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二十三話 次世代の開花


「えっ!? 嘘。マジか」


 相変わらず姿は見えないが耳元でそんな驚いた声を最後に、(トオル)は話しかけてこなくなった。おそらくこの場から去ったのだろう。

 何故だろう? と考えていると。


「真守ちゃん?」


 突っ立っていた俺を不思議に思ったのか花苗(カナエ)が首を傾げながら俺の顔を覗き込んでいた。


「いや……なんでもない……」


 アイツ何しにきたんだ? と、俺も首を傾げながらとりあえずその場を後にした。



 *



 バゴォッ! 

 一体なんの音かというと、コンクリが人の拳で砕ける音だ。下手人の周防(スオウ)(イサギ)が今にも頭の血管が爆発しそうなくらい顔を真っ赤に、憤怒の表情を浮かべている。


「ちょ、ちょっと待って! 何もしてないから!」

「なにも? 真守ちゃんには近付くなって、言ったよね」


 ここは人気の無い廃ビルだ。壁紙が無く剥き出しのコンクリの壁から拳を引き抜いて、潔は樹々(キギ)(トオル)に向かってズンズン歩いていく。

 透は潔よりも歳上のはずだが、中学生とは思えない……日本人女性とは思えない体格を誇る潔の方が一回り以上身体は大きく、放たれる威圧感も尋常ではない。

 なので、本気でビビっている。後退りながら能力を発動して姿を消そうとして───それを察した潔が地面を強く蹴って加速した。


 透の能力はあらゆる五感から『消える』。欠点としては、実際その場から消えるわけでは無いということと、透の身体能力はあくまでも人間の範疇だということだ。


 つまり能力で消える瞬間を見られていた場合、逃げる前に元居た場所に攻撃を加えられたら普通に当たる。


「……なに?」


 一瞬でこの距離を詰められるほどの速度を出せる潔にかかれば、透なんて即座に捕まる。だがそうはならなかった。

 いつのまにか、潔と透をつなぐ線を遮るように一人の少女が立っていたからだ。


 白い髪に、昏きにあってなお輝く赤い瞳。

 どこか日本人形めいた美貌に病的な白い肌は、もはや人外を思わせる。


「潔さん。透に行ってもらったのは急いでいたからです。真守さんに危機が迫っています」

「……っ!? ならなんで私に……!」

「貴方は『居ない』からです」


 少女から淡々と紡がれるその言葉に、グッと歯を噛み締めて潔は舌打ちをした。怒りを吐き出すようにため息を吐き、頭をガシガシと掻いて透に向けていた敵意を収めた。


「わかった。とりあえず順を追って教えて」

「お、おう。まずは天子(テンコ)の見た『予知』からな」


 能力を解いて姿を現した透は最初の位置よりかなり移動しており、どれだけ潔に恐怖を抱いていたかがよくわかる。汗もわずかにかいており、心底ホッとした顔をしていた。

 それを無表情に見つめていた天子(テンコ)と呼ばれた白髪の少女が、透から話を振られてポツリポツリと語り出す。


 彼女の能力、『龍眼』と名付けられたそれの視たものを。


「場所ははっきりとしていない、けど……真守さんは不動(フドウ)さんと一緒にいる時に、『脅威』と相対しています」


「脅威……っていうのは、あんた達が言ってた悪性能力者の集団ってこと?」


 腕を組んだ潔が威圧的な口調で聞くと、天子は動じずにただ静かに頷いた。苦虫を噛んだような顔で潔は唸り、一度瞠目してから透を見る。


「それで? 結局真守ちゃんには何を?」

「それがな、いつその脅威と遭遇するかわからないから早いとこ注意喚起をしようと……思ってたんだ。不動のことも伝えておこうかと思ったんだが……遠くから見ていた天子から、ちょっと驚く事を聞いてなぁ……何も伝えられなかったんだよ」


 驚く事……? 反復するように呟いて、潔は続きを話せと目で促す。すると透は少しだけ困ったような顔をして、しかし割とヘラヘラしながら答える。


「いやさぁ、なんかすごい綺麗な子が真守ちゃんに近付いて来てたんだけど、その子が能力者(アウター)だったんだよね。ハハっ」


 透の足が浮いた。

 額に血管が浮かぶくらい顔をこわばらせた潔が、透の胸ぐらを掴んで持ち上げたからだ。


「詳しく話せ」


 血走った目を見開いて詰め寄る潔に、常に無表情の天子でさえ少し戸惑いを見せていた。彼女は『正直ふざけた口調だった透が悪いよなぁ』と考えているし、どうやって止めたらいいのだろうと少し慌てていた。


