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三十四話 修学旅行



「修学旅行?」

「はい、京都に……」

「ふん、ちょっと待ってろ」


 雨宮道場で稽古中、明日からは来れないと正弦(セイゲン)に伝えると理由を聞かれた為、修学旅行があるのだと伝えた。

 すると彼は手に持っていた竹刀を置いて道場の隅に置いてあった携帯を手に取る。スマホが普及し始めてしばらく経った今、珍しく折りたたみ式携帯を使う彼は少し辿々しく操作したかと思えば、俺に対してその携帯を渡してくる。


 画面には、京都で有名な店のホームページが開かれていた。首を傾げると、彼は真顔で頷く。


「そこのお茶を土産として買ってこい」

「……はい」



 *



 というわけで、修学旅行だ。

 クラスの中で数人の班を作り、学校の決めたスケジュール通りに観光する。俺は女子にあまり好かれていないので、同班には花苗しか女子はいない。あとは3人ほどの男子だ。

 小6ともなれば女子との行動を気恥ずかしいと思うのか、ほどほどに距離を保ちながら無難に時間を過ごしていた。


「あ、ごめん。私ちょっと寄りたいところがあるんだけど」


 修学旅行で京都といえば、神社仏閣巡りだろう。小学生のほとんどはあまり興味を持てなかっただろうが、その分というべきか有名所を周り終えたあとの自由時間は大層テンションが上がっていた。

 ちなみに大人の精神と記憶を持つ俺にとっては神社仏閣は過去に小6として来た時よりも楽しめた。

 どこか懐かしいという気持ちを、ついポロリと溢したのを花苗に聞かれて誤魔化すのには苦労したが……。


 自由時間ということで、俺には済ませておくべき用事があった。そう、正弦へのお土産だ。幸いにも自由時間に移動してもいいと指定されたエリアにその店はある。

 他の人達への土産も、同じところで買えばいいだろうか……と考えながらも、店の場所まで行くと他の班員が回りたいところに回れないかもしれないのでまず一声かけることにした。


「私は、真守ちゃんと一緒に行くよ」

「えー? 俺達はそこまで行くのもなぁ」


 すると花苗はニコニコと俺についていくと言うが、男子からは不満が出た。


「じゃあ、集合時間前にどこかで待ち合わせて、それまでは別々で行動しようか」


 そういうわけで男子の一人と連絡先を交換して俺と花苗は離れた。その際に、俺と連絡先を交換することになった男子が肩を小突かれて揶揄われていたが……そういう男子同士のノリ、あったなぁ。


「なんでその店なの?」

「あぁ、知り合いがさ、わざわざここの! って指定して来たんだよ」


 さすがは京都というべきか、日本人や外国人問わず観光客で溢れている。そこを花苗と二人でおしゃべりしながらなんとか目当ての店に着き、物色を始める。

 ふと、視界の端に何やら背中に長物を背負った着流し姿の男がいたのでそちらを見る。さすがは京都というべきか、とそこまで考えて俺の喉から蛙を潰したような声が出た。


「せ、正弦さん……?」

「だれ?」


 愕然と呟く俺に、きょとんと首を傾げる花苗。俺の気配に気付いたのか土産用のお茶が並ぶ商品棚を見つめていた正弦が首を回して俺を見る。


「ん? 真守か。偶然だな」

「偶然だな、じゃないですよ! 私にお土産頼んでおいてなんでここにいるんですか! というか大学は!?」


 今日は平日である。彼は一応大学生のはずなので、普通に授業があるはずだが……。


 俺の言葉に、無言で正弦は親指を立てて店の奥を示す。奥には店内飲食用のテーブルがあり、そこに大学生と思われる男女数人が談笑しながらお茶や茶菓子を頂いていた。


「友達いたんですね」

「どういう意味だ」


 そういう意味である。俺は驚きに目を見開いたまま、大学生の友人らしき人達の服装は彼と違ってよくいる若者ファッションなのを確認し、やはり何度でも同じことを考える。友達いたんですね。


「いや、授業は?」

「フィールドワーク、というやつだ」


 そもそも友達がどうこう関係なく、平日なのに授業はどうした? ということを聞きたかったのであった。ふと、正弦と会話していて花苗のことがすっかり頭から抜けていた俺は慌てて彼女の方を見る。

 すると彼女は正弦の顔を見ながら少し考え込んでいて、なんだか腑に落ちないと言いたげな、不思議な顔をしていた。


「花苗? ごめん、この人は前にも話した……剣術道場の人」

「あぁ〜、聞いたかも。真守ちゃんが言ってた若いイケメンさんね」

「ほぉ、意外とませたガキだったんだな、お前」


 確かに花苗に対して、正弦の事を伝える際に分かりやすい外見の特徴をそう口にはした。だが素直に外見を誉めていた、という事実を本人に知られるのは流石に気恥ずかしいが、その本人の反応がまるで可愛げのないものだったのでその気恥ずかしさもすぐに飛んでいった。


