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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第十五話・世界を変える方法>

 ジョシュアは心底困惑していた。それもそうだ、自分が今までやってきたことを正しく白状したというのに――まさか思いきり泣かれた挙げ句、守りますとまで宣言されようとは。それも、ジョシュアのことを嫌っていたはずの、貴族のいけ好かない女に、だ。


「お前、どういうつもりなんだ」

「何がですか」

「昨日のことだ、決まってるだろ」


 翌日。朝イチでジョシュアの武器を買いそろえたアシュリーは、すたすたと町の南の方へ向かって歩いていた。自分の武器を買う、というのはまぁいい。ジョシュアもアシュリーも認定勇者である以上、魔法学校から支援金が出ている(昨日、浮浪児の盗んだ食べ物を弁償したのはジョシュアの自費だった。何故それだけの金額を別に持っていたかは割愛するが)。武器を買うのに彼女の自費を借りたわけでもないし、自分が戦えなくなるのは彼女も困ることのはずだ。だからそれはいい、いいのだが。

 問題はそうではなくて。――あんな態度を取られた理由が結局分からないまま、町を出発しようとしていることなのだけども。


「軽蔑するのが当たり前だろう。……あんなことがなければ俺だって語るつもりはなかった。勇者として選ばれてしまった以上、目的を達成するまでは仲間として共同戦線を張らなきゃならないことくらい俺にもわかっている。ここで不和を招くのは、俺だって避けたかったからな。……正直昨日は……」


 終わったと、そう思ったのだ。きっとアシュリーは魔法学校に、事情は伏せるにせよ直談判するのだろうな、と。

 ジョシュアの親が娼婦というだけで――いや、下層階級で黒髪黒目というだけで十二分に差別の対象である。それに加えて、まさかジョシュア自身が、男であるにも関わらず売春紛いの行為で食いつないでいたことが発覚したのだ。普通の人間でも軽蔑するところ、厳しい教育を受けた上級貴族なら尚更汚いと思うのが当然だろう。おかしな病気を持っているかもしれない、と疑われても仕方ない。幸か不幸かジョシュアが相手にしてきた者は大半が中流階級以上の、それなりに金を持っている相手ばかりであったため――危ない病気をうつされるということもほぼ無かったわけだが。


「分からないなら、分からなくてもいいんです。まだまだ私達の前に、大きな壁があることも事実でしょうから」


 アシュリーは振り返ることもなく告げた。


「いつか、貴方にそれを分かるようにするのが、私の役目なんです。……そして、私自身がきちんと納得できるようにするのも。私にはまだ、想像がつかないことだらけですから。だから、差し支えなければいくつか質問をしたいのですけど」

「何だ」

「貴方が、マチルダ先生に拾われるまでどんな生活をしていたか……です。まずは、知る努力をしなければ何も始まりませんから」


 それが分からないのだ。ジョシュアは困惑する。ムカつく綺麗事女、忌々しい貴族の人間――アシュリーのそういう印象が拭えたわけではないが。ここのところは、とにかく困惑が先に立っているというのが事実だ。


「それを知ってどうするんだ?」


 お陰で自分も、ついつい余計なことばかり話してしまっている気がする。――彼女は自分の、一番嫌いな人種であるはずだというのに。


「決まってるでしょう、変えるんですよ……世界を」


 ぴたり、とそこでアシュリーは足を止めた。彼女の視線の先には、アレスタウンでもあまり所得の高くない労働階級の人々が済む下宿が並んでいる。張り出した錆の多いベランダの手摺には、汚れたタオルや下着が乱雑に干されているのがわかった。此処は町の外れ。中心街から遠く、少々不便な地区である。だからこそ、安い家賃で下宿することができるのだろう。ツナギが大量に干されているところを見るに、工場などで働いている人々が暮らしているのかもしれない。

 彼らの生活も、あまり衛生的で安全とは言えないだろう。労働者階級でも、店を自分で持っている人間はまだ財産がある。不当に鞭打たれて働かされることもない。が、工場などで安月給でコキ使われている人間達はそうではないと知っている。彼らの中には、汚れた空気で体を悪くしたり、過労で倒れても病院に行けない者もいるのだという。――それでも、戸籍があって仕事があって、僅かとはいえ金があり屋根のあるところに住める。それだけで、明日をも知れぬスラムの子供達よりはマシな環境と呼べるかもしれなかった。

