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三十話 前を向く


「元気がないな、どうした?」


 超能力者対策部。警察内に出来た、能力者(アウター)専門の部署。そこに所属する彼らに与えられたのは、そんなに大きくない地方署の……その中のさらに外れに位置するあまり使われなくなった倉庫に似た部屋だった。


 見るからに冷遇されているそこだが、唯一メリットがあるとすれば人目につきにくい事で俺のような部外者が気軽に入ることができる。許されるのかどうかはよく分からないが……。


 そんなわけで、その部屋の中に置いてあるソファーにぐでっと体を預けていると、暇そうにしていた大観(タイカン)がコーヒー片手にそう聞いてきた。


「……ちょっと、色々と考え事があって」


 未来を見ることのできる能力、『龍眼』。

 (トオル)が《対魔》を結成した理由は、『龍眼』で見た『変革の時』という未来を止めるためだった。

 その結成理由を『兄』の時は知らなかったが、ようやく合点がいった。《対魔》は『変革』より以前から結成されていたことは知っていたからだ。


 次に考えるのは、『兄』の時に《対魔》は『変革』を止められなかったということ。そして俺が知らない『龍眼』の少女……天子(テンコ)

 更にもう少し踏み込んで考えることがある。(イサギ)のことだ。彼女は《対魔》と関わりがあった。


 嫌な『記憶』を思い出す。『(マモル)』の記憶。潔の首。何かしらの『能力』で、まるで生きたまま時を止めたような『保存』された状態。


 そして、身体がバラバラになっても瞬時に再生する……潔の能力。


 思い返すと、(マモリ)(マモル)も潔が怪我をした姿を見ていないような気がする。少なくともはっきりと記憶に残るような大怪我はしていなかった。


 潔は、能力者だった。

 彼女は《対魔》と関わりがあった。

 彼女は『変革』より以前に殺された。

 彼女の首は『保存』されていた。

 そして、《対魔》と《ネクスト》は対立していた。


 これらから推測される、潔の死の……真相。



「シワになるぞ〜若いうちから気をつけておかないとって、すげえ肌プルプル」


 いつのまにか眉間に皺が寄っていたのか、暇そうにしていた紅子(ベニコ)が近づいてきて俺の顔を伸ばし始めた。されるがままにしていると、紅子は勝手に俺の肌を褒め称えて盛り上がっていく。

 大観や巾木(ハバキ)と言った男性陣は女性の肌について言及することはないのか、どこか微笑ましい顔つきでこちらを見ているが無言である。


「おーう。元気かー。あそびにきたぞー」


 突然、部屋の扉を開けて大吾郎(ダイゴロウ)が入ってきた。怪我の影響は本人曰くまだ残っているらしいが(腰が痛いと言っていた)、見る限りは元気そうだ。


「ここ一応、部外者がホイホイ入れるようなところではないんだが……」


 大観が呆れ顔で大吾郎を迎えるが、言われた大吾郎はと言うと全く気にしていない顔でソファの俺の横に座り、ふんぞりかえる。


「いや誰も止めてこないし、てかすごい冷遇されてないか? 『超能力者対策部』? だっけ」

「警察でも、能力者(アウター)のことは認知しているはずなんだけどなぁ……」


 大観が少し悲しげにため息を吐いて、机の上に置いてあった資料を手持ち無沙汰にペラペラと捲りすぐ手を離す。


「本庁の方で、わずかに動きはあるようですが……少なくとも表立った発表はないですね。これは隠しているのか……もしくは、何かの意図があるのか……」

「まぁ、病院の件も確たる証拠が残ってるわけじゃないしなぁ」


 巾木の言葉に、大吾郎はそう答えてソファに深くもたれかかる。


 病院には監視カメラがいくつもあったが、兎城(トジョウ)の能力はあまりにも規模が大きくその全容はほぼ記録できていなかった。

 そのせいなのか、神楽アツキの件があったとはいえ警察が能力者(アウター)に対して動いたのは今ここにある『超能力者対策部』の設立のみ……メンバーは、まさかの大観、巾木、紅子の三人だ。


