私にパンツを見せなさい!
「おっ、お嬢様あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
わなわなと肩を震わせ、色気の欠片も無い叫び声を上げたのは、セントフレア家のメイド、ルナだった。
「うう……にゃんでこんなことに……ケホッ、ケホッ……」
獣人にもかかわらず生まれつき病弱な彼女は、家族に見捨てられ、この家に拾われた。夫人はとても心優しい方なのだが、その娘、アレアはお転婆で、ほぼ毎日ルナを困らせていた。
「ご夫人が大切にしていた壺を割っちゃうなんて……にゃんと申し上げれば良いのか……」
「あーあ、派手にやっちゃったわね~」
噂をすれば肉球、じゃなかった、にっくき令嬢がルナの目の前に立っていた。
「お嬢様がやったんでしょう!!! どうするんですゲホゲホッ! どうするんですかにぁ!?」
「ん~? 怒ると体調が悪くなるわよ~?」
「────────ッ!」
「壺~? 現場だけを見てわたしが──────いえ、私がそのようなことをするなんて、誰が信じますこと?」
アレアは得意げに振る舞う。そうだ。こいつの本性はルナともうひとり以外、誰も知らない。
「くっ……」
思えばここに着任したばかりのころから、お嬢様は私のスカートをめくったり、下着をこっそり隠したり。しかもそれがバレないように辱めてきた。
「こういうときは、あなたの秘密を知る家庭教師のアレフトンセ様に、叱って貰いますにゃ!」
「げげっ! それはヤメテ!? ルナお願い!」
余裕だったアレアは突然態度を変えた。これはルナの最終手段だ。
「いいえ許しません! 私は会ったことがありませんが! 今日という今日はこってりお仕置きされるがいいです!!!」
「ヒードウシマショー!」
ルナはぷんすこと部屋を出て、お買い物と偽って屋敷を飛び出して行った。ご夫人方は夜まで帰ってこない。それまでにアレアを改心させなければ。
残されたアレアは再び態度を変え、ひとりけらけら笑っていた。
「くくく。面白いわ! 早く馬車で先回りしないと~!」
もちろん彼女の悪だくみをルナに知る方法は無い。
──────────
「あの~! ごめんくださいにぁ~!」
息を切らせながら、情報を頼りにルナはアレフトンセ氏宅のドアを叩いていた。
誰もいない。ここじゃにゃかったのかにゃ?
う~。この人だけが頼りなのに~。
「え~こちらアレフトンセですが~どちら様ですか?」
くぐもってかろうじて聞き取れるレベルの、女性か男性かわからない声が返ってきた。
「やったぁ! セントフレア家のメイドですにゃ! ゲホッ! アレア様を叱って欲しいですにゃ!」
「ほうほう。何故?」
「それは……理由は言えませんが! あのお方を改心させて欲しいんですにゃ!」
貴族というものは、世間体を気にするものだ。アレアの評判のためにも、壺を壊したことは外に伝えるべきではないとルナは判断したのだ。
「理由もなくそれはできないなぁ」
「おっ、どうしてもお願いします! もうこれしかないんです! どうかお願いします!」
必死にルナは頭を下げた。
「うーん。それじゃあひとつ条件がある」
「はい! 何でも!」
「パンツ見せて」
「……はにゃ!?」
「スカートをたくし上げて、ホラ早く」
「そ、そんにゃぁ……!」
「そうすれば望みを叶えよう、脱兎のごとく早く」
「うっ……!」
「キミがパンツを見せなければ、あの子は今のままだよ。これからもずっと」
「……!」
「まあ嫌ならいいけどね。誰も名乗り上げなかったら、ご夫人は悲しむだろうなぁ?」
「わかり……ましたにゃ……!」
ルナは決意を固めた!
「大丈夫、のぞき窓から見えてるからそこでめくって、はやくはやく」
「これで……! いいですかにゃぁ!?」
たどたどしく。恥じらいながら。
「おぉ……! それじゃあ目を瞑って」
「はい……うう……!」
静かにドアの開く音が聞こえたかと思うと──────
「ふーん、黒ねえ。ガーターベルトまでつけちゃって。いやらしいいやらしい」
「にゃっ!?」
聞き慣れた声。目の前にいたのはアレアだった。
「あ、バレたー。まあいっか」
「アレフトンセ様はっ!?」
「あはは! 家庭教師の名前、逆さにしたらセントフレアでしょ? そもそも、才女の私にそんなの必要ないし!」
「あ! 確かに!」
「わたしから聞いたこと全て信じるなんて、ルナは純情だなぁ! ちなみにこの家はセントフレア家の別荘」
「そ、そんにぁ……嘘だったなんて……」
「ま、帰りは馬車だから。帰ろ?」
「でも! ゲッホ! 壺はどうするんですかにぁ!?」
「まぁまぁ。これ見なよ」
馬車の荷台にあったのは、壊れていたはずの壺?
「壊したのは偽物。本物はご覧の通り無事よ」
「全部……嘘だったんですか……」
「うふふ。慌てるルナ。恥じらうルナ。そして今は落ち込む姿もかわいいよ~」
「ぷいっ。も、もう知りません!」
「怒った顔もカワイ~」
気が抜けたのか、アレアは手を滑らせて、壺を椅子から足場に落としてしまい。派手に割れてしまった。
「あっ」
「えっ。やばい。どうしよう」
余裕だった彼女の顔から、笑顔が消えた。