2話「悪魔の本・グロル」
『全てを恨む憎悪の感情は実に心地よいな……こんな醜い気を感じたのは四十年ぶりだろうか』
禍々しい声が頭の中に響く……。
「誰……?」
恐ろしい物が近くにいることを肌で感じる。
『ここだ』
声に導かれるように 顔を上げると……目の前に一冊の本があった。
暗くおぞましいオーラを放つ一冊の本が宙に浮いていた。
漆黒の表紙に血のように真っ赤な色で古代語の文字が書かれている。
禍々しいほどの魔力が本から溢れている。魔力の弱い人間なら魔力に飲まれ気を失っていることだろう。
『我が名は呪いの魔本グロル、そなたイザベルか? いや今はフリーダと名乗っていたな』
フリーダという名前には聞き覚えがある、祖母の名前だ、でもイザベルという名前に心当たりはない、イザベルとはいったい誰の事なのかしら?
「フ、フリーダは私の祖母です、グロル様は祖母のことをご存知なのですか?」
人智を超えた存在を始めは恐ろしく感じた、だが私は明日には王太子にはめられて処刑される身。死が迫っている人間に怖いものなどない、恐怖は徐々に薄れていき、ついに好奇心が恐怖に勝った。
それよりも悪魔の本が言ったフリーダが祖母のことなら、祖母は悪魔の本と何らかの取引したことになるわね。両親に毛虫のごとく嫌われている祖母は悪魔とどんな取引をしたのかしら?
『そうかそなたフリーダの孫か、フリーダはどうした?』
「亡くなりました、十八年前に」
『そうか人が逝くのは早いな、あれほど淀みきった魂は他にない、惜しい人物を亡くした』
「もしよろしければグロル様と祖母の関係を教えていただけますか? 祖母はいったいあなた様とどのような取引をしたのですか?」
『その前にお前の名を知りたい、名乗れ』
「申し遅れました、私の名はアダリズ、アダリズ・ボーゲンと申します」
悪魔に本名を教えるべきではないと思ったが、己の意志とは関係なく口から言葉が出ていた。己の意志とは関係なく本名を言わされた、これが悪魔の力なの?
『いいだろう話してやる、フリーダいやイザベル・シムソンの半生を……』
悪魔の本の語った内容は衝撃的なものだった。
☆☆☆☆☆
イザベル・シムソンは侯爵家の長女で金色の髪に青い目の美しい少女だったという。
イザベルにはフリーダ・ボーゲンといういとこがいた。フリーダは公爵家の跡継ぎで、黒い髪に黒い目にわしのような鼻の醜い少女だった。
イザベルにはバナン・ケッペンという名の、伯爵家の次男で美男子の婚約者がいた。
バナンに惚れていたフリーダは、イザベルを葬る計画を立てた。
フリーダはイザベルのお茶に少量ずつ毒を混ぜて飲ませた。フリーダに毒を盛られたイザベルは日に日に弱っていき、ついにはベッドから起き上がれなくなった。
イザベルはシムソン侯爵家の跡継ぎだったが、病弱なことから跡継ぎに相応しくないとされ後継ぎから外された。侯爵家の跡継ぎにはイザベルの妹が指名された、跡継ぎに指名されたときイザベルの妹はまだ一歳だった。
バナンはイザベルが侯爵家の跡継ぎでなくなった途端にイザベルとの婚約を解消し、公爵家の跡継ぎであるフリーダと婚約した。
『……とここまではイザベルは被害者で悲劇のヒロインであったが、だがここからイザベルのしたことがえげつない、そのえげつなさをわしは気に入っている』
悪魔の本が楽しげにそう語った。
ある日フリーダは余命幾ばくもないイザベルの元を訪れ、真実を告げた。イザベルが体調を崩した理由も、バナンがイザベルを捨てた経緯も。
その時にはすでにバナンはフリーダと結婚していたし、イザベルは手の施しようのないほど弱っていたし、シムソン侯爵家はボーゲン公爵家からイザベルの治療費として多額の金を借りていたので、真実を知ってもイザベルはどうすることも出来なかった。
フリーダの帰ったあとイザベルは悔しさと絶望でしばし呆然としていた。一刻後イザベルの頬を涙が伝い、それからイザベルは丸一日泣いた。
やがてイザベルの涙は枯れ、イザベルの心にはフリーダへの恨みと憎悪だけが残った。
