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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第八話・無自覚の悪意>

 その後、街に降りるまで何度かモンスターとの戦闘はあった。

 魔法学校の近隣には、そうそう強いモンスターが出るということはない。出てきたところで中級者クラスであり、魔導師として魔法学校から派遣された精鋭であるアシュリーとジョシュアの敵になるようなレベルではけして無かった。というのも、ある程度強いモンスターは、魔法学校にいる生徒達教員達の実力を肌で感じるために、あらぬトラブルを避けようとこの近くに縄張りを構えぬように引っ越していく傾向にあるからである。相手の実力を正しく図ることができるのもまた実力だ。魔法学校近隣に出没するモンスターが雑魚なのは、その強さを図るセンサーが鈍っているからというのもあるのである。

 ゆえに、麓にあるアレスタウンまで辿り着くのに、さほど苦労するということはなかった。自分達二人は順調に戦い、順調に実践訓練を積み、特に問題もなく街まで到着したと言っても過言ではないだろう。――その何度かの戦闘のたび、魔法発動のためジョシュアが自傷行為を繰り返したという事実さえなかったのなら。


――確かに傷は治る。回復魔法を使えば、かなり大きな怪我をしたって治癒できる見込みは高い。特にジョシュアの回復魔法の技術なら、問題ないことも多いとは思う。でも……。


 アシュリーは見るたびに、胸が痛くてたまらなくなったのだった。ジョシュアのことを苦手だと思っているのは今も変わらない。彼のことを理解しようとするたびに、するりと逃げて行かれることには苛立ちを隠せないのも確かなことだ。けれど、それとこれとは全く別なのである。肉が裂け、骨が露出するほどの怪我をしても平然としていられるのは――どう考えても異常だ。時々顔を顰めていることからして、無痛症というわけでもなさそうである。どうして、あんな無茶な真似が出来てしまうのだろう。慣れたとは言っていたが――本来痛みなんてものは、慣れるようなものではないはずである。

 何より。




『何をそんなに気にする必要がある。俺が死んでも、特に問題はないだろう?誰かが悲しむわけでもない』




――誰も悲しまない、なんて。そんなこと……あるわけないのに。


 いや、とアシュリーは考える。彼がそう考えてしまう状況であるのもまた間違いないことではあるな、と。ジョシュアの心を思えば思うほど、アシュリーの心もまた沈んでいく。まるで、彼の闇に引き寄せられてしまっているかのように。

 この街で宿を取り、明日の早朝にナスカの森へ出発することだけ決めた後、ジョシュアはあっさりと一人で街に出て行ってしまっている。一人でいたいからほっといてくれ、ということを実に淡白に告げられてしまった。共に戦闘をこなしたからか、僅かばかり態度が軟化した――というより、そもそも話してくれる数が増えたような気がしないでもないが。到底、心を開いてくれているには程遠いのは間違いない。

 自分も買い物に行こうかな、食料はいるよね――とは思いつつ。宿で取った部屋で一人、アシュリーは動けなくなっていた。頭の中がぐるぐるして、とにかく混乱を収めたい時というのが人にはある。考えがまとまらないと、次の行動も決められない。よく、人の行動を“走る”と“考える”で例える言葉を聴くが。アシュリーは典型的な“考えてから歩き始めたい”タイプだった。希に動いてから考えている時もあるが、それは余程切羽詰った時だけだと言っていい。そして今は、そこまで酷い状況ではない。幸いなことに。


――そういえば、私。どうして学校にいた時……ジョシュアを無理にやりみんなの輪に誘おうとしたのかな。他のみんなもそう。一人が好きな生徒なんて、他にいくらでもいたのに。


 アシュリーは基本、たくさんの友達とわいわいお祭り騒ぎをするのが大好きである。家でパーティを開けば、階級など関係なく友人達を招くし――休み時間に、友達とごはんを食べないということも非常に稀であると言っていい。余程急いでいたり、皆と都合が合わないなどいうことでもなければ、短い休みであっても誰かと話していることが大半である。それはアシュリーが寂しがり屋というのもあったし、とにかく友人達と話題を広げていれば苦しいことも何もかも忘れられる性分であったからだというのもあったからだろう。

 だが、当然一人でいたい生徒もいないわけではない。アシュリーの友人にだって、物静かなタイプはいる。優等生のケニスなどは、いつも一人で読書をしていることが多い。彼がいつも休み時間に一人でいることは知っているが、それでも彼を“淋しい奴”だの“一人ぼっちの可哀想な奴”という仲間はいない。それは、ケニスが単純に本が大好きで、一人でいる時間を十分に楽しんでいる質であるということを知っているからだ。

 それ以外にも、漫画ばかり読んでいるアースとか。休み時間さえ魔導書の勉強に余年がないアマンダとか。あるいは“男の子同士の恋愛小説を書いてマジカルマーケットに出店するんだから!”とか息巻いている自称・腐った乙女のマリアンヌとか。一人で過ごす生徒は、こうして考えると身内にも結構いるように思える。しかし、彼らの大事な“一人の時間”を鼻で笑って邪魔するような者などいない。それが、彼らが本気でやりたいことであると知っているから、というのもあるだろう。あるはずだというのに。