「ちょ! ちょ! 話すから待って!」


 なんとか下に下ろしてもらい、透は見かけた能力者(アウター)の特徴を潔に伝える。幸いにも、大変目立つ容姿だったため伝えるのは容易だった。

 ただ、透が外見の特徴を褒め称えながら口にするたびに天子が彼のことをジッと見ていたのだが、彼はそれに気付いておらず、むしろその様子を先に潔が察するくらいだった。


「花苗ちゃんか……」


 透から真守の近くにいる能力者(アウター)の特徴を聞いて、ほぼ確信してそう呟く。真守が一番仲が良いと言っていた友達だ。潔だって何度か会ったことがある。

 透の美貌を伝える説明を聞いていると、もはや彼女しかあり得ない。確かに、岬花苗は良い子ではある。しかし彼女が真守を見る目に少しジットリとしたものが混じっていると、側から見ていて感じた事を思い出す。

 まぁ潔自身も似たような目を同性から向けられることが少なからずあったので、女子同士とはそういうものがよくあるのだと思っていたが……。


 岬花苗が能力者(アウター)だというのなら、話は変わってくる。


「待てよ潔ちゃん! まだ敵なのかはっきりしてない!」

「何も言ってないでしょ。ただ、私もよく知っている相手だから……話を聞きに行ってくる」


 サッと踵を返してこの場を立ち去ろうとする潔に、すっかり伸び切ってしまったシャツの首元を悲しげに見つめながら透はそういえばとその背中に声を掛ける。


「そういえばさ! 今日、不動は間壁(マカベ)と『あの能力者(アウター)』の入院してる病院に行ってるから、もしそこで真守ちゃん見たら伝えてとは言ってあるよ」

「その時はすぐに連絡して」



 *



「練助は、俺の甥っ子だ」


 病院に入院中の土谷(ツチヤ)大吾郎(ダイゴロウ)に話を聞きにきた。白髪混じりの髪を角刈りにした彼の身体は、身長は低めなものの骨太で筋肉もしっかりついている。シルエットからして頑強そうだが、今は無精髭も相待ってどこか哀愁漂う雰囲気であった。

 病院の敷地内にあるベンチに座り、その横に俺と紅子、少し離れて正面に大観(タイカン)巾木(ハバキ)も話を聞いている。


「顔も声も、体全てが変わっているが……俺にはわかる、昔からの付き合いだ。だが、死んだと思っていた」


 土谷(ツチヤ)練助(レンスケ)。それが陶芸師(ポッター)の本名だった。大吾郎の兄の子供らしいが……。


「その、ポッ……練助の、親は?」

「死んだよ。今思えば……」


 俺の質問に、より一層悲壮な空気を漂わせ大吾郎は黙った。その様子に俺や紅子達も顔を見合わせ、なんとなく察する。


敦子(アツコ)さんは、死んでいたのか?」


 敦子さん、とは大吾郎の家の近くで倒れていた外傷もなく死んでいたあの女性のことだ。


「残念ながら」

「そうか……そうか……」


 大観が短く言うと、大吾郎は顔を俯かせ手で覆って絞り出すような声を出す。俺は何も言葉が出なかった。親密な仲だったのだろうか、大吾郎は未婚らしく配偶者ではないらしいが……。

 しばらく沈黙が続いた。俺達は何も言わずに、大吾郎から話してくれるのをじっくりと待つ。

 やがて、ゆっくりと顔を上げた大吾郎の目は強い決意を宿しており、彼を覆っていた悲痛な気配は消え去っていく。


「アイツの不始末は、血縁である俺がつける」


 彼が急に立ち上がり地面に手を置くと、石畳が変形して一本の刀を形成する。その様子を見て俺達はどこか感嘆とした息を吐きつつも、いきなり何をし始めるのかと皆が身構えた。


「これが俺の力か……。あの時は我ながら気をやっていたが、今なら練助と戦える」

「あの、土谷さんは一般人ですから、警察に任せてもらえると」


 ギュッと刀を握り込んで殺意を漲らせる大吾郎に巾木が困ったように言うと、大吾郎は批判するように強く彼を睨みつける。


「練助の力を知っているんだろう? あんなものを、警察がなんとかできるのか!?」

「それが、我々『超能力者対策部』ですから」


 凄まじい剣幕の大吾郎に全く気圧されず、大観が静かに言う。水をかけられたように鎮まった大吾郎がもう一度ベンチに腰掛け、刀を地面に突き刺し杖のようにしながらため息を吐く。


