<第十八話・魔王ファウスト>
ファウスト・ルシラエル。
黒髪黒目の青年で、年は二十八歳である。元々は労働者階級であったようだが、少年時代に国家反逆に関わる罪で逮捕。懲役刑の後階級降格という、非常に重い処分を受けたということは調べがついている。基本貴族の階級が変わることはないのだが、中流階級以下の場合は犯罪を犯すと階級を降格させられるという罰を受けることがある。これを、降格刑というらしい。
階級が変わるということは、住む場所も人生も大きく変わるということと同義である。今まで普通に知り合えていた人達と会えなくなることも少なくないし、階級が下の人間に優しく出来る人間ばかりではないというのが現実だ。労働者階級でさえ、下層階級を“階級外の人間だ”と見下すことが多いという現実があるのだから尚更だろう。
この国は、生まれついて全ての人間に階級が定められている。
階級証明証を誰もが持ち、それにより住める土地も持てる財産の限度も大きく国に決められてしまうのだ。その証明証さえ持たない人間を、アンダークラス――階級外、と呼んで多くの者達が蔑むのである。そもそも戸籍がない人間が多いのだから、証明証を発行しようもないという現実もあるのだろうが。
「少年刑務所に送られて、その上で降格刑……随分重い罰だな、とは思ってました」
アシュリーは自分が調べたことを語る。ジョシュアが食べなかった分のサンドイッチをちみちみと平らげながら。
「労働者階級から下層階級に落とされる……中流から労働者に落ちるよりも大きなダメージがあるのは容易く想像できます。罪を犯した、とされたのは彼がまだ十五歳の少年であった頃のこと。そんな子供が受ける罰にしては、随分重い刑が課せられたなとは思いましたね。国家反逆に関わる罪とありますが、一体何をしてしまったのでしょうか?」
「反逆罪と一言で言っても、その言葉の意味は恐ろしく広いものがある。お前は想像しているはずだ。国家転覆を狙うような罪がそれに該当するはずだ、と。例えばテロを計画したとか実行したとか、政府や王家の重要人物を暗殺しようとしたとか、貴重な情報を盗みだしたとか……な」
「ええ、そうですけど。……他にも何かあるのですか、ジョシュア?」
「あるというか、その認識がそもそもズレていると言わざるをえないな」
どういう意味だろう。アシュリーは首を傾げる。こういう時、自分は魔法学校と家庭教師に教わった、文字通り“教科書通りの知識しか知らないのだ”と思い知らされるわけだが。
「お前が言うレベルの犯罪を犯した人間は即刻死罪なんだよ。裁判にもならない。懲役刑と降格刑で済んでる時点で、ファウストがやった罪ってのはそんな大層なもんじゃない」
ジョシュアはにべもなく、ピシャリと言い放った。アシュリーは唖然とする。
この国では、どんな人間であっても“裁判を受ける権利”が法律で保証されているはずだった。それが、裁判にもならず即刻死罪になるなど、そんなことがあっていいのだろうか。裁判とは、その人間がどんな罪に問われるのか、どのような罰が相応しいか、そもそも本当に罪を犯したかどうかを詳しく問うための場所であるはずだ。それが行われないということはつまり――冤罪である可能性さえも、全く考慮されないということで。
「……まさか」
思い至ったことに、アシュリーは掠れた声を漏らす。
「一部の階級の人間は。……そんな法律の上でも、正しく人間扱いされていない、と?」
「半分正解だな。……中流階級であっても、同じことをすれば同じ結果が待っている。貴族であってもまともな未来は待ってないだろうさ。それは“疑いをかけられた”時点で同じこと。貴族ならば多少は配慮を受けることもできるかもしれないが、貴族でない人間はまず裁判をパスされる可能性が高いだろうな。……この国は、世界は、政府は。都合の悪い真実を隠すためには、いくらでも情報を統制するし操作する。面倒な奴は、王家のためというの名目であっさり消してきたってわけだ。……話が逸れたが。とりあえず生かされた時点で、ファウストはテロを計画したわけじゃないってことはわかるだろう?」
「……ええ、まあ」
もしかして、ジョシュアはスラム時代に、同じように殺された者を見たことがあるのだろうか。実際にテロを計画したか――あるいは計画した、という疑いをかけられてしまった者の末路を。
胸糞悪いどころの話ではない。確かに実際にテロを行ったともなれば、巻き込まれるのは政府の関係者だけではない。むしろ、政府の関係者だからといってみんながみんな歪んだ世界の加害者ではないのだ。罪のない人間が大量に死ぬような犯罪を犯した人間がいるならば、それ相応の罰を受けるのは当然と言えば当然なのだろう。だが、そもそもその罪が冤罪かもしれないとなれば話は全くの別。それを審議されるためにも裁判が必要だというのに――。
「そこまでの犯罪じゃないけれど、何か都合の悪いことをファウストはしてしまった……ということなんでしょうか」
何か、政府か王族に都合の悪いこと。――一体それは、なんだったのだろう。死罪にしなかったということは、口封じの必要まではなかったということだろうか。
残念ながらこれ以上の情報は、ほぼほぼアシュリーの手元には無かった。なんといっても、想像できる範囲にさえあまりにも限りがありすぎるのだから。
