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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第六話・暗雲と旅立ち>

 考えたくなかった現実がある。

 旅立ちの日を、こんな憂鬱な気持ちで迎えなければならないなんて――アシュリーはため息をつくしかなかった。

 此処は、魔法学園の正門の前。アシュリーとジョシュアは、二人揃って教員達の見送りを待っているところである。


――そういえば、ちゃんと聖書を読んだことなかったな。ルナシルド信教の信者でもなんでもないし……学校でも必修科目ってわけじゃなかったし。


 自分達がいるこの魔法学校も、ルナシルド王国の土地にある。この世界を総ているのはルナシルドの国王ではあるが、だから世界総てが王国の一部になったかといえば正確にはそうではない。世界には、数多くの国が、そのままの国の名前で現存している。ただ実質、総ての国がルナシルドの占領下に入ったか、あるいは特区という形で独自性を保ちつつも吸収されたかのいずれかだというだけである。

 アシュリーはといえば、元々ルナシルド王国の国民の一人ではあるのだが。この国の貴族であるからといって、ルナシルド信教の信者であるとは限らないのが実情である。ルナシルド信教を国教とし、一応信仰を推奨されてこそいるものの、実際は信者は国全体で半数程度であるとされている。それは、ルナシルド信教の教えが影響しているのだろう。光の女神こそ唯一神であり、他の神の存在を認めないとはしているが。だからといって、その信仰を強要するのは愚かなことである、と女神は説いているのだそうだ。

 まあそれは、“神の存在を信じない者はいずれ地獄に堕ちるのだから、無理に信者にする必要もないのでほっとけ”という前提あっての代物であるようだが。


――確かに、ルナシルド信教の信者と、そうでない人達の間に壁があるなって思ったことはあったけど。


 神を信じない自由は、保証されている。

 しかし他の宗教を布教したい信仰したいとなれば、国に届けを出して正式な許可を得なければならない仕組みになっていた。そしてその許可は、滅多なことで出ることはない。唯一神、というルナシルドの教えを阻害するようなものであってはならない、というのが国王の正式見解であるからだろう。つまり、実質ルナシルド信教以外の宗教は禁止されているも同然と言っていい。

 そして、ルナシルド信教を信じる者達は、神の教えを信じない者は不幸になると考えている。聖書に則って無理な信仰の強要こそしないものの、友人知人に不幸になって欲しくないと思っている者ほどできる限り信仰を勧めたいと思うのも自然なことではあるのだろう。実際、アシュリーの友人にも信者はいて、何度も教会に来ないかと誘いを受けたことはあったりする。そのたびに断ってきたのは、宗教そのものにアレルギーがあるからとかそういうものではなく、いくつかその教えが合わないなと感じる点があったからに他ならない。

 例えばお祝い事。光の女神に纏わる祝いの儀式の日が、年間である程度の日数設けられているのだが。その日を優先するあまり、他の用事やイベントをスルーする者が少なくないのである。これは父がぼやいていた事だが(ちなみにアシュリーの家族も全員信者ではない)、大事な会議があるというのに、突然その儀式の日を思い出した信者の社員が数名、突然無断欠席をしたことがあったというのだ。

 さすがにそれは、信者云々関係なく社会人マナーとしてどうかと思うのだけども。何が恐ろしいって、彼らは無断欠席をした上で、それが悪いことだと思っていなかったということだそうだ。会社よりも家族よりも神を優先するのは当たり前、だと思っているらしい。ゆえに、その大切な用事を優先させるのは当たり前だと理解してほしい、わざわざ連絡をよこせという方が失礼だ――とまで曰われたのだそうだ。さすがにこれは、父も呆れたという。こういった過激な信者は一部に過ぎないのだろうが、それでもこういう面を見てしまうと、宗教そのものの印象が悪くなるのは免れられない事である。

 もう一つ。彼らは神のお祝いを大事にする反面、“神の生誕よりも祝うようなことがあってはならない”と考えている。その結果、人の誕生日を祝うのを嫌い、結婚式を祝うのも嫌がる人が多いのだという。以前友人が言っていた話。前に誕生日パーティに信者の友達を招いたら、一応来てはくれたもののプレゼントはもちろん“おめでとう”の一言さえ無かったというのだ。さすがにそれはどうなんだ、と遠まわしに非難したところ。彼女は泣きそうになりながら“絶対にダメだってお父さんとお母さんと神様に止められてるからごめんね”と謝られてしまったのだという。


――何を信じようと、何を大事にしようと、それは全然いいことだとは思うんだけど。……なんで、神様の誕生日を祝ったら、他の人の誕生日をお祝いしちゃいけないのかしら。理解できない、そんなの。


 何故、比べなければならないのだろう。どっちも一緒にお祝いする、それでいいのではないだろうか。

 そして、さらにアシュリーがルナシルド信教に関して嫌だと思ってしまった出来事が――先日調べた、聖書にあったあの教えである。




『光の女神、ルナシルド様は仰せになりました。


「黒髪黒目の子供は、欲望に塗れた悪魔が兄弟姉妹と交わりあって出来た、不義にして異端の子供です。

 悪魔の血を引く彼らには、その血が目覚めないよう固く封印を施しなさい。

 彼らが魔王にならぬよう、選ばれた使徒は彼らを相応しい場所に住まわせ、正しく監視を行いなさい。」』




――黒髪黒目って、ただの遺伝じゃない。どうして悪魔の子供だなんてことになるの?それに、相応しい場所に住まわせて監視しろ、だなんて。そんなのただの差別じゃない。


 ちらり、と隣に立つジョシュアを見る。無言で先生の方を見つめる彼は、相変わらず前髪を長く伸ばした暗い表情だ。見れば見るほど、綺麗な顔をしているなと思う。いわゆる“女顔”というヤツであるのは間違いない。この学校では、男女共に同じデザインのローブを着るのが習わしだ。細身でさほど背の高くないジョシュアは、知らなければ十二分に女の子に見えることだろう。髪が長いから尚更だ。話せば声の低さから、そういえば男の子だったな、とは露見するのだけれど。


