十九話 陶芸家
小学六年生になった俺の生活には、少し困った事が起きるようになった。
「す、好きです!」
放課後、学校裏の人が少ないところに呼び出されたかと思えば、そこで待っていた男子にそんな言葉を投げかけられる。
好きだから、なに? と思わなくも、ない。これが中学生や高校生になれば付き合ってくれという言葉もくっついてくるのだろうが、後一年だけとは言え小学生にはまだそこまでの想像が付かないのだろうか。
「えー、と。ごめんなさい」
当然断る。
相手が子供だと言うのもあるが、男相手に恋愛感情はいまだに感じたことがない。精神が『兄』のせいだろうか、男相手に付き合って何かをするのが想像できない。
「そっか……ちなみに、好きな人がいるとか?」
「……いや、そういうわけではないけど、誰かが好きとか今はそんなつもりがなくて」
ニコリと、なるべく刺激をしないように答える。
そうだ。今の俺にとって、自身の恋愛なんて考えている暇はない。あと約二年、潔が殺されるまでのタイムリミットは近付いてる。
例え俺に色恋に揺れる心があったとしても、今はそれに浸る暇なんてない。
「はぁ……最近になって急に、なんか男子達が私のことを恋愛対象として見てくる」
「真守ちゃん……それ他の子に聞かれたら、いじめられちゃうよ?」
まぁそんな事させないけど、と補足して花苗は笑顔で俺の顔をつついてくる。
「でもねぇ、それは当たり前だよ。真守ちゃん、最近は肉付きも良くなってきてすんごく可愛くなったもの」
「肉付きって……言い方やらしいな。確かに同年代にしては、胸が大きいかもしれないけど」
「いやそこじゃなくてね?」
腕や足、脇腹あたりを優しく触られる。
なるほど、そういうことかと俺は納得がいった。
斉藤カズオキ以前はまだ男女の性差が乏しかった。以後は、怪我の影響もあって俺の身体はとんでもなく痩せていた。陰で骸骨だの言われていたこともある。
しかし二年以上経って、性差が出てくると同時に俺自身の発育も血筋的には遅れながらもしっかりと進んできた。その結果痩せぎす、気味くらいまで身体が戻ったのだ。
痩せていてもこの胸の大きさなら、もし怪我がなければ潔の様に外国人顔負けの体格になっていたのかもしれない。その場合の運動能力を考えると、今の貧弱さは本当に痛手である。
「確かに、もっと痩せてた時は骸骨とか不気味とか言われてたしなぁ」
「頬もこけてたしね。あの頃も可愛かったけどなぁ〜今はもっと可愛い。ほら、肌もこんなに綺麗だし」
肌に関しては、親や潔にすらとても綺麗だと言われる。これは花苗からもらっている化粧水やら乳液のおかげだと思うが、彼女はメーカーを教えてくれないし、他の人にはなるべく渡さないでほしいとも言われているのでいつも適当に誤魔化している。
「ちゃんと塗ってくれてるんだね」
「うーん、なんだかよく馴染むしね」
母親や、テレビや雑誌などで調べた化粧水も使ってみたことはあるが、なんやかんやで花苗にもらったものが一番肌に合う気がする。
……男の精神を持つとか言っておいて、身だしなみというかお肌の手入れが気になるのはやはりこの体の影響だろうか。
いや一応、男の能力者相手に色仕掛けを……考えただけでも怖気は走るが……まぁ、容姿を利用できる場面があるかもしれないし……。
「案外、花苗は告白とかされないよね」
「最近は、無いね」
容姿の美しさでは、岬花苗には敵わない。いや彼女に関してはテレビに出ても世を席巻できるレベルだ。
いや、だからこそか。
「美しすぎると、逆に恋愛対象には見れない……?」
「褒めてくれてる? ありがと」
花苗の容姿は四年生の時に話す様になってからの話にはなるが、年々磨かれていっている。
髪もどうやってそれを維持しているのか不思議なくらい艶やかで、肌も俺に対して褒めてくれたが本人も見ているだけで吸い込まれそうなほどキメが細かくハリがある。
最近は、教室内でも花苗と二人でこの様な何気ない会話をして過ごしていた。『記憶』を思い出してすぐは、休憩時間にもなれば男子達と外へ出て遊んでいたものだが、次第に女子である俺が男子の輪に居続けることが難しくなり、気付けばその様な習慣もなくなっていた。
一緒に遊んでいたグループの子から告白されて断ったりとかすれば、俺が気にしなくても向こうが気にしてぎこちなくなるしね。そうなると俺も気を遣って距離を取ることになる。
かと言って女子の輪にも上手く入れるわけでなく、結果的に花苗と雑談しているのが一番落ち着くというわけだ。いや本当この子は大人だわ。俺の様な歪な人間と話が合わせられるなんて。
