白狐の嫁入り
狩りの名手である権蔵じいさんは、お付きの若者とともに、たき火を囲んでいました。ずいぶんと山の奥まで来たので、今日は山ごもりすることになったのです。眠そうにあくびをしてから、お付きの若者が権蔵じいさんにいいました。
「それにしても、夜だというのにずいぶんと明るいですね。それにムシムシして、なんだか暑いや。おじいさん、もうたき火も消して寝ちまったほうがいいんじゃないですか?」
若者の言葉を聞いて、権蔵じいさんはふっふと笑いました。
「寝てもいいが、たき火はたいたままじゃなくちゃな。いくら明るいといっても、夜の山には、人ならざるモノたちの世界だ。わしら人間は、このたき火の明かりにすがらなくっちゃならない。星や月の明かりは、あちらのモノたちの明かりだからな」
権蔵じいさんは、たき火に薪をくべました。パチッパチッと火がはぜる音がします。お付きの若者はわずかに顔をしかめてから、夜空に目を移しました。
「……あっ、流れ星だ」
若者が子供のように無邪気な声をあげます。権蔵じいさんはちらりとも空を見あげずに、たき火にどんどん薪をくべていきます。
「あそこにも、あっちにも! まるで雨みたいだ! 流れ星の雨だ、なんてきれいなんだろう……。おじいさんも見てくださいよ」
声高に権蔵じいさんを誘う若者でしたが、やはり権蔵じいさんは頭をあげずに、たき火になにかを近づけました。そしてそれを口元に運びます。巻きたばこのようです。権蔵じいさんの口元から、ふぅっとたばこの煙がもれ出て、空へ立ちのぼっていきます。すると……。
「あれっ? どうして……?」
驚いたようにきょろきょろと頭を動かす若者に、権蔵じいさんはぽつりとつぶやきました。
「あれは、『白狐の嫁入り』だ」
「白狐の嫁入りって、なんですか? というかひどいですよ、おじいさん! せっかくあんなにきれいな流れ星の雨が降っていたのに。たばこなんて吸うから、消えちゃったじゃないですか」
非難する若者を見て、権蔵じいさんはまたしてもふっふと笑います。
「いいんだよ、消えて。あれはまやかしだ。本物じゃない」
「でも、どう見ても本物でしたよ。それに、本物じゃないとしても、あんなに美しいものを消してしまうなんて……」
巻きたばこを口にくわえたまま、権蔵じいさんはたき火に薪をくべました。流れ星が消えてしまってからは、周囲の闇がより一層濃くなったように感じます。しばらくたき火を見つめたまま、権蔵じいさんはたばこをうまそうに吸っています。若者はなにもいいませんでした。
「白狐の嫁入りというのは、ただの狐の嫁入りとは違う。狐の嫁入りは、雨を降らせるが、白狐の嫁入りは流れ星を降らせる。そうして空に見とれている人間に、白狐がとりついたり、悪さをしたりするのさ」
若者はなにも答えませんでした。たき火の火を囲んで向かい合っているというのに、若者のすがたが影になってゆらめいているように見えます。権蔵じいさんは続けました。
「他の狐と同じように、白狐はたばこの煙がきらいだからな。そんなときは、たばこを吸えばいい。まやかしは消えて、闇が戻ってくる。もちろんたき火をきらせんようにな」
パチッパチッと、たき火がはぜます。いつの間にか、森の中の音が全て消えていました。たき火の火以外は、明かりがなくなっています。若者のすがたも、もうほとんど影となって見えなくなっています。
「空に見とれるのもいいが、地に足をすえなければ、足元をすくわれちまう。……そうだろう、白狐?」
そのとたん、かろうじて影となっていた若者が、狐のすがたとなって消えてしまいました。美しい白い毛並みの、子供の狐でした。
「……そうか、子を産んだか」
本当の星空が戻ってきても、権蔵じいさんは空を見あげようとはしませんでした。ただ、昔を懐かしむかのような、それでいて悔いるかのような、複雑な表情のまま続けたのです。
「あのときのわしは、足元をすくわれるのが怖くて、そばにいてやれんかった。……地に足をすえることでせいいっぱいだったんじゃ。……お前とともに、空に見とれて過ごしたほうが、幸せだったのだろうか、白狐……」
権蔵じいさんのつぶやきは、たき火のはぜる音に飲みこまれて消えていきました。
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