004ゲヒルンフレーム起動
0004ゲヒルンフレーム起動
2017年12月12日。
近畿地方の山奥。
人里離れたとある工場にて、ゲヒルンフレームの試験運転が始まろうとしていた。
おそるべき速さだった。
計画を詰めるために和歌山の横縞鉄鋼の一室を借りて、計画に参加している者達で集まり、設計を詰めた。
それぞれが地元の工場や会社に連絡を取って、たまに試作させて、和歌山に送らせた。
11月の頭ごろの事だった。
疲労困憊だったはずの体が軽くなったのだ。
スッキリした顔で目覚めた面々は、お互いに顔を見合わせ、首をかしげた。
それはそれぞれの地元の職員、職人達も同じで、3時間も眠ればスッキリ目覚める事ができた。
頭もクリアで、どんどん計画が進んだ。
そして、河村、山田、他の計画参加者達も、全く経験した事の無い速さでゲヒルンフレーム試作機は完成してしまった。
なぜか他の仕事が入らなかったり、キャンセルになったりという明らかな得体の知れない圧力による補助はあったものの、一から新しいものを作るには異常な速さだった。
誰もはっきり口に出しては言わないが、おかしいと思っている。
ある時、設計図を前に話し合いながら、問われた応力計算を暗算で出してしまった。
その瞬間、場の空気が一瞬凍った。問われてすぐに暗算で出せるようなものではない。
その後も不思議なぐらいスムーズに進んだ。
皆が頭の中に関数電卓でも入っているんじゃないかという冴えを見せ、手製の図面には手に定規でも入っているんじゃないかという正確な線が引かれ、ほぼ全員が完全記憶能力でもあるんじゃないかというもの覚えの良さ。CADの入力ミスは1つも無い。
あれよあれよと設計が決まり、削り出しや組み上げではこれまでになかった程ピッタリとした手応えがあった。
まさに、神がかり的な何かが働いていると誰もが思った。
しかしそれを誰も口に出さず、ここまで来てしまった。
皆んな少し不安を持っていた。
仕事をきっちり仕上げたのは疑いようがない。
こんなに明確にやりきれたという感覚はそうあるものではないし、目の前に立つこのゲヒルンフレームは、客観的に見ても非常に美しい。
だが、首筋に何か繋がっている様な気がするのだ。
もちろん誰もそれを口にはしないが。
それは、そんな不安よりもやはり達成感と喜びの方が大きいからである。
少年の夢に大金をつぎ込むとどうなるのか。
そのリアルが目の前に立っている。
ゲヒルンフレームは、高さ13m程で、人間の骨格を模していた。
肋骨から骨盤にかけての中央、人間なら胃腸が入っている辺りに操縦席を取り付けてある。
この骨格の中には、いわゆる骨髄があるべき部分に小さなマイクロチップや脳波の増幅器が詰められている。
操縦席から脳波を受けて、それを増幅し、筋電義肢の様に、手足を動かす感覚で、各関節のモーターを動かす。
仕組みは単純だが、そもそもこの大きさの人型を立たせたり、動かしたりするというのが難しい。
鎖で吊られてはいるものの、こうやって立っているのが不思議なものなのだ。
そして重大な問題を抱えている。
「このモーターの出力では歩けるかどうか……」
多くの部品を一から作っているものの、精度はともかくモーターの出力に関しては高精度によって効率がちょっと上がった程度だった。
「ま、元々の目的は脳波で動くかどうかだからな。前に進まなくてもと手とか足が動けばいいんじゃねぇか」
実は、この職人達、本来の目的をすっかり忘れていた。
頭が冴えてスッキリしているのをいい事に、人型ロボットへの情熱に身を任せて突っ走っていたのである。
ゲヒルンフレームが実現不可能なのをデータによって証明する作業が、ゲヒルンフレームをとりあえずできる範囲で再現してみようとなり、そしていつのまにか、人型ロボット作ろうぜ! になっていた。
今年59歳になる河村さえ、まるで少年に戻ったかのように目をキラキラさせながら作業に邁進していた。
完成したゲヒルンフレームを目の当たりにすると、やっちまった感は多少ある。
だが、それ以上に達成感があった。
「えっと…… じゃあ、乗り込みますね」
一番若い職人よりも更に若い少年が、ヘコヘコと頭を下げながら、しかし、人型ロボットを目の前にして瞳を輝かせている。
この少年は、発注元が連れて来た「パイロット」である。
それなりにボタンと操縦桿は付いているものの、脳波で動くかどうかの検証機なので特に操縦方法の訓練は受けていない。
というより、現物がなかったので、まだ取り付けられていなかった操縦席に座って、各種ボタンを覚えたりするだけだった。
今回は初の操縦である。
なお、少年の素性は探ってはならないらしい。
「サイ」という名前も、どうやら偽名らしかった。
いよいよ怪しいが、この少年自身がちょっとナヨッとしてはいるものの、人当たりも良く、それなりに礼儀正しかったので、時が経つにつれ、歳のいった職人達には割と可愛がられていた。
職人達、そして発注元の使い数人が見守る中、少年は操縦席に乗り込んだ。
脳波を感知するヘルメットを装着し、安全ベルトを全て締める。
ペダルを踏み、操縦桿を握った。
腕を動かすイメージでゲヒルンフレームの腕を動かすわけだが、実際の腕が動くのを止めるためにもこの操縦桿を握り、ペダルを踏む。
実はこの操縦桿はそのためだけにあり、操縦桿とは名ばかりのただの棒であった。
しかし、いかにもなロボットのコックピット演出に一役かっており、見ている職人達も、少年自身もワクワクしてくる。
「電源、お願いします!」