「私だって、他人の外見が世間一般的に見て整っているか否かくらい分かりますし」

「ふん。なんだその言い回しは、背伸びしやがって」

「……う、うざ」


 つい年齢相応の言葉遣いになってしまう。そんなまるで兄に対する反抗期の妹みたいな反応をする俺を、珍しいものを見るような目で見つめている花苗。俺は彼女の方を向き、ため息を吐きながら説明する。


「こんな感じで、独特な人なんだ」


 流石にコメントに困るのか苦笑いを浮かべる花苗。うんうん、気難しそうで何も言えないよねこの人。

 店の中でこれ以上立ち話し続けるのもよくないと思いその場を立ち去ることにする。


「正弦さんにお土産買いに来たのに、本人この場にいるし別の物を買いに行きますね」

「あぁ、お前のセンスに任せる」


 ふい、とこちらから目を離してまた商品に目を移す正弦に、思わずため息を吐きそうになるが呆れた視線を向けるだけにして、花苗を連れて店の外へ向かうことにした。


「お土産は別で買うんだね」

「え? まぁ、そりゃぁ……あ、そういえばせっかく来たんだし、花苗もこの店で何か買うつもりだった?」

「ん? お母さんへのお土産をどうしようかとは悩んでたけど……」


 やはり、それは悪いことをした。とはいえ花苗的にはこの店じゃなくても良さそうなので、せっかくならこの近くでいいお土産を探そう、と提案しようとしたところで


「君達」


 突然、白髪が目立つ痩せぎすの男に呼び止められた。地味なシャツにズボンというシンプルな出で立ちだが、どこか雰囲気のある人だ。


「俺の大学の教授(せんせい)だ」


 いつの間にか近くにいた正弦がそう説明してくる。いきなり現れた正弦にもだが、突然初対面の男に呼び止められてこちらは驚いているのだが……と口にしようとしたところで


「これ、せっかくだからお土産にどうぞ」


 教授さんからこの店の袋を渡される。中を覗き込んで見ると、二つだけお茶の袋が入っており、何故突然? と俺は首を傾げた。


「彼はつれない男だろう? 代わりに私からのお詫びだよ。全く、こんな可憐な知り合いに会ったのなら、お茶の一つでも奢らんか正弦くん」

「……コイツも、特にその友達は見知らぬ大人に囲まれては落ち着かんでしょう」


 一応、初対面の花苗に気遣える感性はあったのか。親しげに会話をする正弦と教授さんを見つめながらそんなことをぼんやり考えていると、話し終えた教授さんがもう一度俺達の方を見る。

 すると、俺に手渡してきた袋を指差して「二人分だよ」というので、意味を察した花苗が「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言っている。

 とりあえず教授さんから頂いたお土産は後で分けることにして、俺たちは今度こそこの場を去ることにした。

 正弦の友達らしき大学生達もにこやかに手を振りながら俺達を見送ってくれ、とはいえ人がそれなりにいる店内で騒ぎすぎただろうか? と罪悪感はあったが、修学旅行という非日常の中で思わぬ人に会った事は何やら不思議な気分になるようで、我ながら少し浮ついた気持ちになっていた。