――笑えば絶対可愛いのに、何で笑わないんだろうって思ってた。どうしていつも暗い顔をしてばかりいるんだろうって。でも。


 そんな彼のことを、自分は今まで何か一つでも知ろうとしてきただろうか。アシュリーは後悔に襲われて、ぎゅっと唇を噛み締める。

 彼が最下層の階級の出であることなど、全く知りもしなかったし想像していなかった。

 そして、どうしていつもそんな暗い顔をしているのか、なんて考えもせずに――ただただ“みんなと一緒にいた方が楽しい”だの、“もっと笑えばいいのにどうして笑わないの”など、随分と押し付けがましいことばかり言ってしまっていた気がする。

 笑えないというのなら、一人でいたいというのなら。大抵は、何らかの理由があるはずだったというのに。その“問題”が解決していない状況で、一体誰がどうして心から笑顔になどなれるだろうか。


――ジョシュアは、苦労してきたのかな。黒髪黒目だからって虐められてきたってこと?それとも……もっと酷いこともたくさんあったってこと?


 もし。黒髪黒目であるというだけで、多くの罪のない人達が階級外へと追いやられ、そして今なお苦しみを強要されているとしたら。

 そんなのは、絶対におかしい。間違っている。髪の色も目の色も肌の色も生まれついてのもの。人の努力で、変えることなどできはしないというのに。自分の力でどうにもならないもので他人を差別して虐げるなんて、そんなことが許されていいはずがないというのに。


――人が人を不当な理由で差別して、苦しめていいはずがない。みんなで手を取り合って、仲良くした方が絶対いいに決まってる。平和な世界が本当に欲しいなら、みんなそうやって生きていくべきなのに!


 やはり――マチルダの言うことが、どうしても納得いかないアシュリーである。

 人の心に、必要であるのは光だけ。闇なんて、マイナスの感情なんてあるべきでないではないか。そんなものがあるから余計な苦しみが生まれ、差別が生まれ、争いが繰り返されるだけだというのに。


「大変お待たせしました、アシュリーにジョシュア」


 やがて、マチルダと他の先生達が姿を現した。どうにも、魔王ファウストに関する情報をギリギリまで集めてくれていたらしい。魔王と呼ばれる存在の行動は、その人物の性格次第で大きく変わってくる。ファウストは幸い、あまり移動を繰り返すタイプではないのだそうだ。今は、ナスカの森の古城に身を潜めているらしい――という話は聞いている。国王軍に追われて負傷し、身を潜めているせいなのだそうだ。


「これが、私達が調べたファウストの資料と最新の情報、そして地図です。疑問があれば、魔法通信でいつでも呼びかけてください。旅立った後でも随時私達の誰かが応対し、返答しますので」

「ありがとうございます、先生!」


 しゃんとしなくては。アシュリーは努めて元気に声を上げて、マチルダから本を受け取った。自分達は、小型の魔導書を使って魔法を発動させることにより、遠く離れた魔導師と連絡を取り合うことのできる技術を持っている。最近はその魔導書も小型化が進み、どんどん便利になっていた。通信魔導書がメモ帳サイズにまで進化したのは、長旅をする身としては非常に便利なことである。女性にしては腕力も身体能力も自信のあるアシュリーであったが、それでも荷物が軽いにこしたことはないからだ。


「……マチルダ先生」


 そんなマチルダに。ずっと黙り込んでいたジョシュアが口を開く。


「俺は、未だにどうして先生達が俺を勇者に選んだのかがわかりません。俺を選ぶことも、勇者を例外的に二人にすることも、随分あちこちから反対や圧力があったと聞いています。……国王陛下にも苦言を呈された、と聞き及んでいますが」

「え!?」


 まさかそこまで!?とアシュリーは仰天する。未だに、どうして勇者が一人であるのか、その理由はわかっていない。しかし、複数であることと――黒髪黒目の下層階級の子供であることにはそこまで大きな問題があったというのか。後者は宗教上の理由かもしれないが、二人でいることにまで。一体、陛下と政府は何を危惧しているというのだろうか。

 おまけにその反対を押し通してまで、自分達二人を勇者にしたというのは一体――。


「そうですね。……もしかしたら私達には、政府から何か処罰が下るかもしれません」


 マチルダはあっさりと、恐ろしい事実を口にした。


「それでも、いいのです。……もしろもっと早く私達はこうするべきでした。世界の平和を阻む真の敵が何であるのか、とうの昔に気づいていたというのに」

「どういう意味ですか、先生」


 混乱するアシュリーに、恩師は淡く微笑みを浮かべた。


「終わりにする時が来たということです……全ての悲しい事を、悪い夢を。そのために、貴方達二人が選ばれた。この世界に、本当の意味で平和を齎すために」


 そして彼女は、深々と頭を下げる。他の教師達も次々とそれに倣った。

 これが自分達の覚悟であると、そう告げるように。


「アシュリー、ジョシュア。……どうか、真実を。そして、この世界のための最も善き選択を。期待しています」


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