小さき姫、転生したことに気づいたのはドアノブに手が届かなかった時。
転生したことに気づいたは~第二段の短編。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
背伸びをして、思いっきり手を伸ばす。
けれど、あと少し、ほんのあと少しが届かない。
「あー、もう、届かない」
ドアノブに手が届かない。困った、誰か助けてよと思ったその時だった。
「あれ? 前は届いてた。いや、違う、前って……え、ええ、ええええええ」
それがきっかけだった。
体に電流が走ったかのように、記憶が蘇る。
私は私だ。
けれど、この記憶は前の私だ。
地球の日本で生まれ育った私。
物心ついた時から背が高かった。
背の順で並べば一番後ろだし、同じ年齢の友達は私に話しかけるときには真上を向いていた。首が痛くなるなんて言われたことは一度や二度ではない。高身長をいかして、スポーツでもと思ったけれど、私はよく言えばおっとりとした、悪く言えばのろまなのだ。さらに性格的にも、人と競い合ったりすることが向いてなかった。
「スラッとしててかっこいい」
なんて友達に言われることがあったけど、高身長で得したことは、高いところの物がとれるぐらいだ。既製品のズボンを買ったら短いし、学生の頃なんて一番前の席に座ったら後ろの子から黒板が見えないとクレームがくることが多々あった。おかげで猫背だ。それでも、卒業して社会人になり高身長に慣れたと思っていた、二十六の春。
はじめて好きな人ができた。
おおらかな男の人で、ちょっとぐらい背が高くても気にしないだろう。そう思ってたのに、告白したら見事に振られた。
「ごめん、自分より背が高い人はちょっと……俺、小さい子が好きなんだ」
よりにもよって、身長が理由で振られるなんて。
慣れないお酒を飲んで、酔ってしまいたい。そう思うのに、小心者の私は、酔うまで飲むこともできず、缶酎ハイを一本寂しく飲んだだけ。
「あーあ、小さい女になりたかった。小さい子って可愛い。私も上の物が届かない、困った、助けてってお願いしてみたいよ」
そんな願いを口にして、その日ふて寝したことを覚えている。
それからの記憶は、忘れたのかわからないけど、思い出せない。
とりあえず今は、一言言いたい。
「小さすぎでしょ」
確かに、小さくなりたいと願ったよ。しかも割と本気で願ったことは認める。
だからって、こんなに小さくなるなんて誰も思わない。
前の私は、百八十センチの長身だったけど、今はどう見ても百センチない。
「種族名は小人、一般には小さき人と言われる、小さな体が特徴の種族」
私は、現在十五歳、一応今は、成長期にあたるようだけど、小さき人は大きくても百センチに満たないようだ。
「これは転生だよね」
でもなんで今思い出したんだろうと、首を捻っていたら、届かずに困っていたドアノブが回る。
扉が開いたと思ったら、そこには人がいた。自分が小さすぎて、見上げる首が痛い。首を上に向けると疲れると、前の私は言われる方だったからわからなかったけど、本当だった。
「ドアの前にいたら危険ですよ」
「すみません」
「本当に気を付けてください。ドアが当たったらと思うと恐ろしいです」
今は入ってきたのは、誰だっけと思ったのは一瞬。この人はこの巨人の国の騎士団の団長さんだ。さすが騎士団長、いい筋肉をしていて、巨人族の中でも大きい方になるだろう。黒髪の短髪がよく似合い、優しく笑う顔はなかなか好感度が高いおじさまだ。
「あの、ちょっと確認したいんですが、私の名前なんでしたか」
そう言った私を見る団長さんは、急にオロオロとし始める。
「もしや、頭を打ったりしましたか? 大丈夫ですか」
「違うんです、ちょっと確認したかっただけなんです」
前の私を思い出したのが、ついさっきだ。前の私と今の私が混ざって、区別がちゃんとついているのか不安になったのだ。いきなり私の名前合ってるかなんて聞かれるなんて、団長さんも不思議そうにしている。
「……お名前は、ミミ様です。小さき姫のミミ様です」
私の名前はミミ。
「ん? 小さき姫……姫?」
「ええ。交流会のために、姫様はこちらに来られたばかりですよ」
「あ、交流会、そうだ、十年に一度の」
