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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第十七話・幕間ランチ>

 朝の、なるべく早い時間にアレスタウンを出発したのには当然理由がある。

 ナスカの森はモンスターにも中級以上のレベルのものが多く、縄張りに侵入すると問答無用で襲ってくるものも少なくないため観光するのには全く適していない。貴重な遺跡が眠る場所もあるので、一般人にはそういう意味で無闇と近づいてほしくないというのもあるのだろうが。

 つまり、人の手が入っていない場所が多く、夜は本当に真っ暗闇になってしまうのである。夕方から活動を活発化させる狂暴なモンスターがいるという問題もある。町から半日あれば行って帰れる程度の場所に古城があるのがわかっているのなら、早朝に出て夜までに討伐を終えて帰った方が遥かに安全なのだ。

 勿論イレギュラーが起きればその限りではない。舗装された道を歩くならともかく、アシュリーとジョシュアは殆ど獣道も同然の林道をひたすら歩かなければならないのである。おまけにちょこちょこモンスターが襲ってくる。追われるようなことにもなれば、似たような景色の中で迷子になることも充分にあり得るだろう。

 時間は、予想より二時間は長く見積もっておくべきだ、とアシュリーは判断していた。勿論、魔王との戦いが長引けばもっと時間を要することになる。野宿の用意も、一応整えてはおいてある。問題は――アシュリーが野営というのを、一切やったことがないということなのだが。なんといっても、ベッド以外の場所で寝た経験さえないのである。魔法学校で知識と実演はやったものの、日帰りでのキャンプしか経験がなかったりするのだ。


「今のところは順調ですけど。……一度休みますか。クタクタになって古城に到着するわけにもいきませんし」


 木々の合間から城が見えてきたところで、アシュリーは休憩を提案した。シートを引いて、持ってきたサンドイッチの包みを開く。その手元をじっと見ていたジョシュアが、ぽつりと呟くように言った。


「それ、市販か?」

「え?そうですけど?」

「なら大丈夫か、食べられる」

「…………あの、それは一体どーいう意味で?」


 アレスタウンで買ってきたのは、カツサンドとタマゴサンドである。アレスタウンはクリーム饅頭やアップルパイの店が有名だが、サンドイッチも美味しい店があるとひそかに評判であるのだ。きちんとリサーチ済みである。早朝に出るのがわかっていたので、日持ちするサンドイッチを昨日のうちに買っておいて、フリーザーバッグに入れて持ってきたのである。

 しかし、市販なら食べられるとはどういうことなのか。ジト目になるアシュリーに、ジョシュアは。


「俺に言われたくないだろうが。学校で……お前はある意味では俺よりも悪名高かったんだぞ、知らないのか」

「え」

「“毒物の魔女アシュリー”」

「は、はぁぁ!?」


 思わずアシュリーは立ち上がりかけ、サンドイッチを落としそうになる。そう言われるのに心当たりはあった。というか、友人に言われたことがあるのだ。アシュリーは何でも出来るのに技術家庭科系は壊滅してるよね――と。


「俺も最低限しか料理は出来ないが、それでもお前よりはマシだと思う。少なくとも卵焼きを作れと言われて、カエルの卵をブチ込んだことはない。卵を焼こうとして面倒になって魔法をかけたら、卵焼きに羽が生えて庭先まで飛んでいったこともないぞ。あとキッチンに放火したことも、ない」


 ちょ、とアシュリーは青ざめる。確かにそれは実際に起きた数々の事件ではあるが!子供の頃から何故だか家庭科に五段階評価で二以下しかつかないのは何でだろうと本気で悩んではいたが!

 よりによってどうしてジョシュアが、そんなアシュリーの黒歴史を知っているというのか。


「た、卵焼きと言われたってなんの卵か言わない先生がおかしいんですよ!火加減が弱いならコンロよりも魔法で焼いた方が調整がきくと思ってやってみたら、なんかちょっと間違えて羽根とか足とか生えちゃっただけで、普段からそうなわけじゃなくて!あと、あんまりにも焼けないからつい魔法で火力を強めたらあっちこっちに引火したわけで別に放火したくてしたわけじゃないというか放火じゃないというか!」

「つまり全て事実なわけだな、怖……」

「怖くないですし違いますからっ!ていうかなんでジョシュアがそれ知ってるんですかおかしいでしょう!?」


 彼の交遊関係は壊滅してたはず。差別と偏見と本人の性格のせいで、友人と呼べる友人は殆どいなかったはずだというのに。


「マチルダ先生に全部聞いた。死んでもアシュリーに料理はさせないでくれと物凄く念押しされたぞ」


 ジョシュアが告げた名前に、アシュリーはひっくり返る。確かにマチルダなら全部知っているだろうが、何でそこまで。まるでアシュリーが料理をすると世界が滅ぶかのようではないか!


「世界は滅ばないかもしれないが、俺の命は危ないと思った」

「しれっと心の声読まないでくれますっ!?」


 何だか泣きたくなってくるアシュリーである。確かに料理が得意だと思ったことはないが。自分だって努力はしてるのだ、これでも!

