第四回「ひかると佳織」
さゆりは久しぶりに娘のひかると自宅で晩ご飯を共にした。
ひかるはさゆりを見ながらニヤニヤしていた。
「なに?なに笑ってるの」
「いや、別に」
ひかるは微笑みながら
「いや、ママも案外モテるんだね」
「え?」
「好かれてるんでしょ。大学生に」
さゆりの箸を持つ手が止まる。
「姫に聞いたわ。同じスーパーでバイトしている大学生がママの事が好きだって」といって、ひかるは笑い「それで姫が心配してるの。ね、笑えるでしょ」
さゆりは同級生の姫宮さんがひかるに話したんだと悟った。
「姫って、結構心配性なのね。ママが大学生をとると思っているのよ。ほんと笑えるわ」
ひかるは笑い転げている。
「それでひかるはなんて言ったの?」
「ん、姫には心配する必要なんてないって言ったわ。ママにそんな勇気はないって」
その一言にさゆりはカチンと来た。
「もし私がその大学生と付き合ったら、ひかるはどうする」
「え?ママが」
ひかるは笑い転げる。
「何がおかしいのよ」
「だって、ママが大学生となんて、そんなのあり得ないわ」
「どうして?」
「だって、ママはいつも体面ばかり気にするから、大学生となんて、そんなの考えられないわ。例え大学生が本気でもママは逃げるわ。それがママの性格でしょ」
「そうかなぁ~」
「そうよ。だって佳織おばさんが、ママはいつも人の顔色ばかり気にして、生きているっていってたもん」
「佳織・・・」
「でも、なんか良かったわ」
「何が?」
「だって、いつも家にいる頃は私にガミガミ説教たれてたけど、バイトするようになってからは、それもなくなってきたし、なんか今時の高校生ってものがどういうものか分かってきたんじゃない?姫にいやがらせ受けたんでしょ。姫に比べたら私なんて可愛いもんでしょ」
さゆりは黙った。
「まぁ、姫はああ見えて結構しつこいタイプだから、気をつけてね。まぁ、私がなだめたから大丈夫とは思うけど」
その夜、さゆりは佳織に電話をした。
さゆりはひかるにあんまり私のことで変なことを吹き込まないでと注意するつもりだった。ひかるが私の性格を佳織から聞いて、私という人間がどういう人間なのかを悟り、からかうような調子で私に話しかけてくるのが気に入らなかったのだ。それが全て佳織の受け売りと分かっていても面白くなかった。その事で佳織にひかるに変な影響を与えないためにも忠告しようとしたのだが、そんなことは佳織は意に介せず、逆に佳織はひかるに聞いたのか、おそらくひかるから話したのか、私が大学生に好かれていることを知っていた。
「大学生に好きだなんて言われるなんて良かったじゃない」
さゆりにはそれが良いことなのか?正直なところわからなかった。さゆりは只苦笑いをして、さゆり自身、あんまり岩井くんには近づかない方がいいと思っていた。その事を佳織がずばり言い当てた。佳織はさゆりの考えをお見通しなのだ。
「たった一度の人生なんだから、はじけてもいいんじゃない。そんなにアンパイな生き方していて楽しい?」
「自分勝手、生きてるあなたに言われたくないわ」
「私は自分に正直なだけ。あなたと違って人の顔色伺って生きるような人間じゃないの」
「もしそうなら、それはあなたが原因なのよ」と小声でボソボソっと佳織にも聞こえないように呟く。
「でも、所詮あなたには何も出来ないわね」と言って佳織は笑う。
ひかるが私をからかうように話す口調も全て佳織の影響を受けているのだ。それほど、ひかるは佳織に似てきた。
さゆりは、なんだかムッとしてくる。
「もし、私が家を捨てて、大学生と駆け落ちしたらどうする」
受話器の向こうにいる佳織は笑う。そして、笑いながら「そうしたら、ひかるは私が育てるわ。だから安心して」といって馬鹿笑いしている。
さゆりは、娘のひかるにも、姉の佳織にも見透かされているのだ。さゆりはそれがなんだか悔しかった。腹立たしかった。