「未来ではもう少しいたけど、『変革』の後でしたからね」

「そういえば、真守の言っていた中学生集団とは会わせてもらえないのか?」


 そう聞いてきたのは紅子だ。俺は腕を組みムムムと唸る。


「それなんですけど、なんだか……あの、『未来』を見ることができる能力者(アウター)が、警察とはあまり関わるべきではないとの考えらしくて……」

警察(われわれ)の中に、不安要素があるということでしょうか……」


 現状の対策部メンバーは大丈夫なのだと思うが、もしかしたらそれ以外の警察に《ネクスト》の手の者がいるのかもしれない。

 そうでもないと、陶芸師(ポッター)があれほど気軽に人を殺すのに問題になっていないことの説明がつかないのではないか? と以前俺達の中で話に出たのだ。

 事件の隠蔽など、そんなことができるとすればかなり上の存在になるわけで……考えたくはないが。


「どうにか、紅子さんだけでも会ってもらえないかと画策はしているんですがね」


 紅子の嘘を見抜く能力。『龍眼』は未知数だからこそ、彼女の能力ならば少なくとも天子の真意は見抜ける。


「その前に、潔とも会わないとな」


 紅子が少し緊張した顔で言う。紅子と潔はそこそこ知った仲だ。しかし、今までは『互いに』相手が能力者(アウター)だとは思っていなかった。


「そういえば、潔に私が能力者(アウター)だと伝えているのか?」

「……うーん、まだです」

「……大丈夫かな?」

「……分かりません。潔はちょっと激しい一面がありますしね……。私の今まで負ってきた怪我について色々と思うところがあるらしく……なんと言いますか、紅子さんがその場にいた事が多いこと知った時に……やばいですかねぇ?」


 対策部メンバーには、《対魔》のことや病院での戦闘のことなど詳しく説明している。潔の戦闘能力もだ。

 そして……天子の家である龍雲寺(リュウウンジ)家で、俺が潔に大層絞られたことも……。


「激情家ね、姉妹だな」

「私も確かに、ちょっと向こう見ずなところがありますけど……でも潔ほど捨て身じゃないというか……いや、あんなの目の前で見せられたら……未だに夢に見るし……」

「少なくとも真守にその文句を言う権利はないな」

「……潔にも言われました」


 普段は優しい口調の潔が、真顔で本気の説教をかましてきたのだ。


『真守ちゃんは自分のことが見えていない』

『家族がどれほど心配するのか、これで分かった?』

『私は治る、真守ちゃんは治らない。この、大きな差が分かる?』


 言い返せなかった。

 確かに斉藤カズオキに始まり、神楽アツキでも俺の身体は傷だらけになった。家族が傷付く、その辛さは俺もよく知っている。それを家族に味わわせていた……そのことに、気付いていなかったわけでは、ない。


 見ないようにしていた、自覚はある。


「そういや、お前の姉ちゃん。お前に輸血してたな。めっちゃ強引なやり方だったけど」


 ふと思い出したように大吾郎がそう言って、俺はギョッとした。


「え? どういうこと? いつ?」

「いつって、病院がなんか崩れた時だよ。なんかバリア貼る子のおかげで俺も無事だったんだが、ちょうど目を覚ました時に真守、お前の切れた腕に自分の血流し込んでたぞ」


 俺が目を覚ました時、腕に傷なんて無かった。


「真守、大吾郎さんは嘘を言ってないぞ……?」

「でも私、腕なんて怪我をしていなかった」


 荒波に蹴られた肋骨は折れたと思っていた。でも目を覚ました時、多少の打ち身程度だったことに驚いた記憶がある。


「ん? てっきりお前の姉ちゃんには人を治す力があるのかと思ってたが」


 大吾郎のきょとんとした顔に、俺は頭を捻るしかなかった。もしかして潔の力は自対象だけではなく、他対象にも影響が……? 



 *



「……ッチ。見てた人がいたんだ。先に言っておくけど、血のつながった真守ちゃんにしか無理だし……何度もやれることじゃないと思う」


 バレたか、とでも言いたげな顔で潔は言う。


 家に帰ってきてすぐの潔を捕まえ、大吾郎から聞いたことを聞けば誤魔化すことはせず、すぐに白状した。


「私の『再生』の力はあくまでも私に対しての力。血の繋がった真守ちゃんには確かに影響を与えることができた……けれど、本来の能力者(アウター)ではない真守ちゃんにかかる負担は、尋常ではないと思う」


 特に、違和感はなかったけどな。俺がそう考えていると、潔はそれを見抜いたように鋭い視線を向けてくる。


「真守ちゃんは、私達のような能力者(アウター)に詳しいみたいだから、あえてこう言う言い方をするね。『私がそう確信している』」


 原種(オリジン)能力者(アウター)は、自身の能力について自覚がある。その自覚には段階があるようだが……潔がこう言い切ると言うことは、今の時点でもその通りの確信があるのだろう。