 この世界には、あまりにも深い深い闇がある。

 すぐ傍にいる悪魔とその犠牲者に、気付きもしない者達がどれほどいることだろうか。


「世界の歪みを、正しく知らなければ。その全てをより良くしていくことなんて、出来ません。私は貴族です。知らないことがあまりにも多すぎる。けれど貴族であるからこそ権力もあり、ある程度のコネクションもある。そして、勇者という名も名誉も得ました。きっと、私にしか出来ないことがあるはずです」

「相変わらず、お前は綺麗事ばっかり言うんだな」

「そうですね、綺麗事です。……けれど綺麗事も、叶えてしまえば現実になる。違いますか?」


 アシュリーの金色の眼は煌々と輝き、町の闇を映してなお澄み切っていた。こいつ本気なのか、と呆れるジョシュア。その程度で、本当にこの世界を変えられると信じているのかと。

 きっとまだ――彼女は最後の真実に気付いていないのだろうに。


「……俺の何が知りたいんだ。どうやって生きてきたのかは、昨日話しただろう?」


 面倒くさい予感はしたが、何故だか嘘や誤魔化しで逃げる気にもならなかった。少し前の彼女ならば、欺くことにもさほど罪悪感を抱かなかったというのに。


「そうですね。でもそれが全部ではないんでしょう?話せる範囲でいいので、少しでも多くのことを教えて頂きたいのです。例えば仲間はいたのかとか、他の者達はどうやって生きていたのかとか。住む場所の確保はどうしていたのか、とか。いろいろ」

「いろいろ、なぁ」


 そういう言い方をされると、どうやって語るべきかで迷ってしまう。時折すれ違う労働者達が、さほどこちらに興味がなさそうであることが救いか。誰も彼も薄汚れたツナギやボロボロのコートを着て、疲れきった眼をしている。

 きっと他に、興味を持つ余裕さえないのだろう。


「母親のことは、おぼろげにしか覚えていないな。……ただ、自分の印象と……周囲の反応から、どうにも俺が母親に生き写しらしいということには気づいていたか。他にも何人か、同じようなことをして食ってる女どもがいたのは知ってる。希に男もいたが、殆どは女だった。女は多少ブスでも技術があれば金が取れたが、男はそうもいかないからな。いかんせん、買春しようとする奴は貴族もそれ以外も圧倒的に男の方が多かったものだから。ただ、男は男でも子供はそれなりに需要があったらしい。貴族には少なからず小児趣味な奴がいて、それなりに顔が綺麗な奴は売り物になっていたみたいだ。俺を含め」


 ちらり、とアシュリーを見る。最初にわざわざきわどい話題を持ってきたのは、それを話すことで彼女の反応を見るためだった。彼女がここで露骨に嫌悪感を示すようなら、それ以上語るのはやめようと思ったからだ。

 実際、アシュリーの顔は苦々しく歪んでいる。少々意地悪をしすぎたか、とジョシュアがストップをかけようとすれば。


「……私、昔は貴族の人というのはみんな……その階級に見合った、高貴な人達だとばかり思っていたんですよ」


 どうやら、彼女が嫌悪感を感じたのは売っていた側ではなかったらしい。


「売春って。……恋人でもなんでもない人に身体を任せるなんて、どうしてそんな恐ろしいことをしてしまうんだろうとは思いましたけど。そうしなければ、食べていけない事情があるというのなら……そもそもそういう環境の方に罪があるはずです。何より、需要があるから売る者が出る。……お金に困った女性や子供達を、お金を餌にして酷いことをする人達が貴族にいるだなんて。そんな人達が貴族だなんて……俄かに信じがたいし、許せません」

「階級で人の本質が変わるわけじゃない。命の重さが同じだ、と理想論を言うなら魂の意味も同じことだろうさ。高い身分に生まれたからって、その根幹まで気高いとは限らない。むしろ、高い身分だからこそ胡座をかいて、生きれば生きるほど根性腐っていくヤツもいるだろう」

