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僕の世界の主人公は

作者: 蒼井梨



10歳の誕生日、この地域では旅に出る風習になっている。

僕は隣の家に住んでる幼馴染と一緒に、同じ町の研究所へ向かった。そこで、旅で一緒になる相棒を選んで、戦わせてみたりしてはしゃいだ。


「一緒に世界一を目指そうな!!負けないぞ!」


名前を口にしたはずだけど、音になって現れたような気はしなかった。幼馴染はいつもみたいに無言で変わらない表情で頷いた。全く、本当にいつも表情が動かないなあ!昔からだけど!

あれ、昔のこいつはどんな感じだっけ。


思い出そうとしたけど思い出せなくて、家に帰ったらアルバムでも見ればいいか!と軽い気持ちでその時は流した。




月日が少し流れた。僕らは各町の一番強い人と相棒と共に戦って、勝てばメダルが、負ければ再チャレンジ、と言ったふうに旅を進めた。見たことない生き物や、見たことない町に大はしゃぎした。幼馴染とはたまに町でばったり会って、その度に戦うようになった。少しだけ疎遠なのが寂しい。昔はずっと一緒に遊んで、た…よな?最近、幼馴染のあいつと離れ離れになったせいで、昔のことへとよく思いを馳せるようになった。しかし、思い出そうとしても思い出せなくて、しまいには幼い頃のことも、ほんの少ししか思い出せない。今の状況にいやによくあった、都合のいい過去の思い出。変だな、と思う。いつもは思い出せないのに、何故かその時だけ思い出せるんだ。特定の思い出が、時に鮮明に、時にぼんやりと。僕は僕が思ったよりもずっと都合がいい頭をしてるのかもしれない。僕は僕に違和感を覚えることが多かった。


幼馴染はやけに強かった。僕の相棒はまだ進化してないのに、あいつの相棒はとっくに進化していて、レベルも強さも何段階も上だった。僕はその町トップを相手にしても、いつもギリギリ勝てるかギリギリ負けるかだったのに、あいつはほとんど一撃で相手を沈めて、涼しい顔してメダルを貰っている。この差は、なんだ。スタートは同じはずなのに!僕は悔しくて悔しくて何度もあいつに挑戦した。挑戦しては圧倒的差を見せつけられて、呆気なく惨敗するの繰り返しだった。何度戦略を変えても、何度編成を変えても、ほとんど全部一撃で倒されて、考えた戦略の頭角も出せずに負けてしまう。悔しい。悔しくて憎まれ口のひとつでも叩きたくなるのだが、さすがに幼馴染に対して酷いことは言えないと自分でもわかってるのか、口が勝手にあいつを称える言葉を紡ぐ。不思議には思うが、我ながら得な頭をしてるなと思ったりもした。


また数ヶ月経った。どうやら長く居すぎたようだ。強くなる為にと外にいたら、気付いたら2週間も時が過ぎていた。最近こういうこともしばしばおこる。朝ごはんを食べていると思ったらもう夜になっていたり、家に入った時は昼だったのに靴を脱ぐ頃には夕方になってたり。時の流れが早すぎる。いくら旅と言えど、こんなことがあるのだろうか。全く旅というものは中々不可解なものだな。僕の脳は、迫り来る違和感を考えないようにできているらしい。変だな、と思ってもそれ以上が考えられなかった。いつもふと他のものが思い浮かんでしまって、この不思議について思考をめぐらせることができない。気付けば夕飯のこと、相棒のこと、次の勝つ方法なんてのを考えてしまう。

僕はそろそろこの違和感を突き止めたいのに。

幼馴染は相変わらず変わらない顔で、定型文のような短い言葉をなげかけてくるのだった。



旅を初めて半年がたった。長いようで短かかった。

結論から言うと僕は世界一にはなれなかった。

なったのは、僕の幼馴染のあいつだった。

何が違ったんだろう、あのなんの感情も映さない瞳と、僕の一生懸命前を観てきたこの目とは一体何がどこが違うんだろう僕だって頑張ったのに悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。

目の前には新しく世界一になったあいつがやっぱり、なんの感情も無い顔で立っていた。元世界一があいつを褒め称える。それでもなお、その顔は変わらない。

おかしいだろ。

もっとなんかあるだろ、嬉しい顔をしろよ、僕はこんなに悔しいのに!!!!!

目の前が真っ赤になるのを感じた、頭が熱い。僕は幼馴染のところへ駆け寄って大きな声で言った。


喜べよクソ野郎、僕を踏みにじってたった栄光だろうが、なぁっっ、

「おめでとう!僕も悔しいけど、でも君に絶対負けない強い人になるからね、」


こんなに痛くなるくらい僕は頭に血が上っているのに、僕の口から出た大声は、あまりにも思ってることと違って、それで、やっぱり、発音したはずなのに、あいつの名前だけもやがかかって聞こえない。くそ。僕は泣きたかった。なのに僕の顔には笑顔が浮かんでて、あいつの当たり障りない一言に、嬉しそうな顔をして、握手してる。なんだこれ、今はこんなことできる精神状態じゃないのに。なんだこれ、僕の感情はどこへ行った?なにこれ、なぁ。あー、もう、頭が痛い。




