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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第二十一話・いっそ、失うくらいなら>

「ジョシュアッ!」


 はっとして目を覚ました時、ジョシュアの目の前には金髪金眼の少女の顔があった。


「あ……」


 夢――今のは、夢だったのか。混乱するジョシュアに、しっかりしてください!と少女――アシュリーの声が飛ぶ。


「ジョシュア、イビルバットの睡眠ガスを浴びて倒れたんですよ。もう少しで袋叩きに遭うところだったんですからね!?」

「イビル……バット……」

「まだ寝ぼけてるんですか?休憩中に襲われたんですよ、私達」


 イビルバット――確かコウモリ系のモンスターであったはずだ。どこぞの黒い虫のごとく、一匹見かけたら五十匹はいると思え!と言われている。とにかく大勢の群れで行動するのが特徴だ。赤い眼に黒い羽根、属性は闇。たまに火属性で赤い体の色違いタイプが存在する。魔法は使ってこないが、口から多種多様なガスを吐いて獲物を弱らせ、集団で襲いかかって噛みつきまくる攻撃が特徴だ。一匹は弱いが、集団ともなると非常に脅威であると言っていい。

 と、ぼんやりした頭でつらつらとモンスターの知識を思い出して――あぁ、とため息を吐いた。ようやく、記憶が繋がった。自分は魔王ファウストを倒すためにアシュリーと旅をしていて、その古城の少し手前まで来て一度休憩を挟んだのだ。

 妙にボリュームたっぷりのタマゴサンドをやっと食べ終わったところで襲われたのだったか。そういえば、食べながら何かを話していた気がするが――何を言いかけたのだっただろう、自分は。


「お前……」


 あたりには、イビルバット達の死骸が大量に転がっている。


「俺が眠らされた間に、一人で全部倒したのか?」

「え?……あぁ、そうですよ。私のレベルなら、これくらいのモンスターは楽勝ですからね!」

「楽勝、か」


 そう長い時間倒れていたわけではないだろうが、それでも不覚を取ったことには変わりない。そして一人で、一つの群れで五十匹前後はいたはずのイビルバットを全て倒しきったとしたら、そこは流石と言うべきだろう。

 だが。


「それ」


 アシュリーの左手の袖が、肘の辺りまですっぱりと切れている。そして、だらだらと滴る血の滴――。


「あ、すみません。ちょっと吹き飛ばされた時に切っちゃって。大したことないですよ」

「噛みつかれてはいないのか?イビルバットは厄介な病原体を持っていることもあると聞いているが」

「そんなヘマなんかしてませんよ、ご心配なく!」


 彼女はにっこり笑うと、回復魔法のスペルを呟いた。ジョシュアほど回復に秀でているわけではないが、それでも他の生徒たちに比べれば彼女の技量は充分高い。元々大した傷ではなかったのかもしれないが、光に包まれてあっという間に傷が消えていくのは充分凄いと言って差し支えないだろう。

 噛まれてないのか、とつい安堵の息を漏らす。魔力の高さは、そのまま病気への抵抗力の高さに上乗せされる。ゆえにレベルの高い魔法使いならばそうそう感染することはないが、それでもバット系モンスターが病原体を運びやすいのは事実だ。過去どこぞの町で第一種隔離指定伝染病が流行した時も、ゼロ患者がイビルバットに腕を噛まれたことが原因であったはずである。

 中には体が急速に老いていく病や、体が徐々に石化してしまう病もあると聞く。そうではなくて良かった、とジョシュアは思い――安心した自分自身に、心底驚かされることになる。


――……俺は、何を……?


 自分にとってアシュリーなど、この旅の間だけの一時的な仲間に過ぎない。戦闘で息を合わせてやらないほど大人げないつもりはないが、この任務が終われば即バイバイする程度の関係であるはずだ。自分達は互いを嫌いあっていたし、何より身分も住む世界も大きく違う存在なのだから。

 アシュリーがいなくなれば任務のハードルは間違いなく上がるとはいえ、だからこなせない任務というわけではない。なんせ、ジョシュアはこの事件の真相に見当がついているのだから。アシュリーの存在など、自分にとってはその程度。いてくれたら少しは戦闘で助かる、お互いその程度の相手でしかなないはずだというのに。




『名前、ないの?……じゃあ、私がつけてあげる。きみの名前は、ジョシュア。愛称は、ジョッシュ。……私のね、死んじゃった……大好きなお父さんの名前なの。きみに、あげるね。きっと、お父さんも喜んでくれると思うから……』




 あんな、夢を見たからか。

 ジョシュアは唇を噛み締める。久しぶりに見てしまった。彼女の――チェルシーの夢を。

 自分を裏切った、彼女の夢を。


――最低だ。だから、余計なことばかり考えるんだ……!