そうだ、そうだったと思い出す。
なんだか馴染みのない部屋だと思っていたら、前世とか関係なく、私は昨日ここにきたばかりだからだ。
この世界では、十年に一度各種族から年頃の代表者が集まる交流会がある。
この世界はいろんな種族が存在するようで、人間はもちろん小人族や獣人族や竜族など、様々な種族の人が集まるそうだ。
そして交流会というのは、大昔のいざこざが原因で始まったらしい。
大昔は、各種族自分の国から出ることなく暮らしていたそうだけど、時代が進むにつれて、他国で他種族と交流を持つ人が増えた。他国にしかない食べ物、技術、それを自分のものにしたいと、欲が出る者が出てきて、もめにもめて、あわや戦争というところまでいってしまったそうだ。
しかし、当時の巨人の国の王様がその場を収めることに成功。
その時に作った決まりの一つが他種族との交流である。
基本的には若者の内に他種族と交流して、みんなで仲良くしましょうねという会だ。該当年齢は十五歳から十八歳で、気が合う人がいたら結婚してもいいよという感じだ。要するにお見合いである。今回小人族からは女の子が参加することに決まっていた。該当年齢の女の子は数人いたのに、行きたくないと家出する子がいたり、行くはずだった子が体調不良で行けなくなったりして、最終的にはこの交流会に参加できる該当者が私しかいなかったのだ。小人族は身長だけでなく、繁殖能力も低く人口が少ないのだ。
各国代表者はほとんどが王族、今この国の王城にはいろんな国の王子さまやお姫様がたくさんいるのである。そんな人ばかり揃っているので、警備は手厚い。一応私にも護衛の騎士のような人はいたのだけれど、そこは小人族、とにかく小さい。小人族の中でいくら強いと言っても、人間と比べても大人と子供のような体格差だ。どうしても弱くなってしまう、ということで、私の護衛に、既婚者で、小人族に対して悪い感情を持っていない、この国の騎士団長がついてくれることになったのだった。
「小さき姫様、大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です」
「本当に大丈夫ですか」
「はい、寝起きで寝ぼけていたみたいです」
「……それならいいのですが、このお部屋、一日使ってみてどうでしたか」
この巨人の国に着いたのが昨日。
ここは王城の一角に交流会のために建てられた建物で、各種族に合わせた部屋が用意されていた。
この部屋は、小人族専用ということで、私が使うのにちょうどいい小さな家具が配置されていた。けれど致命的なポイントが一つあった。
「ドアノブが高い位置にあって届きません」
ピカピカ光るドアノブを見上げて思う。なんでドアノブこんな上につけたのかと。いくら私が小さき人と言われる、小さな人でも一般的なドアよりもすごく上についているから届かないのだ。
「ああ、これは、小さき人がドアを自分で開けられたら、ドアに挟まってしまう危険があり、わざと上についているんですよ。小さき姫様にとってはドアは重いですからね」
それはないとは言えないぐらい、私は小さい。けれど、さすがにドアに挟まるうっかりミスはしない気がする。
「ドアを開けたいときは、この呼び鈴を鳴らしてください」
私から見ると、巨大なベルだけど、騎士団長が持ったら普通のベルだ。こんなに小さな体で、小人族の人は不便ではないのかなと心配になる。今は私がその小人族本人なんだけど、どうも昔の大きかった私が顔を出すのだ。
「本日は顔合わせがございます」
そう言われたら、そんな予定だった気がするけれど、どうも記憶が蘇ったせいで曖昧な部分があるようで、言われたら思い出しはするけどぼんやりとした感じだ。下手なことを口走りそうだし、なるべく大人しくしていようと決めた私は一つ頷いた。
「大広間に集まるようになっておりますが、準備の方はよろしいでしょうか」
準備とは? 何か持っていくものでもあるのかなと首をかしげてみると、騎士団長は大きく首を横に振っている。
「小さき姫様、そのような愛らしい仕草はしてはいけません。いくらここが王城といえど、小さき人は人気がありますから」
「……人気」