 友達に手作りケーキを食べてもらった結果、食中毒が大量発生したり何人かが完全に意識を失ったりとかそういうことも確かにあったといえばあったけども!


「安心しろ、卵焼きなら俺でも作れる。サンドイッチもな。一人で暮らしていた時期も長いし、森に逃げ込んで野営したこともある。その点はアテにするといい」


 真顔で言われてしまっては、どうすればいいかわからない。ありがとうございます、と不貞腐れ気味に言いながら、アシュリーは二個目のカツサンドに手を伸ばす。サイズが大きめだが、それでもペロリと食べてしまうくらいには美味しい。なんといっても、カツの衣が薄いので脂っこくないのだ。そして肉は、庶民向けにしてはいいものを使っている。分厚くて高級感があり、噛み締めるとじゅわりと肉汁が口の中に溢れだしてきて、濃厚なハーブの香りと供に広がるのだ。

 これは絶品。仕事が終わったらもう一度買いに来よう、と心に決めるアシュリーである。ふと見れば、サンドイッチに手を伸ばしかけたまま固まっていた。


「とうしたんですか、ジョシュア」


 もしかして、サンドイッチは嫌いだったのだろうか。アシュリーが問いかければ。


「……パンナイフはないのか」

「え」

「…………大きすぎる」


 もしや、とアシュリーはサンドイッチを見て、やせっぽっちのジョシュアの姿を見た。


「……まさか、これ一個食べきる自信もない、とか?……冗談でしょう?」


 アシュリーが心底驚いて言うと、彼は気まずげに視線を逸らした。確かに、マチルダに引き取られるまではまともな食生活をしていなかったのは想像に難くないが。


「元々体質らしくて、一食に少ししか食べられないんだ。昔の食生活のせいで、胃が相当小さくなってるからというのもあるらしいが。……というか、食事は一日一食でも十分というか……」

「死にますよ!?え、ちょ……十八歳の男の子って一番食べる時期じゃないんですか!?ええ!?」


 確かにアシュリーは女の子にしては大食いだと言われるが。それを特に気にしたことはなかった。なんせ、周囲の仲間は大半が同じように大食漢であったからだ。特に男性陣は一部を除いて、アシュリーよりずっと多くの量を食べていた記憶がある。カツサンドなら、一万Gのお札サイズのコレでも十個は軽く平らげる連中ばかりだろう。

 まさか、その一個さえ食べられない男子が現実にいるとは。思っても見なかった。


「もう、そんなんだからジョシュア痩せてるんですよ!身長は私と同じくらいですよね。165cmくらいでしょ?体重は?」

「……44キロ」

「痩せすぎですってば!もっと食べましょうよ、ほら!」


 嫌な予感はしていたが、まさか本当に自分よりここまで軽いとは思わなかった。アシュリーは本気で目を剥く。いや確かに自分は見た目よりも筋肉質な体格らしく少し体重は重いかもしれないが、だからって十八歳男子が165cmで44kgはない!なさすぎる!いやその数字も微妙に誤魔化してやしないだろうか、こいつは!


「カツは嫌いじゃないが一口でいっぱいになる……卵の方ならまだ半分くらいなら……」


 卵の方で半分しか食べられないんかい。アシュリーは本気で心配になってきた。パン切りナイフを取り出すと、タマゴサンドを二つに切る。三分の一と、三分の二に。そして、当然大きい方をジュシュアに渡した。


「一個は無理でもこれくらいは食べてください。で、ちょっとずつ食べられる量が増えるように訓練ですよ。身長だってもっと伸ばしたいと思いません?」


 昔の、心理的な習慣などもあるかもしれないから、強くは言えないが。だからといって、その体重はさすがに問題があるだろう。ジョシュアは少し苦い顔をしつつも、三分の二になったサンドイッチをおずおずと手に取った。残りの三分の一を、ぱくっと口にするアシュリーである。自分は既にカツサンドをパクパク食べているので、このサイズはなんら問題がない。


――って、いや……ちょっと待って?これ別の方向で……問題なくない?


 タマゴサンドを食べきったところで、ようやくアシュリーは気付いた。ひょっとして自分、今とっても恥ずかしいことをしたのではないか?男の子と、サンドイッチをはんぶんずっこして食べるとか――いや別に間接キッスしたわけでもないが!ないけども!


――ややややば……ま、まずい。わ、私は無意識に何をーっ!?


 だが悲しいかな、意識をしたのはアシュリーの方だけらしい。ジョシュアといえば、妙に生真面目な顔でもくもくとサンドイッチを食べている。大した量でもないのに随分遅い。朝食の時も、そういえば随分時間がかかっていた気がする。アシュリーの方がさっさと食べ終わってそのあとを見ていなかったからアレなのだが、ひょっとしたら宿の食事も食べきれてはいなかったのかもしれない。


「……休憩が終わったら」

「は、はい!?」

「なんで声がひっくり返ってるんだ。……古城に突撃するわけだが、お前はどこまで調べたんだ。魔王ファウストのこと」

「!」


 さっきまでの空気が一変。ジョシュアはどうにかサンドイッチを食べきると、静かな目で告げた。


「決戦の前に確認しておきたい。お前は、何処まで何を知っているのか」


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