表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/58

五十二話 札木




「お前と話すようなことは、私には何もない」


 再景(リフレイン)───サトウ。


 散々苦しめられたサトウの精神干渉能力を札木(フタキ)に向けて発動する。サトウの能力は対象の記憶を読み取り、改竄する事で相手を意のままに操る。


 そうして、一瞬……札木と、彼の側に立つ女性の姿を垣間見て。しかしすぐにサトウの能力は打ち消された。これは───黒花によるものだ。


「ちっ」

「驚いたな、今のはサトウの力かい? それに、陶芸師(ポッター)から受けた傷は……もしかして、周防潔くんの能力によるものか」


 黒花の能力は『与え、増幅し、回収』する事で多様な力を収集することができる。そのプロセスを上手く使えば、サトウの精神干渉すら弾く……いや、厳密には黒花を使い自身の『記憶』に干渉する事で間接的にサトウの───いや、今はどうでもいいことだ。


「真守ちゃん、あの男の横にいるガキ。何か企んでる。でも狙いは私だと思う」

「うん」


 潔の言葉に頷き、好戦的な顔つきの『棘の能力者(アウター)』を見てから、チラリと呆然と立ち尽くす■■を見る。胸には『棘』が刺さっており、それはすでに『棘の能力者(アウター)』の手から離れてはいるが、何故か不自然に■■の動きが硬い。いや、完全に停止している。そもそも胸に刺さった『棘』はどう見ても致命傷だが、いたってピンピンしているのも不思議だ。


「あの『棘』には、ただ貫くだけじゃない何かがある。あの自信に満ちた顔は、潔ですらどうにかできる自信の現れだと思う」


 俺の推測に、潔は僅かに頷き警戒を高める。今の潔を殺すことなんて恐らく不可能だが、動きを止めることくらいは可能なのかもしれない。


「……ふふ、恐ろしいものだ。二人とも、互いを信頼し、大事に思っているようだね」


 だからこそ、と札木は続けた。


「今は、邪魔だな」


 視界の端で、(ヒカリ)を絡める黒い蔦が緩んでいるのが見えた。咄嗟にそちらを見て、重力に引かれて落ちそうになり慌てている(ヒカリ)を確認した俺は思わず札木や『棘の能力者(アウター)』を放って彼女の方へ足を進めてしまう。


 その、隙だ。完全に、俺の注意はそちらに取られてしまった。

 しまったと、嫌な予感がして札木の方を見た。


 札木から爆発するように黒花が咲き乱れ、大量の蔦……いや、もはや木の幹と見紛う太さのものが何本も連なり雪崩のように押し寄せてくる。


「真守ちゃん!」


 即座に潔が俺と蔦の間に入る。しかし


「お前の相手は、僕だ!」


 棘の能力者(アウター)が札木の生み出した蔦の隙間に隠れており、首元から生み出した赤い『棘』と共に潔へ強襲する。


「真守ちゃんは、あの子を助けて!」


 潔にとっては多分、(ヒカリ)を助ける理由はない。だが、俺が助けたがっていることはよく理解してくれている。

 俺は潔を信じて、再び(ヒカリ)の方へ視線を向ける。なんとか落ちまいと、蔦を一生懸命掴んでいるが……あの細い腕では自分の体重すら碌に支えられないだろう、《保存》の力を使えばその限りではないのかもしれないが、時間の問題だ。


再景(リフレイン)……っ! 荒波(アラナミ)ッ!」


 俺の手から生み出された風は、(ヒカリ)を包み込むように広がり彼女の身体を挟んで向こう側で圧縮した。すぐに爆ぜて、俺の言葉に反応して手を離し自由落下に身を任せていた(ヒカリ)の身体をこちらへ吹き飛ばした。


「光ッ! 手を伸ばせ!」


 伸ばされた光の手を掴み、勢いよく引き寄せ抱き抱える。光を抱えたまま尻餅をついて、札木の方をすぐに見た。

 まるで津波のような、黒花の蔦が周囲を埋め尽くす。潔と『棘の能力者(アウター)』の姿も蔦に阻まれ、空も蔦が覆い隠し、まるでドーム状に俺を囲い込んで札木はゆっくりとこちらに向けて歩いてきた。

