表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

モッキンバードタウンで君を待つ

モッキンバードタウンで君を待つ



 こないな。


 ふたりの待ち合わせの目印にしている、時計台をみあげながら、彼氏は彼女を待っていた。


 時計の針は、約束の時間を5分過ぎた午後2時5分。


 遅れるなら、連絡くらいあっていいはずだけど……


 端末には彼女からのメッセージはない。


 はぁ……


 とため息をついて、肩を落として地面に視線を落とす。


 待ち合わせの15分前にやってきた時には、素敵に見えたレンガ敷きの道も、いまではレンガでできた迷路にしか見えない。


 現れない彼女にメッセージでも打とうかと思ったけれど、なんだかそれも情けないような気がして……


 敷き詰められたレンガの迷路をみつめていても、彼女はいないわけで……


 もしかして、待ち合わせ場所を勘違いしているのだろうか?


 そのことに思い至って、視線をあげて周囲を見回す。


 休日のモッキンバードパークの時計台には、たくさんの人が待ち合わせに訪れている。


 この人混みに僕はまぎれてしまって、彼女をみつけられないだけなのだろうか?


 そんなことを思うのだけれど、だとしたら、どこにいるの? くらいのメッセージはきててもいいはずなのに……


 それとも、人混みにまぎれてしまっているのは僕の方で、彼女を見つけられない彼氏がやってこないのを、彼女は不安な気持ちになって待っている?


 急に不安になってきた。だとしたら、待ち合わせの時間をすっぽかしているのは彼氏である僕の方になるわけで。


 時計台の下に集まる人々を、彼女を検索するように視線を走らせる。


 いない。いない。いない。視界の端から端まで探してみたけれど、やっぱり彼女はいなかった。


 もう一度。視界にうつる人々の中から、彼女を検索しようとした時……


「探しているのは、こんな感じの、可愛い女の子じゃありませんか?」


 背後から声がした。


 振り返ると、とびきりの量産型可愛いに包まれた女の子が笑ってた。


「15分前から見ていたよ」


 そう言って彼女は彼氏の手を握る。


「待ち合わせの時間に声をかけようと思っていたのに、時計台をみあげる君の後ろ姿にみとれてたんだ」


 胸が強く鼓動するのがわかった。当たり前のように、心臓を鷲掴みにしてくる君に、僕はいつもやられっぱなしなわけで……


「映画まで、まだ時間あるよね? 映画館に行く前に、真っ昼間に夜みたいな真っ黒いコーヒーを飲みましょう」


 そう言って僕の手を引いて、歩き出す君に僕はまたもやられっぱなしなわけで……


「時計台をみあげる君の姿はとっても素敵。ねえ、もう一度、時計台をみあげてくれない?」


 彼女が今度は突然立ち止まる。


「え? いま?」


 手を引く彼女と喫茶店に行くつもりだった彼氏は、彼女からの突然の提案に驚いて、ぽかんとした表情をする。


「うん。もう一度、時計台を見上げている君を真近でみたいの」


 量産型可愛いに身を包んだ彼女は、とびきりの笑顔で彼氏をみつめる。


「い、いいよ」


 戸惑いながらも、彼女のリクエストなら受けるべきだと思った彼氏は、さっきまで不安な気持ちで見上げていた時計台をもう一度みつめる。


「ねえ、さっきみたいに、首を少しかしげてみて」


 彼女の注文に、彼氏が首を少しかしげる。


「いいね。すごくいい」


 そう言って彼氏を見つめる彼女。


「そ、そう?」


 ちょっと困惑しながら彼氏が時計台を見上げていると、時計台の後ろの空に、ぽつんと浮かんでいる奇妙な点に気がついた。


「なんだろう? あれ?」


「え? なに?」


「何かが空に浮かんでる」


「どこ?」


「時計台の後ろ右斜めの方向。それに……。どんどん大きくなっている……」


 彼女が彼氏から視線を外して空を探した時、空に浮かんでいた点はもうだいぶ大きくなっていた。


「え? なに? 隕石?」


「隕石じゃない。隕石だったら燃え上がっているはずだから……」


 彼氏の視線が厳しくなる。


「隕石じゃないなら?」


「なにか、ものすごく巨大なものが、この星に降りようとしているってことになる」


「ものすごく巨大なものって……」


 その答えはすぐに出た。空に浮かぶ点だった存在は、いまやただの点ではなく、輪郭を持ち始めていた。


「あれ……宇宙船?」


 彼女がいまやはっきり見えるようになった輪郭を見て言った。


「宇宙船がこんな大都会にいきなり降りてくるなんて……」


 彼氏と彼女は空から降りてくる一隻の宇宙船を見上げ続ける。


 いまや明確な宇宙船の輪郭を持った存在は、さらに巨大になっていく。太陽を隠すほどに大きくなっているその姿は、青い空を背に細部の構造を明らかにしていく。


「ねえ……あの船……」


「戦艦だ……」


 太陽を隠すほどの巨体に三連装主砲塔を複数備えた戦艦が、休日の都市をめざして降下してくる。艦首には禍々しいドクロの紋章が刻まれ、黒くぽっかりと開いたドクロの眼窩が、平和な休日の都市をうつろにみつめる。下顎を失ったドクロの歯は禍々しく尖り牙をむきだしにしている。


