話にアストリアは困惑した。


 送付漏れがあってはいけないと、招待名簿には何度も何度も目を通した。確かにバッツ公爵にも招待状を送ったはずなのに、それがどうしてそんな事態になっているのか、アストリアにはさっぱりわからなかった。


「生誕祭まであと一ヶ月もないというのに……いつまで浄化に時間をかけているんだ! なぜシェリルのように一瞬で終わらせられない!?」


「申し訳ございません、ジェフリー殿下。明日には帰路につきますので、戻り次第、至急確認いたします」


「もういい! お前に任せた俺が馬鹿だった! この役立たずが!!」


 ジェフリーの怒声が聞こえた後、一方的に通信がブツッと切られた。


(……確かに、送ったはずなのに……)


 アストリアはふぅ、と重たい息を吐き出す。最近、溜息ばかりついている気がする。


(……ひとまず街へ向かいましょう)


 そうして、アストリアは疲れ切った体を引きずり、宿を探しに街へと向かうのだった。


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