第28話「自由への代償」『下』
馬車の荷台の中。
二人の少女は身を潜めながら、迷いの森への分岐点、リアクト街道まで進んでゆく。取り付けられた窓に掛かっているカーテンの隙間から外を眺めると、月光花の丘へ差し掛かっていた。
日は夕刻。マナが満ちていく時間にはまだ早い。
月光花は静かな風に揺れながら、月の光が満るその時を待っていた。
月光花の丘での出来事を、シャルルは目を閉じて思い出す。
無力。私はあまりにもシャルルは無力だった。
戦いにもならないような、一方的な虐殺。
血風を巻き上げ、倒れていく仲間。その中に佇む不気味なほどに赤い瞳を持ち、身の丈に合わない闇を纏う刀。
そして、闇の魔法、闇の力に魅入られた魔女の存在__。
「シャルちゃん?」
ケイはシャルルの様子を見て声をかけた。
考え事をしていたシャルルは咄嗟に変な声で答える。
「ふぇ?あっ、なんでしょう...?」
「また色々考え事してたでしょ...。無理もないけど、あまり気が張っていると疲れちゃうわよ?」
「あはは...そうなんだけど...この丘で起きた事、色々思い出しちゃって。」
「大丈夫よシャルちゃん。この私が付いてるんだもの。ふふ、自慢じゃないけれど私、あの人よりも強いんだから」
「えっ?!あの人って...マスターのこと...?」
そう問い掛けると、ケイはピースして笑う。
「ええ。あの人、私に勝ったら結婚してくれって何度も何度も挑んできたのよ?私だって負けるのは嫌だったから全部返り討ちにしてたんだけど___」
シャルルはケイをキラキラとした瞳で見詰めながら話を聞く。
「でも、最後は私が根負けしたの。一緒に冒険して行く中でね?あの人の真っ直ぐで、正義感の溢れる瞳に惚れたの。自分の怪我を諸共せず、人の事を助けてばかり。私が支えなきゃって思わされちゃったのよ」
「...素敵なお話。」
「でも、剣では負けなかったわよ?わざと負けてあげたの。あの人は私が力を、抜いてたの気が付いてたみたいだけどね」
とケイは笑っていた。明るい笑顔で、自慢げに。シャルルの緊張や考え事を少しでも和ませる為に、ケイは話を続けた。
ナーシャは寝息をたてながら静かに眠っている。
時折シャルルはナーシャの頭を撫でながら、話を聞いていた。
日は沈みかけ、辺りは暗くなり、月明かりが馬車を照らす。ゆっくりと順調に馬車は進んだ。
多少ながら魔物に襲われはしたが、月光花の咲く前に出てくる魔物だ。ケイが出るまでも無く、魔物は倒されていく。
順調だ。すんなりと月光花の丘を過ぎて、リアクト街道と月光花の丘に辿り着く。
木で打ち立てられた看板に辿り着くと、馬車はゆっくりと止まった。
「着いたみたいね。シャルちゃん、ナーシャちゃん。少し待っててね?」
とケイは立ち上がり、荷台から外へと降りていく。
少し休憩しましょう。という声が、カーテン越しの窓から聞こえてきた。
それから暫くして、ケイは荷台へと戻ってきた。
「お待たせ。狭い所に長い間お疲れ様。索敵はしたけれど当たりに人影は見られなかったわ。さぁ、行きましょう」
とケイは二人の手を取る。ナーシャとシャルルは手に引かれて、荷台の外へ移動していく。
外に出て、ナーシャとシャルルは腰を伸ばした。
身体を伸ばして軽くストレッチをこなしていく。
看板の周りの少し開けた所で、ガルド一行は焚き火を燃して休んでいた。ガハハと大きな声が響き楽しそうに話しているのを見て、マスターの事を思い出していた。
「さて、シャルちゃん。ナーシャちゃん。あなた達はこのままリアクト街道を進んでいって?そしたら大きな森が見えてくるはず。そこが迷いの森と呼ばれる場所よ。」
「何から何まで...本当にありがとう。」
「ありがとにゃ」
二人は頭を下げた。そんな二人を見ながら、ケイはいつもの用に微笑んでいる。
「ふふふ。こう何度もお礼言われちゃうと、有難みが薄れちゃうわよ?そうね...もしまた会えたら、今度は一緒に冒険しましょうね」
「はいっ!是非ともっ。」
シャルルは満面の笑みで答えた。
そして握手を交わす。約束の握手だ。ケイは膝をついて目線を合わせてから、ナーシャとも握手を交わす。
「ナーシャちゃんも、シャルちゃんも。この先の旅路で女神の加護が有りますように...。」
それから、商人の人達とギルドのメンバーと別れを告げた。シャルルとナーシャはガルドやギルドのメンバーと別れの挨拶を交わす事無く、リアクト街道へと歩き出す。
本当はお世話になった人達と別れと御礼を伝えたい所だったが、二人は逃亡者だ。もしも王国の騎士団や暗殺ギルドが見ていたら、更に迷惑が掛かってしまう。
少し歩いたその時、轟音と共に凄まじい爆風が背中を駆け抜けた。シャルルは咄嗟に振り返る。
ナーシャは咄嗟にシャルルの背中に隠れた。
「なっ...?!何今の爆発...!!」
遠目に爆発した地点を見た。
馬車は見事に燃え盛り、轟々とした炎が辺りを燃やしている。
「ケイさん...!ガルドさん...!!」
何が起こったのか分からない中、呆気に取られていたが意識を戻した。剣を掴み、馬車に向かって走ろうとした時、ナーシャが服を掴む。
「な、ナーシャ?!」
ナーシャは下を向いたまま、シャルルの服を強く掴む。シャルルはまた馬車の方への視界を向けた。
炎の中で、ケイは戦っていた。炎の中に取り残されながら、ローブを羽織った集団と対峙している。
「は、離してナーシャ!ケイさんを助けなきゃ...!」
ナーシャはシャルルの服を更に強く掴みながら頭を振った。ポタポタとナーシャの足元に涙で地面を濡らす。
シャルルは動けないまま、ケイとローブを羽織った集団との戦いを見守った。
行きたい。
今直ぐ戦いに加勢して、ケイを助けに行きたい。
しかし、今ケイと対峙しているのは一度敗北しているあの集団だ。今シャルルが加勢しても、きっと役にたてないだろう。
ナーシャは、ケイの覚悟を理解していた。そして最悪、こうなる事を小さいながらに理解していたのだ。そして、シャルルが加勢しても勝てない事も。
「...くっ!何でこんな...私はっ...!」
悔しい。
悔しい..!。
悔しい...!!。
シャルルの心はその言葉で一杯だ。戦いに加勢出来ない悔しさ。このままもしかしたらケイさんが負けるかもしれないという恐怖。もしもそうなったら...今度こそマスターに顔向けする事が出来ない。しかし、今此処でナーシャを置いて加勢しても、ケイとの約束を果たせなくなる可能性もある。
「にゃる...。」
泣きながら走り出す事が出来ずに佇むシャルルをナーシャは見上げた。
「....ごめんねナーシャ。行こうっ...!しっかり捕まってて...!」
ナーシャをおんぶすると、シャルルは走り出す。足に魔力を送り、風のように速く駆け抜けていく。
歯を食いしばり涙を流しながら、シャルルは迷いの森へと向かうのだった。
かなり遅くなってしまいました。仕事が思いの外忙しく、中々更新が出来ずにいました。過去に呼んでいただいた方には申し訳御座いません。今度とも、細々と執筆していきたいと思います。




