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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第二十七話・悪魔が産まれた日>

 ルナシルド信教の聖書には、このような神話が記されている。

 大いなるルナシルドの光の女神は、新たな世界を作る時、自らの息子達に試練を与えた。神が真の神として完成し、平和な世界を作り上げるためには、人間としての苦しみを知らなければならないのだ――と。

 人としての苦しみを理解し、それでもなお慈悲の心を保つことの出来る者だけが、この世界を真の平和に導くことができるようになるのである、と。

 女神の四人の息子は、偉大な母の教えを守るため、人間に生まれ変わって地上に降り立った。そして人間としての寿命の中で、一生懸命人々に知恵を教え、知識を与え、魔法を扱う術を教授していったのだという。


 だが、神の子供達の旅路は、けして楽なものではなかった。


 何故ならば神の子供といえど、人間に生まれ変わった彼らには、神としての特別な力はすべて失われていたからである。知識をいくら与え、女神の教えを信じることで救われると説いても、多くの人々は神の存在などありはしないと信じることはなかったのだそうだ。

 それどころか、人間でしかない彼らが神を名乗り、人々をたぶらかそうとしているのではないか?と言うものまで現れる始末である。

 さらに悪いことには、女神を憎む悪魔が現れ、人々に負の感情を――闇を植え付けて回ったことだ。

 悪魔は自らの息子達に命じて、この世界を争いと憎しみが支配する混沌とした王国に変えようとしていた。女神の息子達の言葉を正しく聞いた一部の信者達は、女神の加護により悪魔の言葉を聞くことなく、また争いに巻き込まれて不幸になることもなかったのだが――残念ながらそれ以外の人間達は違ったのである。


『私達の教えを信じなかった者達といえど、私達の世界を生きる愛すべき兄弟であることに違いはありません。私達は女神の子。偉大な母上の名にかけて、悪魔を討伐する義務があります……!』


 息子達は、信者達を振りきって悪魔との戦いに望んだ。

 最初に最も勇敢な長男が倒され、次に冷静な次男が倒れた。

 そして賢い三男も倒され、最後の四男が命を賭けて悪魔を討伐することに成功したのである。

 人々は、命懸けで自分達を救ってくれた彼らに感謝の涙を流し、同時に彼らの言葉を信じなかった自分達の行いを心底後悔した。最初から息子達の神を皆が信じていれば、悪魔がいくら囁いてもたぶらかされて不幸になる者はなく、神の子たる三人の息子が命を失うこともなかったはずである、と。

 彼らは自分達を戒めるため、自ら階級を定めると提案し、生き残った四男はそれに応じた。

 即ち、最初に自分達を信じた者達に特別な位を与えて、その信心を広める手伝いをせよと命じたのである。

 そしてそれ以外の者達は普通の民として、選ばれし敬虔な信者達を正しく見習い、従って生きるようにと告げた。神と使徒達の言葉に忠実に従い続ければ、その魂が認められ自らも選ばれし者になり、死した後も天国に行けるようになると諭したのである。

 そして、悪魔なき後、残された悪魔の息子達には――偉大な母の御膳で悔い改めさせ、裁きを与えたという。

 悪魔もその息子達も、皆が黒髪黒目であった。それは悪魔の証であり、永遠に消えぬ罪の証であるとされたのである。それほどまでに、悪魔が犯した罪は重く、その魂に宿った悪魔の心を消し去り、購うことは並大抵のことではなかったのだ。

 ゆえに、女神は彼らの命を救う代わりに命じたのである。


『黒髪黒目の子供は、欲望に塗れた悪魔が兄弟姉妹と交わりあって出来た、不義にして異端の子供です。

 悪魔の血を引く彼らには、その血が目覚めないよう固く封印を施しなさい。

 彼らが魔王にならぬよう、選ばれた使徒は彼らを相応しい場所に住まわせ、正しく監視を行いなさい。

 何百年、何千年、世代を交替し罪を見つめて慎ましく生きることで、初めて彼らの罪は許され……人として生きることが出来るようになるでしょう』


 黒髪黒目の子供は、異端の子。

 悪魔の子にはけして、金を与えてはいけない。武器を与えてはいけない。知識を与えてはいけない。地位を与えてはいけない。

 その貧しさこそが、彼らが前世で起こした罪の罰であり、唯一無二の購いである。彼らを真に救い、天国へ行けるようにしてやるためには、この世で与える苦行をけして躊躇ってはいけない。神の血族と選ばれた使徒は、愛の鞭を与え続けなければならないのだ。それは、前世で試練を選んだ彼らへの最大の侮辱なのだから――。


 ルナシルド信教の教えにより、階級は当然のごとく正当化されていった。


 神の息子の子孫達は王族として、王国を統べる権利を与えられ。最初の使徒達の子孫は貴族として、政治をする権利を与えられ。それ以外の者達の人権は、制限されるに至るのである。

 ルナシルド信教を信じる者からすれば当然の対処だった。彼らの先祖が、神を信じなかったばかりにこのようなことになったのだから。彼らが今受けている罰は、先祖の罪であるのだから仕方ない――と。

 そして、黒髪黒目の者は。問答無用で、悪魔の子の烙印を押されたのである。


『悪魔の子らは、審判の日に悔い改めて自ら過酷な試練を受けることを選んだのだ。

 彼らは何も与えられぬことで罪を購い、天国へ登ることを許されるのである。

 ゆえに、悪魔の子らに与える鞭を控えてはならぬ。それは彼らが救われる道を、一時の情で閉ざすことと同義であるのだから……』


 ルナシルドの国王は、ルナシルド信教の教えを広めることによって人々を統治した。理不尽にも見える、格差の大きすぎる階級制度の存在理由を人々に納得させ、反乱分子を抑え込んできたのである。