「…………な」

「え?」

「もう二度と、俺を庇うな……!」


 アシュリーの実力なら知っている。彼女なら、イビルバットくらい無傷で殲滅することもできたはずだろう。

 それなのに怪我をしたのはきっと――眠らされてしまったジョシュアを守ろうとしたせいなのだ。彼女の偽善ぶり、お人好しぶりは既に飽き飽きするほど見せつけられてきたのだから。


「お前なら、あんなモンスターなんか簡単に倒せただろうが!どうせ俺を助けようとしたせいで余計な怪我をしたんだろう?それで噛まれてたら、大変なことになったなったかもしれないのが分からないのか!?」

「で、でも見捨てるなんてこと……」

「見捨てろよそれくらい!どうせ簡単に死ねやしないんだから!!」


 自分は何を、こんなにイラついているんだろう。アシュリーの眼が驚きに見開かれる。その何もわかってなさそうな態度が余計腹立たしくてならなかった。

 わかってないことなんて。何一つ、おかしくなどないというのに。

 肝心なことを何も話していないのが己の方だということくらい、自分だってわかっているのに。


「お前を見ていると、あの女を思い出して最高にムカつくんだよ!人に勝手に気持ち託して、勝手に一人で死んでいきやがって!!」


 思い出す――思い出す。

 自分はチェルシーを助けたくて。こんなゴミ溜めのような世界で、それでも分かり合える仲間が欲しくて。歩くことさえ困難な彼女の怪我をどうにか治そうと、必死でお金を稼いだのである。少しでも金を持っていそうな中流階級や貴族の奴等を見かけては、何でもするから助けてください、と告げた。男爵の男に貰った少し綺麗な服が、この時ばかりは役立ったと言っても過言ではない。

 ジョシュアの見目を見て、がめつそうな大人達はにやにやしながら頭を撫でてきたのである。相手が男であろうと女であろうと、吐きそうになることに変わりはなかった。女相手なら行為そのものはそんなに痛くないかと思いきや、時には笑いながら背中に鞭を打たれた時もあって最悪だった。意外にも、股間を舐めろと強要してくるのは女の方が多くて嫌だったというのもあるだろう。

 痛い、も。助けて、も。やめて、も。全てジョシュアの中で、禁止ワードとなっていった。苦痛を噛み締めて涙を流しながらも、我慢さえすればその時間がいずれ終わることを知っていたからだ。

 そして、彼らにとってはした金であっても――ジョシュアにとってはそれなりの額の金貨やお札が貰えるということも。

 ジョシュアはその金で、チェルシーの薬や包帯を買った。医者に見せに行ったこともあったが、おざなりな対応のわりに大金を要求されてからは全く信用できなくなっていたのだ。


『ごめんね、ジョッシュ。……私のために、嫌なことばっかりさせて本当にごめんね。私も早く治して、働いて、きっとジョッシュを助けるから……』


 彼女はそう言った。でも。

 どれほど手を尽くしても、チェルシーの怪我が良くなることはなかった。――不衛生な環境と満足でない治療のせいで、彼女は傷口から病原菌が入り、刻一刻と体を蝕まれつつあったのである。


「一緒に生きるって言った癖に……あいつは、チェルシーは約束を破った。簡単に俺を置いてくたばりやがった。……もうたくさんなんだよ、そういうのは!」


 彼女の両足はどんどん紫色に変色して、腐っていった。

 切り落とすなんて真似が出来るわけもなく、彼女はやがて全身の傷から膿が出るようになり、蛆に集られても身動きひとつ出来ないようになってしまった。

 誰も助けてくれない。だから自分が助けるしかないと思ったのだ。生まれて初めて出来た――大切な、友達であったから。でも。


『チェルシー……チェルシー!!』


 ある日、“仕事”から帰ってきたジョシュアを待っていたのは。誰かの悪意によってぐちゃぐちゃに踏み潰された――チェルシーだったもの。

 いっそ彼女が健康な体で、その見目が誰かの性欲の対象となったならまだマシだったのかもしれないと思う。きっとこういう感覚は一般的ではないのだろうが、それでもジョシュアは知っているのだ。――強姦は、本当に怖くて恐ろしくて痛いけれど。それでも相手の機嫌を損ねないように発散させてやれば、命だけは助かることも少なくないということを。なんせスラムで性犯罪は珍しくないし、警察が動くことも少ない。口封じが必要な相手でもないのだから。

 でも。

 片目が潰れ、痘痕とアザだらけで、両足が腐りかけていたチェルシーに向けられたのは。もはや性欲などでさえない、純然たる悪意だった。強盗目的でさえない。金なんか持ってないのは明らかだったのだから。それなのにどこかの誰かが、ただただ悪意のぶつけどころを欲した誰かが――ただそれだけのために、無抵抗の彼女の命を踏みにじったのだ。

 顔が半壊し、口が耳元まで切り裂かれ、腐った手足を踏み潰され、内臓をぶちまけた少女は。残った茶色の眼と見慣れた服がなければ、もはや少女だったことさえ分からぬ有り様だっただろう。

 あの時ジョシュアは確かに、犯人を憎悪し、世界を憎悪し――殺されたチェルシーを憎悪したのだ。

 わかっている。彼女が逃げようがなかったことくらいは。それでもだ。


『……うそつき』


 チェルシーに裏切られたと、そう思ったのである。

 生きると約束したのに。独りにしないと――そう言っていたのに。


「どうせ俺は死んだりしないんだよ。母親も先に死んだ。あいつもあっさり死んでいった。俺はいつも必ず置いていかれる、そういう運命だ!何度も言っただろうが、俺なんかに構うなと!生きるためにさっさと見捨てろよ、それがお前の為なんだよ!でなきゃお前も死ぬんだ、あいつみたいに……ゴミみたいにボロボロになってな!!」


 そう、だから。ジョシュアは決めたのだ。

 もう要らないと。大切なものなんか必要ないと。

 いつかまた目の前で失うのなら――そんなもの、なくてもいいのだと。


「今度余計なことをしてみろ、本気でブン殴るぞ!」


 ジョシュアは一気に、自分の心に溜まりに溜まったものを吐き出していた。

 どうしてこんなにもイライラするのだろう。どうしてこんなにも――焦ってしまうのだろう。

 アシュリーの顔を、まともに見ることも出来なくなっていたのだ。何がこんなに恐ろしいのかさえ、自分でもわからないままに。

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