 しかし潔は俺が無茶をしないように嘘をついている可能性もある。なので一応、保険として……。


「あー、真守。潔の言うことは本当だ」


 気まずそうに別の部屋から顔を出した紅子に、潔は驚く素振りも見せず俺に向けていた鋭い視線をそのまま紅子に向ける。


「……紅子さんでしたか」


 どうやら俺以外に人の気配があることに気付いていたらしい。そしてその口振りから、ある程度の推測は立てていたようだ。紅子は覚悟を決めた顔で、しかし少し気まずそうに頬をかきながら白状する。


「潔、急な話なんだけど……実は私は、『嘘を見抜く』能力者(アウター)でな……」

「……なるほど」


 潔の答えは、それだけだった。少し考えるような顔をすると──眉を下げてため息を吐く。


「紅子さん。色々と言いたいことは分かりますが……今度また、真守ちゃん抜きで話しましょう」


 なんで俺抜き? 



 *



 また別の日。

 俺は重い足と沈む気持ちを奮い立たせる。とりあえずメロンは親に頼んで買ってきた。立っているのは普通の一軒家の前だ。家を見上げて、車が二台ほど停められそうな駐車場を見て、庭を見て……俺は更に気持ちが沈んだ。


 当たり前のことだが、彼にも家族がいる。


 今俺がいるのは、不動(フドウ)の家の前だ。


 病院で、彼は左目を失った。その原因は……恐らく、俺だ。風を操る能力者(アウター)荒波(アラナミ)は、その力を使って空気の振動を読み取り盗聴紛いのことができる。

 あの時、サトウと接触した不動達は荒波に目を付けられていた。

 それに気付かず、俺は不動の能力をベラベラ喋ってしまった。特に発動条件である左目について……何故左目だけなのかは知らないが、そういうものだと不動が言っていたのを『(マモル)』の時に聞いていたから、自然とそのことについても口にしてしまっていたのだ。


 はっきり言って、不動の能力が失われたことはかなり惜しい。


 彼の能力はどんな相手にでも強力で、だからこそ俺は兎城相手でも優位に立てるとあの時は興奮していた。

 頭の片隅に、荒波がいるのではないかと考えていれば、もう少し口走る言葉を選んでいたかもしれない。

 だが今更そんなことを言ってもしょうがないし、そもそも不動の能力を惜しいなどと考えている時点で……また、そんな自分が嫌になる。


 そしてピンポンと家のチャイムを押した。両親はまだ帰っていないらしく、ラフな格好の不動が気だるげに出てくる。

 その左目を痛々しい眼帯が覆っているのを見て、俺は胸がキュッと締め付けられる思いだった。


「おう、真守。久しぶり。(トオル)から詫びに来るって聞いてたぜ。別に良いのに」


 とりあえず入れよ、と。招かれるがままに中にお邪魔してメロンを渡す。彼は冷蔵庫に適当にしまうと、中から麦茶を出してコップに入れてくれた。

 緊張から喉がカラカラなのでとりあえずいただく。そして俺から口を開いた。大きく頭を下げて。


「ごめんなさい! 私が不用意に不動の能力をベラベラ喋ったから……! 荒波に聞かれてて!」

「あー、聞いた聞いた。まぁとにかく俺の話も聞いてくれよ」


 どかっと、食卓の椅子に座り込んだ不動が俺にも座るよう促してくるが、俺は頑なに座らず頭を下げ続ける。

 すると不動はため息を吐いて、落ち着いた口調で話し始めた。


「俺が自分の力に気付いてさ、最初は浮かれてたんだよ。俺は特別だって。そんな時に(トオル)から天子を紹介されて、そして『龍眼』の未来を少し見せてもらった」

「そ、そんなことできるの?」


 初耳である。確かに、透達はどうやって不動や間壁(マカベ)を仲間に引き入れたのだろう? とは疑問に思っていた。『龍眼』には共有能力まであるのか……? 