配置についた少年の言葉に、職人の一人がブレーカーを上げた。
ゲヒルンフレームに繋がっているケーブルから電力が供給され、関節各所のモーターに小さなLEDランプの光が灯る。
「オールクリア。いけます」
ラップトップで電気の循環状態を見ていた一人が言った。
「よっしゃ、坊主! いったれ!」
河村の声に、少年が答える。
「ゲヒルンフレーム!スサノオ! サイ! 行きます!」
その掛け声に、どっと笑う職人達。
彼らはこの短期間にガン◯ム作品に慣れ親しんでいた。
ギリっと、操縦桿を握る手に力が入った。
実際の腕はここにある。しかし、感知された脳波が、ゲヒルンフレームの腕を動かした。
「「おおおおおおお……」」
溜息のような深い歓声が観客から上がった。
デカイ人型の腕が動く。
肩を回し、肘を伸ばして、指を閉じたり開いたり。
フレームの重さ、モーターの出力、あらゆるものが神がかったバランスで調整されており、これまでのロボットの様な、動作と停止の震えがない。
ひたすら滑らかに、それこそ人間の腕の様に動いている。
こんなものを作り上げた喜びと同時に、得体の知れない恐怖も感じていた。
これは、作ってはいけないものだったのではないだろうか。
人の骨格を模した形ではあるが、鎖につられて動かない状態ではなんとも思わなかった。
しかし、実際に動いている姿を見ると、巨人の骨の様に見えてくる。
ロボットというよりも、もっと生物的な……
最初は歓声を上げて喜んでいた職人達だが、あまりの動きの滑らかさに口を閉じてしまった。
これは、いったいなんなんだ。
ハッとした一人が、ラップトップを使って、3Dシュミレーターで、今目の前で動いているゲヒルンフレームのデータを入れた。
だが、ラップトップの画面の中、シュミレーターで再現されたゲヒルンフレームは一目でロボットと分かる動きをしている。
彼の額に冷や汗が溢れる。
計算上ありえない動きをしている。
職人達が呆然としている中、サイ少年は、上に言われた通り、精神を集中した。
外から見れば、それはただ目を閉じているだけに見えただろう。
ゲヒルンフレームが動きを止め、サイ少年も目を閉じている。
何かあったのかとサイ少年に呼びかけようか迷っている数秒の間に、それは起こった。
ゲヒルンフレームが光り出したのだ。
その色は赤。
職人達もう声を出す事もできなかった。
お互いの顔を見合わせる。
誰かがイタズラでライトでも仕込んだのかと思ったのだ。
だが、それぞれの表情から、そんな事は誰もしていないと分かった。
そもそも、皆んなあのフレームを見て、直接触っている。ライトを仕込む様な隙間はなかった。
それに、本当にフレーム自体が光っていた。ライトなんて仕込まれていない。
光は電磁波の一種である。
何かしら不測の事態が起こって、フレームに使っている合金が可視域の電磁波を発しているのだろうか。
すぐに止めなければ。こんな得体の知れない現象、危険すぎる。
皆んなそう思ってはいるのだが、なかなか「停止!」の一言が口から出てこない。
サイ少年は
「時が見えるっ!」
とかわけのわからない事を言っている。
閉口している職人達をよそに、サイ少年は叫んだ。
「うおおおおおお!!」
少年の叫びに同調して光が強くなっていく。
職人達も、発注元からの使いも、ジリジリと後ろに下がっていく。
サラサラと砂が落ちる様な音がする。
幻聴だろうか。
この光と同じく、得体の知れない何かが起こって、可聴域の音波が発生しているのだろうか。
赤い光が消えた。
そして、次に溢れ出したのは緑色の光だった。
エメラルドグリーンの、暖かい輝き。
「……なんでやねん……」
やっと、一人の職人から声が漏れた。
ゲヒルンフレームを拘束していた鎖がふわりと浮き上がった。
そして、一部がボロボロと崩れ出し、千切れる。
しかしゲヒルンフレームは倒れる事なく、そこに立っていた。
そして、一歩、踏み出す。
「「……歩いたっ!」」
職人達が思わず叫ぶ。
ゲヒルンフレームは3歩程歩くと、今度は走り出した。
職人達は口々に何かを叫んでいたが、あれほどの物体が激しく地面を踏みつけているというのに振動がほとんどない事に気付く者はいなかった。
あっという間に工場を飛び出したゲヒルンフレームは、
「いっけーーーー! スサノオっ!」
というサイ少年の声に応える様に、飛んだ。
遅れて工場から駆け出て来た者達が見たのは、エメラルドグリーンに輝くゲヒルンフレームが8の字を描きながら空中を旋回している様子だった。
しばらくボケッとそれを見上げていた職人達と発注元の使い達だったが、
「ゲヒルンフレームって飛べたっけ?」
「いや、それはミノ◯スキードライブやろ」
「あのモーター、歩くのもやっとの出力しか無かったはずなんですけど……」
「その前に、あの骨格関節って、走る時の衝撃に耐えられるのかもわからなかったのに……」
やっと口を開いた職人達は、疑問しか喋ることができなかった。
一人、疑問以外をつぶやいた職人もいたが、
「いや…… なんでやねん……」
近畿地方の人里離れた山奥の工場。
その上空を滑らかに飛んでいるゲヒルンフレームを、皆見上げていた。
なお、ゲヒルンフレームの「ゲヒルン」とは、ドイツ語で「脳」の事である。
脳波(NT波)を増幅させるところから、そう名付けられたらしい。
空飛ぶゲヒルンフレームを見上げる人々は、最近の頭のスッキリ感といい、もしかして自分たちの脳がどうにかなって幻覚でも見ているんじゃないかと、少し、思った。