「悪い、とにかくあの時の話だったな。どこから話すか……まず、アイツは突然尋ねてきた」


 本題はここである。

 俺達はあの日、陶芸師(ポッター)と何があったのかを聞きにきたのだ。そして、彼は落ち着いた声でゆっくりと語りだした。



 *



「あら? 大吾郎さん。なんだか派手な人がこちらにきてますね」

「ほぉ、誰か分かるか?」

「さぁ」


 あの日、大吾郎はお手伝いさんの敦子と玄関の外を掃除していた。日本刀を作る為の工房と、寝泊まりする為の普通の家屋。大吾郎が工房からこの家屋を行き来するときに色々と汚したり、庭に生えた木からの落ち葉が積もっていたりと、大した手間ではないからこそ二人でのんびりとやっていた。

 玄関の塵を箒で外に向けて掃いていた時の事だ。大吾郎は玄関から外に背を向けながら敦子と会話をしていた。


「あのぉ? 何かご用ですか?」

「ん? あんた誰? 土谷大吾郎はいる?」


 戸惑ったような敦子の声と、聞いたことがないはずなのにどこか懐かしい声に、大吾郎は思わず振り返った。


 そこに立っていたのは、やはり見たことがない男だった。

 派手に銀色に染めた髪に、派手な柄のシャツ、そしてサングラスと、会ったことがあれば一目で思い出せそうな派手なファッションだ。

 なのでサングラスの奥から見える瞳や顔立ち、身長から記憶を探るがどうも思い当たる人物は居ない。


 はずなのに、どこか既視感のようなものをその男から感じた。

 振り返った大吾郎と謎の男の目が合って、謎の男は嬉しそうに破顔した。


「おっ、居るじゃーん!」


 若いとはいえそれなりの年齢に見えるが、どこか子供染みた笑顔だった。その顔に、懐かしさがある。大吾郎には、心の中で全く面影が無い人物と目の前の男が重なって見えた。


「練助?」


 随分と昔に死んだ兄の……息子。

 兄と同じく、死んだはずの甥の名前を気付けば口にしていた。


 大吾郎の漏らした言葉を聞いて、男の笑顔が固まった。しかしすぐに、嬉しそうに顔を更にニヤケさせる様はどこか不気味で、大吾郎の背中に嫌な汗が流れる。


「流石、叔父さんだぜ」


 知らない男と大吾郎が知り合いだったことに困惑する敦子の喉に、練助の手が伸びた。あまりの自然さに敦子は少し驚くも避けることが叶わず触れられてしまう。


 直後に、目を見開き敦子は喉を抑えて苦しみ出す。口はパクパクと開閉し、まるで水面の鯉のようだ。

 その異様な様子に大吾郎は驚き、駆け寄ろうとするがその前に練助が立つ。そして無造作に伸ばされたその手に、異常な程の生理的恐怖を感じて大吾郎はその場から飛び退いた。


 しかし、左腕がわずかに掠ってしまった。


「お、うおおおぉッ!?」


 激痛と共に、左腕が触れられた部分から『取れる』。断面はつるんと綺麗で、地面に落ちた腕の先も、断面が赤子の肌のようにつるりとしていた。

 血は出ていない。だからこそ現実味のないその現象に大吾郎は驚き足を止めてしまった。


 そのために、彼は───陶芸師(ポッター)に首を掴まれ、全身の力が抜けて床に崩れ落ちる。

 大吾郎はなんとかその場から逃げようとするが、まるで糸が切れた人形に自身がなってしまったように、首から下がまるで動かなくなっていた。


「……ッ!?」

「大丈夫、後で繋げるから」


 そう言いながら練助は大吾郎の落ちた左腕を拾い、元々あった場所に断面を当てる。そして、ぐるりと撫でるように手を一周させると、まるで手品のように大吾郎の左腕は元の姿を取り戻した。


「さてと」


 満足気に微笑むと、練助は肩にかけていた鞄から注射器とビンを取り出す。ビンの中身は赤い液体で満たされており、慣れた手つきで注射器の針を突き刺し中身を吸わせていく。


 そして───。



 *



「そこから記憶が曖昧でな、おそらく首元辺りに、その怪しい薬を注射されたんだと思うが」


 大吾郎が口から語られた話は、俺にとっても衝撃的な内容だった。陶芸師(ポッター)襲撃の件は、予想の範疇ではあったが……その後の、奴が行った行動である。


「気付いたらこんな妙な力も使えるようになってるし」



 注射器に満たされた謎の液体。

 それを体内に注入されたと思われる大吾郎。


 そして俺達が大吾郎の元へ辿り着いた時、彼は『能力』を制御できていなかったこと。それらが指す真相は……。


次世代(アドバンスド)能力者(アウター)?」


 まさか、可能なのか? 

