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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<最終話・勇者も魔王も要らない世界>

 もしかしたら遠いどこかで――己の選択を、後悔する日も来るのかもしれない、とアシュリーは思う。自分がまだ若く、幼いことをアシュリーは誰よりも理解していた。勇者として旅立ち、ジョシュアと出会い、多くのことを見聞きはしたものの。それでもまだ、この世界には知らないことがあまりにも多すぎる。そしてそれらを知るまで、自分は正しく光も闇も知っているなどと偉そうなクチはきけないのだろうなということも、本心では分かっているのだ。

 何故ならば、自分はまだ――汚れた路地裏を見ていない。

 小金のために身体を売る女性も、ガリガリに痩せた身体で残飯を漁る子供も、物乞いのために道に座り込む男性も見たことがない。そういう道を、通ることさえなく生きてきた。ジョシュアやファウストから話を聞いたとはいえ、それでもまだ“聞いただけ”だ。自分の眼で直に見て、触れて、感じて得た知識とは程遠い。

 この世界は、広い。知るべきことも、想像するべきことも山ほどある。

 その上で。ただ一人の人間でしかない己に何が出来るのか、真剣に考えていくべきなのだ。人と人とが争うことは間違っていると説きながら、平和が一番だと謳いながら――それでも争いの引き金を引いたのは、他ならぬアシュリーなのだから。


「アシュリー!」


 窓の向こう、大雨が止んだ空にはまだ厚い雲が垂れこめている。さて天気予報は当たるのだろうか、と思いつつ塔の窓際に佇んていたアシュリーにかけられる声があった。

 振り向くよりも前に、腰に衝撃。思わずつんのめるほどの強い力に、アシュリーは驚きつつその少女を見下ろした。


「アンジェリカ、随分力が強くなりましたね。あ、そのリボンは?マチルダ先生に貰ったんです?」


 ガリガリでみすぼらしい姿をしていた少女は、今は可愛らしいワンピースを着て、ピンク色のリボンで髪を二つに結わえている。レジスタンスが調達してきた食料はそう多いものではないが、それでも以前より遥かにマシな生活が出来ているのは間違いないことだった。以前よりふっくらした頬で、アンジェリカはにっこりと笑う。


「うん!パパもね、かわいいーってほめてくれた!おきにいり!」

「それは良かったです。パパの具合はどうですか?」

「今日はかなりいいみたい!びょうきも、前よりよくなってるって!」


 少女にとっては二重に嬉しい出来事があったのだろう。きゃっきゃと明るい声ではしゃぐ彼女は、普通に街を歩く庶民や貴族の子供達となんら変わることはない。魔王の娘という重い荷物を背負わされ、眼をギラギラとさせて拙い魔法で父親を守ろうとしていた彼女とはまるで別人のようえある。

 自分達が出会ってから半年。――自分達がこの海辺の灯台に拠点を置いてから、大凡三ヶ月が過ぎたということになる。


「その……あのね、アシュリー。アシュリーに、どうしても聞きたいとおもってたことがあるんだけど」


 抱きついていた少女はアシュリーから離れると、少し言いづらそうにもじもじと足を動かした。


「アシュリーには、ふつうにお父さんとお母さんがいるんでしょ。……ゆうしゃにえらばれたのだって、かぞくがいるからだって……そう言ってたよね。アシュリーの、お父さんとお母さんは……アシュリーがこういうことをしたこと、おこってたりしなかった?アンジェたちのために、アシュリーがお父さんとお母さんにおこられたんじゃないかって、しんぱいで……」


 うまく言葉に出来ないようだが、それでも言いたいことは大凡伝わってくる。実際、アシュリーが勇者に選ばれた理由の一つはそれだった。裕福な家庭で、家族がいる人間は――魔王の正体を、真実を知っても簡単に王政に逆らうことはできない。逆らえば、家族が路頭に迷う可能性を否定できないからだ。アシュリーも、それを全く想定していなかったわけではない。同時に、巻き込んでしまった家族に申し訳ない、と思う気持ちもないわけではなかったのだ。しかし。




「アンジェリカは、心配しなくて大丈夫。電話で、きちんとお話しましたから」




『アシュリー。……勇者というものの、真実を。実は、私とお父さんは知っていたのですよ。侯爵以上の家の人間は、真実を知りながら影で王家に協力していた者も少なくなかったのです。私達も、その一人。……王家に貢献し、忠実であることで……家と、貴女達を守れるものと信じてきたからです。貴女が勇者を目指すと言い、そして実際に選ばれた時。もしかしたら、こんな日が来るかもしれないと……覚悟はしていたのです』