「戦争……なの?」


 彼氏と彼女は抱きあい不安によどむ瞳で空をみつめる。


 宇宙から降りてきた戦艦は減速を開始すると、都市上空で停止した。


 平和な休日に空から降ってきた、死の世界からやってきた冷酷な使者を思わせる戦艦が作り出す影の中で、二人はただ寄り添い抱きしめ合うことしかできない。


 都市上空で停止した戦艦が、長い砲身を持った三連装砲塔を回転させる。


「そんな……」


 ふたりの脳裏に、一緒に観に行こうとしていた映画のことが思い浮かぶ。宇宙のならず者、宇宙海賊を追う銀河の守護者、宇宙自衛軍の物語。


 でも、ここに銀河を守護する宇宙自衛軍の姿はない。


 回転を停止した三連装砲塔が、その砲口をピタリと抱き合うふたりに合わせる。


 何もかもがお終いになる瞬間をふたりは確信した。昼間に真っ黒い夜みたいなコーヒーを飲んで、二人で銀河を守る宇宙自衛軍の映画を観て、ちょっと背伸びしたお店でふたりで映画の話をして、その後は……


 でも、そんな予定はすべてかなうことのない夢になってしまった。いまこの瞬間に……


 ふたりがまだ恋人ではなかった頃、学校で学んだ銀河戦争のことを思いだす。銀河戦争の主役は巨大な宇宙戦艦だった。その主砲が持つ破壊力は、いまさら逃げだしても何の意味もないことを二人は知っていた。


「これが最期のデートになるなんて」


 ぎゅっとお互いの身体を抱きしめて、もうじきやってくる瞬間をふたりは待つ。


 そして、都市上空に主砲が発射される閃光が炸裂する。


 ふたりはぎゅっと目を閉じて、固く抱きしめあった。何もかもが真っ暗になって、お互いの感触が消えて、何も考えられなくなる瞬間を待った。遠い轟音が耳に届く。それでも、まだ君のぬくもりを感じられるし、何かが身体に降り注いでくる感覚までもがあった。


 お互いの名を呼びあえば、答えが返ってきた。


 ふたりはおそるおそる抱き合ったまま目をあける。そこには、桜吹雪を背にした恋人の愛しい姿があった。


「え?」


 世界は一変していた。禍々しい戦艦は相変わらず空に浮かんでいたけれど、空からは無数の桜の花びらが、風に踊りながらゆっくりと降ってきていた。


「え?」


 抱きしめあった恋人は、呆然とその美しい光景にみとれていた。


「私達、もう死んでいるのかな?」


 禍々しい戦艦が浮遊する空と、降り注ぐ桜吹雪が舞う都市の光景に、彼女がためいきをつくように言葉をもらした時……


 再び都市上空の戦艦の主砲が火を吹いた。


 主砲から発射されたのは、目で見ることができる速度のゆっくりした光弾。そして光弾は都市の上空で爆ぜ、四散した火花が紅く燃える光の文字を空に描きだす。


「祝!! アークの海賊放送!! 来訪!!」


 都市の上空に、巨大な紅く燃える文字が空に漂う。


「え?」


 抱きしめあった恋人達は、呆然とその文字を見上げ続ける。


 そして、盛大なファンファーレが鳴り響き、続いてクソ騒がしい歪んだ音色が踊る音楽が流れ出す。さらに再び戦艦の主砲が火を吹き、空に大輪の七色の花火達を咲かす。


「はじめましてだ! モッキンバード星の紳士と淑女とクソ野郎とビッチにガキンチョと老人達! こちらはナイン・シックス・ポイント・ナイン。 96.9銀河標準メガヘルツ レディオ・イービル・トゥルース。 勝手気ままに宇宙をさまようアーク・マーカイザックがお送りする無免許ゴメンの海賊放送ってやつだ!  遠い銀河の果てから、熱い音楽と、嘘みたいな本当の話を君に届けにきたぜ! 空は落ちてこないけど、空からアークは降ってくる! 短いあいだだけど、この星で海賊放送やるから、聞いてみてな! 周波数はナイン・シックス・ポイント・ナイン。繰り返す。周波数はナイン・シックス・ポイント・ナイン。96.9銀河標準メガヘルツ。レディオ・イービル・トゥルース。リクエストも常時受け付け中! どんなSNSでもかまわない、アークノ海賊放送、このタグでなんか書いてくれ! 俺は必ず君のメッセージをみている。そして俺は君に届けたい!」


 都市上空に浮かぶ戦艦からの一方的なクソうるさい放送に、抱きしめあった恋人達はようやく互いにまわした腕をほどく。


「な、なんなの?……これ」


 呆然とした表情で彼女の口から言葉が漏れた時、今度は耳をつんざくサイレンが鳴り響く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