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十一話 無様な涙



「こんにちはぁ、周防です」


 休日。

 俺は菓子折りを持って岬花苗ちゃんの家を訪ねていた。遊びに来た……というよりは、お詫びに近い。

 実は先日、教室で気分を悪くした俺は嘔吐した。その際に体調の悪そうな俺を心配していた岬ちゃんが近くに立っており……見事、俺の吐瀉物を服で受け止めたという。

 俺はその時気を失っていたのでその後を知らず、起きた時には保健室だったので又聞きになるが、岬ちゃんは全く笑顔を絶やさず俺と俺の吐瀉物を綺麗に処理して保健室に連れて行ってくれたのも岬ちゃんだという。


 聖女かな? 

 というわけで、服まで汚してしまったのでこんな迷惑をかけたままではいられないと、俺が親に泣きついて菓子折りを用意してもらって謝罪に来たというわけだ。もちろん母親連れで。子供だけの謝罪など、小学生では通用しないのである。


「はぁい」


 透き通った声で玄関から出てきたのは、やはりと言うべきか……『毒婦』本人であった。まぁその呼び名はかなり失礼なのだが、心の中だけは許してもらおう。


(しかし、見た目が全然変わってないじゃないか。ここから何年経つと思ってんだ)


 心の中でも、『毒婦』と呼ぶのが非常に辛くなるくらい、人の良さそうな笑みを浮かべている。

 そんな彼女の容姿は、ここから二十年以上は先の未来の記憶と遜色のないものだった。表情だけはまるで別人なのだが……。それはやはり、ああなったきっかけがきっかけということなのだろう。


「この度はウチの真守が大変ご迷惑をおかけしたようで」

「すみませんでした」


 ぺこりと頭を下げると、岬ママ(心苦しいので呼称変更)は困ったように手を左右にフリフリする。


「いえいえ〜花苗が良かれと思ってやったことで、あの子が汚されたこと全く気にしていないんです。それに、私としては良いことをした娘を誇りに思ってますから〜」


 別人過ぎる。『毒婦』時代の口調とはまるで異なる。暖かく、柔らかで、そして明るい。

 俺の中の『毒婦』と重なることが少ない。容姿はまるで変わらないはずなのに、『見た目』から全然別人だ。


 おかげで、再びあの『怒り』が湧き出してくることもなさそうだ。


「あ、真守ちゃんきた?」


 ひょこっと、岬ちゃん本人が顔を出した。


「お母さんですか? 真守ちゃんとはいつも仲良くやらせていただいています」


 綺麗なお辞儀を見せられて母親は逆に気圧されている。いつも仲良くか……そうだったかな……? 


「服の件ですけど、洗えば取れましたし全然気にしないでください。真守ちゃん体調は大丈夫? 良かったら中にどうぞ」


 スラスラと流れるように喋る岬ちゃん。しっかりしすぎだろう。何も用事がなければ、少しお邪魔しても良かったが……。


「すいません、この子今日病院に行く用事がありましてー」

「あら、そうなんですか? それは大変ですね、お大事にして下さい」


 母親同士がそんな会話をしているのをぼんやり聞いていると、岬ちゃんがいつの間にか横に来て耳元に口を近付けてきた。


「病院って、怪我の?」

「え? あ、うん……定期的に見てもらってて……左手とか、少し動き悪いから……」


 もう日常生活に支障は無いのだが、一応もうしばらくは通院することになっている。成長しきっていない身体に大怪我を負ってしまった影響を考えてのことである。


「そうなんだ、リハビリ……大変そうだったもんね」



 なんか、まるで見た事あるような言い方をするなぁ。



 *



「お前、何か隠してるだろ」


 ジロリと、ただでさえ鋭い紅子の目つきがより鋭くなる。俺は気まずそうに目を逸らし、何も答えなかった。


「私の能力を前に嘘は通じない。対処法は一つ、『答えない』事だな。しかしまぁ、その沈黙が答えだよな?」


 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら紅子が俺の顔を覗き込んでくる。なるべく悟られないようにしていたのだが……。何故バレた。


「お前の母親とはたまに連絡を取っていてな。まぁ娘を心配する親心だ。すると、潔と二人で電車に乗って出かけたというじゃないか。行き先は、何故そこを選んだのか不思議に思うような場所だった」


 さすがは警察官と言うべきか。

 俺は観念して、俯いた。


「……斉藤の時もそうだが、お前はその『未来の記憶』とやらに影響を受けすぎている。お前の身体で何ができる? 大人を頼れ、少なくとも、お前の話を信じる私がいるだろう」