あれから1週間が過ぎた。僕はと言えば、ずっと相棒と強くなることだけを考えて過ごしていた。あの時の激情は今も胸の底に根強く残っている。あいつをなんだか許せなかった。あいつは何も悪くないのに。なるべく会いたくない。会いたくないのに、何故か会う気がした。だからその時のために、僕は必死になって自分の力を高めていた。目的もぼんやりとしていたけど、これからどうすれば分からないけど、ただとにかく強く、逞しくを胸に。世界一になってやるという思いで、それだけを考えて一日を過していた。相変わらず、気付いたら12時間以上時が経ってたり、1週間記憶がなかったりするけど、それも今はどうでもよかった。もう幼馴染の昔の姿も少しも思い出せなかったけど、何でも良かった。ただ、今のあいつを1発殴れたらそれでいいような気がした。八つ当たりだ。

でもそれでいいんだ、僕の人生の主人公である僕が輝くためにはあいつを倒すしかないんだ。その後のことは、その後考えよう。


いつもはもっと別の場所にいるけど、今日はどうしてもある1箇所が気になって、頭から離れなくて、結局足が勝手にそこに向いた。何も無かった。何も無かったのに僕はそこに仁王立ちして、あとはずっと突っ立っていた。ほんとはお腹がすいてるのに、僕はここから動けなかった。何かを待っていた。果たして相手は来た。幼馴染が来た。あの時の激情がぐわりと戻ってくる。心臓の鼓動が早くなった。顰めそうになる顔はやっぱりあいつに向かっては笑顔を向ける。


「待ってたよ」


本心だった。柔らかい声だった。


「君を倒すために僕も頑張ってたんだ。準備はいい?もう負けないよ」


思ってたことだった。あいつの顔は少しも変わらないけど、ただ決められたように「いいえ」とだけ言う。

そっか、なら準備出来たら話しかけなよ。僕は当たり障りない声をかける。幼馴染は目の前で何かを書いている。それをしまうと、また話しかけてくる。ほかのことを話したかったのに、僕は先と同じことしか言えなかった。ただ変わったのは、あいつが「はい」と言ったことくらいだ。


「手加減しないからね」


僕はそう言うと、バトルが始まった。



長い戦いだった。幼馴染のメンバーはなんとも手強いものだったが、僕も成長していた。接戦だった。

お互い最後に残ったのは最初に連れ立った相棒で、凛々しい姿に進化した彼がこちらを振り向いて頷く。僕は僕らのとっておきの技を言い放つ、相棒は期待以上に華麗に技を決めた。

幼馴染の相棒がもろに攻撃を食らう。幼馴染は相変わらず無表情だ。あいつの相棒が膝をつく。

僕らは勝利した。

積年の何かが晴れたような気がして、自然と口角があがる。幼馴染になにか声をかけてやろうと口を開いた。しかし僕の声は誰の耳にも届かず、突然視界が暗転した。頭が痛い。幼馴染は無表情にそこに立ちつくしている。僕は頭痛と眩暈に従って意識を手放した。










目が覚めると幼馴染が目の前にたっていた。相変わらず無表情にこちらを見つめる。

僕は何をしていたんだっけ。そうだ、確かこいつと戦って、それから、


「君を倒すために僕も頑張ってたんだ。準備はいい?もう負けないよ」


言いながら変な汗が背中を伝うのを感じた。この感覚に記憶がある。あるのに思い出せない。僕はさっきも、これを言った。そしてあいつはいいえと言ってどこかへ行って戻ってきてそれから、それから……


あいつの口が動く。「いいえ。」

僕の口が勝手に動く。「そっか、なら準備出来たら話しかけなよ。」


違う、違う!僕はほかのことを聞きたいんだ。なぁ君は、さっき僕と戦ったよな。そして僕は君を倒したんだ。初めて、生まれて初めて君に勝利したはずなんだ!頭が痛い、なぁ待って、どこかへ行かないで、僕の勝利を無かったことにしないで、ああ、ああそうなのか、きみは、ぼくは、


「主人公は君だったんだ。僕はNPCだったんだ。」


去っていく背中に声をかけることは出来ない。頬に冷たいものが流れる。悔しいなぁ、頭が痛い。僕は君には勝てないんだ。頭が痛い。僕はきっと、君がこの世界にいる間は、決まったことしか言えなくて、それで、僕は君には、ああ、ああ、頭が、痛い。


さっきとは違うゆっくりとした視界の暗転に逆らわないで目を閉じた。




君を倒すために僕も頑張ってたんだ。準備はいい?もう負けないよ。


「はい」


手加減しないからね。



僕は胸の内にあったはずの熱い想いが無くなってることに気付いていた。だけど、あいつに勝つために頑張ったんだ!負けないぞ!

僕の相棒たちは一定のレベルから上がることは無かったのに、あいつの相棒たちはレベルが僕よりもずっと上だった。すごいなぁ、僕も負けられないなぁ!


どうして、と言う疑問はちくりとした頭痛と共に消え去った。




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