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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第十一話・地獄の底に光は射さない>

 真っ暗な路地の奥で、ガラの悪そうな数人の男女がわいのわいのと騒いでいた。アシュリーの存在に気づいていなさそうなその若者達からは、ぷん、と強い酒の臭いが漂っている。どうやら酷く酔っ払っているらしい。男が三人に女が二人。中には未成年と思しき幼い顔立ちの者もいる――アシュリーは嫌悪感に顔を顰めて、集団の声に聞き耳を立てた。

 どうやら誰かが、馬乗りになって誰かを抑えつけているらしい。


「何だよ、もう抵抗する気もねえのか?腕折られてびびったのかよ」

「やめろって、それ以上顔殴るなよ。萎えるだろ」

「萎えるだってーマジ悪趣味ー」

「ていうかこいつほんと気持ち悪いわよね。声も出さないなんてさ。結構服も高そうだし、さっさと身ぐるみ剥いじゃいなさいよ。男か女か確かめるんでしょー?」

「確かめてどうするんだって話だけどなーヤる?ヤっちまう?」

「ギャハハまじで鬼畜ーウケるー」


 下品な笑い声が響く中、殴打音と小さな呻き声が混じった。伸し掛られている男の横から、見慣れたローブを着た手足が見える。しかもその腕の方は、あらぬ方向に折れ曲がっているのか手首の角度がおかしなことになっているではないか。――アシュリーは、目の前が真っ赤になる感覚を覚えた。


「何をしてるんですか!」


 張り上げた筈の声は、ややひっくり返っていた。それでも自分の存在を知らしめるには十分だったのだろう。ガラの悪そうな男女は、ああ?と不機嫌そうな声で振り返った。


「何だお前?お高く止まったどこぞのお嬢様かよ」


 どうにも、アシュリーは他の生徒達と同じような指定のローブを着ていてさえ、お嬢様オーラがにじみ出てしまっているらしい。品があると言えば聞こえはいいが、お高くとまっているように見えるというのであれば少々問題だ。声をかけただけなのにそう見えるのか、とアシュリーは少しだけ己の姿を鏡で確認したくなってしまう。

 こんな思考が平然と過ぎるのは、半分が逃避で半分が余裕から来るものだった。


「掃き溜めに鶴?カワイコちゃんじゃん。場違いだけど」

「うぇ、あんた趣味ワルー。こんな鼻持ちならないかんじのお貴族様が趣味なの?ムカつくだけじゃん」


 どいつもこいつも、刺青やら鼻にピアスやらと人相が最悪過ぎる。女二人でさえ似たような有様だ。この町にこんな“不良”じみた若者がいるとは思っていなかった。服は派手だがそこまで質の悪いものではないところから察するに、これでアッパーミドルクラスくらいの階級であるのかもしれない。まあ、労働者階級であっても、金を貯めるのが上手い者は一見するとそれなりの金持ちのような大きな屋敷に住んでいるケースもあるらしいけれど。


「質問に答えなさい。何をしていたのかと訊いているのです!」


 アシュリーはつかつかと歩み寄り――ひとりを馬乗りになって殴りつけていたらしき男の肩を、むんずと掴んだ。いてえ!と思った次の瞬間男は思い切り突き飛ばされ、壁に激突している。

 ナメて貰っては困る。か弱い女子に見えるかもしれないが、こちとら勇者として選ばれた人間だ。しかも、魔法剣士タイプの魔導師である。重い大剣を振り回し、時には素手でモンスターを投げ飛ばすくらいの護身術も身につけているのだ。こう見えて腕力には自信がある。こんなチンピラどもに遅れを取るアシュリーではない。


「て、てめえ!」

「何すんのよ!!」


 壁にぶつかった男は一撃で伸びて、頭の上に星を飛ばしている。それを見て驚いたのか、他の男女がわいのわいのと騒いでいるが――アシュリーには、既にそのあたりの声などは聞こえていなかった。聴く価値がなかったからというのもあるが、それ以上に――衝撃的であったからだ。

 ぐったりと横たわるジョシュアは、気絶しているのかと思いきやしっかりと眼を開いていた。そして光のない眼で、ぼんやりと空を見つめている。アシュリーが来たことに気づいているのかいないのか、まるで心だけ何処かに飛ばしてしまったような虚ろな有様だ。殴られたらしき唇は切れ、血が滲んでいる。左腕は折られたのか、肘と手首がおかしな方向に曲がっていた。そして、何よりも忌々しいのは――ローブの肩の部分や、左脇腹部分が派手に破られて肌が露出していること。その肌が、明らかに紫色に変色しているということである。


――こいつら、何を……何を……っ!


「ジョシュア!しっかりしてください、ジョシュア!」


 アシュリーは声をかけるが、ジョシュアの反応はない。それほどまでに恐ろしかったのか、それとも。

 それとも――“諦める”ことが、彼の自己防衛技術であったのか。


「何、知り合い?この魔王の予備軍のー?」


 甲高い女の、悪意のある声が響いた。キッ!とアシュリーは怒りのまま振り返る。その視線に少しばかり怖気づいたのか、赤い髪の女は少しだけ後ずさった。が。


「な、何よ!本当のことでしょ、黒髪黒目の人間は将来魔王になるんだって、みんな普通に噂してるわよ!何もあたし達だけじゃないのに、何でそんな非難されないといけないわけ!?」