「何もかも理解してもらえたわけではないと思うし、迷惑をかけてしまったとは思っているけど。それでも、私は後悔していません。自分に嘘をついて生きることは、何よりも苦しく耐え難いことですから」




『貴女のその選択を、全面的に支持するとは言えません。家のことより、私達のことより……どんな罪をかぶったとしても、貴女にこれからも普通の貴族の娘として生き、平和に幸福な一生を終えて欲しいという気持ちはありましたから。……それでも、貴女の心がその道を選んだというのなら。私達から言うべきことは一つです。何があっても……最後まで、やりぬきなさい。私達のことは気にしないで。自分達の身は、自分達でどうにか守ります。私達もまた、選択するべき時が来たと、きっとそれだけのことなのでしょうから……』




 家族はあの日、早々に王都を離れたため国王軍に捕まるということはなかった。今では、レジスタンスのいるどこかの町に匿われているらしいという噂は聴いている。

 心配ではあるし、会いたいと思うのも本心だ。けれどアシュリーは、自分が今本当にするべきことが何であるかを知っていた。何故なら自分は、実質この組織のリーダーだ。己の気持ちよりも何よりも、するべきことは山ほどある。そしてその道を、アシュリーは自ら選んだのである。

 ジョシュアに命を救われた、あの時に。




 ***




『ジョシュア!!』


 まさか、まさか、まさか。アシュリーは頭が真っ白になった。崩れた瓦礫、アシュリーを庇って下敷きになったジョシュア。まさか彼が、自分を命懸けで守るだなんてどうして予想できるだろう。

 確かに、旅立つ前とは大きく変わったこともあったように思う。それでも、彼は元々自分のことが嫌いだったはずで――ほんの少し歩み寄っても、その評価はさほど変わらなかったはずで。


『命令もないのに、勝手に攻撃を始めるとは何事ですか!しかも、勇者であるアシュリーを狙うだなんて!』

『わ、私は……!』

『彼女の言葉に落ち着いて反論することもできず、攻撃して強引に黙らせようとしたのは……貴方が何より、彼女の言葉が図星であったからなのではないのですか!貴方は忘れています……ルナシルド信教においても、光の女神はけして……悪魔の子を殺せとは言っていない!神話の中でも、悪魔の子供達を許し、生きる権利を与えたのは貴方がたが信じる神であるはず。どうしてそんな簡単なことさえも忘れてしまえるのですか!!』


 ドナルディオに対して、マチルダが彼女らしからぬ怒声を上げるのが聞こえた。しかし、彼女とドナルディオを観察している余裕などアシュリーにあるはずはない。

 崩れたのは塔の屋根と上部のみ。それでも、華奢なジョシュアを押しつぶすには十分な重量であるのは間違いない。アシュリーは魔法を唱えようとして――自分の光魔法が、あくまで敵を砕くことにのみ特化していることを思い出した。このまま魔法を放てば、どこかに埋まっているはずのジョシュアをも傷つけてしまいかねない。


『……くそっ……ちっくしょおおお!』


 アシュリーは叫び、素手で瓦礫をどけ始めた。力には自信がある。岩を一つ一つどかす作業が途方もないことは分かっていたが、それでも諦めるという選択肢はなかった。


『ジョシュア!ジョシュア!こんなところで死んではいけません……死ぬんじゃない!そんなこと、私が絶対許さないっ!許さないからっ!!』


 魔導師の手袋はすぐに泥だらけ、穴だらけになってしまった。元々魔法防御高くとも、物理防御は想定されていない手袋である。役立たずになったそれを脱ぎ捨て、ローブの裾をまくりあげ、アシュリーはひたすら瓦礫をどかし穴を掘り続けた。すぐに爪に土が入り、血が滲み始める。しかし、そんな痛みなどにかまっている暇はないのである。ジョシュアはもっと、もっと痛くて苦しいはずなのだから。


『!』


 ふわり、と風が吹いた。はっとして振り返れば、ふらふらと立ち上がったファウストが、必死で魔力を振り絞り――岩を浮かせているではないか。風魔法は、風を使って岩を飛ばしたり嵐を起こすこともできる魔法だ。瓦礫の一部をどけることも不可能ではないのだろう。しかし。


『おねえちゃん、アンジェもてつだう!ここ、ほればいいの!?』

『アンジェリカ……!』


 ファウストとアンジェリカが、それぞれのやり方で必死で瓦礫の撤去に力を貸してくれている。やがてマチルダを始めとした他の魔法学校の教員達も、次々と手を貸してくれるようになった。