人を憎む醜い波長と悪魔の本であるわしの波長が共鳴し、気づいたらわしはイザベルの元に呼び寄せられていた。
『わしはイザベルに尋ねた【復讐したいか?】と』、イザベルはわしの問いにコクリとうなずいた。
わしは心と体を入れ替える魔法に長けていた。イザベルにそなたとフリーダの心と体を交換してやると提案すると、イザベルは満面の笑みを浮かべた。
イザベルはわしの言うとおりに行動し、フリーダの体を手に入れた。
イザベルの体に入ったフリーダは、酷く混乱していた。だが毒に犯されていたイザベルの体は精神と肉体が入れ替わった衝撃に耐えられず、数分も持たずにショック死した。
二人が入れ替わった事実を知る人間は、フリーダの体に入ったイザベルだけになった。
復讐を果たしフリーダの体を手に入れたイザベルだが、幸せにはなれなかった。己を裏切った夫のバナンと、フリーダとバナンの子供であるゲリーをどうしても愛せなかった。
フリーダの体に入ったイザベルは、息子のゲリーに厳しい教育を施した、やがてそれは親子の確執に繋がった。
成長したゲリーはフリーダの反対を押し切りクレイを嫁にした。
クレイは、かつてのイザベルの容姿を彷彿とさせる金色の髪に青い目の美少女であった。
フリーダはクレイを見るたびに、かつての己を見ているような気分に陥った。
フリーダに毒を飲まされなければ、自分はイザベルのままでいられた。
美しい容姿と健康な肉体を持ち、侯爵家の跡継ぎのままでいられ、美男子の婚約者と結婚し、可愛い子供を授かり、優しい家族に囲まれ幸せに暮らせたはずだった……その全てを本物のフリーダが壊した。
シムソン侯爵家がボーゲン公爵家に借金をしたのも、婚約者が自分を裏切ったのも、全て本物のフリーダのせいだ。
悪人の息子であるゲリーが、愛する人と結婚し幸せに暮らすなんて許せない! そう考えたフリーダは息子のゲリーにつらく当たり、ゲリーを庇う嫁のクレイにも酷い仕打ちをした。
わしの知っているのはここまでだ。
☆☆☆☆☆
私は悪魔の本グロルの話を聞き、しばし呆然としていた。
祖母の人生が壮絶過ぎた。
祖母は自分から全てを奪った憎いいとこの体と己の体を入れ替え、いとこへの復讐を果たした。
だがイザベルはいとこの体を手に入れても幸せにはなれなかった。
フリーダは誰一人愛せなかった……かつて己を裏切りフリーダの夫になったバナンも、バナンとフリーダの息子のゲリーも、息子の嫁のクレイも……。
フリーダは誰にも真実を打ち明けることができず、孤独のまま死んでいった。
かつて私はつらいときに、祖母が生きていたら、祖母によく似た容姿の私を愛してくれたかしら? などと妄想し現実から逃避していたが、悪魔の本の話を聞く限り私が祖母に愛されることはなかっただろう。
フリーダはフリーダの息子と息子の嫁を恨んでいた、孫娘を愛してくれるとはとても思えない。
☆
『アダリズと言ったな? そなたからも憎悪の感情を感じる、理由を話してみよ、憎い相手がいるのならば手を貸そう』
私は悪魔の本グロルに全てを話した。両親から精神的な虐待を受けて育ったこと、家族の中で唯一の味方だと思っていた妹が私を裏切り婚約者と浮気していたこと。
婚約者が妹と共謀し私に冤罪をかけ殺そうとしていることを……。
『恨みを晴らしたいか?』
「ええ、もちろんです」
このまま明日になれば私は王太子に冤罪をかけられ、捕まって処刑されてしまう。
悪魔の力を借りずとも冤罪を晴らす方法がないわけでもない。だが私は知りたいのだ、醜い私の体と美しい己の体が交換されたとき、エマがどんな反応するのかを。
私の体は多少寝不足と栄養失調で弱ってはいるが、イザベルの体のように毒を飲まされて寝たきりという訳ではない、体を交換した衝撃で死ぬことはないだろう。
フリーダの魂がイザベルの体に入ったときのように、入れ替わった衝撃であっさり死なれたのではつまらない。
『ならばわしを手に取れ』
グロルに言われるまま、私は悪魔の本に手を触れた。
