二十六話 能力の使い方
「あいつを止めるぞ」
一つ下とは思えない小さな体に、しかし不釣り合いな強さが瞳に宿る。不敵な笑みを浮かべて彼女……不動にとっては『保護対象』になっていたはずの周防真守は、簡単にそう言った。
「お前、あいつの力を見てないのか? あんなのどうやって止めるんだ」
「間壁に不動、お前らの力があれば……あと、大吾郎っておじさんが多分下に落ちてったんだけど、みんなの力があれば勝てる……気がする」
あのおじさん達生きてるかな、と少し不安そうな表情を浮かべている姿は年相応に見える。
間壁は真守という自分よりも小さな女の子を前に、震える自分を情けないと思ったのか必死で震えを抑えながら口を開く。
「ど、どうやって、俺の力なんて、あいつの力を少しも止められなかった」
あの暴れる少年の能力に何度『room』を壊されたか、間壁はすっかり自信を失っていた。しかし真守は、きょとんとした顔で小首を傾げている。
「あー、なるほど。もしかして正面からあいつの力を受け止めたな? それは、キツイよ。だから、囲むものを変える」
真守が何故間壁の能力を知っているのか、それを疑問に思う前に彼女がペラペラと語り出した『room』の使い方に、間壁は目から鱗が落ちる思いだった。
「確かに、それなら……やったことはないけど」
「できる!」
ふんす、と何故か真守が鼻息を荒くする。だがその瞳は間壁のことを完全に信用していた。初対面のはずなのに……真守は間壁の名前を知っていたが……何故そこまで信用できるのか。
「次に不動、お前は自分の能力を勘違いしてる」
「えっ、俺?」
そう言われた不動は目を丸くさせる。まさか自分も初対面の相手に……しかも《対魔》のメンバーにしか能力を伝えていないのに、それを勘違いしているなどと言われたからだ。
一体誰が俺の能力を伝えた? というか勘違いとは? そう考えていると、真守は真剣な顔で指を一本立てた。
「まず一つ、お前は自身の能力に麻痺と名付けたが、それはイメージとして人間の動きを阻害する能力だと思っているからだな?」
「え、あぁ……そうだけど」
「まずそれが違う」
「!?」
不動や間壁の能力名は、《対魔》を作ってからメンバー皆であれやこれや意見を言い合って決めた。
故に、麻痺というのも能力の特徴を端的に捉えてかつ言いやすくしたものなのだが……。
「お前の能力は人間の行動を止めるものではなく、左目の視界で捉えた『あらゆるもの』を止める能力だ。今ここで、イメージを変えてもらうぞ。次はあいつの……『能力を止める』イメージで、止めろ」
真守は二本目の指を立てる。
「そもそも不動の能力も間壁と同じ『条件型』だ。止められる対象は多岐に渡り、条件によって停止時間が変わってくる……何故か人間の意識を止めようと思うとかなり負荷が重くなるみたいだが、能力使用はそれよりも軽く『止められる』」
「条件型……ちょっとカッコいいなそれ」
能力の効果が条件によって変動するタイプの能力を『条件型』と呼んでいるのを聞いて、間壁が感心したように呟いた。確かに《対魔》ではそのような能力の傾向に名前はつけたりしていなかった為、他の『型』も考えないと……などと場違いな事を一瞬考えた。
不動はそこで気付く、間壁の震えが止まっていた。さっきまではあの少年への恐怖で普段とは違う怯えた姿を見せていたが、真守の話を聞いているうちに気が逸れてきたのか落ち着いている。
「でも真守、今そう言われても……俺、上手く能力を扱えるかな」
