四十話 自宅会議
「やらかした」
意外と受け身は取れていたのか、背中から叩きつけられた怪我は然程重くなかった。医者は「意外と身体丈夫だよね」なんて言っていたが、もし数年前ならもっと酷い怪我をしていたと思うから、今までのトレーニングが身を結んできたのだと実感する。
俺以外に、先に暴力を振るわれていたらしき子達は皆病院送りだし。
だが、俺の怪我はこれで何度目だという話だ。普段は潔が怒り狂っている為あまり口を出さないようにしていた両親からも、さすがにもう少し身の振り方を考えろと大層絞られた。
で、3日経った今も大事をとって自宅療養中だ。
寝巻きから少し外行きの服に着替える。出かける用事があるわけではない。身体の調子が良くないわけではないが、来客があるのだ。
「大人しくしてたか? 真守」
そう言いながらフルーツを片手に家に来たのは紅子だ。いつものパンツスーツ姿で、仕事を休んでまで俺の様子を見ていようとしていた親に自ら面倒を見ると言ってくれた。
「ごめんなさい、わざわざ休日に」
「いやなに、潔から聞いてね。あの子も私と同じような考えだったよ、真守を止める事は不可能だからせめて目に付く範囲にいてほしいってね」
「……すみません」
家に招き入れ、ソファに座ってもらい俺はお茶の準備をする。
「どうだ? 身体は、軽傷だとは聞いたが……話を聞く限り、軽傷で済んだのが不思議だがな」
「無我夢中だったのでよくわからないんですが、上手く受け身取れてたみたいで」
壁に叩きつけられた時、彼は中学生離れした膂力を発揮していたため自らの身体も破壊していたらしい。といっても筋を痛めた程度らしいのは、おそらくあの『黒い花』が補助をしたのだろう。
「潔もいい加減諦めがついたらしい。なんでも《対魔》の子達からも口酸っぱく言われたようでね。真守は能力者の起こす騒動に巻き込まれる運命にあるって」
「紅子さんも、それを信じるんですか」
俺は紅子が運命などといった不確実なものをあっさりと信じていることに驚いた。
「そりゃあ、斉藤カズオキの件から真守のことを見てるんだぞ? 運命だと思った方が気が楽さ」
説得力がすごい。
最初の頃は自ら飛び込んでいたようなものだけど……今思い返せば、神楽アツキの時も随分と都合の良い展開で奴と出会えたような気はする。
「潔も、流石にこの『黒い花』が起こした事件……しかも、偶然とはいえ真守の友人がもたらしたものに、タイミングよくお前が干渉したことに諦めざるを得なかったということだ。あれほど、真守と能力者を切り離そうとしていたんだがな」
「あれほど?」
気になった部分があったので聞き返すが、わざと無視された。俺はムッとしながらも、「まぁなんとなく察するところではあったけど」とため息を吐く。自分のせいだという自覚はある。
「私たち警察が確保していた『黒い花』の所有者は、お前のところとは違う『強化』がされていた」
「強化?」
「そう、おそらくは思考力の加速だ」
紅子が以前電話で話していた補導されているという高校生、結局その本人が『黒い花』の所有者だったという。
「黒い花はな、首元から背中にかけてまるで背骨に根差すように生えていた。そして本人が言うにはギャンブルで荒稼ぎをするために思考力を向上させていたらしいんだ。本人が言っていた」
紅子がその証言の場にいたのなら、少なくとも本人の言葉の真偽は見抜ける。
「私達も、ある程度のテストをしてみたんだ。ここだけの話、司法取引のようなものになるんだが……まぁ大きな声で言えないそれは置いておいて」
紅子はカバンからぺらりと紙を一枚差し出してきた。そこにはかなり多い桁の数字を使った数式が書かれてあったり、謎掛けのような文章が書かれていたりした。
「そいつの通う高校の偏差値や、彼自身の成績からは違和感なほど『早く』その問題達を解いてみせたんだ。それだけで判断できるものではないが、十分な材料となった」
思考力の加速。数式や謎掛けは大した難易度ではない。だが、特に数式は桁が大きいのもあって時間がかかる。その時間を、単純に短縮できるほど思考力が上がるのか……。
「私に怪我をさせた彼は、単純な筋力の増加に見えました。思考力の加速よりも分かりやすい『強化』……」
紅子が『強化』だと口にしたのは、つまりそういうことだろう。黒い花の『願い』の叶え方とはつまり───だが、まだ二例しかないので決めつけるのも良くない。
「今は他の事例も探しているんだが、一つ問題が起きてな」
ため息を吐いて、紅子は続ける。
「お前を襲った少年や、私達の確保した高校生もだが……黒い花が消えてしまったんだ」
そして消えた同時に、彼らの『強化』されたものは元に戻ったらしい。俺は顎に手を置き、考え込む。ふと、お茶を抽出し過ぎていることに気付き慌てて茶葉を抜く。
「ご、ごめんなさい、ちょっと濃いかも」
「別に気を使わなくてもよかったのに」
一旦話を中断してお茶を並べることにした。そんな時、急に家のインターホンが鳴る。誰だろう? と思い家の中のモニターを確認すると、そこには驚きの人物がいた。
「せ、正弦さん?」
*
「濃いな」
「うるさい」
急に訪ねてきた正弦をうちに招き入れ、紅子の存在に気が付き意外と丁寧に挨拶をする正弦はテーブルにつくなり俺の用意したお茶を啜って文句を言ってきた。
ついつい悪態をついてしまい、じろりと睨む。だが彼は一切気にすることなくお茶を啜っていた。
「鈴木さんも『願いが叶う花』の件について知っているのか?」
そして次に発したその言葉に、俺は頷いて答える。するともう一度お茶を啜り、正弦は息をゆっくりと吐いてから話し始めた。
「要件は、それだ。とりあえず確認できた『花の所有者』は二人、そしてどちらもすでに『花』を失っている」
「それはいつだ?」
淡々と話し始める正弦に、食い気味に紅子が聞く。
「昨日、気付いた時にはと言っていた」
「真守をやった奴も、補導した高校生も同じだ」
俺はそれを聞いて頭で整理する。仮に『黒い花』を広めた『能力者』がいるとして、ほぼ同時期にその花を回収した……? 仮にそうだとして、なんのために?
