運命の番
気が付いたら、スラム街にいた。
なんでかは知らないけど赤子のうちから親に捨てられた俺は、俺の境遇を哀れんでくれた兄達に育てられた。
兄達もスラム街の子供だ。両親を亡くしたり、虐待から逃げてきたりと様々な理由でそこで暮らしていた。
俺はスラムしか知らなかった。なのにある日突然、盗みに失敗してパン屋の主人にぼこぼこにされているところを孤児院の院長に助けられて、そのまま保護されてしまった。
その後俺の証言で兄達も助けようとしてくれた院長。しかし、その時には一歩遅かった。スラム街は浄化作戦とやらが施行され、兄達は散り散りに逃げていた。多分、もう会える見込みはない。
院長には、感謝してる。けど…俺だけこんな温かなベッドで寝るのはどうなんだろう。助けられた俺がベッドで寝て、助けてくれた兄達は散り散りになった。…せめて、新しい場所で上手くやっているといいけれど。
そして、色々バタバタしていてしばらくしてから院長に聞かれて、そこで初めて気付いた。
「貴方のお名前は?」
「…名前?」
俺には名前がない。兄達も、名前は名乗っていなかった。それは俺にだけ特別とかじゃなくて、兄達同士もお互いの名前は知らなかったっぽい。
というか、ここに来て初めて「名前」の概念を理解したレベルだった。
院長はそれを知って、無理に俺に名前を押し付けたりしなかった。自分で選べばいいと。
「俺の、名前…」
もし。もしも、望んでいいなら。俺を選んでくれるような、誰かに名前をつけて欲しい。それまでは、別に名前なんて要らない。
それは強がりというより、渇望。本気でそう思ったんだ。
そしてその日というのは、案外すんなりやってきた。
「もし、そこの貴方」
「…なに?」
「私は、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌ。貴方の、運命の番ですわ」
「…え?」
「私達は、運命の番ですの」
運命の番。その概念は、俺も知っていた。
人族の俺には、運命の番を感じられない。でも、この人は俺をそうだと言う。
「貴方の名前を聞かせてくださる?」
「名前なんてない。ここで拾われるまでは底辺の暮らしだったし、ここでもゆっくり名前を自分で選べば良いって言われた」
「あら…」
この人は、俺を選んでくれる人だろうか?
「…もし」
「え?」
「もし運命の番だっていうなら。貴女が名前をつけて」
渇望する。呼んでほしい。俺だけのために、俺だけの名前を。
「アナトール」
「え」
「貴方は今日から、アナトールですわ」
ああ、やっと見つけた。俺だけの人。
「アナトール…俺は、アナトール…」
「ええ、アナトール。愛していますわ」
彼女のその一言に、俺は涙を流して抱きついた。




