3話「私の復讐はまだ終わっていない」最終話・ざまぁ
――エマ(妹)視点――
「さっさと起きな! このゴミクズが!」
寝ていたら突然水をかけられた、驚いて周りを見るとソファーの横にメイドが立っていた、鬼のような形相で空のバケツを持ってこちらを睨んでいる。
このメイドが私に水をかけたの? 公爵令嬢で、美少女で、完璧なスタイルで、王太子殿下とも仲良しのこの私に?
「ちょっとあなた何をするの! お父様とお母様に言いつけるわよ!」
こんな無礼なメイドはムチで背中を打ったあと、紹介状なしで首にしてやる!
「旦那様と奥様の顔に泥を塗った盗人の分際で、生意気な口を叩くんじゃないよ!」
メイドが私の黒い髪を引っ張り無理やり立たせた。
……えっ? 黒い髪……? 私の髪は黄金色よね? どうして? いつの間に黒くなったの?
私が答えを出すのを待たず、メイドは私の髪をぐいぐいと引っ張り、扉の方に向かっていく。
「痛いわ! やめなさい! 引っ張らないで!」
「煩いよ! ぶさいくの分際で喚くんじゃないよ!」
メイドに頬をひっぱたかれ姿見の前まで飛ばされた、ふらふらと起き上がり姿見に映る己の姿を見て心臓が止まりそうになった。
真っ黒で艶のない髪、黒檀色の目、わしのような鼻、そばかすだらけの顔、乾燥した肌、地味で流行遅れのドレス……嘘っ、嘘よ! これが私だと言うの!
「嫌ーー!! 私の顔! 私の美しい顔がーー!!」
これはアダリズお姉様の顔! どうして私の姿がアダリズお姉様になっているの!?
「頭がおかしくなった振りをして罪から逃げようとしても無駄だよ!! さっさと来るんだ! 王太子殿下をお待たせするんじゃないよ!!」
混乱する私にメイドが暴言を吐く「さっさと来な! ブス!」メイドが私の腕を掴み引きずって行く「嫌っ! 止めて! 離して!」抵抗するとメイドがまた私の頬をぶった。
錆びた鉄のような味が口の中に広がる、頬を打たれたとき口の中を切ったみたい。
これは夢、夢よね……?
両親にもぶたれたことのない私を、メイドごときが叩くわけないわ。
私の容姿がアダリズお姉様みたいに醜くなるはずがないわ、これは夢よ、全部夢なのよ! 私の体早く目を覚ましなさい!
だけどこれは夢ではなく現実で、これからもっと酷い事実を突きつけられるのだった。
☆☆☆☆☆
メイドに連れて行かれた先は応接室だった。応接室に着くまでにメイドに三度もはたかれた。
「王太子殿下、旦那様、奥様、罪人を連れて参りました」
応接室に入るとお父様とお母様とデレック様がいた。
「お父様! お母様! デレック様! 助けて! このメイドが私に酷いことをしたのよ! バケツの水をかけたり、頬を打ったりしたのよ! ムチで打ったあと家から叩き出して!!」
バシーン!
すごい音がして目の前に火花が飛ぶ、気がつくと私は扉まで飛ばされていた。
遅れて頬に痛みが走る、メイドに叩かれたときの比ではない。
手で頬を押さえ顔を上げると、お父様が鬼の形相でこちらを睨んでいた、お父様の右手は固く握られている。
……私、お父様に殴られたの?
「お前のような恥知らずは、わしの娘ではない!」
「お父様……?」
「王太子殿下の婚約者という立場を利用して国庫の金を横領していたそうね? ボーゲン公爵家の名に泥を塗るなんてとんでもない娘だわ、恥を知りなさい!」
お母様が持っていた扇子で私の肩を叩いた。
「止めて! お父様! お母様! 何をするの? どうしてぶつの? 私は二人の可愛い子供でしょう? デレック様も見てないで助けてよ!」
「お前との婚約は既に破棄されている! 気安く僕の名前を呼ぶな!!」
デレック様がゴミを見る目で私を見る。
「お前を公爵家から除籍した! もはやお前はわしの娘ではない!!」
お父様が眉間にシワを寄せ怒鳴る、私が公爵家から除籍された? 私はもう貴族じゃないの? 平民なの? どうしてこんなことになっているの??