 無能力(ノーマル)を、人為的に能力者(アウター)に変えることが。


 しかしそれなら、ずっと疑問に思っていたことが一つ解決する。


 俺の『記憶』にある、『変革の時』と呼ばれた───あの時期を境に急速に数を増した能力者(アウター)

 それははっきり言って異常な現象だろう。それこそが『変革の時』なのだと、誰しもがそう理解した。だがどうやって? 


 色んな可能性を考えたことがある。何かしらの能力によって、能力者(アウター)の才能のようなものを目覚めさせるとか、もしくはあの時に超常的な自然現象が偶然起きたことで、世界中で同時に能力者の素質を持った人間が力に目覚めるとか。


 だがここにきて、はっきりとその手段を見せられた気がした。


「土谷さん、その……注射器を刺されるまでご自分にその力があるとは、全く気付かなかったんですか?」


 考え込んでいると、真剣な顔をした紅子がそんなことを聞き始めた。彼女の、何かが引っ掛かっているような様子に、俺も気になってくる。


「ん? 気付かなかったも何も、こんなこと普通できないだろ……」

「力の使い方は、どうやって知りました?」

「えぇ? なんとなく……? まだいまいちよくわかんねぇけどよぉ」


 そのように何度か質問をして、それの答えを聞いては少し考える紅子。視線を大観に移すと、彼も似たような顔をしているが、横の巾木は俺のようにキョトンとした顔をしていた。


「もしかしたら、私達の様な天然物とは感覚が違うのでは……?」


 急に、紅子が大観に向けてそう言った。天然物……すなわち、原種(オリジン)? 


「俺なんかは、念動力を扱える。だがその使い方はまるで元から知っていた様に身体が覚えていたんだ」

「私の能力も似たようなものだ」


 大観と紅子が揃ってそんなことを言うので、ますます確信に変わっていく。『変革の時』とは、大吾郎を能力者(アウター)に変えた様に、多くの人間を───全世界規模で『人為的に』能力者(アウター)に変える事だった。


「人為的に目覚めさせた能力者(アウター)のことを、次世代(アドバンスド)能力者(アウター)と呼んでいたんだ」


 俺は『兄』が辿り着いていなかった事実に今ようやく辿り着いた。きっと、『兄』の時にもそれを知っている者はいたのだろう。例えば『親友』なんかは、わざわざ俺にオリジンとアドバンスドの説明をしたくらいだ。間違いなく知っていたのだろう。

 また、未来の記憶を知っているはずなのに大して役に立っていない自分の無力さを感じる。だが同時に、新しい希望が見えてきた。



 潔の死を防いだとして……その先に待っている『変革の時』は、どこか俺の中で止められるような類のものではないという扱いだった。

 あまりにも世界的に大きな事件すぎて、超自然的大災害のように起きて当たり前なのだと。そして潔の死がその直前だったこともあり、はっきり言ってそこまで気が回っていなかったというのもある。


 陶芸師(ポッター)が絡んでいるということは、《ネクスト》が間違いなく絡んでいる。奴らが言った『変革の時』、そして謎の薬。疑う余地もなく確信した。アイツらが能力者(アウター)を増やした。


 大吾郎は、もしかしたら『変革』に向けた───。


「オリジンと、アドバンスドか。お前達の言う、テロ組織みたいな連中は能力者(アウター)を増やして戦力を増強しようと考えているのかね」


 大観には《ネクスト》のことは伝えてある。だが現状では実態が掴めていなかった、そんなところに今回の騒ぎだ。


「しかし、土谷さんを見ている限りその組織に与する様には見えないが。数を増やして仲間になる保証なんてあるのか、それとも今はまだ実験段階なのか……」


 その大観の言葉に、俺はふと思い出した。『記憶』の中にある、《ネクスト》所属の凶悪な能力者(アウター)の一人を。


「それについてですけど、《ネクスト》……組織には『催眠』というか……『記憶改竄』が可能な能力者(アウター)がいるはずです。今の時点で、既に奴らの仲間なのかどうかまではわかりませんが」

