束縛の酷い婚約者と嘆いていたのですけど、前世の自分も似たような物だった件について
「きゃぁあああっーー。どうしたの?どういう事?」
いきなり乗っていた馬車が暴走しだしたのだ。
何が起きたのか解らない。
何故、馬車がいきなり暴走を始めたのかも。
アレルシア・コレントス公爵令嬢が、もう駄目かと馬車の中で身を屈め、瞼を強く瞑った時、突然、馬車が止まり、その勢いで席から投げ出されたアレルシア。
馬車の扉が開くと、
「大丈夫か?アレルシア嬢」
一人の男が飛び込んで来て、ぎゅっと抱き締められる。
放り出された時に腰でも打ったのか、痛みがあるが、助けが来た事に安堵し、涙を流しながら見上げれば、自分の婚約者であるグラン・ファリア公爵令息が心配そうに見つめていて。
アレンシアは涙を流しながら、
「怖かったですわ。グラン様っ」
「そうだろう。そうだろう。だから、私から逃げようとは思わない事だ。今度は、助からないかもしれないからな」
背筋がぞっとする。
アレンシアは涙を流し続けるしかなかった。
所詮、自分はこの恐ろしい婚約者からは逃げられないのだ。
アレンシア・コレントス公爵令嬢が、政略でグラン・ファリア公爵令息と婚約を結んだのが、互いに2年前の15歳の時。
最初は良かったのだ。
とても紳士的で黒髪碧眼の美男子のグラン。
顔合わせの茶会の時の会話も、面白くアレンシアを笑わせてくれて、彼となら上手くやっていけるとアレンシアは思った。
婚約の話を両親から初めて聞いた時、不安だった。
どんな男性が自分と婚約することになるのだろう。
両親はそんなアレンシアに、グラン・ファリア公爵令息が、とても礼儀正しい優しい男性だと教えてくれて、そして実際に会って、グランに好感を持てた時、とても安堵したのだ。
しかし、グランはとんでもない男だった。
貴族ならば誰しも通う王立学園に入学して、いつもグランはアレンシアの傍にいて、べったりで。
アレンシアが男女問わず他の人物と話をしようものなら、割って入ってくるぐらいに嫉妬深かった。
女性の友達と話をする事も出来ない位に、グランはアレンシアの傍にいて、
「アレンシアは私の婚約者だ。他の者と親しくしてはいけないよ」
「わたくしだって、お友達と親しく話をしたいわ。女性だったらよいのではなくて?」
「その女性から、身内の男性を紹介されたらどうする?私は心配なのだ。アレンシアはとても可愛い。そして美しい。私は君を傍に置いておきたい。私だけを見ていて欲しい」
「ここは学園。交流を広げる場でもあるのですから」
「アレンシア。君は私の婚約者だ。私の言う事は絶対だ。だってそうだろう?私は君の将来の夫なのだから。君はファリア公爵夫人になるのだから。ファリア公爵夫人である君に社交は必要ない。王都で華やかに社交をするより、一緒に領地に籠って貰おうと思っているからね」
そう言って、常に傍にいてアレンシアに自由はなかった。
アレンシアは、家に帰ると両親に。
「お父様、お母様。グラン様の束縛が酷くて。わたくし、ファリア公爵家に嫁ぐ自信がありませんわ」
しかし、父コレントス公爵は、
「政略だという事をお前だって解っておろう。ファリア公爵家との事業提携は今、欠かせない」
母であるコレントス公爵夫人も、
「我慢して頂戴。我が公爵家の為に」
逃げたい。とてもじゃないけれども、束縛が強くて強くて。
お休みの日にもグランは訪ねて来て、町中をデートする。
その時はとても優しいのだけれども、お店の人と話をしようものなら、割って入って来て、
「駄目だろう?私以外の人と話をしては」
「わたくしは商品の事を聞こうと」
「それなら、私を通じて、店の人に聞いてあげるから」
あああ…辛い。苦しい。
だから、隣国の叔母の元へ逃げようと思った。
両親に内緒で、叔母の元へ密かに手紙を送って、逃げようと思った。
どこでグランにばれたのだろう。
何故、馬車が暴走したのだろう。
御者が買収されていた?
