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勇者も魔王も要らない世界  作者: はじめアキラ
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<第十話・悪魔の子の現実>

 まだ、アシュリーの中でなんらかの明確な答えが出たというわけではなかった。

 それでも、自分はまだ何も知らないということ――知る努力なら出来るということが分かっただけ、確かに意味はあるのかもしれない。今までの自分ならば、己が無知であるという自覚さえなく――きっと都合のいい幻想ばかりを信じて歩いていったに違いないのだから。


『やっほアシュリー!もう町までついたんだって?さっすが、早いじゃない。アシュリーなら、魔王討伐の最速記録を作れるかもしれないわね。期待してる!あたし達もほんと鼻が高いわー』


 他の友人達も数名その場にいたのだろう。わいのわいのと騒ぎながら、アシュリーを応援する言葉を投げ掛けてくれた。アシュリーなら出来ると思ってた!とか。お土産屋買ってきて、特にアレスタウンなら饅頭がウマイって評判だから!とか。女の子なんだから無理しないでとか、野宿は避けられるなら避けてねとか。そんな優しい言葉ばかりである。

 みんながみんな、アシュリーを心配してくれる。大好きで、思いやり深い友人達。思わず涙が滲みそうになるくらいには、嬉しい。

 だからこそ信じられなかった。そんな彼らが見た目と思い込みだけで、ジョシュアに対して虐め紛いな真似をしていたかもしれない――だなんて。

 やっぱりそう、自分の思い過ごしだったのだ。アシュリーがそう思いかけた時である。


『アシュリーのことは心配してないけど、よりによってパートナーがあのジョシュアだもんね。それだけが心配だわ。あの根暗、足引っ張ってないでしょうね?』


 さらり、と。心配に混じった悪意あるニールの言葉に――アシュリーは固まったのである。アシュリーは尋ねた。そういえばニールはジョシュアを魔王の予備軍だと言ったけれど、どうしてそう思ったの?と。するとだ。


『んー?そんなこと言ったっけ?』


 これである。――彼女は己が言った言葉さえ忘れていた。アシュリーは心底ショックを受ける。人は、他人に対して投げつけた悪口など簡単に忘れてしまえるものなのかと思い知らされた。言われた側は、たった一言でさえ一生引きずる傷になりかねないというのに。

 魔王の予備軍なんて。

 世界の敵になるかもしれないなんて。

 大量殺人鬼として――いずれ殺されても文句が言えない立場になるかもしれないなんて。

 よく考えれば――考えなくても。簡単に誰かに言っていい言葉などではないはずだというのに。


『まあ言ったかも?どうしてって?……だって暗いし、歴代の魔王には黒髪黒目っていっぱいいるでしょ。みんな噂してるわよ、黒髪黒目のヤツは魔王になるかもしれない遺伝子を持ってるって。生まれつきサイコパスの素質があるかもしれないって。そんなの怖いでしょ。それで少しは社交的なら考え方も変わるけど、あいつなんてめっちゃくちゃ暗いし。本当に魔王っぽくない?……そんなヤツと二人旅なんて、ほんとみんな心配してるんだから。気を付けてね。もしかしたら、魔王に寝返るかもしれないでしょ、ジョシュアなんて』


 分かっている。ニールがこんな言い方をするのは全て、アシュリーを心配しているからだということは。だからこそ、過剰なまでに同行者を警戒するのは当たり前なのかもしれないということは。

 でも。


――確かに魔王には、黒髪黒目が多いし……今度の魔王のファウストも、黒髪黒目であるのは事実だけど。


 アシュリーはそんなニールに、最後まで自分を取り繕って接した。通信魔導書では相手の顔までは見えない。見えなくて良かったと思う。きっと今の自分は、とても友人には見せられるような顔などしてはいなかっただろうから。


――だけど……だからって。黒髪黒目の人間が殺人鬼になるなんて、そんな科学的根拠があるわけでもないのに。生まれつき黒髪黒目だったってだけで、どうして魔王の予備軍だなんて言われて冷遇されなくちゃいけないの……?


 そうだ、きっと遺伝子ではない。

 黒髪黒目の人間を魔王には駆り立てるものがもし本当にあるのだとしたらそれは――。


――悪いのは血じゃなくて。環境のせいなんじゃ、ないの?


