番と結婚するにあたって、私は家を継ぎ女公爵となることを決める
「さて、エリアーヌ。そしてアナトール」
「はい、お父様」
「はい」
私はアナトールを引き取って数日後に、お父様とお母様に呼び出された。改まった様子のお父様とお母様に、心臓が飛び出そうなほど緊張する。
だっておそらく、アナトールとの婚約の正式な手続きのためだろうと予測できるから。アナトールと婚約できる、そう思うと期待で胸が熱くなる。そして同時に、ここまできて急に認めてもらえなくなったらどうしようと不安にもなる。
アナトールも同じくお父様とお母様に呼び出された理由には想像が付いているらしく、緊張した面持ちだ。
私達はお互い、緊張し過ぎて言葉を交わすことすらままならない。けれどお互い、汗ばんだ手を繋いで決して離さない。
そんな私達の様子を見て、何かを確かめるようにお父様とお母様は顔を見合わせて頷いた。そして、お父様から口を開く。
「この、教会からいただいてきた婚約届け。これにサインをして、提出したら最後。もう理由なしに覆すことはできない」
「はい」
「婚約の重みを、理解はしているね?」
「はい」
どくんどくんと心臓が跳ねる。それでも。たしかに繋いだアナトールの手が、その温度が、私を支えてくれる。
「そうなれば、アナトールをエリアーヌの婿に迎えることになる。それはわかるね?」
「…はい」
「それであれば、エリアーヌ。お前はこの公爵家を継ぐことになる。女公爵となるんだ。そうなれば、お前は責任ある立場となる。その覚悟は出来ているのか?」
いつになく、お父様の声が厳しい響きに聞こえた。それでも、私は。
「そんなの、当たり前ですわ。私は、アナトールと結婚します。そして、アナトールと支え合ってこの公爵家を…そして、領民達を守っていきますわ。アナトールを引き取った時から、既に覚悟は出来ております。…こう言うと、軽いと、現実が見えていないと思われるかもしれませんわ。でも、私は。本気で、私の大切なモノ全てを。人生を賭けて全力で守り通す覚悟ですの」
お父様の目をしっかりと見つめて、心の底からの決意をぶつける。
お父様はそれを聞いて、お母様と顔を見合わせた。そして頷いて…ふっと笑った。それまで難しい表情で黙り込んでいたお母様が口を開く。
「ふふ、そこまで覚悟を決めていたのね。子供の成長は早いわ。少し前まで、誰が相手でも婚約は嫌だとごねていたのにね」
「はは、そんなこともあったな。エリアーヌが婚約を嫌がる理由がわからなくて頭を悩ませたものだが、今はそれでよかったと心から思うよ」
穏やかな雰囲気になり、ほっと胸を撫で下ろした。お父様は、次にアナトールに話しかけた。
「アナトール。君は、女公爵の婿となる。それは簡単なことではない。これから、女公爵としてエリアーヌは教育を受けることになる。同じように、君も女公爵の婿として教育を受けなければならない。君が考えている何倍も、君は苦労を強いられるだろう…できるかい?」
「…全力を尽くします。俺にどこまで出来るのか、俺にもわからない。けど…エリアーヌと人生を共に過ごすためならば、俺はどんな苦労にだって食らいついてやる。エリアーヌだけに、苦労はさせない」
アナトールの言葉に、お父様は目を見開いた。そして私は、アナトールの言葉にとても感動する。『エリアーヌだけに、苦労はさせない』…この言葉を、私は生涯忘れることはないだろう。
「でも、アナトールくん。本当にいいの?平民と公爵家の娘の婚約なんてなかなか無いわ。もちろん運命の番ですもの。尊重はされるでしょうけれども、いつかやっかみを買うこともあるでしょう。それは大丈夫なのかしら?」
そんなお母様の問いかけにも、アナトールは堂々と答えた。
「はい。エリアーヌが、俺のせいで侮られることのないように堂々と振舞ってやります。やっかんできた相手を追い払えるくらい、強くなります」
その言葉に、お母様は微笑んだ。
「そう。その気概があれば大丈夫ね。あなた」
「ああ。では、エリアーヌ。ここにサインを」
私は婚約届けにサインをする。
「アナトール。君は文字を書けない…という認識で合ってるかな?」
「…はい」
「私が代筆させてもらう。いいかい?」
「はい」
「大丈夫。それだけの覚悟があるのなら、我々の施す教育ですぐに書けるようになるさ」
お父様が、アナトールの代わりにサインをした。これで、提出するだけだ。
「では、教会へ提出しに行こう」
「はい、お父様。アナトール、行こう」
「うん」
そして、馬車に乗って四人で教会に行く。書類を提出して、無事受理された。
「…これで、私達は婚約者」
「俺がエリアーヌの、婚約者…」
二人で見つめ合う。そうすると、なぜか自然に涙が溢れてきた。二人で抱きしめ合って、泣いてしまう。
「よか、よかった…エリアーヌ!」
「うん、うん、アナトール…大好き!」
そんな私とアナトールをお父様とお母様は優しく見守って微笑んでくれていた。