 ギュッと、光を抱き込むが……横合いから伸びてきた蔦に攫われ、光の身体は飲み込まれるように蔦の海に消えて行った。

 あまりの一瞬の出来事に唖然としていると、札木が優しげな表情を浮かべて話しかけてくる。


「大丈夫、安心して欲しい。(ヒカリ)くんの事は殺さない。彼女の能力(ほぞん)は最も重要な能力だからね」


 気が付けば、俺と札木の二人きりとなっていた。黒い花の能力により生み出された黒い蔦による壁。それは外界と俺達を遮っている。潔と棘の能力者(アウター)は、まだ戦っているのだろうか。


「話を、してくれるかい?」


 落ち着いた声だった。声質によるものなのか、それとも何か技術があるのか。その声を聞くと、思わず身体から力が抜けてしまうような……つまりは話に耳を傾けてしまう、そんな声だった。

 俺は考える。再景(リフレイン)で使った能力達の再使用可能時間。例えば『神楽アツキ』の力はあと少しすれば回復する。

 ならば札木の話にのって、時間を稼ぐのは悪くない。


「……良いだろう。どんな、話だ? 内容次第では」

「君にも悪くない提案だよ」


 俺の話を遮って、しかし自信を持った声で札木は言う。俺は押し黙り、続きを待った。その様子を感じ取ったのか札木も一度息を吐き、続ける。


「まずは、斉藤カズオキの事件。君のおかげで犠牲者は減った。動き出したタイミング、当時の年齢を考えると……ベストの、結果を引き出したと言えるだろう。素晴らしいと思ったよ」


 俺は素直に驚いた。

 何故、と。この男はまるで、自分もそうなのだと……自分も、《前回》の記憶を持っているのだと言っているようなものだった。


「次に神楽アツキ。鈴木紅子の生存、及び犠牲者を……死者を、無くした。彼の能力に対しこの結果は、はっきり言えば私はもちろん他の《ネクスト》メンバーですら成し得ない快挙だろう」


 神楽アツキのことも。どうやらこの男もまた、俺や(ヒカリ)と同じように記憶を持ち越しているらしい。もしかして、(ヒカリ)を捕らえたのもその為か。きっと札木も『保存』の能力で記憶を持ち越したのだ。


「その後も陶芸師(ポッター)の前に現れ、土谷大吾郎を救った。前回の彼はあの後に……いや、それはいいか。ともかく、彼も死んでいたはずの人間だった」


 札木が言い淀み、俺に伝えなかった大吾郎の末路。今の俺ならなんとなく想像がついた。■■にとって大吾郎の能力は意味がなかったから、今回はあのまま放置されたのだ。


「その後も、色々あったね。君は頑張ったよ」


 だが、と札木は続ける。


「最良を、まだ目指せたと思わないか? きっと、君が記憶を取り戻したタイミングや君の立場を考えるとあの時が限界だったのかもしれないが、斉藤カズオキの事件だって起こる前に止められるかもしれない」


 俺は、札木の言いたいことを察した。

 正直、俺も考えなかったわけではない。もしかしたら……と。


「もう一度、時を遡るんだ。『龍血』と共に。そうして何度でも、『最良』の結果を目指すことが出来る。今の世界で死んだ人も、前の世界で死んだ人も、生きることのできた世界を生み出すことが出来る」


 何度でも時を遡り、世界をやり直す『龍血』。それと共に俺は『前回(マモル)』から『今回(マモリ)』の世界へ来た。

 タイムパラドックスや、パラレルワールドという言葉が頭を過ぎる。果たして、俺達が遡った後のこの世界は残るのか、否か。どうなろうとも、『俺』は『最良』の世界を生きることが出来る。そんな提案だった。


「私の望みはただ一つ。愛する人をこの世界に取り戻すことだ。『龍血』がこの世界に生まれる以前に死んだ人だけは、取り戻せない。例え世界が歪み、『龍血』より前の時代に『逸れし者(アウター)』が生まれようとも、変わらない」


 彼女の考えも同じだ。■■は、だからそうしていた。《変革の時》なんてまさにそうだ。あれはただ単に、ひたすら能力者(アウター)を増やすための……ただ、『自分達が』望む力を持った能力者(アウター)を探し出す為だけに起きた悲劇だ。


「死者復活の能力者(アウター)。■■が幾度も探し求め、見つけられなかった能力者(アウター)。もし、それを見つけることができたなら……最後に時を戻し、その能力者(アウター)だけを生み出し、最良を目指すんだ」