 悪魔の子と謡われる存在を下層階級に押し込み、それにより苦しい生活を強いて追い詰め――魔王にしてしまう社会の歪んだ仕組みが、もしも本当にあるのだとしたら。憎しみから暴走して、社会を壊さずには居られない魔王たちの心の叫びが――魔王の惨劇という名の復讐として世界に齎されてきたのだとしたら。

 それを止められるのは――勇者として選ばれた、アシュリーの役目ではないだろうか。


――マチルダ先生が勇者になって知ってしまった真実っていうのは……もしかしたら、そういうことだったのかな。


 だから、ジョシュアを例外的にパートナーとして選んだのかもしれない。

 満ち足りた生活をしてきたがゆえに、世界の綺麗なものしか見えていなかったアシュリーに。例えば残酷であるてしても、真実を知らしめて誰かを救う力を授ける、そのために。


「……あれ?」


 そういえば、とアシュリーは時計を見る。いつのまにか随分時間が過ぎていた。夕食は宿屋の主人が、十九時に用意してくれると言っていた。ジョシュアは何も約束しなかったが、普通に考えればそれまでに戻ってくるはずである。なんせ値引きしてもらったとはいえ、宿の料金に含まれているのだから。

 もう彼が出掛けてから、随分と時間が過ぎている。その上、夕食の時間まであと三十分しかない。――あれでジョシュアは時間にはマメなところがある。旅立ちの日も、五分前に来たアシュリーよりさらに早く来て門の前で待っていたほどだ。夕食の時間を忘れているとも思えない。いや、まだ三十分あるから、遅刻と決めつけるには早すぎるとは思うけども――。


――何だろう。嫌な予感が、する。


 外を見る。まだうっすらと地平線の向こうがオレンジ色だが、ほとんど日は暮れていると言っても過言ではない。この、三階の部屋の窓から見える町並みは既にぽつぽつと街灯の明かりが点っている。アレスタウンの街並みにはどこかアンティーク調であり、古めかしいランプ型の街灯が立ち並ぶレンガの道はなかなかのセンスだと言っていい。こんな理由の旅でなければ、お洒落な町並みを堪能しつつ、ちょっとはしたないけれどパイの食べ歩きでもしてみたいところだ。

 帰り道を急ぐ人、買い物に走る主婦、声を張り上げて品物を売る商人達。人気がな様子もなく、また治安の悪い街だとも思わないが。――それでも、胸がざわつくのはどうしようもない。

 黒髪黒目の子供は、悪魔の子である――読んでしまった聖書の言葉が、ぐるぐると頭の中を巡って離れないのだ。


――……何も、ないとは思うけど。


 何も無かったなら、その時はその時だ。杞憂だったと思って笑い飛ばせば済む話だろう。

 アシュリーは最低限の装備だけ整えると、ブーツを履き直してそのまま部屋から出た。駆け足で宿の階段を降りながら思う。

 自分はどうして、こんなにもジョシュアのことが気になって仕方ないのだろう。むしろ、ずっと苦手な相手だと思っていたはずだというのに。




 ***




 ジョシュアが行きそうな場所に、一応見当はついていた。というのも、彼は魔導書と杖を購入しに武器屋に向かった筈だからである。魔導書と杖は、どちらも魔導師が使うオーソドックスな武器ではあるが、それぞれメリットデメリットがあるので場面ごとに使い分ける者が大半だ。どちらかというとジョシュアは杖よりも魔導書を使うことも多いが、万が一の時近接戦闘の武器になることと、初速が魔導書より速いという点で杖も持っていた方がいいのだ、というようなことを言っていた記憶がある。

 その彼の武器である杖と魔導書の一部が、此処に来るまでの戦闘でやや消耗してしまった、ということらしい。彼は微妙に言葉を濁したがアシュリーは知っている。杖はともかく、魔導書が使えなくなったのは彼の自己責任もあるだろう、と。あんな戦い方をしていたら、血で本が汚れてしまうのは避けられないだろうに、と。

 元々下層階級であるだけあって、お金の使い方にそうそう奔放であるとは思えないのだが。一体今までは、どうやってやりくりしていたのだろうか。確かに、魔法学校で扱う武器の系統の多くは、自前で購入できずともある程度学校側から購入費は支給される仕組みにはなっていたけれど。


――時々ジョシュアって、ふらりと姿を消すこともあるって聞いていたけど。何か、お金のアテでもあったのかな。


 街の武器屋を、準々に尋ねて歩く。そのうち二軒ほどで、ジョシュアを見かけたという証言を得た。ただ、どちらも彼のお眼鏡に適う商品はなかったらしく、購入することもなく去っていったのだという。――全ての店を回ったが、結局ジョシュアが武器を買ったという店は見つからなかった。ということは、彼は先の二軒で店主と話した後で、次の店に寄る前にどこかに姿を消したということになるが。


――街灯もあるし、人気もある。でもそれは……表通りだけ。


 胸騒ぎが強くなる。どんな街であろうと、光の当たらぬ場所はあるというものだ。建物の隙間と隙間、路地裏へ続く狭い道を覗き込む。表通りの光も当たらず、やや饐えたような臭いが鼻につく場所。正直清潔だとは思えないが――表の通りにいないのだとしたら、もう探せる場所はそちらの方しかない。

 あまり入りたくはないけれど、行くしかないか。そう思っていた時だった。


「何すんだよ、てめぇ!」

「!」


 男の罵声が聞こえてくる。ついで、暴れるような殴るような音が、複数。


――まさか!


 アシュリーは飛び込んでいた。どうか、彼ではありませんようにと願いながら。

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