 だが、ルナシルドの王国が他の国々との戦争に勝ち、領土を広げていくうちに――その支配には綻びが見えるようになったのだ。何故ならばルナシルド信教の教えを信じてきたのは、あくまでルナシルド王国の人間だけであったからである。

 世界を一つに統一し、移民が流入し、他の国々の人々と血が混じり文化が混じり――やがて、ルナシルド王国の階級制度に不満を持つ者が現れ始めたのだった。


『どうして俺達がこんなに働いても、貴族の奴等にみんな財産を持っていかれちまうのは何故だ!』


『私たちだって政治がしたい!どうして庶民には選挙権もないの!?どうして私達の未来を私達で決められないの!?』


『お願いします、私達にまともな仕事と家を与えてください……!黒髪黒目で生まれたからって、それだけでこのような仕打ちを受けてはみんな死んでしまいます……!!』


 人々の不満は爆発し、国の貴族と王族に全て向けられようとしていた。ルナシルド信教を信じない、無宗教の者達が増えていった結果である。ルナシルドの教えを認めない者達にとっては階級制度は罰でもなければ当然でもない、ただただ理不尽なものとか映らなかったのだ。

 ルナシルド国王は考えた。どうすれば人々の不満を抑え込むことができるのか。自分達の地位を保ちつつ、自分達を支えきた貴族達を味方につけ、これからも“平和”な統治を続けるにはどのようにするべきなのかと。

 そして、出した結論はひとつ。人々が再び、ルナシルドの女神の教えを忠実に信じるように仕向けること、であった。

 そのために必要なのは。神が実在し、信じれば恩恵を与え、刃向かえば罰を受けるものだと皆に認めさせること。

 国王よりも貴族よりも憎むべき悪魔がいると、人々に知らしめることである。


――そうだ。……神を正しく信じぬ愚か者は、神の加護を受けられぬ。悪魔に唆されて、不幸になり、災厄の中で死にゆくのみなのだ……!


 国王は選んだ。

 悪魔を作ることを。

 神という光を照らすために――魔王という闇を用意することを。




 ***




「……ジョシュアは、いつから気付いてたのですか?真実に」


 アシュリーの言葉に、気づいたというか、とジョシュアは苦い顔になる。


「最初から妙だと思って疑っていたっていうだけだ」

「疑っていた?」

「魔王の存在も、魔王に纏わる事件も。何もかもこの国と政府に敵対しているように見えて……全て、この国の利益にしかなっていないなとは思っていた。こういう大きな事件は全体を見て、一度反対側からひっくり返してみるといい。……この事件を起こして、一体誰にメリットがあるのか、をな」


 それは、考えてもみなかったことだ。アシュリーは己の視野の狭さに気付き、恥ずかしくなる。魔王の単独犯だと、ずっと決めつけていたから見るべきものが見えなくなるのだ。流石に旅の終わりに来れば、自分もおかしさを感じることができてはいたけれど。


「歴代の魔王について、公開されている情報は非常に少なかった。だが、人の口に戸は立てられないものだからな。特にスラムの方ともなれば、そう簡単に箝口令も敷けない。ファウストと、その三代くらい前の魔王までは、“魔王”になる前のことを知っている人間がいた。というのも殆どの魔王が、王都のスラム育ちだったからというのが大きいからだな。全員黒髪黒目というわけではなかったし、中には労働者階級の者もいたが。共通していたのは……なんらかの理由で、上層階級の機嫌を損ねたことがあった、ということだ」

「あ、あの!」


 すると、アンジェリカが声を上げた。


「パパね。……むかし、けいむしょにつかまってたって、アンジェ知ってる。でも、パパわるいことなんかしてないんだよ。……えらいきぞくの人のばしゃの前にとびだしちゃって、ころされそうになった女の子をかばってあげただけなんだって。……そのとき、“どんなかいきゅうでも、人のいのちは平等だ”って言ったら……そしたら、はんぎゃくしゃ、ってことにされちゃったって……」


 語るごとに、少女の眼がどんどん潤んでくる。そんな、とアシュリーは絶句した。まさか、それだけの事で。アシュリーが愕然として、アンジェリカが守るように立つ――彼女の父親の方を見る。

 ベッドから身体を起こすだけで精一杯と見える、やせ細った一人の男性を。


――人の命は、どんな階級でも平等だって……それだけで、王家を否定したことになったってこと?そんな、そんなことで……捕まって、刑務所に入って……それで……!


 どれほどの地獄であったのか、自分は障りを聞いただけである。それでも、想像出来ないことそのものが恐ろしいと感じてしまう。

 普通の人間であったのに。ただ、スラムで生きていただけだというのに。


「魔王に仕立て上げられた人間は、労働者階級以下で……王家にとって、不都合な思想を持ち、脅威となりうる存在だった。ファウストが目をつけられたのも、黒髪黒目という容姿とその階級、人の命は皆平等だという王家にとっては不都合でしかない考え方……そして、他の人間よりもやや高い魔力を持っていたという、それだけだったんだろう」


 そう、これが答え。アシュリーは拳を握りしめて、ジョシュアの言葉に続けた。


「だから……彼らは、やってもいない罪を着せられて“魔王”に……世界の敵にされたのですね。聖書にある悪魔を作り、人々を教化するために……人々の不満や憎しみを、王家ではなく“魔王”に向けるために」

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