<第七話・闇魔法の代償>
もし、自分達の物語がファンタジー小説であったなら。
間違いなく構成ミスだと指摘されるところだろう。というのも、ファウストが潜伏している古城というのが、この魔法学校からそこまで遠くもない場所にあるからである。
ナスカの森は、魔法学校が存在する山を降り、麓の街を超えればもうすぐそこにある。
山を下って街に入るだけならば、正直一日もかからない。古城はナスカの森の深部にあるとはいえ、この森もさほど広いものではないのである。つまり、ラスボスのダンジョンまで、なんと旅立って三日もあれば十分に到達可能なのだ。いくらなんでも退屈すぎるだろう、その間にもっとイベントでも街でも挟め――と言われかねないくらいの近さであると言っていい。
――それが妙と言えば妙なのよね。どうしてファウストは、そんな魔法学校から近い場所に潜伏してるんだろう。だって、勇者が出発するのは魔法学校からなわけで。なら、普通は魔法学校から少しでも遠い場所にアジトを構えた方が、長生きできる可能性が高いはずなのに……。
現在、アシュリーとジョシュアは山降りの真っ最中である。目の前にはサンダーバードが三体、バサバサと音を羽音を立てて威嚇してきている。ギザギザのトゲのような金色の羽根で覆われた鳥達は、体長1m程度とモンスターの中ではさほど大きくない方だ。嘴もさほど鋭いわけではないし、爪も切り裂くほどの威力はないと知っている。魔法学校でも、初級者が十分倒せる鳥として訓練用に戦う事もある相手だ。
ただし、だからといって侮ることなど出来ない。サンダーバードの爪は鋭さこそないものの、モノをがっしりと掴む力には長けている。自分の身体よりも大きな獲物を掴んでは高い場所から落として殺傷し、巣まで運んで餌にしてしまうのだ。つまり、一度掴まれると逃げるのは難しい。高所から落とされては、人間などひとたまりもないからである。
また、高い魔力も併せ持っていることで知られている。雷魔法の威力は馬鹿にならない。雄叫びと共に放ってくる連続の“Thunder”は、スピードのない魔導師系が食らって怪我をすることもしばしばあるのだ。何が怖いって、雷系の魔法は下手を打つとしばらく身体が麻痺することもあるということ。そうなれば当然、サンダーバードの“掴みかかる攻撃”を避けることが難しくなってくるのだ。
――まあ、それなら魔法を喰らわなければいいだけの話なんだけどね。
キイイイイ!とサンダーバードのうち二体が甲高い鳴き声を上げる。自分達人間は言葉にして呪文を唱えるが、どうやら喋ることの出来ないモンスターは鳴き声でそれを代用することが多いらしい(らしい、というのは実際は何も声を出さずとも魔法を使ってくるモンスターがいるからなのだが)。
「わかりやすすぎますよ!」
サンダーバードの“スペル詠唱”の鳴き声は極めて独特。長く三秒ほど鳴く上に、その長い首を真上に持ち上げて翼を大きく広げるポーズを取る。ゆえに、魔法が来る、と見分けるのはそうそう難しいことではない。
また、雷魔法は空から降るように攻撃が来るという特徴もある。高さには強いが左右の動きには非常に弱い。次々堕ちる雷を、アシュリーは軽々と回避していく。
「はっ!」
こんな連中など、高いレベルの魔法を使うまでもない。教員達からも高く評価されているアシュリーの戦闘技術、その特徴は何といっても少女でありながら腕力があり、剣による近接戦闘であっても高い威力を発揮できるということ。
魔法を打つと、それが当たっても当たらなくても暫く反動で動けなくなるのが生き物の特徴だ。希に動ける奴もいるが、それはよほどの天才か訓練の賜物である。案の定、魔法の反動でモンスター達は動きを止めている。その隙を逃すアシュリーではなかった。
「せいっ!!」
一度に二体のモンスターを、光魔法の力で覆った長剣で一気になぎ倒す。首を寸断された二体が悲鳴をあげて地面に落下する。二体――アシュリーははっとして後ろを振り返る。モンスターは三体いたはず、あとの一体は何処に行ったのか。
「ジョシュア!?」
三体目のサンダーバードが、今まさにジョシュアに向かって突進していっているところだった。仲間をやられて怒ったのか、首を大きく振りながら彼に掴みかからんとしている。
その鳥を、どこか冷めた眼で見ながらジョシュアは短剣を取り出すと――なんと、自分の左手首を大きく切り裂いていた。そして。
「“Blood-Scythe”」
噴出した血が、大鎌の姿になっていた。ジョシュアは左手から流れ続ける血を気にすることもなく、それを両腕で掴むと一気に振り回す。
ジョシュアに掴みかかろうと接近していたサンダーバードに、大鎌のリーチを避ける術は無かった。次の瞬間、血でできたサイズによって袈裟懸けに切り裂かれるモンスター。血と、金色の羽根が飛び散り、倒れたモンスターはそのままずるずると斜面を滑り落ちて消えていく。
「あ……」
周囲にもう、敵の気配はない。ひとまず襲ってきたモンスター達は全て討伐したようだが、それよりも。
「ちょ、ちょっと!ジョシュア、何してるんですか、何でっ……!」
今のが闇魔法の一種であるということは、勿論アシュリーにも分かっていることである。闇魔法は威力こそ他の魔法よりも絶大だが、反面術者の身体の負担になることが大きい。特に、多くの魔法はカウンタータイプに属している。ようは、ダメージを受けないと発動しなかったり、先制攻撃では殆ど威力が出なかったりするということである。