 ジョシュアを――悪魔の子と呼ばれた、下層階級の子供を救うために。

 本当はずっと、こうやって誰かを助けたかったのだと。これが自分達の真実なのだと、そう告げるように。


――ああ、本当は。本当はみんな、わかってたんだ。


 アシュリーは瓦礫を退けながら、じわりと涙が滲むのを感じていた。


――偽物の魔王を作って、誰かを生贄に差し出して……そんな平和なんか間違ってるって。本当は変えたいって……そう知ってたんだ。


 光と闇は、どちらも必要不可欠なもの。光を知るために闇は必要で、闇を知るために光は必要で。

 けれどその光を消し去るために、闇を無理矢理広げるのも。闇を濃くすることによって、対照的に光の価値を上げるのも。それでは何の解決にもなりはしないのだ。ただ歪むだけ。人が人の心を忘れていくだけ。そんなものは進化でもなく、平和とはさらにほど多い。

 例え一時闇に染まっても。それが光を救うことに繋がるのなら、それこそが価値ある行いだと――本当は、誰もが理解して此処にいたのである。ただそれに、気づかないフリをしていた者もいたというだけで。


『く、くそ!くそ!悪魔の子なのに……ああ、神よ!!』

『!』


 大きな岩が思い切り浮き上がり、そして砕かれた。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、重力魔法で岩を浮かせたのは――ドナルディオだった。


『手が!』


 岩の下から、血に染まった手が覗いた。アシュリーは必死で手を伸ばす。同じく血で汚れ、泥にまみれ、爪がはがかけた手で。

 この手ならば今度こそ、彼の痛みに届くはずだと信じて。




 ***




――本当に、マチルダ先生達のファインプレーだったわね。


 アシュリーは思い出す。あの時の映像を、なんとマチルダが撮影魔導書を使って録画し、しかもそれをリアルタイムで世界各地に流していたというのだから驚きだ。その魔力を維持するために必死だったせいで、ガレキに埋まったジョシュア救出に手を貸すのが遅れてしまったというのが真相らしい。

 結果。魔王という存在の真実が、世界中に中継されることになった。この世界では魔法を使ったテレビはまだ貴族と王族などの特権階級と、街の広場や公共施設にしか配置されていないが。それでも、全てを知らしめるには十分だったのである。魔王が冤罪であること、しかも瓦礫に埋まった少年を必死で助けようとしている姿は――世界中の人々に、ばっちりと中継されることになったのだ。

 焦った国王軍は当然現場に駆けつけてきたが、人数は少ないとはいえこちらは魔法学校の精鋭部隊、そして選ばれし勇者というメンバーである。その場で大きな衝突になることは避けられた。もちろん、その場では、の話ではあったのだけども。


――これはまだ、始まりにすぎない。本当の平和への道は、此処から始まる。


 王族と政府が、魔王をでっちあげていたこと。大量虐殺を行った本当の犯人が国王軍であったこと。全てが知れた今、世界は真っ二つに分かれて紛糾している。

 ルナシルドの神と国王の威光を取り戻さんとする政府軍と特権階級達。そして同じく神を信じながらもそのやり方を過ちとする者達と、政府の階級制度そのものに反発し民主化を求める者達。結果として、アシュリー達の行動は、この世界を再び戦乱の渦に巻き込んでしまったことは間違いないのだろう。

 それでも、アシュリーは後悔していない。いつか、己の浅はかさを悔いることはあっても――己の正義を、信念を曲げてなるものかと、そう思って此処に立っている。

 誰かが居なくてもいい世界を、自分達の手で覆すために。


「アシュリー、いいか?」


 そして。 アンジェリカの髪をなでていたアシュリーに、かけられる彼の声。


「西のフランツシティの仲間から救援要請が入った。国王軍の猛攻が始まったらしい。……今から出られるか?」


 あちこち傷は残っているものの、それでも端正な顔立ちと澄んだ瞳は変わらない。

 あの時アシュリーがしっかりと掴んだ手の主。アシュリーは振り返り、そして。


「ええ、もちろん。行きましょう!」

「!」


 抱きしめて、キスをする。赤く染まるジョシュアの顔に微笑みつつ、アシュリーはその指に自分の指を絡めた。アンジェリカがきゃー!と興奮したような声を上げるせいで、ますますジョシュアの動きが挙動不審になるのがおかしい。




――ええ、私達は行くの。……勇者も魔王も要らない世界に。二人で、一緒に!




 この物語の結末は、きっと神様にも決められない。

 ハッピーエンドは、ゼロから二人で作り上げていくものなのだから。

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