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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第三話・行方知れずの善意>

 どうしてあの子供達は、自分達のことをあんな憎々しい眼で見つめていたのだろう。アシュリーはずっと考え続けていた。確かに、自分は今まで考えたことなどない。募金活動に従事すれば、自分達が集めたお金は必ずどこかで誰かを救っているとばかり思っていた。その行先に、なんら疑問を挟んだことなどない。それは魔法学園の先生達を信頼していたからだ。――いや。


――考えることを。放棄してたってこと、なのかな。私は。


 そう考えると、少しだけ気持ちが沈んでしまう。あのジョシュアの言葉に対して、結局まともに言い返すことができなかった。それは半分以上、図星を刺された結果であったからだと言っても過言ではない。

 何よりあの、ボロボロの服を着た姉妹の顔が忘れられないのだ。自分達が募金をしていて、そのお金が最終的に弱者の役にたてられることを彼女達が知らなかったとは思えない。自分達は毎月のように駅前に立って募金活動を行ってきたし、そのたびに“貧しい人達のために募金をお願いします!”と声を張り上げてきたのだから。自分達のために頑張ってくれている、と感謝こそすれ、恨まれる筋合いなどないはずだというのに。

 もし、恨まれる理由があるのだとすれば。


――私達のお金。ちゃんと、あの子達のために使われていなかったのかしら。


 段々と不安になってきた。募金活動を終えて、学園に戻ってきたアシュリーの足は。自然と教員室に向いていったのである。

 話を聞きたい相手はただ一人。自分が最も信頼する担任教師である、マチルダ先生である。

 そういえば、彼女も“元勇者”だったという話を聞いたことがあるような気がする。うろ覚えだったゆえ、本人に直接話を確認したことなどなかったけれど。


――そういえば、魔王っていうのはどうして生まれるんだろう。時折生まれる異端児であり、生まれついてのサイコパスである……って話は聞いた覚えがあるけれど。


 赤絨毯の廊下、豪華なシャンデリア――貴族からの、多額の寄付金で成り立っているこの学校は、右を見ても左を見ても豪華な装飾に彩られている。

 この学校は、魔王に対抗するためという名目で建てられたものであるはず。勇者は一人しか選ばれないが、この学校を卒業した生徒の多くは優秀な軍人として雇用され、あるいはその魔法技術を生かして多くの専門職に就くことになる。勇者のバックアップも、この学校の生徒と教員、関係者が全力で行う手はずになっているはずだ。

 そして、寄付される金額は億とも兆とも言われている。――それだけのお金を使ってこの学校を作るメリットが、上級貴族諸兄にあったということである。それほどまでに、彼らにとって魔王という存在が脅威であったということなのだろうか?あるいは、他に何か大きな理由があるとでもいうのか。

 そもそも、どうして勇者が一人しか選ばれないのか、というのが謎で仕方ない。多くの優秀な生徒で連携を取りながら魔王を追い詰め、討伐した方が余程効率が良いように思えるというのに。そもそも、“元勇者”には軍職よりも公務員に就く者が多いと聞いている。それにも何か、理由があるのだろうか。


「あら、アシュリー。お帰りなさい。随分浮かない顔をしていますね」


 大理石の階段を登ろうと足をかけた時、丁度上から降りてくる人影があった。紅蓮のローブに身を包み、学年主任の証である☆のついた腕章をつけた上品な老婦人。アシュリーが捜していた、マチルダである。


「あの、先生。……私、どうしても気になることがあるんですけど……」


 立ち話でいいのだろうか、そう思いながらも声を出すと。


「わかりました。なんとなくね、そんな気はしていたの」


 まるで全てを悟ったように、彼女は手に持った魔導書を抱え直した。


「場所を移しましょうか。きっと人に、聞かれない方がいいでしょうから」




 ***




 通されたのは、来客用の応接室である。素行の悪い生徒にお説教を行う教員指導室でないことにアシュリーは驚いた。悪いことをしたというわけではないが、あそこも個室と言えば個室だし、マチルダと会った西階段からはそちらの方が近かった。それに、この応接室は本当に“特別なお客様”相手にしか使われないと聞いている。自分なんかが入っていいのだろうか、いや自分も一応ご令嬢と呼ばれる立場ではあるけれど――とアシュリーがわたわたするのも自然なことではあっただろう。


「落ち着かない様子ですね」

「そ、そりゃあもう……」

「生徒指導室より、この部屋の方が壁が厚いんです。ドアの向こうに立たれても、話している声が聞かれる心配は殆どないのですよ」


 言いながら彼女は、がちゃりと応接室の鍵を内側から閉めた。


「どうぞ、座ってくださいな。ふかふかですよ」


 そして、真っ黒なソファーに座るように進められる。一目見て高級だと分かる布地だ。アシュリーの家にある家具と殆ど遜色はない。今更高級家具に怖気づくような身分でもないのだが、それでも此処が学校で先生の前ともなれば全然見え方が違うのも当然だろう。

 思わずあたりをきょろきょろとしてしまう。壁に描かれているのは、有名画家の“ポデロ”だ。太陽の真珠――代表作だが、まさか本物なのだろうか。中央に真珠を称えた大輪の向日葵の絵画を、思わずまじまじと見つめてしまう。