「みんなどうしたの? 昨日まで私に優しくしてくれたじゃない? 私よエマよ、みんなの可愛いエマよ! 分からないの?! 目が覚めたらアダリズお姉様の姿になっていたの! これは何かの呪よ! お願い助けて!!」
お父様とお母様とデレック様が顔を見合わせ、ため息をついた。
「こいつは何を言っているんだ?」
お父様がメイドに尋ねる。
「旦那様、この女は目覚めたときからこの様子です。おそらく頭がおかしくなった振りをして罪から逃れようとしているのかと」
「罪を逃れるために精神を患った振りをするとはな……どこまでも小賢しい女だ!」
メイドの話を聞いたデレック様が、私をさげすむような目で見たあと舌打ちした。
「アダリズ・ボーゲン! 貴様が僕の婚約者である立場を悪用し国庫の金を着服したことは分かってる! お前の部屋を捜索すれば着服した金で買った宝石やアクセサリーがすぐに見つかるだろう! 潔く罪を認めろ!!」
デレック様の放った言葉を聞いてめまいがした。
昨日私は、アダリズお姉様の部屋にデレック様からもらった宝石やアクセサリーの一部を隠した。
そして私は今アダリズお姉様の姿をしている、アダリズお姉様の部屋から宝石が見つかったら言い逃れが出来ない。横領の罪で捕まり処刑されてしまう。
「違うわ! 私の名前はエマよ! アダリズお姉様じゃないわ!! 呪いを……きっと魔女に呪いをかけられたのよ、それでこんな姿に……! お父様、お母様、デレック様、お願い信じて!!」
「あきれたな、誰がそんな世迷いごとを信じると言うんだ!」
「アダリズ、往生際が悪いぞ!」
「アダリズ、観念しなさい!」
私は泣きながら懇願した、だがお父様もお母様もデレック様も信じてくれなかった。
☆☆☆☆☆
「王太子殿下、アダリズの部屋から宝石とアクセサリーが見つかりました」
応接室の扉が開き兵士が入ってきた、手には宝石やアクセサリーが握られていた。
それは昨夜私がお姉様の部屋に隠したものだった。
「宝石商の描いた絵柄と一致している、念のために聞くがこれは公爵夫妻がアダリズに買い与えた物か?」
「いいえ違います、わしはそんな高価な宝石やアクセサリーをアダリズに買い与えたことはありません」
「私も、そんな高価な宝石やアクセサリーを買えるだけのお小遣いをアダリズに渡しておりませんわ」
「宝石商からアダリズに売ったと証言は取れている、宝石を買う資金を公爵夫妻が出していないとなると、貴様が横領した金で宝石を買ったことは明白! 衛兵、アダリズを捕らえろ!」
デレック様の命に従った衛兵が私を拘束した。
「いやっ! 離して! それはデレック様が私にくださった物です!」
私は兵士に床に押さえつけられながら叫んだ、こうなったらデレック様も道連れにしてやるわ!
