五十一話 再景
再景
その身に受けることで『保存』された能力を、『再生』して再現する───それが、周防真守の能力。
欠損した肉体は周防潔の『肉体再生能力』によって復元し、不動の左目による『停止能力』で陶芸師の動きを止めた。
更に、斉藤カズオキの『五感支配能力』で陶芸師に最大限の出力で《痛み》を与える。
その身に浴びた陶芸師からすれば周防真守が一体どのような能力を使って自分に攻撃を行なっているのか……あまりにも統一性がなく、予想もつかなかった。
加えて脳に直接ぶち込まれるような強烈な《痛み》はまともな思考能力を奪い、身体は自然と縮こまってしまう。
───舐めるなよ。
陶芸師は己の頭部に能力を行使した。だが、斉藤カズオキの能力で与えられる『感覚』は全て概念に近いものだ。
故に、脳を弄り痛覚を感じないようにしたとしても……斉藤カズオキの能力は、的確に対象に《痛み》を与え続ける。
しかし陶芸師の能力は今、極まった位置にある。能力だけではなくそれは彼自身にも言えるのだ。
───それならば俺は、『痛み』を『受け入れる』
触れたものの状態を変化させる能力。それを、もはや物体として存在しない『空間』にすら作用させた陶芸師。
ここでまた、彼は自身の能力への理解を深めた。出来るはずだ。そう確信したならば、能力は答える。
奇しくも、斉藤カズオキの能力によって陶芸師はそこに辿り着いた。それは、自分という『存在』に対しての能力行使。
斉藤カズオキの能力によって、不可避の『痛みという概念』を与えられることで、能力は真に形のないものにも作用させることができると確信したのだ。
───痛みを受け入れ、問題なく行動できる陶芸師
彼は、自分自身の存在を歪め、変化させた。
*
陶芸師がぴたりと動きを止めた。ついこの瞬間まで、斉藤カズオキの能力による『痛み』で苦しんでいたはずだった。
だが、奴が顔を上げた時俺は思わず息を呑む。まるで、効いていない。能力はまだ持続している。だが、もう陶芸師に痛みは通じない。
再景による他者の能力行使は、本人達のように連続性をもって使用はできない。潔の再生能力はしばらく使えないし、不動の麻痺もそうだ。
そして斉藤カズオキの力は、『触覚』を支配した後他の『感覚』を奪うことはできない。
自分の使える能力、そして、本人達が使うよりも劣化した使用条件を頭で整理する。上にあげた三人の能力は、次に使えるようになるまで少し間をおく必要がある。
しかもその冷却期間は能力ごとに異なる。不動の麻痺なんかは潔や斉藤カズオキに比べ倍以上も長い。
(加えて───気を抜けばすぐに頭がぐちゃぐちゃになる。陶芸師への怒りが溢れて、闇雲に力をつかってしまいそうだ)
大吾郎と初めて会った時のことが思い出される。『龍血』により能力に目覚めたばかりの『次世代・能力者』は、その力に振り回されて正気を失うのだ。
陶芸師に対して俺は、個人的にもかなり大きな『怒り』を抱えている。それが爆弾のように今にも爆発しそうになるのを抑え込む。
(今の陶芸師は神がかった力を発揮している。正気を失えば───負けるのは、俺だ)
「へへ……」
陶芸師が気色の悪い微笑みを見せた瞬間、俺はまばたきすら止めてやつの動きを注視した。
そして、気付けばすぐ隣にいる。何故、わざわざ近くに寄ってくる? それは、奴は『触れた対象』にしか能力を発揮できないからだ。陶芸師にとって、空間と人間は同対象として認識できない───!
陶芸師から伸ばされた必殺の手。俺はそこに自分の手を合わせた。開いた手同士がぶつかり合い、拍手のような音を奏でる。
陶芸師の力に、全く同じ陶芸師の力をぶつける。しかし、元の持ち主との練度の差なのか、それとも能力そのものの出力の差なのか……俺は、直感的にこのままでは負けると悟った。
なので『再景』する能力を光の《保存》に切り替えて、今度は方向性が真逆の能力で相殺する。
しかし、これもジリ貧だろう。俺が冷や汗を流し、次の一手を考え始めた瞬間のことだった。
「真守ちゃんに! 気安く触れるな!」
潔───!
