<第二十四話・ダンジョンに答えは潜む>
今までの自分に、足りていなかったものがなんなのか。アシュリーにも、段々と分かってきたことがある。
――人が、人の気持ちを完全に理解するなんて……そんなことはできない。だって自分は自分にしかなれないから。他の人には、家族でも恋人でも、絶対になることができないものだから。
今までの自分に欠けていたものは、理解しようとする気概だ。
己が幸せならば、相手も幸せであるはず。自分が正しいと信じていることは、きっと他の者にも正しい筈だという思い込みが、長年アシュリーの眼を曇らせてきたのである。己が、厳しい教育の中とはいえど金銭に恵まれ、家庭に恵まれ、友人知人に恵まれる生活をしてきたがゆえに。幸せの種類は、皆同じであるはずだと思い込んでしまったゆえに。
この世界は、美しい。そして同じだけ、醜いものでも溢れている。
貧しい人がいるのなら、その貧しさには原因があるはずで。
独りでばかりいる人がいるなら、その孤独には必ず意味があるはずで。
優しさを向けあえないのなら、その溝には必ず理由がるはずで。
勿論その全てを想像できずとも、想像しようと努力することはできるのである。それなのに、アシュリーは今までそういった努力を怠り続けてきたのだった。想像できないものを知るために、新たな知識を得ることさえしようとはせず。己の思い込みだけで、確証さえもないのにそれが正しいと決め付けて。
そうだ、一体誰が決めたのだ。勇者が正義で、魔王が悪であるなどと。
ニュースでいくら魔王の悪行を伝えられても、それを討伐するために勇者という存在が選ばれても。それがそのまま真実とは限らない。何故なら、アシュリー自身がその目で全てを見たわけではないのだから。誰かに伝えられた除法は無意識に、特に意図的に歪むこともある。実際今、自分が己で体験した数多くの事実ゆえ、違和感を感じ取っているように。
「はっ……」
アシュリーが跳んだ瞬間、ドスン!と大きな音がした。城の外壁を登り、西側の塔の窓から中に入った直後だ。大きな音がして、上からから大きな石が振ってきた。窓際に一定の重量がかかると、重石が降ってくるような罠が仕掛けられていたということだろう。
「やはり、あちこち罠が仕掛けられているらしいな」
「ええ」
想定していたことなので、避けることは難しくなかった。非常に簡単な罠であるが、人間が壁をすり抜けられない以上窓やドアから入るしかない。外壁を壊すこともできなくはないだろうが、これだけボロボロの塔だと一箇所を崩すだけで大崩落を起こしかねないからである。
城の随所に仕掛けられた、罠。
森の外に仕掛けられていた、マジックトラップ。
これだけで、ある程度想像することは難しくない。かつての自分は、目に見える事象をそのまま受け取るしかできなかったが、今は違う。それらをヒントに、考えて、想像することにこそ意味があると知っている。
『今はっきりわかった。……お前、言われたことと見たことを、そのままにしか受け取れないタイプだろ』
『そこでどうして考えないんだ?討伐するならば、お前と俺なんて組み合わせで向かわせるのは非効率にもほどがある。コンビネーション抜群な連携タイプなら、慣例を破棄してでも二人一組で勇者に選抜する意味があったんだろうが俺達は違う。相性の悪さは折り紙つきだ。むしろ戦いになれば、お互いの足を引っ張り合う結果さえ見えている。……なら、そこから先を考えろ。“他に何か目的があるかもしれない”と思ってみたらどうなんだ』
『全部理由がある。何もかも繋がってる。魔王も、勇者も、募金も、先生の意図も全部な』
そうだ。最初からずっと、ジョシュアは言ってくれていたではないか。
『ちゃんと考えろ。その上で決めろ。本当に、この世界に闇は必要ないのかどうかな』
考えることこそ、人の力なのだ。
考えることができるからこそ――人は、蹴飛ばされる石よりも紛れもない価値があるのである。
「罠を仕掛けておくのは、外敵から身を守るため。それは間違いないでしょう。ですが、魔王ファウストが古城に潜伏したとされるのは何週間も前のこと。しかもこの古城周辺は、森ばかりで非常に不便な場所です。水辺が遠いわけではありませんが、自炊するのに適した土地かというとそんなこともない。モンスターも、縄張り意識が強くて面倒なものばかりです」
西の塔のその部屋は、あちこち埃を被っているようだった。実際、使われていないからこそ罠を仕掛けやすかったのだろう。放置されたベッドは、土台があちこち腐っていたりカビていたりする。鏡台らしきものもおかれていたが鏡は曇ってしまっており、アシュリーの顔もぼんやりとしか映らなかった。
そして何より、触るまでもなく分厚い埃が積もっている。床は少々足跡らしきものが残っているため、あの罠を仕掛けた後はこの部屋に殆ど入らなかったということだろうか。もしくは、あの罠もナスカタウンの住人が残したものであったのか。古典的な罠であるから、大昔の住人に作ろうと思えば作れないこともないはずである。
「こんな場所に籠城するよりも、もっと他の場所に絶え間なく移動していった方が簡単であるはずですよね。私達追う側にしたって、ターゲットが常に移動した方が面倒ですし厄介です。それをしないとしたら……この場所に特別な意味があるか。もしくはこの場所から動けない理由が、魔王ファウストにあるということではないでしょうか」
「その可能性は高いな。罠の種類が違うのもそれで説明がつく。城の中に、モンスターを召喚するようなマジックトラップなんか仕掛けられないだろ。下手をしたらこの城そのものが崩壊するし、自分も巻き込まれかねないからな」