 ドアの脇には、まるで入る人間を見張るように真っ白な彫刻が掲げられている。槍を持った勇敢の騎士は、それぞれ逆の手に武器を携えてこちらを静かに見据えていた。磯が無いから彫刻だと分かるが、そうでなければ本物の人間かと思うほどに精巧な作りだ。高価な品であることは言うまでもないだろう。


――こんな部屋にわざわざ通してくれるなんて。……もしかして、私の疑問ってそんなにまずいものなのかしら……。


 段々と不安になってくる。が、ここまで来て“やっぱりやめます”とは言いづらい。アシュリーは覚悟を決めてふかふかソファーに腰掛けると、実は――と疑問に思ったことを、そしてジョシュアとの会話を殆どそのままマチルダに語った。

 初等部の頃から世話になっている恩師でなければ。自分もこんなに無警戒に、ものを語るということはしなかっただろう。


「……なるほど、予想した通りでしたね」


 マチルダは全く驚いた様子がない。静かにくるんと指を動かし、スペルを唱えた。

 途端、目の前に現れる紅茶が入ったティーカップ。魔法とは、無から有を生み出すものではない。彼女は近くの自分の部屋から、己が入れる紅茶とお気に入りのカップを転送してきたのである。物体を転送する“アポート”の魔法を、指先で描くだけで軽々と使いこなす魔女は彼女くらいのものである。流石先生、と思いながら。せっかくなので、入れて貰った紅茶を頂戴することにする。

 昔からの付き合いで知っているのだ。彼女がレモンティーを入れてくれる時は決まって、大切な話をしたい時。同時にそれが長話になることを知っている時だということを。


「ジョシュアの言うことは、正しいのですよ」

「と、いうと……?」

「全ては、一本の線で繋がっているということです。募金も、魔王も、勇者も、子供達も全て。ジョシュアならそういうことに必ず気づくだろうと思っていました。だから私は、彼を貴方の相方の勇者として選んだのです」


 訳がわからない。混乱するアシュリーに、マチルダは続ける。


「一つずつ話しましょう。まず、募金について。……確かに、私達は誰も、募金の本当の目的を語るということをしていません。困っている人達を助ける為の募金だとは伝えていますが、誰がどう困っていて、それがどのように使われるのかを語ったことはありません。というのも、集めた時点ではどのように使われるか決まってはいないのですよ。私達の集めたお金は、一度政府に上納されて、その上でどのような使い方をされるのか審議される仕組みになっています」

「え!?」


 ちょっと待って、とアシュリーは困惑する。募金なのに、国に回収されている?使い方を国が決めている?てっきり、学園が集めてそれぞれの支援団体に寄付しているとばかり思っていたというのに。


「ここから先の話は、他の生徒……ジョシュア以外には話してはいけませんよ。彼は恐らくこの仕組みにとっくの昔に気づいているのでしょうから。国が集めたこのお金は、“すべての国民のために”最も有用な使い方が審議され、そして国家予算の一部として使われているようです。ようです……というのは、私達も最終的におお金がどのように使われているのか知らないからですよ。その報告は、私達に降りてきていません。彼らにその報告義務も課されていません」


 それって、と。じわじわ足元から這い上がってくるものに、背筋を凍らせるアシュリー。

 自分達が、貧しい人のためにと思って集めてきたお金が――もしかしたら一度も、そういう目的で使用されていないかもしれないと、そういうことではないのだろうか。


「……じゃあ、私達のお金は……」

「わかりません。そして、わからないことが、答えなのかもしれません」

「そんな!じゃあ、どうしてそんな募金活動をしてるんですか!?私、ずっと……貧しい人達を助けるために役立っているとばかり思ってたのに……!」


 頑張ってね、と微笑んでくれた老婦人の顔が浮かんで、消えていく。彼女達もきっと、そういう願いをこめてお金を寄付してくれたはずだというのに、その結末がこれではあんまりではないか。


「この王国は、王族、貴族、中流階級、労働階級、下層階級……そういった具合に身分制度が分かれています。法律の上では学ぶ自由を認め、身分の差なく人々の権利を保証していますが……その実情は、そうではありません。貴方も見たのでしょう、下層階級と呼ばれた者達が、明日をも知れる運命を生きているという現実を。特にその子供達が……黒い髪に黒い目を持っているということを」


 マチルダの言葉に固まる。確かに、あの姉妹は黒髪黒目であった。この国では珍しい――と、アシュリーが思っていた色だ。実際に、学園で黒髪黒目の生徒はジョシュア以外に見たことがない。

 そしてそのジョシュアは、カラスみたいで気持ち悪いだの、魔王の予備軍だのと呼ばれて皆から疎まれている。何故なら――現魔王である、ファウストも黒髪黒目の持ち主であるから。そして魔王には、それなりに高い確率で黒髪黒目の持ち主が含まれているからだ。

 黒髪黒目は不吉の象徴。まさかそれは、単に気味が悪いと言われているだけの話で収まってはいないのだろうか。


「貧しい人……特に、アンダークラスの人々を、本気で救済したいと思う人間が、この国に一体どれほどいるのでしょうね。同時に。本当の意味での平和を望む、良識ある人間も」


 マチルダは苦しげに俯き、そしてため息をついた。


「勇者が一人しか選ばれないのには、理由があるのです。私もかつて、選ばれし勇者でした。そして現実を知ったのです。何故、選ばれし勇者が一人で魔王を討伐しなければいけないのか……その真実を」



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