「みんな、ですって……?」

「だってそうでしょ。魔王ファウストも、その先代のなんとかっていう魔王も黒い髪に黒い目だったっていうじゃない!実際、聖書には書いてあるんでしょ、悪魔の子供だって。だから黒髪黒目の人間には何をやったって許されるんでしょーが!」

「ふざけないでください!そんな馬鹿みたいな話があってたまりますか!黒い髪に黒い目の子供だからって、それだけで差別されるだなんてどう考えてもおかしいでしょう!?何をしてもいいって、何でそんなことになるんですか!!」


 悔しい、と思った。確かにアシュリーだって、今までずっとジョシュアのことを知ろうとしてこなかったのは事実だ。今だって、彼のことを詳しく知っているかといえば断じてそんなことはない。彼らのことを、堂々と非難できる権利が自分にあるとも思っていない。でも。

 それでも。――ジョシュアを“黒髪黒目の悪魔の子”としか思っていない連中と比べれば、自分はまだ彼のことを知っている。今は、知ろうとも思っている。彼が下層階級であったこと、文字さえも読めない子供であったこと、それでも努力して学び魔法学校に入ったこと。無茶な戦い方ばかりをして、それで誰も悲しまないと思っていることも――どんな経緯であれ、名誉ある勇者の立場に選ばれた存在であるということも。


「誰も、産まれる場所を選ぶことなんかできません。勉強をすればある程度知識を身につけることはできる。運動をすればある程度体力を得ることはできる。でも、髪の色や眼の色、肌の色は誰にも変えることができません。生まれる階級も、家柄も、誰も好きで選ぶことなんかできないんです。……人の努力でどうしようもないことを理由に差別して、あなた達はそれで恥ずかしくないんですか。先生から、親から、同じ人間を踏みにじって平気で笑っている人間になれとでも教わったのですか!?自分達が逆の立場になったらどう思うのか?幼稚園でさえ教わることが、いい年のあなた達に何故できないのですか!!」


 それは。

 半分は――自分自身に言っていた言葉だった。

 性善説を信じていた。人を本気で傷つけて平気な人間などいないと思いたかった。髪の色目の色、そんな本人にはどうにもならない理由だけで誰かを差別して虐げるような人間が、こんなにも数多くいるだなんてそんなことは考えたくもなくて――でも。

 そんなことは、綺麗事であったのかもしれない。今更思い知っているのだ、自分は。十八年生きてきてやっと今、人の本当の悪意がこんなにも身近にあったことを理解させられているのである。

 それがどれほど恐ろしいか、おぞましいか。

 自分が見ていた世界が――どれほど狭く、上辺だけのものであったのかということを。


「え、偉そうに説教してんじゃねえよクソアマ!なんだ、こいつの代わりにテメェがブチ犯されるか、あぁ!?」


 品のない言葉を、唾を吐きながら喚く男。さっき、ジョシュアに向けて言っていた言葉を思い出す。ジョシュアの性別がわからなかったというのは本当であったのかもしれないが、世の中の性犯罪で被害に遭うのが女性だけではないということくらいアシュリーも知っていることである。

 忌々しい、気持ち悪い――次の瞬間、アシュリーは男の、無様にテントを張った下半身を思い切り蹴り上げていた。


「うっぎゃあああああああああああ!」


 潰れるような嫌な感触と、男の断末魔にも似た絶叫。こんな奴らのせいで、と思うと悔しくてたまらない。だが、泣いている場合などではないのだ。今、ジョシュアを守れるのは自分だけなのだから。


「私は、魔法学校から派遣された“認定勇者”です。これがその証明証になります。彼も、同じく“認定勇者”です。……その勇者にこの仕打ち、実にいい度胸をしてらっしゃいますね」


 アシュリーはずい、と認可証を突きつけてみせる。勇者の認定証を知らない人間はまずいない。さすがに若者達はどよめいた。――それは国から勅命を受けた存在であると同時に、魔法学校主席という証でもある。つまり。――戦ったら普通の人間では絶対に勝目のない、実力者の証明でもあるのだ。


「私に危害を加えたいならどうぞ。やれるもんならやってみなさい。全員返り討ちにした上で、民間逮捕して警察に突き出してご覧に入れます」


 ず、とアシュリーが怒りのまま一歩前に踏み出す。こんな連中相手に、剣も魔法も使う必要はなかった。体術だけでこの程度の人数、制するには造作もないこと。そして、その力の差はさすがのチンピラ連中にも伝わったのだろう。


「く、くそ!覚えてろよ!!」


 小悪党お決まりの逃げ口上を口にして、彼らは気絶した仲間を背負い込むとそのまま走って逃げていった。名前はわからないが、連中の顔は全て覚えている。こっそり、記録魔導書も起動させておいたので写真も撮れていた。後で警察に持って行こう、できれば自分の手でボコボコにしてやりたかったけれど。そう思いつつ、今一番の優先事項を思い出して振り返る。


「ジョシュア!しっかりしてください!!」


 骨折もしているし、かなり手酷く痛めつけられたのは明白だ。強姦されるまでに至らなかったのは不幸中の幸いかもしれないが、それでもこの様子を見て無事だと思えるほど楽観的にはなれない。

 もう彼が、返事ができる状態でなかったならどうしよう――そんな不安がよぎった次の瞬間だ。


「……どうして助けた」

「え」


 ジョシュアはぽつり、と。血に塗れた唇で呟いたのである。


「助ける必要なんか、無かっただろう。どうして助けた」


 それは。とても虚しくて、寂しくて――胸が潰れそうになる、そんな声だった。

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