その瞬間、何かが私の中を駆け抜けていった。偉大なる叡智、パワーが手に入ったような錯覚に陥る。
『体を交換したい相手に、お主の人生が羨ましい、人生を交換したいと言わせよ、嘘でもおべんちゃらでも嫌みでも構わん。
フリーダは弱ったイザベルに【美しい容姿を持ち、家族に愛され、素敵な婚約者がいるあなたが羨ましいわ、あなたの人生と私の人生を交換したいぐらい。あらごめんなさい婚約者は『いる』ではなくて『いた』でしたわね。それと美しい容姿の前に『かつて』とつけるべきだったかしら? いまのイザベルは頬は痩せこけ、顔も青白くて、かつての美しさの面影すら残っていないものね。家族に愛されていたのも過去の話よね、いまのイザベルは薬代のかかる金食い虫の厄介者ですものね】と言ったのだ。
そんな嫌みともとれる言葉でも構わん、本を手にしたまま相手にお主の人生を【羨ましい】【そんな人生を送りたい】と言わせるのだ、さすれば相手とお主の心と体を交換してやろう』
エマはいつも私の人生を羨むような言葉をいつも口にしていた「お姉様は完璧な淑女ですわ」「お姉様はお勉強が出来て、ピアノもダンスも得意で羨ましいですわ。私なんてお姉様の足元にも及びませんもの」「王太子殿下が婚約者だなんて羨ましいですわ」と。
「お任せください、エマにそのような言葉を言わせるのは簡単ですわ」
王太子殿下、エマ、あなたたちのことは絶対に許さない、私をはめようとしたことを死んでも後悔させてあげるわ。
☆☆☆☆☆
いつもより早い時間に帰宅すると、私の部屋にエマがいた。
エマは王太子の言いつけを守り、かつて王太子から贈られた宝石の一部を私の部屋に隠しにきたのだろう。エマを呼び出す手間が省けたわ。
「エマ、何をしているの? ここは私の部屋よ」
「お姉様、お帰りでしたか」
エマは慌てた様子もなく振り返ると、私の目を見てニッコリとほほ笑んだ。この様子だとすでに王太子から贈られた宝石を私の部屋に隠し終えた後なのだろう。
「何を驚いているの? 私はただ自分の部屋に帰って来ただけよ」
「驚くだなんてそんな、ただお姉様はいつも真夜中にご帰宅なさっていましたので……」
「そうね、朝は皆が目を覚ます前に家を出て夜は皆が寝静まったあと帰宅する……家族と顔を合わせることも会話をすることもない、それが普段の私よね」
「お姉様そんな言い方をなさらないで、早く戻られたのでしたら一緒に夕食を食べましょう」
昨日までの私は、エマが食事に誘ってくれるのはエマの思いやりだと信じていた、エマの本心を知ってしまった今はそう思うことができない。
父母が私を嫌っていることを知りながら私を夕食に誘うエマ、父母が私の悪口を言っているときずっと腹の中で笑っていた……とても嫌な子。
「結構よ外で済ませてきたわ、それより質問の答えがまだよ、エマがどうして私の部屋にいるの」
本当は何も食べていないのだが、ダイニングルームに行けば父母と顔を合わせることになる、それは避けたい。
「メイドが間違えて私のハンカチをお姉様のお部屋のクローゼットに入れてしまったのです」
「それで私の部屋にハンカチを探しにきたの?」
下手な言い訳ね。
「ごめんなさい、お姉様の外出中に勝手に入ってしまって、メイドに悪気はないので叱らないでください」
さり気なく罪をメイドになすりつけたわね。
ここはエマを許しておきましょう。これから大事な話もあるし、エマの機嫌を損ねない方が話がスムーズに進むわ。
「いいのよ、私の帰りを待っていたらいつまでもハンカチを探せないものね」
「お姉様の優しさに感謝いたしますわ」
エマがペコリと頭を下げた。
「ところでお姉様不思議な本をお持ちですね……装飾は真っ黒、文字は血のように赤い、なんて書いてあるのかしら読めないわ」
エマは古代語の授業が苦手だったわね、他の教科の成績もあまり良くなかったわ。そんな成績でよく私から王太子の婚約者の座を奪おうなんて思えたわね、王太子の婚約者の仕事は見た目よりハードなのよ、エマはそれを分かっているのかしら?