「ええ。……そういった状況に対応できないのだとしたら。ファウストは手負いで動けない、という予想も立ちますね。実際街を壊滅状態に追い込んだ後で、彼は国王軍を振り切ってここまで逃げてきています。その時の戦闘で手傷を負っていてもなんらおかしくはありません」
回復魔法が使えれば、普通の傷を治すことはできるが。そもそも回復魔法というのは適性があり、苦手な人間はとことん苦手であるというのもわかっているのである。また、回復される側にも体力が残っていなければ使えないし――怪我は治せても、基本病気は治すことができないのも特徴としてあるのだ。
ファウストが、怪我が原因の病などに罹患していた場合。もしくは最初から持病があった場合。戦闘と逃避行によりそれが悪化して身動きが取れなくなる、ということも十分あるだろう。
なんせ彼は、高い階級の人間ではない。不衛生な状況で、身売り紛いなことをしてどうにか食いつないでいた下層階級の人間だ。元々、何らかの病気を持っていて、治療できずにいた可能性は低くないだろう。
「そして籠城して身を守るのなら、この場所が適さない理由がもう一つある。この城が、俺達勇者が出発する魔法学校から極めて近いということだ」
室内の罠が他にもないかどうか、慎重に確認しつつジョシュアが告げる。
「それについて、答えは出たか?アシュリー」
「大凡ですけどね。……わざわざ近くに籠城する理由として考えられるのは、一つは自信。あえて敵の眼前に城を据えることで挑発し、プライドを見せつけているパターン。己の力に自信があるのなら、早い段階で勇者を叩いてしまいたいと思うのも分からない話ではありません。自分から魔法学校に乗り込む、の一歩前の手段として考えられます。そしてもう一つ。……恐らくこちらのほうが真実でしょう。彼は、“自ら捕まりたいという気持ちがある”。しかし、自分から魔法学校に出向くことが出来ない理由がある……」
そうだ。彼が身動きできない状況にあると仮定するのなら。恐らく、この状況は、勇者に討伐されてしまいたい――捕まってしまいたいという気持ちの表れなのではないだろうか。
だが、大人しく自首したい気持ちがあるのなら、周辺に罠を仕掛けておくというのは矛盾が生じる気がする。とすると、彼が本当に排除したい相手は勇者ではなく――。
「よし、このドアには特に仕掛けがないみたいだな。行くぞ」
あちこち確認し、同時に魔力の気配を十分に探った後にジョシュアが言う。ゆっくりと朽ちかけた木製のドアを開くと、そこには石造りの螺旋階段が続いていた。このまま下に降りていけば、ファウストがいるはずの城の中に侵入することができるのだろう。
ただ、螺旋階段というのは狭くて一方通行である分、それそのものに罠を仕掛けやすいという印象である。慎重に進むしかあるまい。が。
あまりゆっくりもしていられないのだろう、ということもアシュリーは感じ取っていた。自分達にくっついてきていた、魔法学校の援軍と思しき者達。城に入ってからあまりに時間を使っていると、彼らはきっとアシュリー達が任務に失敗したと判断して突入してくることだろう。
それだけは避けなければならなかった。もし自分達の推理が正しいのなら――魔王と対面してきちんと話ができるチャンスは、きっとこれで最初で最後なのだろうから。
「魔王ファウストが、この国を、世界を、憎んでいたのはほぼ間違いないでしょう。ですからこの世界に対して宣戦布告する理由が、彼には確かにあったはずなんです。でも」
自分が先行するべきだ。そう判断して、アシュリーはジョシュアよりも先に階段を降り始める。
「彼がそうやって追い詰められた原因は、そのそも冤罪を着せられて刑務所に入れられたから。そして階級を落とされて、酷い生活を強いられたから。どちらも、この世界の歪みが理由です。黒髪黒目であるからという理由で、悪魔の子というレッテルを貼られて差別を受ける……この世界そのものに、大きな過ちがあることはもはや否定のしようがありません」
「そうだな」
「同時に。もし世界を憎んでいたというのなら、王都から襲撃しないのはあまりにも不自然。何故辺境の街を壊滅させ、こんなところに逃げ込んだのでしょう。国王軍は、何故町が壊滅させられて多大な犠牲が出てから現場に到着し、そして魔王を取り逃がすなんてことになったのか。違和感だらけですよね」
そして、もう一つ。
「さらにはどうして……勇者は長年一人しか選ばれないのか。裕福な家庭で、家族が存命で、人望がある人間に限定されてきたのか。成績優秀であるはずのジョシュアが入ることに反対があったのは何故なのか。そして……私達に任せると言っておきながら、魔法学校からの援軍達は何故こんなにぴったりくっついてきていて、こちらが失敗しない限り手を出してこないのか……マチルダ先生はかつて己が勇者であった時、何を見たのか」
魔王討伐は何故、たった一人の勇者であるにも関わらず大半が成功したのか。
そこから逃げ出した者達は、どうして無傷でありながら勇者討伐の任を降りたのか。
「全ては一本の線で繋がっている。……そういうことですよね、ジョシュア」
やがて、辿り着くのは一つのドア。強い魔力を感じる――この向こうに、ファウストはきっと待っている。
「行きましょう。……全てを終わらせるために」
愛がなければ、真実はきっと見えない。
それを手にするために自分は行くのだ。――信頼する、相棒と共に。