 何度でも、探し出すためだけに。世界をやり直す提案だ。俺は、唸るように一つの疑問を聞く。


「『龍血』が世界を遡る度に世界から『逸れし者(アウター)』が生まれる。この世界のすべての人間が能力者(アウター)になるまで続けるつもりか?」

「そうだ。それこそ()れた時に死者を甦る能力者(アウター)が生まれる可能性も……もちろん考慮して言っている」


 きっと、悪くない提案なのだろう。俺達が『最良』に辿り着く前に、何か想像もつかない致命的な『()れ』が発生する……そんな可能性さえ考えなければ、何度でも世界をやり直し、みんなが幸せな世界を目指すというのは───きっと、悪くないと思う。

 偶然にも■■の過去を見て彼女の目的を知り、俺の存在がどのようなものか、彼女にとってなんだったのかも知った。


 再景(リフレイン)に目覚め死の淵から戻り、今ここに至るまでに、それを考えなかったわけではない。


 俺が助けられなかった人はまだまだいる。俺の行動によって変わってしまった現在があって、死ななかったはずの人が多く死んでいる。

 札木の提案とは、そんな過去を変える方法の一つなのだ。


 それを、考えなかったわけでは、ない。陶芸師(ポッター)を殺し、少し頭に余裕が生まれた時からずっと、どこかで考えていた。

 悪い点としては、能力者(アウター)が増えてしまうことだ。だが能力者(アウター)の全てが悪なわけではない。力の使い方だ。札木もきっと、自分の目的を達すれば俺の味方になり、例えば能力者(アウター)達が道を踏み外さないように共に活動する未来もあり得るのかもしれない。



 でも、と。


 俺は、口にした。


「タイムパラドックスとか、パラレルワールドとか……今生きてるこの世界が、『龍血』で戻った後にどうなるのか、とか。考えても仕方ないし、世界はたった一つしかなくて、『俺』たちが遡れば、世界も共に遡る……単純にそんな風に出来てるのかもしれない」


 全ては、わからない。

 世界なんて語っているけれど、俺達みたいなちっぽけな一人の人間に世界が語れるかなんて、正しいのかなんて、果たして『神』でもない限り……断言なんてできないだろう。


 だから『今』ここにいる『自分』がどうしたいか、なのだと思う。『自分』は、新しい世界に行くことが出来る。そうしようと、札木は言っている。


 でも、と。再び『俺』は口にした。


「俺は、潔の兄だった真守(マモル)の記憶は確かに継いでいる。そこから地続きの『自分』だとも思ってる。それでも」


 それでも、と。『私』は選んだ答えを口にする。


「私は、今を生きるこの世界で、生まれてきた。きっと、一生後悔する。この先ずっと、もしかしたらもっと幸せな世界を選べたのかもしれないと考えると思う。でも私はここに生まれた周防真守(スオウマモリ)だから」


 私は、もう決めた。今決めた。私は神ではない。出来ることなんて知れている。ここで───『今』を必死に戦えなくて、『最良』なんて傲慢な世界を作れるはずがない。

 札木の望む未来のために、遡れば死んでいないことにできるからと、きっと何人もの人が殺される。

 私が生まれた『この世界』で、きっと何人もの人が殺される。


「私は、周防真守(スオウマモリ)だ。だから……お前達、《ネクスト》のやろうとしていることを否定する。私は戻らない。ここで『最良』を目指す」


 私の決意を込めた言葉に、札木は驚きも、呆れも、哀れみも、何も見せずにただ目を伏せた。まるで───そうなるだろうと確信していたような。どこか、納得したような顔だった。


「聞いたかい? やはり真守(マモリ)くんは君の愛した真守(マモル)くんと変わらないよ。それなのに、いやそれだからこそ……君達は、一つの世界にこだわるのか」


 黒い蔦の壁から、掻き分けるように黒い少女……因果にすら干渉する程の能力ですら名を失うだけに終わった、■■の姿が現れた。

 私は彼女となんの関わりもない。ただ、彼女が真守(マモル)と愛し合った世界が、■■にとっての最初の世界がどこかにあっただけだ。

 それでもやはり、今目の前に向き合って何か縁のようなものを感じてならない。

 胸の《棘》は抜けていた。しかし力無く、■■は呆然とうなだれている。私は彼女の肩を掴み、話しかけようとする。すると僅かに彼女の唇が動いた。か細い声で、独り言のように。


「そう。私にとって、私の世界は……あの世界だけだから。だから、いえ、ごめんなさい。貴方(マモリ)の世界を、こんなにもめちゃくちゃにしてしまった」


 私は何も言えなかった。

 ■■は、周防真守(わたし)の世界にとっては敵でしかない。何故なら彼女が《ネクスト》を生み出し、《ネクスト》の奴らに大勢を殺させたようなものなのだから。

 それでも、もう私には■■を憎めるような心がどこにもなかった。ついさっき札木に対して表明した自分の意志を考えれば、憎まなければいけないはずの……敵なのに。我ながら、都合がいいやつだと自分を責めたくなる。