両親に甘やかされて育ち、ニッコリとほほ笑めばなんでも許されてきたエマ。望めばなんでも手に入ってきたから、王太子の婚約者の地位も簡単に手に入ると勘違いしてしまったのね、かわいそうな子。
「図書室で見つけたのよ、私のお気に入りの本なの」
「そうでしたか、では私はこれで」
「待ってエマ、久しぶりに姉妹水入らずになれたのだから少し話さない、あなたに聞きたいこともあるし」
せっかくエマから私の部屋を訪ねてきてくれたのだ、簡単に帰すわけにはいかない。
「私に聞きたいことですか?」
「少し長くなるわ、ソファーに掛けて話しましょう」
エマを誘導し長椅子に座らせる、私はエマの隣に腰掛け呪いの魔本を私の膝の上に置いた。
☆☆☆☆☆
「メイドにお茶を淹れさせましょうか?」
エマが呼び鈴に手をかけようとするのを「いえ、結構よ喉は渇いてないの」私は止めた。
エマと違い私には専属のメイドがついていない、呼び鈴を鳴らしてもどうせ誰も来ない。
だが万が一ということもある、せっかくエマと二人きりになれたのに余計な人間に入って来られては面倒だ。
「そうですか? それでお姉様、私に聞きたいことというのは?」
「……私こんな醜い顔でしょう、誰からも愛されていないのが悲しくて……。お父様も、お母様も、婚約者の王太子殿下も私を疎んでいる……。私は誰にも愛されていない、己の醜い顔が嫌い、消えてしまいたい……」
手で顔を覆い、泣いているまねをする。
「そんなことないわアダリズお姉様!
お父様もお母様もお姉様を愛しているわ! もちろん婚約者のデレック様もお姉様のことを大切な人だと思っているわ!」
王太子殿下の婚約者である私が「王太子殿下」と呼んでいるのに、婚約者の妹に過ぎないエマが「デレック」と呼んでいる……そのことにエマは違和感を覚えないのかしら?