「そうです。もちろん私が守りますが、あまり愛らしい姿を見せると大変ですよ。本当に気を付けてください」
そうだ。小人族は世界的にとても人気がある。世界中には小さき人が大好きな人がいるようで、誘拐事件が多発していて、他人事ではないのだ。とくに女の子は生まれにくい分、コレクターまで存在するらしいと噂で聞いたことがある。それに元高身長女子としては、小さいものは可愛いという認識があるから小さき人が人気なのはわかるのだ。
「私、気をつけます」
グッと拳を握って突き上げて決意表明してみたら、騎士団長さんはまたも首を横に振る。
「ですから、そのように愛らしい仕草をしてはいけません」
「えっと、でも、今のは頑張ろうと、気合を入れただけですよ」
「非常に可愛らしいですので、気を付けてください」
可愛いだなんて、身長が高かった私は言われ慣れていない。かっこいいと言われることはあっても、可愛いと言われることはなかった。だからかな。嬉しくて、なんだか恥ずかしい気がしてしまう。
「また、そのように愛らしい顔をされてはなりません」
ここまでくると、黙ってうなずくのが一番だとわかった私は、コクンと大きく頷いておいた。
「ダメですね。これは、頷くだけでも愛らしいとは、参りました」
それから顔合わせに出かけることになり、騎士団長にドアを開けてもらい、私は廊下に出た。
廊下が広く感じるのは私が小さいせいもあるけれど、天井は高いし、建物の作りが大きいようだ。
騎士団長さんの一歩はとても大きくて、私はちょこちょこと短い足を懸命に動かす。歩幅が小さい分歩くのが遅い私を待つ騎士団長はニコニコしているから、待つのが嫌という感じではなく安心した。
「本日は各種族の代表の方の顔合わせです。仲の良いお友達ができるといいですね」
仲の良い友達、欲しいか欲しくないかと聞かれたら、それはもちろん欲しい。いろんな種族の友達ができたら、いろんな国にも遊びに行ったり、楽しそうだと、私は少しの期待を胸に足を進めた。
そうしてやってきたのは、大きな庭園だった。可愛らしいガーデンパーティーの準備がされたそこには、白い丸テーブルがたくさん置いてあり、いろんな種族の人が各テーブルでくつろいでいた。背中に羽がある人がいたり、頭に犬のような耳がついている人がいたりして、私は内心で大興奮していた。
「姫様の席は、あちらですね」
騎士団長が指さす先にあるのは、他よりも明らかに小さいテーブルとイスが用意されている場所だった。目立たないように端っこがよかったのに、ど真ん中である。
騎士団長に託されて歩いていると、周りがざわざわとし始めた。
「小さき人、初めて見ました」
「まあ、可愛らしい」
「本当に小さいんだな」
周りの声を拾ってみたけれど、みんな驚いているだけで、悪意があるような人はいなくて安心した。
それから、私は出されたお茶を飲んで、クッキーをかじりながら周りを観察した。
どうやら人が集まっているテーブルと、私と同じでポツンと一人座っているテーブルがある。
これは、あれだ。
高校に入学して初登校した日を思い出す。
なんとなく、仲良しグループが出来上がっていて、話しかけたいのに勇気のでない人がチラホラといたり、我関せずでおひとり様でも大丈夫な人がいたり、まるで青春の一ページのようではないか。
サクサクのクッキーを食べながらそんなことを考える私は、前世覚えている限りは二十六歳の大人であった。だから、十五歳~十八歳の年齢の人を見ても、子供を見ている感覚なのだ。みんな若々しい感じがしていいのだけれど、恋愛という意味で好きな人ができるのは難しいだろうと思った。
それから、私が話したのは気弱そうなうさ耳のかわいい女の子と、面倒だと言わんばかりの顔で仕方なく挨拶だけしてきた思春期丸出し犬耳男子、そして女の子全員に話しかけていた女好きの吸血鬼の男の子。最後にこの場で一番大きな人。
「巨人族の、アレクだ」
「小人族の、ミミです」
首が痛くなるほど真上を見上げて見えた顔は、なかなか爽やかな笑顔だった。そして差し出された手がとても大きくて私は驚いていた。
逆の意味でだろうけど、驚いたのはアレクさんも一緒だったようだ。
「小さいな」
「大きいですね」
「すまない、手を握ったら潰してしまいそうだから、握手してもらっていいか。僕は動かないから」