「そうですね。……その通りなのかもしれません」


 人の性格は何で決まるか?というのは学者の間でも長年研究が続けられてきたところであるらしい。黒髪黒目の人間が魔王になる、暴力的で憎悪を溜め込みやすい性格になる――というのは、実のところ科学的根拠は一切無いのだという。

 それもそうだ、とジョシュアは暗く思ったものだ。そうなるとしたら背景は大概、下層階級に追いやられるなり、黒髪黒目というだけで悪魔の子だと差別を受けて性格が歪むせいなのだから、と。

 確かに、病気の一部は遺伝する。時には、人の暴力性が遺伝する例もあるらしいという検証結果は出ているそうだが。

 結局のところ、人の性格を決定するものなど一つではないのだ。遺伝子と環境、あるいはそれ以外の何かが複雑に絡み合って性格や性質は確定されるのである。そして一度確定されても、人が変わることができないなんて決めつけは些か乱暴なのである。勿論、時に救いようのないくらい狂気的で、自分勝手な人間が現れることも事実と言えば事実だが。


「お前は俺に関して、色々想像しているんだろうが。……俺は、自分が一番不幸な人間だと思ったことはない。何故なら武器があったからだ。勝手に生んで、ろくに世話もしないまま死んだ母親のことは嫌いだが。それでも、この顔をくれただけ俺は恵まれていたんだろうさ。おかげで、うまく貴族に取り入ることができた時は、ご馳走を食えた日もあったし温かいベッドで寝ることができる日もあったんだから」


 嘘は言っていない。

 最初の相手は、同じような浮浪者の男達で。痛い痛いと泣き叫ぶジョシュアを殴りながら、笑って乱暴するような最低の連中だったけれど。

 その時男達が落としていった僅かばかりの金を見た時、自分にも母親と同じ稼ぎ方が出来るのだと気づいてしまったのは事実だ。――どれほど痛くても、気持ち悪くても、それで時に高熱に魘されることがあっても。少しの時間だけそれを我慢すれば、食えるだけの金を稼ぐことは出来るのだ。不幸だったのは――そんな手段さえ取れない連中だ。

 貴族達のご機嫌取りをするおかげで、身体の傷は増えても比較的綺麗な服を着ることができたジョシュア。でも、多くの仲間達はそうではなかった。何日も洗わない、シャワーも浴びることもできない子供達はそれだけで嫌厭されたし――中には病気や怪我で、容姿が大きく損なわれている者も少なくはなかった。そういう者達は、いつも食べる手段に困っていた。戸籍もなければ、文字を読む力さえ無い彼らは。労働者達のように、ろくに働き口を見つけることもほとんど不可能に近かったのだから。


「他の奴らは、それこそ危ない犯罪に手を染めて生きるしかないことが大半だった。俺も犯罪スレスレであることは間違いないが、この国では一応売春行為はきちんと規制されていないからな。いかんせん大物貴族が顧客になっていることも多い。……目の前で死んだ奴らを腐るほど見たさ。うっかりヤクザのシッポ踏んだ奴らなんか特に悲惨だった。血だらけで、何処が眼かも口かもわからなくなった顔で雨の中放置されて。そのままトドメも刺されず、苦しみながら死んでいった奴だっていた。助けてくれ、って声が聞こえても……俺達には何もできないんだよ。助けてくれる医者もいなければ、そのための金もない。俺達は保険にも入ってないしな」

「……そう、なんですか」

「そうだ。……それが、この世界の裏側の現実だ。お前の理想は立派だが、簡単に叶えられるだなんて夢は見ない方がいい。そいつらを一人二人救ったところで自己満足にしかならない。全員救おうと思ったら……敵は結局、国王と政府そのものになる。そいつらが、この世界の仕組みを決めて、俺達に強いてきたわけだからな」


 瞳を揺らすアシュリーに、ジョシュアははっきりと告げる。

 彼女の覚悟を、ここで問うために。


「それでもお前は、世界を変えるために……全てを賭ける覚悟が、本当にあるのか?」


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