「ねぇ真守ちゃん。今度フリーマーケットに行くんだけど一緒に行かない? お母さんが友達とハンドメイドクラフトのお店出すんだけど、その間お店回ったりしようかなって」
「へぇ、いつ? 暇だったら行こうかな」
日付を聞いてみると特に予定のある日でもなかったので一緒に行くことにした。最近は能力者騒ぎも特に無く、紅子や大観から何かあれば教えてもらえる様にしてはいるが、その様な連絡は一切ない辺り活動的な能力者は今の時期に居ないのだろう。
いや、あの人達は俺に気を遣って黙ってはいそうだが……。子供の身体のせいでそういう扱いをよくされるし……。
まぁ、潔も最近は部活で忙しそうにしているし、それをずっと見張るわけにもいかない。そもそも潔が何故、何者に殺されるのか分かっていない現状出来ることもない。
今の時点から調査し続けるべきなのだろうが、やるべきことなんて思いつかない。少しくらい、日常に落ち着いていても許されるだろう。
そう考えただけで、胸の奥に何かチクリと痛みが走り───同時に燻るものがあるが、俺はそれに蓋をして気付いていないふりをした。
*
週末、かなり広いイベント会場に見渡す限りの出店たち。個人が様々なものを持ち寄り、それぞれ与えられたスペースに各々の好みで並べている。
花苗の母である『毒婦』もとい『はるか』は、ママ友仲間と共にハンドクラフトを趣味としているらしく、何人かの女性と革細工やビーズ細工などなど色んな手作り工芸品を綺麗に陳列していた。
「はるかさんの作ったのはこれですか?」
そう言って俺が手にしたのは、皮で作られたキーケースだ。シンプルなデザインに、花柄の焼印がしてある。
「そうだよぉ。あ、でも所々荒いからあんまり見ないで〜っ。お値段はこんなもんかな……?」
「えぇ〜? すごく上手ですよ。倍くらい値段を付けてもいいんじゃないですか?」
「やだぁ、皆さん聞いた? 花苗のお友達の真守ちゃん、すごいお上手でしょ?」
口元に手を置いて照れながら、はるかは周りのママ友達に話を振る。すると彼女達も俺の頭を撫でてキャピキャピしながら
「さすが花苗ちゃんの友達ねぇ、二人ともすごい可愛いし!」
「本当におだてるの上手いねぇ! 私のも褒めてくれていいよー!」
などと、お菓子を渡してきたりお小遣いを渡そうとしてきたりと俺をチヤホヤしてくれる。なんだかむず痒いながらも、悪い気分ではなかった。みんな子持ちでそれなりの年齢だが、女だらけの場所だとすごく若々しく見える。男も集まれば、似た様なものかもしれないけど。
「私達はその辺回ろうか」
しばらくすると、フリーマーケットが開催された。それなりの人数の客が会場に入り始めて、早速売れているところもある。
店番の人数はママさん達だけで充分足りているため、俺と花苗はぶらりとその辺に遊びに行くことにした。
個人の店もそうだが、食事などの店もいくつか出ているのでそれらを回ってもいい。のんびりと雑談をしたり適当に店を覗いたりした。
昼時になると店番を交代したりなどして、交代で食事を取りに行ったりする。ママさん達の中にはこのイベントで限定出店しているB級グルメの様なものが目当ての人も居て、テイクアウトしてきてくれたり、また店番を代わって俺達も食べに行ったりと楽しい時間を過ごしていた。
会場は広く、売り物のジャンルごとに区画が分けられている。店番の役割がまた無くなって、暇な時間が生まれたタイミングで花苗と午前とは別の区画を覗きに行く。
ふと、目に付いた店があった。皿や器といった、陶芸品を多く並べている店だ。店主の男はコレクターか何かだろうか? 様々な種類の陶芸品が綺麗に並べてあり、値段はピンキリだが綺麗な見た目で安いものもあった為、気になって足を止め店を覗いてみた。
(陶芸……ね)
陶芸師───《ポッター》。つい最近、紅子とその話をした事を思い出す。そういえば、ポッターの奴が自らを『陶芸師』だと名乗ったのは何故だったか……。ポッターという呼称の後に、やつ自身が宣言していた気がする。
「真守ちゃんこういうの好きなの? 結構真剣に見てるねぇ」
二つの色が混ざった様な小皿をじっくりと見ていると、横から花苗にそう言われる。意識していたつもりはなかったが、確かに綺麗だなと感じて改めて見入ってしまう。
「どうかな、自分でも意外かも。でも、なんていうか自分で作ってみたりしたいかも」
「いいね、それ! 今度一緒に行こっか!」
陶芸体験は一度やってみたかったんだよな。チラリと、視線を動かして湯呑みの様なものを手に取る。柄はなくシンプルで、少し歪なあたりが手作り感に溢れている。