アシュリーは慌ててジョシュアに駆け寄る。そしてぎょっとした。彼は自らの左腕を、よりにもよって縦に切り裂いていたのである。肉がぱっくりと割れ、血が溢れ続けている。これは、ひょっとしたらひょっとしなくても、このまま放置すれば失血死するレベルの怪我ではないか。
「何をそんなに慌ててるんだ。こんなもの、さっさと治せば問題ないだろう」
痛いどころではないはずなのに、彼はアシュリーをどこか不思議そうな眼で見る。
「“Cure”」
彼が魔法を唱えた瞬間、温かな光が溢れた。彼の血まみれの傷が、みるみるうちに塞がっていく。
アシュリーは驚かされた。“Cure”は回復魔法の中でも、最も初級に位置する魔法。魔力の消費も少ないが、反面回復量には限度がある。その初級魔法で、これだけの傷をあっさりと塞いでしまうだなんて――どれほど高い技術と魔力を持っているのだろう、彼は。
――確かに、総合力では私と同じレベルでも……魔力だけなら、トップはジョシュアだったとは知っていたけど……。
「回復魔法……使えたんですね」
少しだけ恥ずかしくなって、アシュリーは眼を逸らす。以前自分が、偉そうに回復魔法について教えてやろうか、なんて友人経由で言ってしまったのを思い出したのだ。今の技術だけ見てもわかる。回復魔法なら、ジョシュアの方が自分よりかなり上手であるということが。
「使えない筈がない、とは思わなかったのか。俺は闇魔法の使い手だぞ。闇魔法使いは、必然的に怪我が多くなる。回復する技術がなければ、命がいくらあっても足りないだろうが」
言われてみればその通りだ。どうして気づかなかったのだろう。アシュリーは己の浅慮さがますます情けなくなってくる。
しかし、それとは別に。どうしても疑問はつきなかった。ジョシュアは戦闘においては、アシュリーのことを嫌いながらもけして足を引っ張るような素振りはみせなかった。それどころか、多少なりに協力しようという姿勢さえ見せてきたほどである。感情はあっても、分別がつかない人間ではない。理性的に動けない人物でもない。だからこそだ。
「……確かに、私達人間は、生まれついて自分の属性を持っています。闇属性を持っている人間もいるのは事実で、そういう場合は間違いなく一番得意な魔法も闇魔法となるでしょう。でも。……闇魔法はリスクが大きい。威力が大きい反面、使い手の命を削ることが少なくない。優秀な使い手になればなるほど短命であることから、適正があっても使用を控える者が少なくありません」
他の魔法にもクセはあるが、それでも闇魔法ほど肉体の負担が大きい魔法はないのも事実。さっきの戦いもそうだ。確かに傷は治るが、だからといって間に合わなければ死に至るのは間違いないことである。
同時に。たとえ死ななくても――痛みは当然感じる筈で。
「それなのにどうして貴方は、そんなにも闇魔法に拘るのですか。他の魔法を使って戦ってもいいではないですか。……あんな戦い方をして、痛くないのですか。死ぬかもしれない……とは思わないのですか?」
そうだ。手首を縦に切り裂いたのだって――出血量を多くするためのものではないか。魔法の特性上、血の量が多ければ多いほど強い鎌が具現化できるのは必定である。
だが、縦に切るのは、本気で自殺したい人間がやる行為と同じ。つまり、動脈を切り裂くということ。出血量が多ければ多いほど、当たり前だがそれだけ死に近づくのも間違いないことであるというのに。
「……誰にだって、得手増得手はある。俺は、元々体力もなければ、運動神経もそこまで良い方じゃない。短距離で走ることはできても、長距離はどうしても苦手だ」
「それは……聞き及んでますけど」
「だから俺にはお前のような遠近両用の戦い方なんかできない。そして俺は、他の魔法と相性が悪い。そもそもこの闇魔法だって、誰かに教わったんじゃなくていつの間にか自分でできるようになっていたものだ。他に生きる手段なんてもの知っているはずがない」
「それは……」
どういうことですか、と尋ねようとして。アシュリーは口ごもる。確かに、ジョシュアは非常に痩せた体型である。それは肉がないのもそうだが、元々骨格が細いからという印象だった。何故、と考えて思い出すのは彼の出自である。最下層クラスの出というのが本当ならば、当然良い環境で育ってきたはずがない。栄養状態も、到底良いものではなかったことだろう。そう考えるなら、十八歳相当の体力や筋力がつかないというのは仕方のないことであるのかもしれない。
同時に。彼がいつの間にかできるようになっていた、という闇魔法。闇魔法の多くは、傷つけられないと威力を発揮しない。ということは、つまり。
「……痛くはない、のですか」
震える声で、尋ねれば。
「もう慣れた」
あっさりと、少年は淡白に返してくる。慣れたと思うほど、痛い思いをしてきたとでもいうのか。それは一体、どういう環境だというのだろう。何があったというのだろう。
困惑し、それでも次の言葉を探すアシュリーに。ジョシュアは容赦なく先を続けるのである。
「何をそんなに気にする必要がある。俺が死んでも、特に問題はないだろう?誰かが悲しむわけでもない」
本当は、言うべき言葉があったのかもしれない。しかし彼が自然に投げてきた言葉は、アシュリーを凍らせるのに十分だったのである。
彼はそのまま、すたすたと歩き始めてしまった。それ以上の問答など、必要だとさえ思っていない――そう示すかのように。