「はい」
差し出された大きな指を、握ってみる。ギュッと握っても反応がなくて、真上を見たらまっすぐに前を見て固まっているように見えた。
「大丈夫ですか」
「……ああ」
巨人族のアレクさんの視線の先には、こちらに歩いてくる白い羽が美しい美人女子がいた。
多分この中で一番の美人である。アレクさんは顔がポッと音がしそうなほど赤くなった。
これは惚れたな。
「わたくし、天使族のオーロラと申します」
オーロラさんは声まで綺麗だった。
「私は小人族のミミです」
「ミミ様、本当にお可愛らしいこと。わたしくぜひミミ様と仲良くさせていただきたいのです」
鼻息荒く迫ってきても美人は美人だった。どういう人かわからないけど、仲良くしたいと思ってくれているのはいいことだ。私は、コクンと大きく頷いた。
「ありがとうございます。わたくし嬉しゅうございますわ」
うん。美人は笑うとさらに美人である。
私はそろそろ真っ赤になって固まっているアレクさんを覚醒させるべく、ツンツンと足を突いてみた。挨拶忘れているよ。自己紹介するなら今だよ。と気づいてほしくて。それなのに、私の指にすら気づかないではないか。気分はおせっかいなおばさんである。
「アレクさん」
「は、はいぃ」
「自己紹介しなくていいんですか」
「はい、俺は、いや僕は、ア、アレクです」
純情少年の自己紹介に生温かい視線を向けてしまうではないか。
その後、天使族のオーロラさんがうまく話を振ってくれて、場の雰囲気が和んだ。アレクさんも最初の緊張がほぐれて、オーロラさんといい雰囲気だ。
うん。甘酸っぱい空気だ。
そんなことを思った時だった。
視界の端に見つけた人物から目が離せなくなったのは。
「かっこいい」
思わず呟いてしまうほど、かっこいい人を見つけてしまった。
気だるそうな様子が、大人の色気を感じさせるその人は、恐らく巨人族の人だ。
燃えるような真っ赤な髪が特徴的で、遠くからでもわかる筋肉。
マッチョは好きだ。
「アレクさん、あの、あそこにいる人は誰か知ってますか」
「うん、あれは兄のサイラスです」
「お兄さん」
「兄は交流会に参加できる年齢ではないので、護衛という名目ですが、花嫁探しも兼ねてます。父上にこの場にいるように言われて断れなかっただけで、本人は乗り気ではありませんが」
サイラスさん。かっこいいなと見つめていれば、一度視線が交わった気がした。
うむ。非常にタイプな見た目である。
アレクさんにとってサイラスさんは自慢の兄らしく、聞いてもいないけどいろんな情報を喋ってくれた。
年齢は二十六歳。前世の私の年齢と一緒だ。
そしてなんとこの国の第一王子である。次期国王と言われているそうだ。
それから、私は交流会の間中、こっそりサイラスさんを見てはそのカッコよさに惚れ惚れしていた。
最初はこっそりと見ていた私だけど、相手が全く気にしてなさそうだし、見るのは自由だ。だから最近では堂々と見つめている。
「ミミ様はサイラス王子が好きなのですか?」
そう聞いて来た騎士団長に、私はコクンと首を縦に振った。近くにいることが多い騎士団長には、私がいつもサイラスさんを見ているのがバレバレだったようだ。
「とてもかっこいいと思います。見ていると幸せなので見ています」
思ったままを口にしただけだけれど、騎士団長からみると、純粋な小さな女の子が声をかけることもできずに、陰ながら想っていると勘違いしたようだ。数日後、なぜか騎士団長は私の部屋にサイラスさんを連れてきた。
「ミミ様、私は用事があり、今日はお側にいられませんので、サイラス王子が護衛をしてくれます」
パチンとウインクまでして、この場を去る騎士団長。
そして残された、小人の私と巨人のイケメンサイラスさんである。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
声も渋くていい。子供にはない大人の色気が最高である。
「一度抱きあげでもいいだろうか」
小人族を抱っこしたい人はとても多く、慣れたものである。私は両手を広げて抱っこしての姿勢をとる。
「どうぞ」
壊れ物を扱うかのような手つきで、私を軽々持ち上げたサイラスさん。
「軽いな」
