十二話 紅子の戦い
「なるほど、こういうところか……」
俺と紅子は未来の事件現場に着いた。
メソメソしていた俺だが、流石に落ち着いてきたので気を取り直して調査開始とする。
「うん、でもわざわざここを選ぶ理由がわからないから、何かしらの繋がりがあると思うんですけど」
「そうだな……ザッと、民家を見てきた感じ老人ばかりだった。神楽アツキは今……17歳として、祖父や祖母がここに住んでいる可能性は高い」
というわけで、この辺りの民家は大体表札を上げているので散策がてら苗字を確認していく。
途中、住民達ともすれ違ったり視界に入ったりするので無害そうな笑みを浮かべて会釈しておく。
はたから見れば親子か姉妹といったところか……こういう場面では、この女子小学生という身体は変に警戒されずに済んでお得だ。
これが成人男性ともなれば、不審者として老人達のご近所ネットワークに引っかかる事間違いなしだろう。
「ドライブにきた、という設定だな」
隣の紅子はそんなことを言いながらどこから見られても柔らかい表情を浮かべるように気をつけている。彼女は少々気の強そうな顔つきなので、意識しないと無駄に相手を威圧してしまうらしい。
この前、潔と来た時のように田んぼを見つめている。高台にある少し見晴らしのいいところでぼんやりと二人景色を眺めていた。
「何もないな」
「ないですねぇ……」
「だが場所は覚えた。あとは事が起きればすぐに対応できる」
歯痒いことだ。何事も、事が起きてからでないと確証が得られない。特に神楽アツキの最初の事件は死人が出ない。だから良いというわけではないが、一旦奴が能力を使うのを待つしか……。
「なぁ真守、一つ聞きたいんだが」
少し沈黙してから、紅子が急に真剣な顔で俺のことを見た。首を傾げてみると、少し複雑そうな顔で彼女は続ける。
「私は、物心ついた時から『力』を使えた。故に周りの『普通』を知るのに苦労したんだが……斉藤カズオキや神楽アツキは、一体いつ『力』に目覚めたんだ?」
その問いに、俺は腕を組み少し考え込んだ。
能力者の、力の発現時期。これは個人差があるとしか言えない。少なくとも俺が知る限りではそうだ。
「確か……斉藤カズオキは、思春期だったような……。これを知ったのは『未来』の事なので、それも奴が嬉々として語った内容ですし、信憑性としてはなんとも難しいのですが」
「同様の質問を本人にもしたんだが、前も言ったようにやっぱ少し脳に障害があってな」
思春期か、と呟いて難しそうな顔をすること紅子。その様子から、何か懸念している事があるのだろうか? と考えてから、俺も少し気になっていたことを話すことにした。
「紅子さんは、神楽アツキの『初犯』が本当に死人の出ないボヤ騒ぎかどうかを、気にしてるんですか?」
「そうだ」
即答だった。
これは、俺もずっと考えていた事だ。もし、神楽アツキはもっと昔に『能力』に目覚めていて───それを、既に悪用した後だったとしたら。
「私達は、神楽アツキが『一線』をまだ越えていないとして行動している。しかしだ、もしも、既にそれを越えていた場合───」
「奴にとって、殺しはハードルになり得ない可能性がある」
先程の車中での紅子の説教がまたジクジクと心に沁みるように痛い。人間は基本的に最初のハードルを越えることに躊躇いを覚える。
もし、神楽アツキが俺の知らないところで既に殺人を犯していた場合───何かの影響で、奴の初犯が殺人に変わる可能性は十分あり得る。
「紅子さん……お願いですから、一人で勝手に調べたりしないでくださいね? 他のお仲間とか連れて……」
「それをお前が言うのか?」
心配するな。と紅子は続けて俺の頭をガシガシと力強く撫でてくる。
「私は死なん、お前の為にもな」
*
周防真守を家に送り届けた後、紅子は車を運転しながらこれからの行動を考えていた。