不動は、自信がなさそうな口振りなのにどこか何かを期待した気持ちを持ちながらそう聞いた。真守は真剣な顔で頷き、少し微笑みながらこう答える。
「やるしかない、やれ!」
*
不動が情けない事を言い出したので檄を飛ばした直後、また大きな音が響いた為慌てて外を見る。
すると、兎城は同じ階から消えている。ならばどこから? そう思って部屋を飛び出し、先程兎城が空けた大穴を覗くと───下の階で、大吾郎と兎城が交戦していた。
大吾郎が刀で兎城の能力を捌く、すると刀はつちくれになり、しかし兎城の能力は分断されて四方へ散る。
「土谷さん!」
直後に、大吾郎の後ろから巾木が叫んだ。大吾郎が大きくしゃがみ、そこに開いた射線の向こうで……巾木は拳銃を構えており、そして躊躇いなく発砲した。
発砲音が3発、立て続けに響く。
「なっ」
巾木の、心底から怯えた声が聞こえた。
彼の撃った銃弾は、兎城に触れる事なく止まっている。ギシギシと異音を立て、輪郭を波打たせて次第に崩壊していった。
───厄介な。
兎城を守る『斥力』の鎧。不動の能力理解が浅いために体表面までなら能力発動ができてしまった結果、纏わせるようにして絶対防御を実現してしまった。
あの時に、不動が能力発動自体を止めていれば首を掻っ切れたのだが……とはいえ外に向けての大きな力は使えていなかったことから、惜しいイメージまではできていたのだろう。この時代の不動にあまり責任を問うのもおかしい話だ。
あの『兄』の『記憶』でも、不動の能力理解が深まったのは《変革の時》以降の戦いを経てだったはずだ。
「うわ拳銃かよ、警察の人か? くそっ、今あいつの能力を止められてたら……!」
いつのまにか横にいた不動が悔しそうにする。今の不動がどこまで能力を進化させられるか……。間壁の方は応用するだけなので大丈夫だろう、だが不動は認識から変える必要がある……。
「真守ちゃん、俺はいつ『room』を使えばいい?」
「また合図する、『room"3"』の維持は大丈夫なの?」
「使える『容量』は少ないけど、真守ちゃんの言う使い方、その負荷なら多分余裕だ」
「へぇ、相変わらず便利だなぁ」
間壁の能力は条件型だからこそ、使い方次第で運用に幅が出る。今能力者を止めている『room"3"』は───そういえば、張っている必要あるのか?
兎城は大吾郎を警戒して距離を取っている。その冷静な立ち回りを見た感じ随分と正気を取り戻してきたように見える。それならば何故、いまだに力を使って暴れているのか。元々暴れる気質を持っていたのか?
床を砕き、散らばった瓦礫を兎城は能力を使って大吾郎の方へ弾き飛ばす。大吾郎は、一息吸い、強く踏み込んでそれらを刀で弾いていく。
更に踏み込んで、大吾郎は兎城との距離を詰めた。兎城が下がりながら能力を放ち、それを大吾郎が切り裂いて刀は土に変わる。
その一連の戦いを、俺達は固唾を飲んで見守っていた。
「間壁、あのおっさんが逃げた様子は?」
「少なくとも破られてないし、まだ中にいると思う」
思い出したように始まった不動と間壁の会話に俺は違和感を感じて、ふと疑問が浮かぶ。
もしかして、結界で閉じ込めているのは兎城ではない?
「うぉぉ!」
大吾郎が叫び床から刀を生み出した。その隙を突いて兎城が彼の上を飛び越える。狙いは、先程から隙を窺ってまた拳銃で狙っていた巾木だ。
「不動!」
俺が叫んだ直後、兎城の動きが空中で止まった。兎城の顔は驚愕に染まり、その隙を突いて巾木は2発拳銃を撃ち込む。
しかし、その2発の弾丸はまた兎城に触れる前に止められてしまう。
───まだ、不動の理解が浅いか!