「愚かなことを抜かすな、今だから言うが私は昔からアダリズのことが嫌いだった。亡きお祖母様の顔を立てて今日まで婚約関係を維持していたに過ぎない。そんな相手に横領をしてまで高価な宝石を贈るわけがない!」
デレック様の言い分はもっともだった、ぶさいくなお姉様に横領をしてまで高価な贈り物をする人はいない。
「違います! デレック様は私に……エマにプレゼントしてくれたんです!」
「それこそ意味が分からない、エマ殿は婚約者の妹でしかない、なぜ婚約者の妹に高価な宝石を贈る?」
デレック様は鼻で笑った。
「そんな酷い……! 私と何度も二人きりで会ったじゃないですか! 愛してるって何度も言ってくれたのに!」
「アダリズ、貴様は曲がりなりにも婚約者だったのだ、頻繁に会うこともあるし、二人きりになることもある、気難しい婚約者の機嫌を取るために社交辞令で『愛してる』とささやくこともあった、貴様は亡き王太后様が選んだ婚約者だったからな。アダリズ、貴様は貴様を王太子の婚約者に選んだ亡き王太后様の顔に泥を塗ったのだぞ! 分かっているのか!」
「違います! デレック様が会っていたのはアダリズお姉様ではなくて、私……エマで……」
「意味が分からないことを喚き散らし、罪のないエマ殿を巻き込もうとするな! 衛兵、アダリズを縛り上げろ!」
デレック様の命を受けた兵士が私の体を縄で縛った、縄が体にめり込んで痛い。
「止めて! 私はエマよ! 助けてデレック様!!」
「こいつの声を聞きたくない、口をふさげ!」
デレック様の命を受けた兵士が私に猿轡をした。
「んーー! んんーー!」
私は助けてと叫んだが声にならなかった。
そのとき応接室の扉が開いた。
「往生際が悪いですわよ、アダリズお姉様」
応接室に入ってきたのは、ブロンドの髪に青い目の美しい少女だった。
あれは私……? どうして私がそこにいるの……!
☆☆☆☆☆
「エマ殿、罪人を城に連行するまで入ってきてはいけないと言っただろ」
どうして私がそこにいるの? 誰かが呪いや魔法の力で私の姿に化けているの?
そういえば昨夜気を失う前、アダリズお姉様が「私の人生とあなたの人生を交換しましょう」と言っていた気がするわ。
もしかして私呪いでアダリズお姉様の姿に変えられたのではなくて、心と体がアダリズお姉様と入れ替わってしまったのかしら? きっとそうだわ、そう考えると全てのつじつまが合うわ。
だから私は今アダリズお姉様の姿をしているのね、それじゃあ今私の体に入っているのはアダリズお姉様??
「王太子殿下のおっしゃるとおりよ、優しいあなたに物騒な捕物なんて見せたくなかったのに」
「わしはエマの心が傷つかないか心配だよ」
お父様とお母様が心配そうな顔で、私の体に入ったアダリズお姉様に近寄り手を握った。
「ごめんなさい王太子殿下、お父様、お母様。アダリズお姉様にお別れのごあいさつがしたかったのです」
私の体に入ったアダリズお姉様が青い目を細めニコリと笑う。
「んーー! んんーー!! ンんんーー!(返して! それは私の体よ! 私のものよ!!)」
私の体に入ったアダリズお姉様に掴みかかり殴りつけたかったが、兵士に拘束されている状態ではそれも叶わない。
「アダリズお姉様暴れないで、拘束がきつくなりましてよ」
私の体に入ったアダリズお姉様が、くすりと笑う。腹が立つ! 私の体を乗っ取って、余裕の表情を浮かべているアダリズお姉様に無性に腹が立った!
私の体に入ったアダリズお姉様が私に近づいてきて「さようなら、アダリズお姉様、私あなたにいただいた物を大切に使いますね、あなたも私が差し上げた物を大切に使ってくださいね。私アダリズお姉様の分も幸せになりますから」そう耳元でささやいた。
「ンんーー!! んンんんーー!! ンんんーー!!(返しなさいよ! それは私の体よ! 私の人生よ!)」
私の体に入ったアダリズお姉様に悪態を吐きたいが、猿轡をされているせいでうまく言葉にならない。
「これはあなたが望んだことよ、恨まないでね」
私の体に入ったアダリズお姉様が口角を上げ、美しくほほ笑んだ。
『ねえエマ、本当に私のことを自慢の姉だと思ってる? 本当に私のことが羨ましい? 私がエマと私の人生を交換したいと願ったら、あなた了承してくれる?』
『まあ交換してくださるの? 私昔からお姉様が羨ましかったのよ。だってお姉様は全てを持っているんですもの、公爵家の長女の地位も、王太子殿下の婚約者の地位も、学園の首席間違いなしと言われる頭脳も、私ずっとお姉様になりたかったのよ!』
『そう、それはよかったわ……私もずっとあなたになりたかったのよエマ、美しい容姿を持ちお父様からもお母様からも王太子殿下からも愛され、使用人から大切にされ、学園では先生からも生徒からも可愛がられているあなたに……ずっと憧れていたの。だから……私の人生とあなたの人生を交換しましょう』
昨夜アダリズお姉様の部屋でした会話が、頭の中で何度も再生される。
違う……! こんなこと望んでない!