「それは、個人の正義感を変えるほどの力なんですか?」


 巾木が鋭利な目つきで俺を見てそう聞いてきた。相変わらず愛想悪いなと思いながら答える。


「はい。それなりに時間をかければ、人格をまるっと変える程には」

「めちゃくちゃだ」


 巾木の呆れたような声に俺たちは同意するしかない。《ネクスト》の能力者(アウター)はタチが悪い。


「話遮って悪いんだが、トイレ行ってきていいか?」


 この場の空気が重くなってきたところで、それを切るように大吾郎が言った。止める理由もないので彼が歩き出すと、それにつられるように俺達もついて行く。

 なんとなく、あとは彼を病室まで送って今日は終わりかな。という雰囲気があった。


 しかし、それが起きたのは大吾郎が建物の中に入った瞬間のことだ。



 轟音と共に、病院全体が大きく振動した。


「なんだッ!?」


 誰かが叫び、あまりの衝撃によろめいた大吾郎が見えて俺達はすぐに駆け寄ろうとする。どこかから悲鳴が聞こえてきて、尋常ではない事態が起きていることが察せられる。


 俺、巾木が建物の中に入り大吾郎の元に辿り着いたが、紅子と大観がついてきていないことに気付く。


「? 何でこないの?」


 振り返ると、建物の入り口で立ち尽くす二人の姿が見えた。大吾郎と巾木を連れ添い二人の元へ行くと、何やら困惑した表情を浮かべていた。


「なにか、壁があって入れない」

「はぁ?」


 紅子と大観が手を伸ばすとまるでガラスにぶつかったように手の皮が見えない壁に押し付けられた。

 建物と外を遮るように、不可視の壁がある。なんだこれはと俺が手を伸ばすと、特に何かにぶつかることもなく素通りする。そのまま外に出て、もう一度入る。


 そんなことをしている間に、またどこからか大きな音が聞こえてきた。何かが壊れるような音。ビリビリと建物の壁が振動しており、音の出所はこの建物の中だろうことが分かる。


「お、俺もぶつかるぞ」


 巾木は俺のように素通り出来たが、大吾郎は見えない壁にぶつかり建物の外に出れなくなっていた。


 無能力(ノーマル)にはなく、能力者(アウター)には影響がある不可視の───『結界』? 


 また大きな音が聞こえる。同時に悲鳴や怒号も響き、一刻も争う何かが起きている。


間壁(マカベ)の、『room』?」

「なんだそれは」


 紅子の問いに、俺は『記憶』から一人の能力者(アウター)の事を思い出しながら答える。


「これはおそらく《ネクスト》と敵対している組織の、構成員の一人の能力です。でも、なんで今……ここに」


 聞こえてくる破壊音に悲鳴。考えうる、最悪の想像が口から漏れる。


「《ネクスト》と、戦ってる?」



 ここは病院だ。入院している患者や、働いている医者や看護師、そして通院や診察に見舞いにきた一般人など……無能力(ノーマル)が多く居る。

 もしそうなのだとしたら───被害は、考えられる限りでも、恐ろしいことになる。


 ギリ、と。気付けば歯を噛み締めていた。胸の内から『怒り』がまた湧き出してくる。落ち着け……何度反省した真守(マモリ)! 

 その激情に身を任せるな! 


「紅子さん、大観さん。しばらく中に入れないと思うので、外で一般人を逃してください。出来るだけ遠くへ」


 俺はそう言って『結界』の向こうへ行く。そうするともう二人に止めることはできず、息を呑んだ紅子は決意を秘めた目で俺を見た。


「こっちはなんとかする。だから、無茶はするな」

「巾木、お前は真守ちゃんを守れ」


 俺が止まらないと、紅子はよくわかっているのだろう。大観も静かにそう言って、巾木が強張った顔で『結界』のこちら側に来た。

 心の中でごめんなさいと謝りながら、俺は落ち着いた心を保ちながら出来る限り彼女達を安心させるように笑顔を浮かべる。


間壁(マカベ)と合流して、出来る限り一般人を逃します」


 能力者(アウター)が絡むといつも正気を失っていた俺の存外な冷静さに、紅子が少し目を丸くさせた。


 とは言ったが、まずは状況の把握からだ。一体どんな能力者(アウター)が間壁と交戦しているのか、無事な逃避ルートの確認、そして……怪我人の、救助。


 いつのまにか『怒り』は落ち着いていた。

 大丈夫、これならいざ能力者(アウター)を前にしても暴走せずに済みそうだ。

 グッと唇を噛み締めて、俺は紅子達に背を向け巾木と大吾郎と共に病院の奥へ向かった。






真守ちゃんの行動を下手に制限すると何をするか分かんないので、紅子達はある程度自由にさせて行動を御するつもりで考えています。

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