「その、二人はどのような願いを叶えたんですか?」
「一人は忘れることのない記憶力。もう一人は、人とうまく話す為のコミュニケーション能力の向上だ」
どちらも、人体への干渉で終わる範囲……例えば金が欲しくて金が手に入るような、目に見える『モノ』として願いが叶うパターンではない。
「私と、紅子さんの所の例と合わせて考えると、やはり『身体能力の強化』にあたる願いを叶えるとみて良さそうですね」
俺は仮説を口にする。コミュニケーション能力を身体能力の強化と取るかは、なんだか違うような気もするが。
「体に取り付いてる時点で、その方がしっくりくるしな。それこそどんな願いでも、となったら……それを一体どのように叶えるのか予想もできない」
「体に取り付く?」
どうやら正弦は黒い花が人に根を張ることまで知らないらしい。なので俺と紅子で説明した。その時に俺はふとあのことを思い出す。
「そういえば私が戦った彼、あの黒い花が蔦みたいなの伸ばしてきて、私の蹴りを止めたんですよ。そのせいで怪我をすることになったんですが……」
「それはまた、ややこしい情報が出てきたな」
三人で情報を出し合って、やはりこれは能力者によるものだろうとあたりはついたものの、だからと言ってそれが悪性からのものなのか善性からのものなのかわからない。
「そもそもだが、何かデメリットはあるのだろうか」
正弦の言葉に、あの時暴れていた彼の目が思い出される。
「大吾郎が、陶芸師に注射を受けて暴走していた時と似たような目をしていましたね、手に入れた力に呑まれているような……」
それを聞いて正弦は僅かに考え込み、どこか納得したような顔で俺をみた。
「それだ。記憶力のやつは、その力を使って必要以上に論文を暗記しようとしていたし、コミュニケーション能力のやつはあまりにも大勢のやつに話しかけていたものだから、収拾がつかなくなって花を失った後は大学に来ていないはずだ」
力に、溺れるということだろうか。俺と正弦が紅子をみて、彼女もなるほどなと言いたげな顔で頷いた。
「高校生のやつも、賭け麻雀をしている所を一緒に補導されたんだ。願えば、それを叶えないと気が済まないのかもな」
そうなると俺の学校の彼のように他人を害する力を手に入れた場合、俺や彼に病院送りにされた子達のように怪我をさせられる事件が発生しうる。
「この黒い花の出所……それを見つけないと」
「一人、怪しい奴がいる」
俺の言葉にそう返してくる正弦。思わず彼の顔を見て、何やらバツの悪そうな顔をしていることに違和感を覚える。
「美南佳奈、覚えているか? 俺達……京都で、《ネクスト》からの攻撃を受けて俺以外に唯一生き残った女だ」
もちろん覚えている。フルネームまでは知らなかったが。
「その人が、えぇっと。気を取り戻したんですか?」
だが、今あの人は心神喪失状態だったはずだ。紅子を見ると、彼女も聞いていないと言いたげな顔をしている。紅子もいることだし正弦の証言を疑うわけでもないが、警察は美南にも事情聴取したいと考えていたはず。
「いや、違う。美南の……古くからの友人と言うべきか。そいつが大学構内で『花』について調べている時に接触してきた。これは勘だが……奴が黒だな」
勘ということは、確証がないということか。なのにコイツのこの自信のありようはなぜなんだろう。というか、早く言えよ。俺と紅子がなんとも反応に困っていると、正弦は紅子の方を見た。
「なのでちょうど今日は真守に、鈴木さんと連絡をとってくれるよう頼みにきたんだ。『嘘を見抜く力』で、そいつの真意を見抜いて欲しい」
おまけ
真守・紅子(なんで用件をすぐ言わなかったの?)