今は動きを止める事に集中力が寄りすぎているのかもしれない。だが今はそれを指摘している暇はない、俺は穴に向かって飛び出した。
「大吾郎!! 受け止めて!」
自然落下する身体。俺の声に驚いて見上げた大吾郎が、目を丸くさせて上から落ちてくる俺を見る。
「うぎゃっ」
「ぬおおっ!」
刀を投げ捨て、俺のことを抱えるように受け止めてくれる大吾郎。すぐさま彼の腕から降りて、横に落ちていた大吾郎の刀を拾いすぐさま走り出す。
その瞬間、兎城は動きを取り戻す。
「巾木さんッ!」
巾木がその場を飛び退こうとすると同時、彼に向けて兎城の力が炸裂した。床にクレーターを作り、勢いで巾木は飛ばされて壁に叩きつけられる。
「兎城ーッ!」
命までは取られていないだろうが、どう見ても無事ではない。俺は怒りに任せて刀を振るい、刃は兎城が身を守るようにして放った力と衝突する。
そして、期待通り……大吾郎の手を離れて尚、彼の刀は他者の能力を斬った。
手元でつちくれになる大吾郎の刀。その土を握り込み、兎城に向けて振りかける。『力の鎧』は纏っているはずだが咄嗟の反応なのだろう、兎城は顔を守るように腕を上げ……俺が視界から外れた。
その瞬間に大きく屈むように俺は兎城の足元に転がり込み、背後に回る。
「間壁ッ!」
俺を探して兎城の視線が彷徨った。すぐに俺を見つけて、弾き飛ばそうと手を向けるために身体を捻ろうとして───『服が』何かに引っかかり、不自然に動きを止めてしまう。
兎城の服が引っ掛かるように、座標を決めて発動した小さな『room"1"』。拘束対象は、衣服のみ。だからこそ能力そのものでは破壊できず、服を千切るしか逃れる手はない。そして、その暇は与えない。
「不動ッ!」
「マジかよっ!」
頼むぞ、と。心の中で強く祈る。すでに俺の身体は兎城の顎へ向けて蹴りを放っている。地面に手をつけた状態で、まるでカポエイラのような姿勢で放たれるそれは決まらなければ大きな隙を晒す事になり、俺は兎城の能力の餌食になるだろう。
俺では、兎城の『力の鎧』は越えられない。大吾郎は既に新たな刀を生み出してこちらへ向かっているが、俺の動きには間に合わない。
俺の足が当たる直前───不動の能力は兎城を『止めて』、見事俺の蹴りは兎城の顎を撃ち抜いた。
兎城の身体がふらついた。ぐりん、と白目をむき、地面に勢いよく倒れ込む。顎が揺れたことによる脳震盪……意識を失えば流石に能力は使えないだろう。
いや焦るな、と。一応確認する為に兎城へ向けて瓦礫を拾って投げてみる。するとバチっと瓦礫が弾かれた。嘘だろ、こいつこの状況でも力を───。
「勝ったのか」
大吾郎が息を切らしながら近くに来て、兎城を覗き込んでから巾木の方へ駆け寄る。
「おい! 大丈夫か……! 死んではないか……?」
その声を聞きながらホッとして、上を見上げてみると不動や間壁の姿はない。どこに行ったのだろう。
まぁいい、と。壁に叩きつけられて気絶している巾木を慎重に介抱している大吾郎の所へ歩いて行き、彼がその辺に置いた刀を手に取る。
「おい……」
大吾郎が近くに来た俺に気付いて声をかけようとした、だがその時既に俺は走り出している。
もちろん狙っているのは兎城の命だ。大吾郎の刀があれば、おそらく『力の鎧』を裂いて尚、奴の首を掻っ切れる。
まるで処刑人のように俺は大きく刀を振りかぶり、兎城の首に目掛けて強く振り下ろす───!