 札木が私達を見ているようで、どこか遠いところを見るような目を向けていた。そして自嘲気味に薄く笑い、今にも泣き出しそうな目で……こう言った。


「……私も同じかも知れないね。彼女がいない世界は、私にとって……私の世界ではないのだから」


 殺意。


 札木から、明確な殺意を感じた。

 ■■を殺すつもりはないのだろう。何故なら彼女こそが『龍血』であり、世界を『逸らす』ために必要なのだから。


 だから、狙いは私だ。

 私は、札木にとって必要のない人間だ。それこそ記憶を持ち越さなければ……強いて言えば、《ネクスト》にとって大きな障害となる周防潔の兄だが……いや、これから何度世界を遡っても妹だろう……要は私自身は札木にとってなんの関係がない存在でしかない。

 だからここで殺しても、構わないのだろう。


 ギチギチと、黒い花の蔦が槍を模して札木の側に何本も控えた。彼は完全に黒花の能力を操っている。■■が息を呑むが、どうやらまだ身体をうまく動かせないのか僅かに震えるだけで何もできない、


 一方で、私は特に動じていなかった。


 何故なら、私は黒花の弱点を知っていて───かつ、『その力』はとっくに私の手に戻っている。


再景(リフレイン)


 私が手を振るえば、真紅の炎が舞い上がる。


「神楽アツキ」


 炎が黒花に触れれば、まるで紙細工のように簡単に火がついて灰に変わっていく。その速度はまさに一瞬で、札木が慌てて黒花を切り離そうとするが間に合わない。私の生み出した炎に触れたところから、繋がっている全てが燃え尽きていく。


「信じてたよ、貴方の執念を」


 黒花の奥に消えていった(ヒカリ)は真っ先に遠くへ切り離されていた。むしろその為に自分の周りを覆う黒花の切り離しが遅れたのだろう。

 私は、短い逢瀬の間にすっかり札木のことを信じていたのだ。まず真っ先に(ヒカリ)を炎から逃すだろうと。だから、私は躊躇いなく(アツキ)を使うことができた。

 愕然と、燃え尽きていく黒花を見つめて札木が呟く。


「こんな、弱点があったのか」

「うん。偶然知ったんだ。私や周りの人に取り付いていた黒花は、陶芸師(ポッター)を焼き殺した時に偶然炎に触れ……簡単に燃え尽きた」


 それに答え、私は校舎の屋上を覆い尽くしていた黒花が全て燃え尽きていくのを見つめ、すぐそこで悲しそうな顔をする黒猫に心の中で謝った。

 黒花が取り払われ現れた積み重なる死体の山。それを為したのは美南佳奈だろう。それを責めようにも、黒花と共に彼女は燃えてしまった。


 潔と棘の能力者(アウター)の姿はなかった。ということは場所を変えて未だに戦っているのかも知れない。

 潔も疲労しているだろうし、棘の能力者(アウター)は純粋に、強い。長引いているのだと結論付けた。



「そうか。真守(マモリ)くん、君は恐ろしい能力を手にしたんだね。でも、私の望む力ではない」

「そうだろうね」


 私の力は、あくまでも既存の能力者(アウター)の力を再現するものだ。人を甦らせる能力者(アウター)がいない限り、私では彼の望みを叶えることができない。


「まいったな……私は、『龍血』による適合者ではない。『前回』までの君と同じく」


 札木は額に手を当てて天を仰ぎ、止める間もなく懐から注射器を取り出して自分の首に刺した。中に込められた赤い液体が取り込まれ、札木は何かに縋るような目をこちらに向けて、笑った。


「残念だ。やはり私も、そうではなかった」


 札木が手を振るう。指揮者を思わせる静かで流麗な動き。それに呼び起こされるように、死体の山が『起き上がった』。


「───なっ」


 喉が引き締まる。驚いて見上げ、戸惑っているうちに死体の山は折り重なり、一つの大きな塊……それは人を象って私を見下ろした。

 そして、その『人塊』は拳のようなものを握り込み、こちらに向かって振り下ろしてくる───! 


 再景(リフレイン)一拍(ワンアクション)───! 