まさか本当に人生を交換出来るなんて思わなかった!
アダリズお姉様の人生なんてちっとも羨ましくない! 「羨ましいわ」と言いながら心の中でアダリズお姉様のことをあざ笑っていた。
嫌……! 返して……! それは私の人生よ! 私の体よっっ!!
返してーーーー!!
衛兵に連行され屋敷から連れ出される私を、私の体に入ったアダリズお姉様がにこやかな顔で見送っていた。
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――アダリズ(姉)視点――
――二年後――
「エマに似て可愛い子だね、パパだよ分かるかな?」
「デレック様に似て勇敢な顔立ちをしているわ、将来は英雄になれるかもしれないわね」
私がエマの体に入って二年が経過した。
アダリズの体に入ったエマは城に連行され翌月ひっそりと処刑された。公爵家から除籍処分となっていたアダリズの遺体は、山奥に捨てられ風葬された。
それから半年後、エマの体に入った私はデレックと婚約、さらにその半年後に結婚式を挙げた。
王族は亡き王太后様の結んだ公爵家との縁を壊したくなかったらしく、婚約者を姉のアダリズから妹のエマに代えることをすんなりと受け入れた。
王族側は公爵家の人間ならデレックの婚約者は誰でも良かったのだ、アダリズでもエマでも。デレックだけは容姿の醜いアダリズを毛嫌いし、婚約を決めた王太后様を恨んでいたが。
もちろんエマが婚約者になることを反対する者もいた、そういう奴らは公爵家の権力を使って黙らせた。
こうしてエマの可憐な容姿と、王太子の教育を終えたアダリズの優秀な頭脳と、公爵家の血筋を持った、最強の王太子妃が誕生した。
エマの容姿とアダリズの頭脳と王太子妃の身分があれば、人生勝ったも同然だ。
「王太子殿下、お仕事のお時間です」
従者が仕事の時間を告げに来た。
「ええ、もうそんな時間? もっと可愛い息子と奥さんと遊んでいたいのに……そうだエマ、僕の仕事を手伝ってよ、出産前はよく僕の仕事を手伝ってくれたじゃないか」
「殿下、王太子妃様は王子様を出産されたばかりでお疲れなのです、無理をさせないでください」
「分かってるよ……エマが仕事したほうが速いから聞いてみただけだ」
「もっと遊びたいのに……」とぼやきながら、デレックは部屋を出ていった。
一人になった私は鏡に映る金髪碧眼の美しい女を見てクスリと笑う。
エマ、あなたと私の体を交換して二年になるわ。
私はエマの体に入ってからも私らしく振る舞ってるのよ。でも可笑しいの、誰も中身が変わったことに気づかないのよ。
あなた本当にお父様やお母様やデレックから愛されていたのかしらね?
いなくなったことに気づかれないなんてかわいそうな子、誰もあなたの中身を見ていなかったのね。みんなあなたの見た目の美しさにしか興味がなかったみたい。
「ほぎゃー! ほぎゃー!」
突然泣き出した息子を抱き上げてあやす。
「よしよし、いい子ね、いい子だから泣かないで」
あなたは大切な駒なのだから、健康に育って。
息子が成人したらデレックに冤罪をかけ処刑し、息子を早急に王位を継がせる計画だ。
デレックがアダリズをはめて処刑したように、私もデレックをはめて殺してやるわ。
デレックが無能だから悪いのよ、妃に頼りっぱなしの無能な王なんて必要ないわ、国民のために死ぬべきよ。王位は息子が立派に継ぎますからご心配なく、安心して地獄に落ちてください。
その時は両親にも死んでもらいますわ。虐待されたこと、私まだ根に持ってますのよ。
息子はすぐに泣き止み、すやすやと眠りだした。
「可愛い子、早く大きくなってね」
私の復讐はまだ終わっていない、次はあなたが破滅する番よデレック。
――終わり――
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【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」
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