横合いから潔が陶芸師の事を殴りつけようとし、陶芸師はそれを防ごうと俺から手を離し防御姿勢を取った。
潔の拳に陶芸師の手が触れ、そこから肘辺りまでの肉と骨が消し飛んだ。結果的に、陶芸師と触れている部分は無くなったため───潔は失った腕のまま踏み込んで、陶芸師の腹に欠損した腕を思いっきり突っ込んだ。
「──ッぐぅ!?」
俺も陶芸師も唖然とし、すぐにメキメキと嫌な音が耳に聞こえてくる。音と共に陶芸師の顔は歪み、その様子から俺は陶芸師の腹に刺しこまれた先で……潔の腕が再生しているのだと悟った。
「化け物めッ!」
陶芸師の言葉には、我が姉ながら否定できないところはある。それはともかく俺もこの隙に追撃をかけようとするが、陶芸師が空いた手を振るうと俺達の前から姿を消してしまった。
また移動か? そう思ってあたりを見渡す。少し離れた位置に陶芸師を見つけた時、奴は地面に手をついていた。
おそらくだが、地面を変化させ何かしらの攻撃を加えるつもりだ。
「潔! 来るぞ!」
どのような変化で攻撃してくるかは分からないため、潔にそう声をかけて身構える。陶芸師の触れたところから地面が波立ち、その波紋は俺達の元に向かってきた。
だが、あと数メートルというところでその波紋は何かに遮られたように動きを止め、俺達の周囲の地面はいつまでも平穏なままだった。
「光ちゃぁん! 余計なことするなよ、なぁ!」
陶芸師の苛立ち混じりの声に振り返ると、光も陶芸師のように地面に手をついていた。
おそらくだが、《保存》の能力で陶芸師の能力を相殺したのだ。
「真守! 長くは保たない……っ! 出力が、桁違いだッ!」
しかし顔を歪めて叫ぶ光の言葉通り、長くは保たないのだろう。その証拠に徐々に陶芸師の生み出す波紋はこちらに近付いてきている。
潔も、《保存》の効果範囲から出れば陶芸師の能力の餌食になることを理解しており、俺の横で踏み込めずにいた。
いくら潔とはいえ、いまの陶芸師の力を正面から受ければ一時的な戦線離脱は避けられない。
そうすれば、俺を危険に晒す可能性が高まる。故に潔は動けないのだろう。
「陶芸師ッ!」
数瞬、場が硬直したその時。どこからかそんな声が響いた。それは聞き慣れた女性のものだ。声のした方を見ると、こちらに向かって紅子……ついでに不動と間壁も走ってきていた。
場が混乱してきた。ここに辿り着けば、陶芸師はおそらく彼女達を狙う。そうなれば光の能力でどこまで守れるか───。
ふと、不動とバチリと目が合った。
再景で再現できる能力はそれぞれに再発動までインターバルを挟む必要がある。
そしてその時間は能力によって異なるが……
「不動!」
俺は叫んだ。
俺の再景が、再発動可能な能力を直感で知らせてくる。
「"左目"で、陶芸師を視ろッ!」
「えっ!」
斉藤カズオキの能力は五感の支配だが、全ての五感を支配した際にその対象を完全に操ることが出来る。
それが、ある意味斉藤カズオキの能力の真骨頂であり、例えば『触覚』の支配は彼の能力にとってただの条件の一つでしかない。
本来の能力の一部でしかない。そのせいなのか、また別の理由なのか。
潔の再生能力や不動の麻痺がいまだ再使用不可な現状において、一足早く斉藤カズオキの能力は再使用が可能となっていた。
ぴたりと、陶芸師の動きが止まる。同時に地面を伝う波紋は止まっており、それはつまり能力の停止を意味していた。
「───くそっ!」
陶芸師が悔しそうに顔を歪める。
斉藤カズオキの五感の支配は、物理的な現象を与えるものではない。
不動の左目は存在しないが、斉藤カズオキの『視覚支配』ならば、不動に左目の視界を与えることができる。
それによってかつての能力が発動できるのかどうかは、賭けでもあったが。
しかし、今動きを止めた陶芸師の姿を見る限り……成功だ。
そして、俺は不動への能力行使が切れると同時に『あの能力』を発動する。俺が最も恐れた、あの能力を。
「再景」
陶芸師が動き始めた。しかし一度中断させられた能力の再発動にかかる時間、その隙があれば充分届く。
「神楽アツキ」
地を這うように、燃え上がり走る炎は陶芸師に触れて火柱を立てた。一瞬で奴の身体を火だるまにするが、しかし陶芸師は怯まない。奴の能力ならば、例え自身を燃やす炎ですら自在に変化させることができるだろう。
「room"1"」