 咄嗟に不動の第二の能力を札木に向けて使う。その指揮者の如き手の動きを強制的に乱れさせると、『人塊』もそれに釣られて大きく動きを変えた。

 私を捉えたはずだった拳はすぐ横をすり抜け、そのあまりの膂力の強さに私の背筋に冷たいものが走る。


「……我ながら、悍ましく醜悪で、残酷な力だ」


 札木の瞳が充血し、その能力(アウト)の出力は上昇する。


 大学構内中から、大勢の『死体』がこの屋上に向けて集まってくる。そして『人塊』に吸収され、その形をどんどん大きくさせていった。

 見上げるほどにうず高く大きな人型を為す『人塊』を前に、私はくらりと足元が崩れゆくような感覚すら覚えた。


 大きい。

 この『人塊』が腕を振るい、それに掠るだけで死ぬ。こんなものを、一体どうすれば……。潔ならば、力でなんとかできるだろうかと少し現実逃避をしてしまう。


 だが、今ここに潔は居ない。どこかで姉のことを頼ってしまっている自分に、「最初は私の方が守ると意気込んでいたのに」と自嘲気味に笑う。


「……死と破壊か。有紗(アリサ)……私には、君に会う資格などとうにないのだろうね」


 ボソボソと、札木は独り言を呟いている。さっさとこちらへ攻撃してこなかったのは、余裕の現れだろうか。おかげで、少し落ち着いた。


 立ち向かえそうだ。


「さぁ……行くぞ」


 賭け、だ。

 札木の能力はわからない。『再景(リフレイン)』の対象になれば能力の詳細も分かるが、おそらく札木の能力対象は死体だ。ならば私が生者である以上、この身に受けての再景(リフレイン)による再現は不可能。


 ググ───と、『人塊』の腕が持ち上げられた。札木は再び、指揮者の如く腕を振り上げる。そして、その腕を下ろせば『人塊』の拳も振り下ろされるのだろう。


 すでに私は走り出していた。距離は然程離れていない。とはいえ、札木の『人塊』による攻撃の方がより早く私に届くだろう。


 だから……まずは、近付く隙を作る。


再景(リフレイン)麻痺(パラライズ)


 札木に不動の停止能力を行使する。札木はぴたりと動きを止め、同時に『人塊』の動きも完全に止まった。


「これは───ッ」


 私が使用した場合の『麻痺(パラライズ)』の停止時間はほんの数秒だ。私と札木の間に立つ『人塊』を越えて、札木本人に攻撃を加えるには少々物足りない。

 だが、元より私の狙いは札木ではない。


 キツめの下着で抑え込まれた胸の谷間から、小さなペーパーナイフに似たものを俺は抜き出した。

 それを、『人塊』の私から見て外側の足に当たる部分へ投げつける。


 麻痺(パラライズ)が解けるまでの一瞬に、まずそのナイフがきちんと狙ったところに当たること。

 そして、『大吾郎の能力』によってどこまで札木の能力が無効化されるのか、果たしてそれは『人塊』を行動不能にできるほどなのか。


 それこそがこの場面での賭け、だ。



 ぐちゃりと、大吾郎の刀が刺さった部分を中心に数体の死体から札木の能力が解除される。その瞬間、元の死体に戻ったその部分は『人塊』そのものの体重を支え切らず、そのまま潰れてしまう。

 すると人の形をとっていた『人塊』はバランスを崩し、その大きな体を支えきれず転倒してしまった。

 そして、麻痺(パラライズ)も解ける。札木が即座に『人塊』を操作し、私に向けて攻撃を加えようとする。しかし体勢を崩した『人塊』をうまく操作するのに僅かに時間がかかった。


 パシュッ。

 そして、その隙があれば充分……札木に私の攻撃が届く。


再景(リフレイン)───花苗(カナエ)


 私の指先が針のように細く尖り、その先端から圧縮された『岬花苗の能力による生成物』がまるで銃のように札木の左目に撃ち込まれた。


 咄嗟のことだったので生成できたのは、身体の自由や意識を少し奪える程度の『毒』だ。それそのものには命を奪うほどの毒性がない。

 だが、札木のような何かを操作するタイプの能力にはテキメンに効いた。『人塊』は再び体勢を崩し、地面にバラバラと自身を構成していた複数の死体を落としていく。


「ぐっ……な、何が……」



 毒が撃ち込まれた左目を手で抑え、朦朧とする意識とふらつく身体で札木は膝をつく。


 そして、その顔面に私の全力の蹴りが突き刺さった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