(非番の日、出来る限りあそこに足を運んで情報を集めるか……あれだけ厳しく言ったんだ。真守のやつも勝手に行くことはもう無いだろう)
とはいえ、彼女の瞳の奥に見える情念……それを甘く見ることはできないと紅子は唇を噛む。
定期的にこちらから情報を開示するか、またあの場所に連れて行ってやるか……。勝手に暴走しないように手綱を握っておかなければならない。紅子は真守に対してそう考えていた。
斉藤カズオキの事件、周防真守の行動はあまりに異常だった。
彼女と斉藤カズオキにはなんの接点もなく、あの時の被害者とも全く接点がない状態。それなのに突然、自転車で十数キロ先の隣の市まで行き、登山するような山でない他人の山に勝手に侵入してその山の中からあの小屋を見つけ出し……斉藤カズオキと交戦した。
小学生の身で大人の男相手にハンマーで襲いかかる時点で普通じゃない。
そう異常な点の一つ、彼女は自宅から『武器』を用意していったのだ。
そこに斉藤カズオキが居て、被害者を手にかけていると知って居なければ辻褄が合わない。
『私には、未来の記憶があります。貴方の力なら嘘かどうか分かりますよね』
そして、真守は私が誰にも言っていなかった『嘘を見抜く力』を知っていた。彼女は松太郎から聞いたと言っていたが、少なくとも今の時点の私は彼にそれを教えたことはない。
最後に、私の『力』が彼女の言葉が真実だと教えてくれた。
それだけの情報が揃えば、私は真守の言葉を信じる他ない。
私の能力の欠点は、仮に対象が妄想を本気にしていたとしたら見抜けない事だが、斉藤カズオキの時に彼女が起こした行動を考えると妄想だと切り捨てる事は、紅子にはできない。
二年後、私は殺されるらしい。そう言われてからすでにあと一年を切っているが。真守の言う『未来』の私は、どうやって神楽アツキという『炎の能力者』に辿り着いたのか。
紅子の、随分と古い記憶が思い起こされる。きっと、それがずっと頭に引っかかっていて、紅子は『能力者』が自分の他にもいると確信していたから、きっとその『未来』に至ったのだろう。
『おや……珍しい。《オリジン》か』
通夜の時、失意の中にいた紅子に突然そう言ってきた男がいた。顔を上げると、その男は通夜の場にはそぐわない柔和な笑顔を浮かべ、紅子のことを見下ろしている。
紅子の近所に住んでいた、歳上のお兄さん。彼女は昔から彼のことを慕っており、彼が警察官になってからも家族ぐるみで付き合いがあった。
そんな彼は、ある日突然事件に巻き込まれて死んだ。反社組織との抗争に巻き込まれ、警察官が数人殉職した事件だ。当時は随分とお茶の間を騒がせた。
『君は、不思議に思っているだろう?』
警察官の彼と紅子が仲が良かったのは彼の家族からも周知の事実で、紅子は彼の死体を特別に見せてもらっている。病院の遺体安置所で。
普通の参列者には、首から上しか見せていない、それを。
歪な肉団子。
どうやれば人の身体がそうなるのか。
『君と同じさ。覚えておくといい……彼も《オリジン》さ。名を……そうだな───《ポッター》とでも呼称しようか』
通夜に現れた謎の男。なんの繋がりがあったのか全く分からないし、当時の紅子にはそこまで気にする余裕がなかった。
しかしずっと頭に引っかかっていた。彼女が警察官を目指したのも、きっかけはそれのはずだった。
その引っかかりが、解けたのは周防真守から渡されたソレを目にした時だ。
彼女がリハビリも兼ねて、辿々しい字で一生懸命書いたのだろう事が分かる……『能力者一覧』。
真守が『未来』で知った、出会った能力者達の情報。
『陶芸師』。
触れたものを、自在に『変形』させる能力者。
紅子の力は決して『真実』を見抜くものではない。
しかし確信する。
だから私は能力者と戦う道を選ぶのだ。