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ただ愛してるだけ  作者: レオナル℃
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第五回「誘われて」

さゆりの父、石村哲夫は弁護士で今は隠居の身で年をとったせいか、おおらかな性格になったが、若い頃は緻密で厳格な人だった。しかし、姉の佳織はそれとは正反対でアバウトで好奇心旺盛で本能のままに動くような性格だった為に、よく父と衝突ばかりしていた。そんな父の姿をさゆりは見て育ったせいか、姉のように好奇心や本能に身を任せて行動するというようなことは出来なかった。そして、佳織は父に怒られてもあっけらかんとしていて、逆にさゆりの方が怒る父を見て、萎縮してしまい、いつのまにか父の顔色を窺うような人間になってしまった。

さゆりの性格は父と佳織の関係を見て作られたにも関わらず、佳織はさゆりをつまらない女と見ている。佳織がそう思っているだけなら良かったのだが、娘のひかるにそんな自分の性格を話していることにさゆりは腹を立てていた。

ひかるはさゆりのような人の顔色を見て、こじんまり生きる生き方よりも、佳織のように生きたいように、やりたいことをやって、いわゆるアグレッシブにバイタリティあふれる生き方に憧れていた。それゆえにひかるは週の半分は佳織のところに入り浸り、佳織が社長をやっている携帯コンテンツの会社で佳織の傍でアイデアを出したり、企画に参加することに喜びを感じていた。また、佳織がひかるを一人の大人として扱ってくれることもひかるは嬉しかった。

その一方でさゆりは只々虚しさを感じていた。そんな中でのスーパーでのバイトはさゆりにとって良い気晴らしになった。しかし、大学生の岩井に告白されたことはさゆりにとってはまさに青天の霹靂だった。

それでもさゆりは、はじめは本気にはしなかった。好きにも色々な好きというものがあるだろうと。しかし、姫宮のさゆりに対する態度は一向に良くなることはない。その事でメールで岩井が「気をつけて」とさゆりに送ってくるところを見ると、私のことで二人がもめていることが分かった。さゆりは自分に「四十三の私がこんなことで動揺なんかしたら恥ずかしいこと」と思いながら岩井とは平静を保ちながらさり気なく返答をはぐらかしながらメールのやりとりをしていた。しかし、たまにバイトの時間帯が重なるとさゆりは岩井のこと意識してしまう。別に岩井との間に何かが起こるっていうわけではないと思ってはいたがさゆりは岩井を恐れていた。


しかし、岩井からは毎日のようにメールが来た。ほとんどが他愛のないメールの内容だったがさゆりにとってはいつしか岩井からのメールに心躍らせるようになっていた。しかし、その一方で「私はもう終わった女」と勝手に決めつけ、平静を装い気のない返答ばかりしていた。というかさゆりにはそれしか出来なかった。自分は四十三で二十も年下の男の子のメールに心躍らせているなんて知れたら恥ずかしいことだし、第一、小娘ではないのだから、十七の娘を持つ母なのだから。言い聞かせていた。それに、佳織の言うとおり、私は世間体を気にしすぎて、羽目を外す勇気なんて私には出来なかった。さゆりは只々岩井に気のないふりをするか、遠ざけるか、それぐらいしか出来なかった。


しかし、さゆりが遅番に入り、岩井もいたとき、岩井から「バイト終わりにちょっと話しませんか?」と誘われた。さゆりは「別に話す事なんてないわ」というと、岩井の方から「自分にありますからいいでしょ?」と言われ、さゆりは岩井と駅前にあるファーストフード店に入っていった。そして、周りに人がいないテーブル席を選び、二人は座った。そして、岩井が「腹減った」といいながら、ハンバーガーを口にした。岩井はここで夕食をすませるつもりである。さゆりはコーヒーだけ。

そして、岩井が食べ終わるのを待って、さゆりが岩井に話しかけた。

「私に話しって、何?」

「相変わらずでしょ?姫」

「まぁね」

「あの子は、チヤホヤされた育ったせいなのか、なんでも自分の思い通りになると思いこんでるんだよね」

「それで今も喧嘩してるの?」

「喧嘩してるっていうか喧嘩になっちゃうんだよね。まだ子供なんだよ」

さゆりは微笑む。その微笑みには、まだ余裕が窺える。

「そこで姫にはハッキリ分からせてやった方がいいと思ってね」

さゆりは岩井の目を見る。岩井の眼差しが公園で告白されたときと同じ眼差しをしていた。

「今度、休みの日に僕とドライブに行きませんか?」

「え?」

「行きましょうよ」

「え、ちょっと待って!なんでそうなるの?」とさゆりは苦笑いを浮かべながら質問する。

「俺が澤田さんと一緒にドライブに行ったら、そのことをハッキリ、姫に言うことが出来る。そしたら、姫も自分の思うようにはならない人間もいるってことがわかるでしょ」

「それが私とのドライブなの」

岩井は強く頷く。

さゆりは苦笑いを浮かべながら額に手を当てる。

「まいったなぁ~、別に私でなくてもいいじゃない」

「いや、澤田さんと行かないと意味がないんだ」

「なんで?」

「なんでも」

さゆりは岩井の目を見るも直視することが出来ず、苦笑いをして受け流そうする。そして、落ちつきなく手で顔を触りながら「まいったなぁ~」と繰り返しいう。

岩井は「いいでしょ」とさゆりからのOKをもらおうと執拗に迫る。

さゆりはそんな岩井をはぐらかそうとしたのか、何気なく無意識に「なぜ?そんなに私を誘うの?」と言ってしまう。行ってからさゆりは今、自分が何を岩井に問うたのかハッとする。

「何、バカのこといったんだろう」と思った矢先、岩井が即答してきた。

「澤田さんのことが好きだから。それじゃ理由になりませんか?」

さゆりは絶句する。

「僕は澤田さんが好きです。一人の女性として、あなたのことを見ています。それじゃいけませんか?」

さゆりには返す言葉がなかった。その岩井の眼差しにさゆりは身動きさえとれなかった。さゆりの人生で今までこんな面と向かって、物怖じせずに、好きだと言われたことはなかった。さゆりは体の芯が痺れるような感覚に陥っていた。そして、さゆりは岩井のまえで動揺し、手に取ろうとしたコップをたおしてしまった。岩井は「大丈夫ですか?」といいながら、ナプキンで零れたコーヒーを拭いた。さゆりは年甲斐もなく自分より二十も年下の男性の前で狼狽えた。そして、そんなさゆりに止めでもさすかのように「ほんと、好きですよ。あなたのことが。だから今度、お互い休みの日にドライブに行きましょ。いいでしょ?これは別に姫なんて関係ないんだ。姫なんてどうでもいいんだ。ただ僕があなたと二人で出かけたいだけなんだ。ね、いいでしょ」


その後のことはさゆりは只々狼狽えていて、岩井が強引に私をドライブに誘っていることしか覚えていなかった。

そして、頭の中が真っ白なまま、フラフラしながらなんとか家につき、ドアを開けて玄関に入ったとき、岩井からメールが来て、休みの日を伝えて来た。さゆりは岩井とのドライブを了承したことを改めてそのメールで知った。さゆりは玄関で靴も脱がずに、心が高鳴ったままメールを読み返し、そして、自分が休みの日を打ち込み送信した。そして、そのまま玄関にしゃがみ込んで放心した。


        

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