テレビでろくろを回してこういうのを作っている映像が頭に浮かぶ、なんだかお洒落でいい感じなのでは? 後、自分で作ると愛着が湧きそう───刀が置いてある。
ギョッとした。今の今まで気づかなかったが、陳列された陶芸品の奥に一振りの日本刀? らしきものが並べられていた。
それについ手を伸ばして、店主の男に止められる。
「気をつけな嬢ちゃん! それは、ガキが扱っていいもんじゃないぜ」
「そんなに危ないものなら置いていては良くないのでは?」
俺がすかさず言うと、含み笑いでもって返事をした店主は自分で刀を手にして抜いて見せる。べろりと刃を舐めるふりをして、ちょっとギョロ目でこっちを威嚇してきた。
俺と花苗はドン引きである。
「これはな、あの高明なる陶芸家の『土谷大吾郎作のものだ。彼の作品は知っているな? そこにもいくつか置いてあるが、現代を生きる陶芸家の中では間違いなく一流! そんな彼が趣味で作ったらしい一品がこれだ、ぶっちゃけ出来は良くないが、あの! 『土谷大吾郎』作なだけでその価値が分かるってもんだろ?」
「花苗知ってる?」
「……知らないかな」
有名なのだろうか? 残念ながら陶芸家と言われても───頭に過ぎるのは《陶芸師》と名乗るあのクソ野郎のツラだけで。
「え!!? 知らない!? ほらこれとか! この濃淡の表現……! 彼の技術は……」
「いや、確かに綺麗だとは思うけど。実は陶芸品趣味とかではなくて」
魅せられた器は確かに綺麗なものだが、作者が誰それ〜と言われても馴染みが無い。そちらの収集が趣味だったりすると当たり前の知識なのだろうか。
「そうか、見る目があると思ってつい熱くなっちまった。いや、悪いね。同好の士を見つけると熱くなっちまうのが男ってもんだ」
「それはなんとなくわかりますけど」
「分かるんだ」
つい口に出してしまった言葉にすかさず花苗から突っ込みが入り、愛想笑いで適当に誤魔化す。
しかしまぁ、陶芸家が何故刀匠の様な真似を……。ジャンル違いというか畑違いというか……。
「あ、この刀のこと内緒な? これ模造刀じゃなくて、一応刃は潰してあるけど日本刀と同じ作りなんだ。簡単に言えば、捕まるから」
口に指を当ててお茶目にウインクをしてくる店主だが、それなら小学生相手に口を滑らせない方が良かったと思う。自慢したかったのだろうな。
「結局、真守ちゃんあそこで何も買わなかったね」
「あぁ、ちょっと良いかと思ってたのも全部あれで吹き飛んだよ」
見ているだけの時はお茶碗か湯呑みでも買って帰ろうかな、とまで考えていたのだがあの日本刀を見せられてすっかりそんな気持ちもどっかへ行ってしまった。
それは、あの店主の勢いに気圧されたというのもあるし、刀という衝撃のデカさもある。だが最後にもう一つ理由があった。
陶芸家で、刀匠紛いのことをしている。
この情報が、頭に引っかかった。これは、この感覚は───『記憶』絡みだ。俺の中の『兄』が何かを思い出そうとしている。
しかしイベント中は終ぞ、その答えに辿り着く事はなかった。帰ってから、家のパソコンで調べ物をしていてようやく、俺は思い出すことになる。
『俺のおじさんさぁ〜昔よく皿とか湯呑みとか作ってたんだよね。なのに突然刀とか作り出してさぁ、本当自由人って言うか……殺しちゃったけどマジそういうところ好きだったんだよね』
あのクソ野郎、陶芸師はおしゃべりなやつだった。それなのに素性がよく分からなかったのは、奴自身が過去にあまり興味がなかったから。
そんなやつが、にやけた面で珍しく口にした、奴自身に繋がる情報を。
土谷大吾郎と調べて出てきた彼の経歴や現在。何気なく見た彼の作業風景の画像。
陶芸師の能力は、『触れたものを変形させる』というものだ。奴はその力を使って顔や、骨格すら自在に変えることができる。
陶芸家である土谷大吾郎がろくろを回して土に手を添えるその手を見た時、俺は『陶芸師』の悪癖に気付く。いや、もしくはそこだけは対象外なのかもしれないし、ただ影響させる気が回っていないだけかもしれない。奴の性格を考えると後者だとは思う。
土谷大吾郎の手は、『陶芸師』の手と特徴がとてもよく似ていた。それこそ、『血縁』を確信できるほどに。
そのまま土谷大吾郎について調べ続け、彼が主に使っている工房の位置を調べる。そこがわかってすぐに、最近持たされた子供携帯で紅子に連絡をする。
『もしもし? 真守か? どうした急に』
「紅子さん、『陶芸師』に繋がる情報を手に入れました」
電話の向こうで、息を呑む気配がする。
「土谷大吾郎という陶芸家の血縁者である可能性が高いです。そして、いつなのかまではわかりませんが、彼は『陶芸師』に殺されるかもしれません」