だが、陶芸師の動きが不自然に硬くなった。同時に炎は勢いを増したにも関わらず、『燃え広がらない』。まるで透明な箱に押し込められたような、しかし酸素の供給は絶たれず炎は小さな箱の中で勢いを増す。
それでも、陶芸師は炎と熱で縮こまる身体を無理に動かして全てを破壊しようとした。その極限状態で延ばされた手が、不意に天上に向けて伸ばされる。
「名付けて、"一拍"」
不動の、ドヤ顔が見ていなくても浮かんでくるような声色。
そうして、陶芸師は抵抗する為の一瞬の機を奪われ、神楽アツキの炎に沈んだ。
*
校舎の屋上までの道中、多くの黒花の影響を受けた人間による妨害を受けたが、札木と■■の二人はそれらを退けて屋上まで辿り着いた。
空上と血棘は道中の処理に加え、後から屋上に登ってくる人間を足止めするために後ろに残っていた。
札木は見上げるほどの高さの黒花を見上げ、感嘆の声を上げた。
「すごいな、アンテナのような役割だろうか」
「……猫?」
札木に対して、黒花に然程興味もなさそうだった■■はその根元に佇む一匹の黒猫を見つけ、目を丸くさせる。
「《ネクスト》……来たな」
その猫がいきなり人語を話すものだから、何百もの生を繰り返す■■といえど、流石に初めてみたその異形に口が塞がらない。
「……貴方は?」
■■が聞くと、黒猫は僅かに目を細めて威嚇した。そして黒花を見上げ、にゃあと鳴く。
「佳奈、佳奈───貴方はどこにいるの」
悲しげな声だった。
にゃあにゃあと、今にも涙を流しそうな鳴き声をあげて……しかし、黒花は応えない。
「そこにはもう、人間はいない。ようやく分かった。貴方が、黒木深紅」
「……! そうか、■■。そんなことも、可能なのか」
驚く札木を一瞥もせず、■■は一歩前に進んだ。その瞬間に黒猫が飛び掛かってくるが、■■に触れた瞬間、全身の毛を逆立て飛び退いてしまう。
「ニァあ! (この体が───本能から避けている!)」
苦し紛れに鳴くことしか出来ず、■■はそのまま歩を進めて黒花に触れた。そして、少し顔を伏せて、どこか悲しそうに口角を下げた。
「そう……貴方もただ、会いたい人が居たのね」
黒花から伸びた蔦が、まるで庇うように■■に怯える黒猫に絡まった。それを見て、黒猫も猫でありながら人でもわかるくらい、悲しげに顔を歪める。
「その猫は、本当に黒木深紅さんなのかい?」
「厳密には、違う。彼女は死んだ。ただ同じ思考と記憶を持つ個体なだけ」
その事実は、黒猫自身がよく分かっていたことだった。自分は黒木深紅の代わりには、美南佳奈にとっての黒木深紅にはなれない。
あくまでも黒木深紅を模倣した存在なのだ。
黒花の周りで死に絶える大勢の人間。黒花に《力》を与えられ、奪われた末路。
そして、使用者本人も……本来の能力者ではなかったが故に、その力に呑まれて───最後に残ったのは『意志』だけだ。
トン、と。
■■の胸から『棘』が生えた。
しかし狼狽えることなく■■はその出所を辿り、後ろを振り向く。
「──札木。私にこのような真似をして、どうか出来るとでも?」
「君は血棘の能力を良く知らないね」
血が止まる、このままであれば絶命するはずの傷……貫かれたままであるのに、まるで問題なく、■■の命は継続する。
そもそも血棘の『棘』が『龍血』に触れた時点で、彼こそがただでは済まないはずだ。身体の一部に『龍血』が取り込まれれば、必ず『逸れる』。
「私が彼に『血棘』という名を与えたのは、我ながら物凄く短絡的な理由なんだ。彼が操るのは血液だ。そして……」
それはもちろん、知っている。
札木の後ろから現れた血棘。彼の手の先から『棘』が伸びている。いつもは首筋から出しているのに、なぜか今は手のひらから操っている。
「"前回"、血棘が何故───君の言いつけを破って『周防真守』を手にかけたと思う?」
札木の口からあり得ない言葉が出てきて、■■は流石に驚いた。しかも不愉快な内容だ、眉を顰め、怒りを露わにする。それでいて頭では札木の言葉から得た情報を元にとある答えに辿り着いていた。
「能力の進化」
「君の兄……いや、今はヒカリちゃんだが、《保存》の力の影響下にあったのは『真守くん』の魂……いや、記憶か。それだけではなかった」
血液を元に『棘』を生み出す能力。そして、今■■の胸に刺さるこれは───これに刺されてから身体の動きの一切が封じられている───『龍血』そのもの、つまりは自分自身の血液かと、■■は推察した。
「血棘は、真守くんの身体に『私の血』を残した。他人の血液を操れるようになったのは前回からだ、君にも知られず……血棘はよくやってくれたよ」