 それは、分かっている。

 この小さな体で、自分よりも大きな……しかも超常の力を操る能力者(アウター)に勝てる道理はない。

 現に、彼女の言うように斉藤カズオキの時に痛い目に遭っている。


「斉藤カズオキの件は、大人を説得するには時間が足りませんでした。まぁ、言い方一つでなんとかできたのかな、とは後になって思いますが」

「そうだな、結果、一人の命を助けた。それは誇って良い。だがその代償を、自分の身を持って思い知っているだろう」

「次はもっと上手くやります」

「バカめ。私がやると言っている」


 真剣な目で、彼女は俺を見つめている。

 なんと答えたら良いものか。俺は言葉に詰まり、自分でも苦い顔をしているだろうなと心の中で自嘲する。


「……紅子さんに、死なれると(マモリ)は困るんです」

「相手の能力まで分かっていて死ぬものか」

「……警察は、事件が起きてからでしか動けないでしょう?」

「だが、起きる前に尽力するのも仕事だ。そうか、だから隠していたんだな?」


 ため息を吐いて、紅子は腕を組む。俺としてもできれば、最初のボヤ騒ぎとやらの時に能力行使の映像を撮れればいいなと考えている。

 その為に家からハンディカムを常に持ち出しており、バッテリーも常に確認している。


 だが、少なくともまだ能力者(アウター)の事が知れ渡っていない今、奴を裁く為には罪が必要だ。

 罪とは、すなわち犠牲者が生まれることを差す。例えば一人殺すとか。


 俺はよく知っている。

 数字にすれば一でも、その一は誰かにとっての……。



 ところでここは普通に道のど真ん中である。大人と子供が深刻な顔をして話し込むには人目がありすぎた。

 普通に放課後、帰りを校門で待ち伏せされてこれである。紅子は俺のことをなんだと思っているのか。


「今週末、非番にしたから一緒に行くぞ」

「……何も見つからないかもしれません」

「でも、潔にこそこそ隠しながらよりは見つかるかもしれんだろ?」


 全くこの人は。

 話が早くて、困る。



 *



「なんで、ここまで(マモリ)を信用してくれているんですか?」


 土曜日。

 車で例の場所へ行く途中、俺は紅子にそう聞いてみた。彼女は証拠も何もない、怪しい『未来』の記憶を語る俺を『嘘を見抜く』能力があるとはいえ信じ込み、プライベートを費やしてまで俺に付き合ってくれている。

 彼女の能力には明確な弱点がある。それはあくまでも彼女の能力は『嘘』に対してしか効果を為さない事だ。


 つまり俺の話す『未来』が俺の妄想による産物ではない、という証明にはならないのだ。


「……そりゃ、お前みたいなガキンチョがあそこまで死力を尽くした姿を見せられたんだ。信用しなかったら、お前次は死んでしまうだろ」


 あっけからんとそう言って、心のどこかで劇的な言葉を期待していたのか少し落胆してしまうし、そんな自分をものすごく恥に感じた。

 ガシッと頭を掴まれ、ワシワシと強引に撫でられる。


「なんだよ不服そうだな。そういうとこだよ、子供ほど無邪気では無く、だったら大人ほど達観していない。子供のように夢や希望を持っていて、不釣り合いな諦めと悲観が根底にある」

「……ハンドルちゃんと握ってください」


 今は運転中である。


「歪だ、歪なんだよ。真守、お前は。私自身しょぼいとはいえ『超常』の持ち主だ。『真実』を見通すような、決して万能な力ではないが……確信していることを言うぞ。いるぞ、『能力者(アウター)』は。実は、『そういう目線』はすでに私達(けいさつ)にもあったんだ」


 その言葉には、心底驚いた。

 松太郎の話では紅子の死がきっかけだと───そうか、神楽アツキの件があって疑惑が、確信に変わった? 


「そうなんですか?」

「……まぁ、そうじゃないと説明がつかない事件あるよな〜みたいな。とりあえず、お前ちょっと抜けてんだから、もうちょい人のこと頼れ、な?」


 ……抜けてる? 


「え、そんなふうに思ってたんですか……?」

「そりゃそうだろ。お前の母親も潔も、それであんなに心配してんだから。そもそも無策で犯罪者に、というか大人の男相手に突っ込むか? 普通」

「無策ってわけでは……」

「どう考えても無策、だ!」


 ぐうの音も出ない。俺は言い返す言葉も思い浮かばず黙って窓の外を見た。拗ねていない。まぁ確かに? 斉藤カズオキの件は無策と言われても仕方ない。というかまぁ、思い返せば無策だった。なんとかできると思っていたのだ。湧き出した衝動のまま、自分の力もわからず突っ走った。

 だからちゃんと反省してるし、次からはもっとちゃんとするつもりなのだ。


 しかし紅子は俺が思っている以上に怒っているらしい。


「そもそもなぁ! 手から火を出すようなバケモンの神楽アツキがいるかもしれないとこに、子供達だけで行くか!? 普通さぁ! 目をつけられてお前らが狙われたらどうすんだ!? お前が守りたいだの言ってる潔まで巻き込むぞ!?」


 図星すぎる。ザクっと胸に尖ったものが刺さったような感覚。

 ポロポロ。突然始まった紅子からの説教に、俺は何も言い返せず目から水が溢れた。涙ではない。決して……。



「な、泣くなよ……」

「………………泣いてない」



 情けなかった。

 俺はいつもこうだ。一つのことに囚われて、本当に大事なものすら見失う。心に誓ったはずの事も、すぐに他の何かで見えなくなってしまう。

 だから、『(マモル)』は仇に辿り着けず、無様に死んだ。嗚咽が止まらず、そんな自分が情けなくてより悲しい気持ちが溢れてくる。

 大人の男の精神が、恥ずかしくて穴があったら入りたいと叫んでいる。しかしこの幼い身体は止まってくれない。


「アイス買ってやるから泣きやめ」

「……(マモリ)は子供ですか?」

「……子供だろ」


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