「うわぁ、高いですね」
元高身長女子の時の視界ですらこんなに高くなかった。天井が近すぎてびっくりだ。
「これは踏みつぶしたら大変だ、視界に入れておこう」
片手に私を座らせて、もう片方の手でポンポンと頭に触れてくるイケメン。最高である。
その日はなかなか幸せな時を過ごせた。
自分好みのイケメンが側にいて、なんだかんだと相手をしてくれていい日だった。
それから城内で会えば、話す仲になり、渋くていい声を聞いて幸せを感じてみたり、この交流会にきてよかったなと思っていた。
そんなある日、本日はドレスを着て夜会に来ていた。たくさんの種族の人がダンスをしたり、お酒を飲んだり楽しそうにしている。私は美味しそうなケーキを食べて、巨人族のアレクさんと、天使族のオーロラさんと話していた。
その時、近くにいた思春期丸出し犬耳男子が、大人しくて可憐なうさ耳女子に結婚を申し込んだ。うさ耳の子は真っ赤な顔で頷いてみんなに祝福されている。
「やっぱり、あれですかね、うさ耳の子可愛かったから、誰かに取られる前にって思ったんですかね」
私がそんなことをポツリと言った瞬間、ハッとした顔をしたアレクさんは、急に立ち上がると言った。
「オーロラさん、俺と結婚してください」
いきなりビックリプロポーズ第二段である。
オーロラさんを見ると、うん、この顔はまんざらでもない感じだ。
「はい、喜んで」
今日はとてもいい日だ。
幸せそうな二組を思い出すだけで、胸がポカポカする。
ジュースと思っていた飲み物がアルコールで、本当に胸がポカポカしているんだけど、私はそんなこと気づかない。
「私も告白しちゃおうかな」
この好きだと思う気持ちを伝えたい衝動を我慢できない私は、サイラスさんを探すことにした。
「ふふん、発見」
遠目でサイラスさんを見つけた私は、小走りで向かう。けれど、巨人族のサイラスさんの歩幅は広く、外に出て行ってしまった。慌てて追いかけて、やっと見つけた背中。
「サイラスさーん」
「ん? そんなに急いでどうした」
弾む息を整えて私は言った。
「サイラスさん、好きです」
ポカンと口を開けたサイラスさんに、私はニコニコと笑って言った。
「大好きです」
「……そりゃ、ありがとよ」
ガシガシと頭を掻いてサイラスさんは言った。
「でもな、ミミは若い、それに身長が」
身長が。
今、身長がって言った。
この時の私は、お酒が入っていたこともあり、正常ではなかったかもしれない。けれどこの時の選択を私は後悔していない。
「大きい人が小さくはなれませんけど、小さい人は大きくなれるんです。私はまだ十五歳で成長期だし、大きくなります」
「あのな、そういうことじゃなくて」
「え? 身長が気になるんですよね」
本当は身長だけが原因ではないかもしれないけれど、わざとのように気づかないふりをした私は、サイラスさんを見つめた。
「そもそも俺みたいなおじさんのどこがいいんだ」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。まずは、その真っ赤な髪が似合う人はそうそうにいませんよ。大人の色気がプンプンだし、声も渋くてかっこいいでしょう、それにその筋肉、とても強そうで素敵です」
私の誉め言葉にまんざらでもない顔をして喜ぶところが、とくに大好きだ。本人は嬉しそうな顔を隠せていないことに気づいていないんだけど、それは私だけの秘密である。
小さき人はそんなに大きくはならない。けれど私は努力する。
過去の私は大きくて振られた、だから、身長で振られるなんて嫌だ。
これは後で聞いた話だけれど、背を伸ばそうと牛乳を飲む私がお腹を壊した日、それを心配した騎士団長が大きな手でお腹をさすっているのを目撃したサイラスさんは、うまれてはじめて嫉妬したそうだ。
「おい、もうやめておけ」
「大丈夫です。もう一杯」
「そもそも牛の乳ごときででかくなれるのか」
そう言いながら、私のお腹を優しくさすってくれる、あなたが好きだ。
遠くない未来私は、小人族にして身長百センチになるという快挙を成し遂げる。
小さくなりたいと願った私が、心の底から大きくなりたいと願うんだから、人生何があるかわからない。
読んでくださった方ありがとうございました。