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ただ愛してるだけ  作者: レオナル℃
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最終回「43才の本気」

さゆりが家を出て行く日がやってきた。岩井と一緒に新しい人生を歩み出す日だ。

さゆりは今日、この時まで家族のことはあまり考えないようにしていた。自分が冷静に考えればおそらく一時の感情に促されて駆け落ちしようと言ったことを後悔し、夫や娘、両親と残された者のことを考え、岩井との駆け落ちを反古にし、そして、岩井との関係も終わりにするだろうと思ったからだ。でも、さゆりはこの家庭に未練がないといえばウソになるが、自分の役目は終わり、将来の安定とか体面とかそういうもの関係無しにただ素直に心の求めるがままに生きて生きたいと切実に思っていた。それが、岩井との駆け落ちからはじまるしがらみのない自分にまっすぐな幸せのみを追い求める生きたかだろうと思っていた。それに自分ももう若いとは言えない。こんな情熱的な恋は私にとってははじめてのことだし、今後、こんな恋との出会いはもうないだろうと思っていた。


さゆりは必要最小限のものだけカバンにいれた。そして、家を出る前に置き手紙を残すことにした。はじめはなんて書けばいいのか悩むと思っていたが、紙を前にした途端、なんの迷いもなく「好きな人がいます」とその一言だけ書いた。

そして、最後に家を見渡してから家を出た。そして、鍵は郵便ポストに入れた。そして、岩井との待ち合わせ場所へ向かった。その道中、頭に置き手紙のことが過ぎった。そして、娘のひかるのことを思った。ひかるがあの手紙を見たら一体どう思うか?母親が夫以外の男性を好きになるということがどういうことなのか?それをひかるはどう受け止めるのか?とそのことを考えていた。さゆりの母は常に父の言うことを聞いていた人だったので、さゆりには娘がどう思うか分からなかった。ただ漠然と思ったことはショックを受けるだろうということだけだった。それとも同じ女として理解してくれるか?おそらく、姉の佳織がうまく説き伏すだろうとも思った。

夫は私がいなくなったことよりも自分のプライドや体面を傷つけられたことに腹を立てるだろう。


そして、さゆりは待ち合わせ場所に20分前につき、岩井の来るのを待ったが、待ち合わせの時間になっても岩井は現れなかった。さゆりはそれでもただ静かに待った。時間を気にせずずっと静かに待っていた。案外平静になって待つことが出来た。それは自分がやろうとしていることを思えば今、一時待ち続ける事なんてたいしたことではないと思っていた。さゆりは自分には自分の役目は終わったと言い聞かせていていたものの、それは自分の行動を少しでも正当化しようとするものであって、自分のやろうとしていることは家庭を捨てて若い男と駆け落ちしようとしている無責任な女なのだから。しかし、さゆりが静かに待ち続けても岩井からはなんの連絡もなく、岩井は来なかった。時計を見たら、待ち合わせの時間から四時間が過ぎようとしていた。さゆりは一息ついてから、携帯を取り出し、岩井の電話帳を開いた。しかし、さゆりは連絡をとる気はなかった。おそらくこの電話は岩井に繋がるだろう。しかし、さゆりは電話をしなかった。

陽が落ち始めている中、さゆりは一人、待ち合わせの場所を離れ、町に繰り出した。ただ、町を歩き、そして、高層ビルの最上階にある一度、岩井に連れられて来たバーに行き、町の夜景が一望出来る席に座り、岩井と一緒に来たときに飲んだカクテルを頼んだ。カクテルを一口のみあとはマドラーを回しながら、ふとガラス越しに映る自分を見た。そして、さゆりはガラスに映る自分の目を見つめて、岩井はおそらく私の本気に臆したのだろう。43才の女と本気の恋をするということがどういうことか?それを考えてしまったのだろう。と。そして、さゆりもはじめての恋という感情だけしかない恋に溺れていたのかもしれない。でも、それはそれでいい。私はそれを求めていたのだから。けど大学生の岩井にそれを求めるのは酷だったのかも知れない。

さゆりはしばらくバーで過ごし、そして、バーを出て行く当てもなくただ夜風に当たりながら町の喧騒の中を歩き、結局、24時ごろ家に帰った。家には人の気配はなく、鍵は閉まっていた。さゆりは郵便ポストにいれた鍵を取り出して、自分で鍵を開けて家に入った。そして、家の明かりをつけ、テーブルにおいた書き置きを見て、微笑んだ。電話に留守電が入っているらしくランプが点滅していたので用件を聞いた。夫もひかるも今日は外泊とのことだった。

さゆりは置き手紙を小さく折ってからゴミ箱に入れた。そして、自室に行きカバンをおいて、化粧台の前に座って鏡を見た。鏡には一人の男性と一時ではあるが情熱的に恋をした女の顔が映っている。さゆりは自分の顔を見て微笑んだ。


それから、またいつもの日常が訪れた。さゆりは相変わらずスーパーでバイトをしている。ただ、バイトには姫宮もいなければ岩井もいない。それでもさゆりは何もなかったかのように元気にバイトをしていた。すると店長がさゆりのもとに来て、「今日からうちで働いてくれる相川くんだ。はじめは分からないことも多いからこまったら、澤田さんに聞いて」

「店長、私も分からないこと、まだまだありますよ」

「いやいや、澤田さんはもうベテランだから」

相川は軽くお辞儀をして「相川です。よろしくお願いします」

「あ、澤田です。こちらこそよろしく」

そして、相川は店長につれられて他のパートの人に挨拶にいった。さゆりはその後ろ姿を見て、一瞬、岩井のことが頭をよぎり、ふっと何か懐かしむように微笑んだ。



          終わり


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