そしてアシュリーの困った様子に、おおよそ状況を悟ったのだろう。
「なんとなく予想はしていたが、お前が旅に出る前に調べたことって、殆ど本で読んだ知識とか先生に聞いた話とか、そのレベルだろ」
ジョシュアは呆れたように告げる。むっとするアシュリー。確かに自分の調査のやり方や下調べのやり方はお粗末なものだったのかもしれないが、他に調べる方法など知らなかったのだからどうしようもないではないか。
貴族の友人や親戚に聞いたところで、彼らは間近で階級外の人間を見たことさえも少ない者達ばかりである。どうせ、新聞で見ただの、人から聞いた噂だの、そういう程度の話しか出てこないのは目に見えているのだ。そんなものをいくら集めたって、大した意味がないのは明白である。あとアシュリーが知っていることといえば、彼が世界に対して最終的に何をして魔王と呼ばれるようになっていまったか、くらいなものである。
「すみませんね、調べが足らなくて!」
「期待してなかったからどうでもいいけどな。俺と同じやり方がお前に出来るとは思っていないし」
「貴方のやり方?」
「スラム時代の知り合いと、それから“元・客”への聞き込みだな」
「!」
元、客。それが、彼がかつて商売相手にしていた貴族達であることは容易く想像がつくことである。
「まさか貴方!最近まで、そういうことに手を染めてたんじゃないでしょうね!?」
アシュリーが身を乗り出して問い詰めると、流石に失言だったと気づいたのかジョシュアは露骨に視線を逸らした。この様子。これは間違いなく、その聞き込みで“相手”をしたということではなかろうか。
いや、確かにそういう厄介な趣味のお貴族サマ達が、何の見返りもなく情報提供してくれるとは考えにくいかもしれないが!
「ちょっと、ジョシュア!」
「……元客の中に、少年刑務所の経営に関わっている奴がいたんだよ。魔王ファウストの少年時代について知っている奴もいた。昔はかなりの美少年で、相当食指が動いたとかキモいこと抜かしてたな」
「さらっと流さないでくれます!?」
というか、少年刑務所というのはつまり“そういう場所”であることも少なくないという話は聞いたことがあるが。まさか本当に、経営者までショタコンがいるとは目眩がするような話である。変態死すべし、慈悲はない――と暗い眼になるアシュリーである。子供に手を出してアヘっているアホどもなど、みんな残さず不能になってしまえばいいのだ。
「ファウストの罪は、正確には反逆罪ではなく不敬罪に近いものだったらしい。本人はそんなつもりはなかった、誤解だとと刑務所に来てからも罪を否定していたらしいが……結局、刑罰が確定してな。そもそも裁判をやっても弁護士を雇う金がなかったらしい。そういう人間には本来国選弁護士がつく筈なんだが、“手違い”とやらでその手配もできなかったみたいでな。結局殆ど弁明の余地も与えられないまま、刑務所に投げ込まれて……五年間、服役することになったんだそうだ。そこでかなり……悲惨な目に遭わされたらしい」
「悲惨な目、って」
「新人教育という名の虐待、暴行。更生という名の刑務官による調教。俺がざっと聞いただけでも相当酷い内容だったが、語ってもいいのか?」
ジョシュアの言葉に、アシュリーは言葉に詰まってしまう。彼がここまで言うということは、本当に悲惨な内容であったのだろう。それこそ、“お嬢様”であるアシュリーに聴かせていいものかどうか躊躇ってしまうほどには。
しかし――自分は、この世界の暗い部分から目を背けないと、そう決心して此処に居るのである。事実が事実であるのなら、きちんと認識して前に進むべきだろう。アシュリーが、お願いします、と言うと――ジョシュアは少しだけ目を見開いて、大きくため息をついた。
「……やめていおく。下手に語ると、ファウストの名誉毀損になりそうだ。むしろ、お前みたいな人間に一番知られたくなさそうだしな」
流石に、そう言われてしまってはアシュリーも食い下がることしか出来ない。自分が知ることで、かえって誰かを苦しめてしまうなら本末転倒というものだ。
「……わかりました。……その酷い経験があったから、この世界を恨んでいると……そういうことなんでしょうか?」
「どうだろうな。それも今回の事件を招いた原因の一つかもしれないが。ただ、それだけが理由ではないと俺は思っている。ファウストについて詳しく知っている知り合いを見つけることができたんで、そちらにも話を聞いてきたんだがな。どうにも、ファウストは出所した後で結婚していたらしいんだ」
「結婚?」
「そうだ。下層階級な上に前科者ということになってしまっている以上、正式な結婚なんかできなかったはずだが……とにかくファウストには恋人がいて、二人だけの結婚式を挙げたってことらしい。あれだけの目に遭ったはずなのに、恋人を真剣に愛して守っていた、仲間に対しても優しい青年だった……とそいつは語っていた。今でも、ファウストが魔王になったなんて信じられない、ともな」
ただ、と。ジョシュアは憎々しげに眉をひそめる。
「その恋人が、最後の引き金になった可能性はあるんだろう。……ファウストの恋人は、病で酷い死に方をしたようだから」
忌々しいという感情を、隠すこともなく。