エマは眉を下げ悲しそうな顔をしていた、そんな顔を作りながら、お腹の中では私をさげすみ大爆笑しているのでしょうね。
今にもエマの口から「その通りよ、あんたなんか誰からも愛されてないわ! この醜いメス豚が!」という言葉が漏れてきそうだわ。
「本当エマ? 本当にそう思う?」
「ええもちろんよ、お姉様はボーゲン公爵家の長女で美人で賢くてピアノもダンスも得意で所作も完璧で私の自慢の姉ですもの。その上王太子のデレック様の婚約者だなんて、すごく羨ましいわ!」
かかったわねエマ、あなたがそう言うのを待っていたのよ。
「ねえエマ、本当に私のことを自慢の姉だと思ってる? 本当に私のことが羨ましい? 私がエマと私の人生を交換したいと願ったら、あなた了承してくれる?」
「まあ交換してくださるの? 私昔からお姉様が羨ましかったのよ。だってお姉様は全てを持っているんですもの、公爵家の長女の地位も、王太子殿下の婚約者の地位も、学園の首席間違いなしと言われる頭脳も、私ずっとお姉様になりたかったのよ!」
どうせ人生を交換なんか出来ないと思って適当な事を言ってるわね。
でもまあ、エマが王太子の婚約者の地位を欲しがっていたのは事実よね。どうせ明日になれば私が冤罪で捕まり、自動的に自分のところに王太子の婚約者の地位が転がり込んでくると思っているのでしょう? 人生はそんなに甘くないのよ。
「そう、それはよかったわ……私もずっとあなたになりたかったのよエマ、美しい容姿を持ちお父様からもお母様からも王太子殿下からも愛され、使用人から大切にされ、学園では先生からも生徒からも可愛がられているあなたに……ずっと憧れていたの。だから……」
エマの手に自身の手を重ねる。
「私の人生とあなたの人生を交換しましょう」
私はエマの目を見てニッコリとほほ笑んだ、エマは何を言われたのか分からないようで、目を白黒させていた。
「呪いの魔本お聞きになりましたか? 妹は私になりたいそうです、言質は取りましたわ、これで私と妹の体を交換できますね?」
『クククそのようだな、契約は成立した。お主たちの心と体を入れ替えてやろう。アダリズの魂はエマの体に、エマの魂はアダリズの体に入れ』
私の膝の上にある呪いの魔本が発光した、私はあまりの眩しさに目を閉じた。
☆☆☆☆☆
目を開けるとソファーに黒い髪にわしのような鼻の醜い女が、先程まで私の着ていた地味なドレスを着て倒れていた。
バサバサの髪、ボロボロの肌、そばかすだらけの顔、形の悪い鼻……。
「私って客観的に見るとこんなにも醜かったのね」
先程まで自分の体だった黒髪の女の体を揺する、だが女は目を覚まさなかった。死んでしまったのかと一瞬ヒヤリとしたが、胸に手を当てると、静かに脈打っていた。
生きているのが分かりホッと息を吐く、どうやら私の体に入った妹は、体が入れ替わったショックで気を失ってしまったようだ。
「そうだ呪いの魔本は?」
呪いの魔本は体が入れ替わる前は私の膝の上にあった。だが元の体の膝の上を見たが呪いの魔本は見当たらなかった、念のためにソファーの下やテーブルの下も探したが呪いの魔本は見つからなかった、私がほんの数秒目を閉じている間にどこかに行ってしまったらしい。
悪魔とは元来気まぐれなものだ、私は呪いの魔本を探すのを諦めた。そんなことより……。
「本当に私、エマの体に入れたのかしら?」
姿見の前に移動すると、金色のストレートの髪、サファイアのような青い目、すらりと通った鼻筋、透き通るような白い肌、整った容姿の可憐な美少女が鏡に映っていた。
「これが私……とても美しいわ。素敵、今日からエマの人生が私のものになるのね」
私は鏡の前で一回転した、桃色のスカートの裾がふわりと揺れる。今すぐ踊り出したい気分だがそれを抑える。
長椅子に腰掛け、元の体を優しく撫でる。
栄養失調と過労と睡眠不足で髪も肌も爪もボロボロの元の私の体、もっと栄養のあるものを食べ、休養を取り、高価な美容品を使っていれば、顔の作りが悪くても、もう少し見られたかもしれない。
……今更言ってもどうにもならないが。
「エマ、心と体が入れ替わったショックであなたが死ななくて本当に良かったわ。だってあっさり死なれたらつまらないもの。あなたには【アダリズ】として生きて、私が味わってきた苦しみを知ってもらいたいの。エマ、今はゆっくりお休みなさい、明日から地獄の日々が始まるのだから……」
アダリズは明日横領の罪で捕まる、エマがアダリズの体で生きるのは処刑されるまでの期間、およそ一カ月ほどだろう。エマは残りの人生の大半を牢獄で過ごすことになるのね。
「残された期間、アダリズとしての人生を楽しんでね、エマ」
私はアダリズの体に入り気を失っているエマにそう声をかけ、そっと部屋を後にした。
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