アレンシアは、諦めたかのように、グランの身にその身を預けるのであった。
グランはアレンシアをお姫様抱っこして、
「結婚は早た方がいいな。君が逃げ出さないように。そうだ。領地の屋敷に君専用の部屋を作ろう。そこで君は過ごすがいい。何だったら王立学園を卒業する前に結婚してしまおうか」
ぞっとした。
ファリア公爵家の領地の屋敷に閉じ込められたら、一生、出る事は出来ないだろう。
アレンシアは、今は、彼を怒らせない方が良いと判断し、
「解りましたわ。今日の所は、わたくし、家に帰りたいと思いますの」
「解った。しかし、君が逃げようとした事をしっかりと報告させてもらうよ」
コレントス公爵家に連れ戻されたアレンシア。
両親はひどく怒って、
「部屋に閉じ込めておく。政略による結婚を何だと思っているんだ」
「本当だわ。反省しなさい」
部屋に閉じ込められてしまったのだ。
アレンシアは嘆いた。
わたくしは……一生、籠の鳥になってしまうの?
部屋の窓から外を眺める。
その時、急に風が強く吹いて、バァンと窓が開いて、アレンシアは床に転がった。
ぱぁっと広がる過去の記憶。
アレンシアは前世の記憶を思い出した。
グランは、前世では英雄だった。幾多の魔物を倒し、英雄オルディウスと呼ばれて人々に敬われていた。
オルディウスは女性にモテて、沢山の華やかな女性達に囲まれて。
アレンシアは、レガーテと呼ばれる王女だった。
「オルディウス。今回もドラゴンを倒したそうね」
「これはレガーテ王女様。ドラゴンの素材で作らせたこの銀の鎧。如何でしょうか」
銀の鎧を来て、夜会に現れたオルディウス。
沢山の令嬢達がうっとりとした瞳でオルディウスを見つめ、群がっている。
その女性達を見て、アレンシアはイライラする。
オルディウスはわたくしと結婚するの。
わたくししか見てはいけないの。
あの美しくて強いオルディウスを手に入れたい。
わたくしだけの物にしたい。
ああああっ…わたくしだけのものにしたいのよ。
「オルディウス。後で特別な杯を取らせましょう」
「王家秘蔵の美酒ですか?」
「ええ。わたくしもいくつか所蔵しておりますの。後で一緒に祝杯をあげましょう」
オルディウスを自室に呼んで、彼にお酒を飲ませたの。
お酒を注いで、二人で乾杯したわ。そうしたら、オルディウスはソファの背に倒れこんで、
お薬が効いてきたようね。
「身体の自由が利かないのではなくて?」
「レガーテ王女様。何故?」
「わたくしだって貴方の事を愛しているのよ。それなのに貴方は」
「あああっ。やはり貴方様も私の事を。私の生きる道は、王国に仇をなす魔物を倒す事だ。いつも危険が伴う。だから、レガーテ様のお気持ちを解っていながら、お答えする事は出来なかった」
「でも、もう、どうでもいいの。王国の魔物は、他にも倒す人はいるでしょう。でも、貴方は一人しかない。わたくし専用の部屋に閉じ込めるわ。そう、一生。この首輪は隷属の首輪。わたくしの言う事に逆らえない首輪。もう、どんな女性にも貴方の姿を触れさせはしない。受け入れてくれるわよね」
そう言って、わたくしは隷属の首輪をオルディウスの首にはめたわ。
「レガーテ様がお望みならば」
それから、一生、オルディウスを監禁したの。
誰にも見せない触れさせない。
わたくしの愛するオルディウス。
彼が年老いて寿命で死ぬまで、ずっとわたくしだけの物にしたの……
そんな前世の記憶がよみがえって、
わたくしがされようとしていた事は前世、わたくしが彼にした事と同じ事?
今度はわたくしがされようとしているの?
隷属の首輪をした後の彼はおとなしかった。
おとなしく監禁生活をして、わたくしを愛してくれたわ。
逆を求めているの?
前世のわたくしの罪がそのままわたくしに返ってきたの?