「あ、知らなかった? まぁそれでさ真偽はともかくとして、俺は結構ウキウキしたんだよね。ほら、悪の組織がとんでもねぇ事件起こすんだぜ? それを、防ぐ正義の味方って奴。男ならそりゃテンション上がるよ」


 そして優しく、自分の左目を眼帯の上から触る。


「でも甘かったよな。間壁もそうだったけど、やっぱあんな悪党というか、やべえ奴らを前にしたら怖くて、すげえ普通に怖くてさ……で、こんなことなっちゃったじゃん? そういや、俺なにされたの?」

「え、と。荒波は風を操る能力があって、あいつは空気を固めて爆弾みたいにして飛ばすんだけど……多分それを、私達みんながサトウに気を取られている隙にその、目に……」


 サトウの能力によって俺達の警戒心は奴に向けられていた。それと左目を潰す程度なら、視認しにくい程度の圧縮率で充分だったのだろう。

 荒波は自身の周囲にしか『風の種』を作ることはできないが、集中すれば種のまま飛ばすことができたはずだ。


「へぇ〜、風かぁ……。つーか大人なのにこっすい真似するよな。サトウってのはあの催眠おじさん?」

「うん」


 しかし、不動は思ったより元気で明るい。見ていた感じ空元気というわけでもなさそうで、少しホッとした。とはいえ取り返しのつかない怪我をさせたことには変わりはないので、罪悪感は持ち続けるべきだが。


「話戻すけどさ、俺……《対魔》、まだ続けるよ」

「えっ!?」


 カラッとした声で、そんなことを言うものだから俺は心底から驚いた。


「いやさ、あんなやべえ奴らを……止められるのは、俺達しか居ないってことだろ? いや怪我して学校いかない間、めっちゃ考えたんだよ。結論さ、燃えるじゃん」

「そ、そんな、軽い気持ちでいちゃダメだ!」

「軽い? この目を見てもそう思う?」


 ペラっと、何もない眼窩を見せられて俺は言葉に詰まる。こいつどんな情緒してやがる。


「でも、もうお前には──」


 俺は目を伏せて、知らずと沈んでしまった声色でそう言って、ペラっと。俺は自身のスカートを捲り上げ不動にパンツを見せつけた。


 ──ッ?! 


「わっ!!?」


 慌ててスカートを戻す。今のは俺の意志じゃない。というかこの話の流れで俺がこんなことをする理由がない! 

 どういうことだ? 身体が──勝手に、動いた? 

 ふと、思い当たることがあり……まさか、と思って顔を上げると、不動がニヤけた顔をして得意気にしている。


「どうだ? 俺にはまだ右目がある。これが俺の新能力……」


 不動は右目を親指で差しながら、ふふんと胸を張る。


「そんな、バカな」


 俺の口から出たのは、そんな言葉だけだ。

 だって俺は、この能力を『知らない』。


 不動の、左目でモノを止める力。それが俺の『記憶』にある彼の能力であり、どんなに危機的状況にあっても彼はそれ以上の力を行使することはなかった。

 ということは、少なくとも『(マモル)』の時には今の右目の能力は目覚めていなかったということになる。


 そんな……まさか、左目を失って、それがきっかけで? そんなことが、あるのか? 


「真守さぁ、俺の左目のことすげえ気に病んでんだって? なら頼みがあるんだけど──新しい『能力名』、一緒に考えてくれない?」


 ニカっと、快活に笑う不動。

 あんな、大怪我をして、させられて……何故まだそんな顔をできるのか、そしてまた同じ……それ以上の怪我を負うかもしれない世界に身を投じるというのか。


 中学生、だからこそだろうか。若さ故の万能感、思春期が故の特別を求める心。


 蛮勇だ。俺は、彼をここで止めるべきだと思った、でも俺にはその資格がないと分かっている。説得力がない。

 それに──これからの戦いに、不動は欲しい。新しい能力の詳細は分からないが、左目はあれほど強力だったのだ。

 きっと、心強い味方になる。


 そんなことを考える俺は、相変わらず酷い奴だと思う。

 でも、散々思い知ってきた。俺は無力だ。弱く、何もできない。誰かの力を貸してもらわないと──何も、守れない。

 だから、『頼れる』ものは何でも頼る。守ろうと思っていた潔は俺なんかより余程強くて丈夫だけど、『兄』の時は何者かに負けている。

 見えている敵も、まだ見えていない敵も。全てを相手にするのに、俺には力が足りない。


 グッと、色々と複雑な思いが溢れるが飲み込んで。今は、とりあえず気になっていたことを聞くことにした。


「何でスカート捲った?」







不動くん「ノリで……」

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