側に立つ、前回ではなく今回の未だ幼き彼の頭を撫で、札木は僅かに微笑んだ。
「賭けではあったがね。持ち越せたのは僅かな記憶だ。だがそれで充分だった……君の目的が、私のそれとは違うと知れたことが、最も重要なんだ」
「───私の力を、黒木深紅の力で操れるとでも?」
『同じ目的』を持つ札木の元へ、黒花が集まっていく。これは彼がそうさせたわけではない。黒花が、ただその目的を達成するために……唯一残った『意志』を完遂するために、利用できるものを利用しようとしているだけだ。
黒花が札木の背中へ移動する。天に伸びていた巨大な花から小さな花へ姿を変えて、もう逃がさないと言わんばかりに札木の身体に蔦を這わせていく。
「君自身も、操れるものではないだろう。何もしなくても君の『龍血』は世界を『逸らす』。私が操るわけではない、少し……場を作るだけだ」
「先生、これであんたの願いは叶うのか?」
血棘の目的は、ただただ自身を救ってくれた札木への恩返しだ。彼の望みを、叶える為の行動を取る。
ただ、義理を果たす為に。血棘は何があろうと札木の味方をする。
「わからない。叶うといいな、私はただ……彼女にもう一度逢えればそれでいい」
例え世界が滅びようとも。
札木はたった一人の愛する人へ逢う為に。
「私が生み出してきた億にものぼる数の能力者の誰にも、因果をも捻じ曲げることすらできる能力者の誰にも、貴方の願いを叶えることはできなかった」
「だから今回は私がやる。やらせてくれ、そうでもしないと私は生きていけないんだ。君ならよく分かるだろ?」
風を切る音ともに、地面から屋上の高さまで黒花の蔦が伸びてきた。■■がいきなり現れた蔦に視線を向けると、その先には一人の人間が絡まっていた。
「な、えっ?」
戸惑い、驚きに満ちた表情でバタバタと体を暴れさせる、兄───いや、今世から姉となった■■の家族だ。
「《保存》は重要だ。もし今回失敗しても……次に臨む為に」
だが、蔦が連れてきたのは辰蔵光だけではない。
光の近くにいた、彼女達もまた……その蔦を咄嗟に掴み、ここまで共に来ていた。蔦を蹴り、屋上に着地する二つの影。
周防真守と、周防潔である。
血棘が二人を見てすぐに構える。何故周防真守が生きているのかはわからないが、そもそも横にいる周防潔がこの場にいるだけで全てがふいにされる可能性が生まれたからだ。
彼女に抵抗できるとしたら、おそらく血棘しかいない。今までは他人の血液を操ることを封印していたが、もう隠す必要も無くなった。例え超常的な再生能力があろうと、その身に血が流れている限り血棘の能力から逃れられない。
条件としては、肉体から離れ血棘と一定距離内にある血液か、もしくは能力影響下にある血液が対象の血に触れる必要があるのだが……攻撃に対して避けずに突っ込んでくる潔相手にその心配はない。
「どうして……? 真守……いや、真守、さんが」
泣きそうな顔で、そう呟く■■を真守はチラリと見た。真守の表情は、なんとも複雑な感情を蓄えており、そのせいか何も言葉は出てこず視線を逸らす。
ぴょんっと、黒猫が真守の肩に乗り、小さく状況を伝えた。
「《ネクスト》のやつに『黒花』が取られたわ。これから、もっと大勢の人間を犠牲にして何かをするつもりよ」
「佳奈さんは……?」
真守の問いに、黒猫は答えなかった。それで何かを察した真守も追及を止める。
札木。
真守はそう呼ばれる男を見た。黒花を従え、落ち着いた様子で立って、こちらを伺っている。仕掛けてくる様子はない。
真守の記憶には、彼のことが残っていない。おそらく彼が本格的に《ネクスト》に絡み始めた時点では死亡していたのだろう。
だが、彼の目的は■■の記憶が真守と交差した時に、知った。その為にやろうとしていることが、ただ大勢の人を犠牲にするものであるということはクロキに言われなくとも理解していた。
「君は───真守くん、と呼んだほうがいいのかな」
潔がなんのことだと真守の方を見た。その視線に「なんでもない」と目だけで答えて、真守は強く札木を見る。
「私は、周防真守だ」
「そうか、真守ちゃ……真守、私と少し話をしないか」
一度空を見上げて、眩しそうに目を細める札木。どこか哀愁を漂わせて、顔を下ろし、真守の方を見る。
「これから私がやることに対して、君がどう考え、どう動くのか……『今』の君が、どうしたいのかを」