 店を出てすぐに視界の端で、小さな影が人にぶつかってよろめくのが見えた。


 咄嗟に背中に手を回して体を支える。細く、柔らかい……大体俺と同じくらいの体格の少女だ。

 彼女に感じた印象は、『黒』。


 黒い靴、黒いタイツ、黒いワンピース、黒い手袋。全身が黒い服装だった。


 それだけではない。肩あたりまでの艶のあるまるで漆黒の髪、そして何より……どこまでも深い……暗黒の瞳。

 黒い少女を見て俺は一瞬時が止まったかと錯覚するくらい硬直し、頭の中で彼女の印象をそうやって並べていた。


 そして言葉にはできない、ただ……気になる。そんな不思議な感覚があり、背中に回した手、彼女の体重がかかる腕に少し力が入る。


 彼女も、俺の顔を見て硬直していた。視線がぶつかるその瞳は見つめ続けていると深く吸い込まれそうで──


「綺麗な目」


 ふと、素直にそう思った。

 白は曇りなく、そして際立つ黒の虹彩は波一つなき湖面の如くどこか神秘的な輝きを持つ。



 俺のその言葉に、少女は目を見開いた。やがてその瞳を少し潤ませたかと思えば、突き飛ばすように俺から距離を取る。


「真守ちゃんど──」


 様子を伺っていた花苗が流石に何かあったのかと心配の声を上げて、しかし直後に黒い少女の方へ勢いよく顔を向けて睨みつける。

 黒い少女の方も、花苗のことをどこか鋭い目つきでジッと見つめている。


 数秒、見つめあっていた二人は同時に目線をずらす。そのまま黒い少女は人混みの中に消えていき、見失ってしまった。


「ごめん花苗、さっきの子が転けそうに見えてさ…….つい手を伸ばしたんだけど、なんだか……すごい気になって……」

「ううん。私も──いや、すごい、雰囲気のある子だったね」


 二人で首を傾げあって、しかし名前も知らない相手のことをいつまでも考えていては仕方がないので、頭を切り替えて自由時間の続きを楽しんだ。








 俺達の学校は旅館に泊まる事になっていて、俺は時間で区切られた大浴場での入浴時間が終わると、旅館のロビーのようなところでソファーに座りスマホを弄っていた。

 横には俺と同じく風呂上がりの花苗がいるのだが、しっとりとした髪に上気した肌は小6とは思えない色気を放っており、少し離れたところからこちらに視線を向ける男子は少なくないし、なんなら子供だけではない男の先生……だけでなく女の先生すら目を奪われている様子が見受けられた。


 修学旅行といえば、好きな子への告白とかそういうイベントがあるのだろうか……。しかし、普段ともに行動していて視線を感じるからこそわかるのだがウチの学年の男子はそのほとんどが花苗に恋慕している節があり、そして彼女はまるで同級生男子には興味がない。なので先程から告白のためにか呼び出されそうになっても、断っている。

 なんというか、その断られていた男子の中に好きな子がいるであろう同年代の女子達には同情する。俺も男の精神があるとはいえ……この花苗という少女の容姿にはまるで敵わないと女子目線で思う時がある。


 スマホから目を離し俺がジッと、花苗の事を見ていることに気づいた彼女は首を傾げて微笑んできた。


「どうしたの?」

「……いや、花苗は美人だなって。何回か声かけられてたのも、どうせ告白とかでしょ。ちょっとくらい対応してあげればいいのに」

「うーん、あれくらいの対応しないと、他の女子から酷い目に遭うかもしれないのは真守ちゃんもよく知ってるでしょ?」

「花苗を虐めようなんて思える子いるかなぁ」


 花苗は同級生とは思えない空気を持っている。それはもはや畏怖を感じるくらいで、そんな彼女を害しようなんて中々考え付かなさそうだが。


「そうでもないよ。女は怖いよねぇ」

「……うん。それはすごく思ったなぁ」


 これは、まさに記憶を取り戻してしばらくした時に痛感した。男子との接点が減っていったのも、俺が周りの女子に萎縮して男子を避けていた事も理由だろう。



「そういえば潔さんに写真送ってるの?」


 花苗にそう聞かれて、先程までスマホを弄っていた理由を当てられたので頷く。そう、潔からは旅行先での写真を後で送るよう言われていたのだ。

 なので要所要所で花苗や他の班員とも写真を撮ったりして、今まとめて送っていた。


「うん、なんか何度も言われててさぁ……今まとめて送ってるんだよね。てかなんでわかったの?」

「……それは、潔さんからしつこく連絡が来てたからだよ」

「……あー、心配症だよね。ごめん」


 どうやら何度か花苗の方に潔から連絡が行っていたらしく、しかもその頻度は俺に対してよりも多そうだった。それは、申し訳ないことだ。


 ──潔の心配症にも困ったものだ。流石の俺も、学校の行事で変な行動など取らない。


 しかし記憶を思い出してから今までの俺が積み重ねてきた行動のせいで、現在花苗にまで迷惑をかけてしまっている事は申し訳なく思っている。



 その後、就寝時間が近付いて来たためスマホの電源を切って貴重品と共に先生に預けることになった。もちろん盗難等のトラブル対策だ、朝になれば返してもらえる。


 もし、修学旅行におけるこの貴重品を預けるルールがなければ俺は潔の心配しているであろう『暴走』をしていたかもしれない。





『────で、死傷者も出ており──軽傷者が一名、現場には人間の手が──身元の確認を──』


 朝になって返却されたスマホの電源を入れ、届いていたいくつかのメッセージに目を通す。


『あうたー』


 短い、ただそれだけ書かれた正弦からのメッセージ。


『──被害に遭ったのは大学生数名、50代の引率教員──市内の病院に搬送され──』


 朝食を終えて、荷物の片付けの為に部屋に戻ってつけたテレビのニュース。速報で流れる事件。


 正弦に送った、何があったのかと問うメッセージへの返信はなかった。


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