グランに会おうと思った。
両親に頼んで、グランにこの屋敷に来てもらう事にした。
グランはノックをして、部屋に入って来た。
「一月後には結婚式だ。楽しみだよ。アレンシア」
グランに強く抱き締められた。
アレンシアはグランの顔を見上げて、
「ねぇ、聞いて欲しいの。貴方は前世を覚えているのかしら?わたくしが貴方にした罪を覚えているのかしら?」
「前世?なんのことだ」
「正直におっしゃって。覚えているのよね?」
「さぁ知らないな」
グランから離れると、まっすぐグランを見つめて、
「わたくしは思い出したの。前世のわたくしは貴方を部屋に閉じ込めたわ。嫉妬のあまり、貴方を一部屋に閉じ込めて、隷属の首輪をつけて。もしかして仕返しをしようとしているのではなくて?」
「前世だって?馬鹿馬鹿しい。君は夢でも見ていたのではないのか?そんなもの存在するものか」
「貴方は前世ではおとなしく、閉じ込められて、わたくしの言う事を聞いてくれた」
「隷属の首輪を着けられていたのなら、聞かざる得ないのでは?私は知らない。前世なんて知らない」
悪かった。と謝ろうとした。
しかし、アレンシアは思ったのだ。
自分は彼を独占出来てとても幸せだったと。
でも……だからって、現在、彼によって閉じ込められるだなんて、嫌だ。
そう思った。
なんてわたくしって我儘なのかしら。
彼を閉じ込めるのは良くて、自分は閉じ込められたくないなんて。
前世、彼を閉じ込めておきながら、自分は社交を楽しんだ。
勿論、浮気なんてしなかったけれども、ずっと彼と一緒にいたわけではない。
美味しい物を外で食べて、時には旅行に行って。
そんな話を閉じ込めた彼に沢山自慢をした。
今、思えばなんて酷い女だったのだろう。
彼は旅行から帰って来た自分の話を聞いてくれて、優しく愛してくれたけれども。
アレンシアは叫んだ。
「貴方は、わたくしに復讐したいの?わたくしを閉じ込めたいだなんて」
グランは笑って、
「復讐?なんのことだ。ただ、私は愛しい君を他の人達に触れさせたくない。独占して閉じ込めたい。それだけだ」
「わたくしは嫌よ。わたくしだって、もっと旅行したり美味しい物を食べたり、色々としたい。他の人達と色々と話をしたい。どうしてわかってくれないの?」
アレンシアの言葉にグランはぽつりと、
「私は君の為に我慢したんだ。君が望むならと監禁生活に耐えたんだ。だって、アレンシア。いや、レガーテ様。貴方の事を愛していたから。だから、君だって耐えてくれるよね」
涙が出た。
やはり彼は覚えていたんだ。
自分がやった事を。彼を監禁した前世を。
グランの顔があまりにも悲しそうだった。
前世のオルディウスの顔を思い出した。
いつもどこか悲しそうだった事を。
彼だって外で自由に生きたかっただろう。
その翼を折ってしまったのは自分だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ」
「アレンシア、君を泣かせたくはなかったんだ。馬車を暴走させて怖い目に遭わせてごめん。君を監禁したかったけれども、君を独占したかったけれども君だって望んでいないよね。前世の私だって監禁生活は辛かったんだから。だから、さようなら。お互い、別の人生を歩んだ方がいいと思うんだ。だから婚約解消しよう。なぁに、いかに政略とはいえ、話し合いをすればどうにかなるはずだから」
そう言ってグランは部屋を出て行った。
アレンシアは部屋を出て行ったグランを廊下で呼び止めた。
「だったら、オルディウスっ。いえ、グラン様っ。わたくしとやり直しましょう。まともな恋愛をっ。まともな夫婦関係を。まともな愛をやり直しましょう」
「まともな愛……出来るかな」
「ええ。まともな愛。二人でやり直しましょう」
アレンシアは走っていってグランに飛びついた。
グランは抱き締めてくれた。
そう、まともな愛。やり直しましょう。二人で。
王立学園で、グランは女性相手ならば、極端に嫉妬をしなくなった。それはいいのだけれども、アレンシアだって前世を思い出したら、グランを束縛したくなったのだけれども、やはり、グランの人間関係に口出しをしないようにした。
互いに良い距離感で、良い恋愛を……やがてはよい夫婦関係を。
アレンシアは思う。
今度こそ間違えない。
グラン様、一緒にやり直しましょう。
アレンシアはグランと後に結婚した。
互いに監禁なんかはせず、社交もそれなりに行い、色々と一緒に出かけて、美味しいものを楽しんで、素敵な結婚生活を送った。
亡くなる時にアレンシアはグランと約束した。
来世もきっと巡り会って、もっともっと素敵な恋愛を楽しみましょう。
素敵な結婚生活を送りましょう。
わたくし達は運命の赤い糸で結ばれているのだから。
来世も又、会いましょう。