ことはできなかった。
不自然に身体が途中で止まり、いくら力を入れようとしてもまるで身体の動かし方を忘れてしまったかのように力が入らない。
「何してんだッ!」
慌てて駆け寄ってきた不動が、俺からむしり取るように刀を奪った。すると身体が再び動かせるようになったので、俺は湧いてきた怒りに身を任せて不動の胸ぐらを掴む。
「こっちの台詞だ! ここでこいつを殺しておかないと! どれほどの被害が出るのか、わかってんのかッ!」
俺の張り上げた怒声に不動は見るからに狼狽えて、しかし強く俺を睨み返してくる。
「だからって……! 人を殺そうとして許されるわけないだろ!?」
「お前……ッ! この、腑抜───」
腑抜けが、と叫ぼうとして俺はハッとした。『未来』での不動はもう少し擦れた目をしていて、兎城のような危険な能力者を殺すことに躊躇いなどなかった。何故なら放置した方が……罪のない人を殺す結果につながるからだ。
でもそれは《変革》を経て、地獄を経験した後の『俺達』だったから選んでいた選択で。
今はまだ、中学生のはずの不動に、俺は一体何を求めていたというのだろう。
当たり前の価値観だ。
今はまだ、《変革》を越えていない。人を殺すことは良くないことだと当たり前に教えられ、当たり前を享受している時代だ。
そう……まだ、目の前の彼は手を汚していないのだ。
不動の胸から手を離し、伸びた服をちょいちょいと伸ばす。
「…………ごめん」
俺は泣きそうだった。
どこか、俺は目の前の不動に『未来』の彼を重ねて見ていた。まだキラキラとした……未来への希望を瞳の中に持った彼に、俺はなんて惨い世界を見せようとしていたのだろう。
「おいガキども、俺がやるから退いとけ」
俺と不動がなんとも言えない空気の中、大吾郎が向こうから歩いてきてそんなことを言い出した。
巾木のところには間壁が居て、どうやら間壁に巾木の事を託してきたらしい。
大吾郎は、既に陶芸師と交戦して『地獄』を垣間見ている。
能力者の危険性も、その中でも《ネクスト》の危険性を。そして、大事な人を奪われた彼は、既に人を殺す覚悟を持っているのだ。
「このガキは、もうダメだ。許されるレベルを超えた。殺しておかないと……いけない。そうだな? 真守」
大吾郎は俺から刀を優しく取り上げる。俺は小さく頷いた。不動は俺と大吾郎を何度か見て、その後に周囲を……兎城が齎した被害を、悲劇を見てからグッと口を強く閉じて……何も言えず、項垂れた。
「困るなぁ」
大吾郎が一歩、兎城に近付いた瞬間。
俺達が立つ通路の向こうから、誰かがこちらにそう声をかけた。
「その子、ウチの注目新入社員……会社じゃないか、構成員かな? ってわけで、殺されると困るんですよ」
冴えない風貌の男だった。
くたびれたスーツに、大して整えられていない髪の毛。パッと見はどこにでもいるような男だ。
そしてその男を俺は知っている。『記憶』の中で、俺は奴をこう呼んでいた。
「『サトウ』……」
サトウ。《ネクスト》の古参構成員であり、名前はおそらく偽名だろう。とにかく奴は自身のことをそう呼んで、周りにもそう呼ばせていた。
容姿も、おそらく陶芸師の手により変えられている。そのためサトウの素性は一切わからず、分かっていることはただ一つ……自身の能力を平気で悪用するクソ野郎ということだけだ。
「いや〜しかし勇ましいお子さんたちだ。そして素晴らしいですね、やはり能力者は多種多様で面白い」
不自然なくらいニコニコとしているサトウに、この場で意識を保っている人間全員が警戒を強め注目する。
「コイツだ、間壁が閉じ込めていたのは」
不動が小さく言う。そういうことか、と俺は内心で納得した。大方、間壁が兎城に対してサトウが能力を使っている場面を見かけたってところか。そしてその場から逃げ出した為、逃さないよう『room"3"』を張ったのかな?
ということは、兎城が正気を失って見えたのはサトウの能力のせいか?
てっきり、大吾郎のように能力者になる薬でも投与されたのかと……。いや、両方かもしれない。
サトウの能力は、『洗脳』や『催眠』と似ているが、完全に人格を変えられるようなものではないため、仮に兎城が虫一匹殺せないような性格だとしたらこのような騒ぎは起こしていないはずだ。
サトウの力は、相手の『記憶』とその記憶に基づく『感情』を捏造できることは分かっている。更に現在においても、相対する人間の感情を僅かに増減させて冷静さを欠かせたり、自身に向けて注意を───向け、させること、が……。
「まずい! 奴に気を取られるな! 何か企ら──」
バッ。
小さく爆ぜるような音。俺がサトウから目を逸らし慌てて叫んだ瞬間、頬を撫でる風を感じたと思えば視界の端に赤いものが飛び散った。
それは、血だ。愕然として、俺は目を見開きその出所を目で追いかけた。
すぐ側にいた不動が、ゆっくりと後ろ向きに倒れていく。その左目からは血が噴き出していた。