――どうして、ジョシュアだけは……淋しい奴だとか、いつも一人でいる根暗だとか、みんなそういうことを言ってたんだろう。私もどこかで、同じことを思っていた気がする。どうして……?ジョシュアと、ちょっとしか話したこともなかったのに。




『ちょっとそこの根暗君もさあ、アシュリーに回復魔法教えてもらえば?いっつも怪我ばっかりしてるんだし』




『アシュリーが親切で声をかけてあげてるのに、あんな態度!本当に根暗なんだから!やっぱり、闇魔法ばっかり使う奴は駄目なのよ、魔王の予備軍なんだわ、きっと!!』




 ドキリとした。友人の、何気ない言葉を思い出して。

 あの時少々友人は言いすぎかなと思ったが、それ以上に何かを感じるということはなかった。根暗だと言われていても、魔王の予備軍だと言われていても。そっけない彼のせいでもあるのだから、と特に気にしていなかったのである。

 しかし、今思うと。一人でいたいと言っている人間を、無理に輪の中に入れようとするアシュリーにも問題があったような気がする。仲間と一緒に話すこと、笑うこと。それを放棄するのは幸せを放棄することと同じだと、無意識にそう思い込んでいたのだ。ゆえに、彼を無理にでもこちらに引き込んでやらなければいけないと信じていたのである。それが、彼のためである、と決め付けて。


――私、酷いことしてたのかな。だってそれって……ルナシルド信教の過激派の人達と、やってることは殆ど変わらないような気がする。人に、自分の思い込みで幸せを押し付けて、それが嫌がられたら逆ギレするって……そんなの。


 今更ながら背筋が冷たくなる思いがした。根暗、というのも十二分に悪口だが。魔王の予備軍、という友人の言葉は今思えばただの言い過ぎというレベルではないように思えてならない。あの台詞を彼女――ニールが言った時、周囲の仲間達は誰ひとりニールを咎めなかった。それどころか、本当にね、と相槌を打つような者さえ数名いたように思うほどである。

 つまり、彼女のあの言葉を酷いと思う者も、行き過ぎた偏見だと感じる者も誰もいなかったかもしれない――そういうことにはならないだろうか。魔王になるということは、人々を脅かしこの世界の支配や破壊を目論む大量殺人鬼になるということ。いずれ勇者を差し向けられて討伐される存在になるということ。そしていずれ、世界の敵としてこの魔法学校の生徒全ての敵になるということである。

 生半可な気持ちで、魔王の予備軍だなんて言葉は――言っていいはずが、ない。

 しかし誰もその言葉の重さに気づかず、同意しているということはつまり。それほどジョシュアに対する偏見が広がりつつあったということではないだろうか。それが彼が黒髪黒目だからであるからなのか、下層階級であるからなのか、それとも暗い性格をしていたからであるのかは定かでないが。


――もしかして。イジメが、あったんじゃ。私が知らなかっただけで……。


 ぞくり、と冷や汗が流れ落ちる。気になってしまえば止められなかった。アシュリーは通信魔導書を起動させる。この通信魔導書で話せる相手は当然、同じ通信魔導書を持っている相手だけではあるが。アシュリーが望めば、マチルダ先生以外とも話をすることは十分に可能である。勿論、話したい相手が呼び出せる状況にあるかどうかは別問題であるが。


――私の友達に、そんな悪い子がいるはずない。みんないつも笑顔で、私のことを心配してくれて、優しくて……だから。


 信じたくない。信じたくないから、そうではないということを確かめさせて欲しい。

 アシュリーは根本的に性善説を信じる人間であったし、特にそれが友人知人であるならばみんな“根っからの悪人ではない”と思いたいのは自然なことである。他人を傷つけて平気な人間などそうそういない、そう信じていたいのだ。例えそれを、人は綺麗事だと嗤うのだとしても。


『はい、もしもし。アシュリーですか?』


 そして通信を起動させてすぐ、マチルダ先生は応答してくれた。そういえば時間を全く気にしていなかった。授業中だったら申し訳ないと思っていたが、幸いにして忙しいタイミングではなかったらしい。


「いきなり連絡を入れてしまってすみません、マチルダ先生。今、少しお時間よろしいですか?」

『大丈夫ですよ。その様子だと、早速報告したいことがあるようですね。あるいは相談、かしら?』


 先生には、何もかもお見通しらしい。誤魔化すつもりもないが、こうまで見抜かれているといっそ清々しいというものだ。


「そうですね。相談になる……のかもしれません。実は……」


 アシュリーは今までの経緯を話すことにする。自分が、戦いの中で見てきたことを。そして、友人達の態度について思ったことを。

 きっとこの違和感を解消しなければ、前になど進めない――何よりもそう、思ったがゆえに。



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