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世界を旅した少女の話  作者: 空猫このは
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第16話「死線を超えて決めた覚悟」

切り上げられた刀は、血風を巻き上げた。

そして斬り上げにより空に打ち上げられた腕は、くるくると回転しながら血を飛ばし地面に落ちた。シャルルの服や身体には、当然血がべったりついている。


「あ...あぁ...!」


シャルルの瞳に涙が溢れる。さっきまで格好つけて戦っていた自分が恥ずかしい__。



椿は伏せていた目をゆっくりと此方に向けた。しかし椿は、ほんの少しだけ驚いた表情を浮かべる。




「__俺の腕...欲しけりゃくれてやる...!だがなぁ...こいつの命は...絶対やらねぇよ..ツバキ!」


吹き飛ばされた腕を生け贄に、マスターは椿の身体を、隠し持っていた剣で一撃を叩き込んだ。渾身の一撃は見事椿に当たり初めて椿の身体を切り裂いた。ユラリと少し蹌踉めきながら、刀を落とす。椿の肩から胸の辺りまで服が血で染まって行く。


「シャル...無事か?」


「うん...で、でも、どうして...?!魔力だってもう無かったでしょ...?!」


「ここは月光花が溢れてる場所だぞ...?少し月光花を囓ればなんとかなる...おかげで少し、頭が痛いけどな...。」


理屈は分からなくは無い。

でも__。


「でもマスター...う、腕が...!」


「大丈夫、なんとかなるさ。」

治癒魔法なのだろうか。

斬られた腕から、血は垂れてはいない。

マナを治癒に回しているようだ。


椿は蹌踉めきながらも、また刀を拾いあげ此方を見た。斬られたと言うのに、相変わらず無表情だ。


「シャル、俺一人じゃ...多分五分ももたねぇだろう...だから一気に片を着ける__。協力してくれるか?」


「うん、分かった。」


マスターはシャルルの耳元で作戦を伝えた。

それを聞いて、分かったと強く頷く。

これが最後の攻撃になるだろう。お互いにそう覚悟した。二人は椿を見る。


先程当てたマスターの斬撃の傷口から、黒い靄が滲み出るように溢れていた。


「___。」


椿の口元が動いた。何かを話したようだが、二人には聞こえない。そして椿は刀を構えた。鋭い刃が二人を捉える。


「行くぞ、シャル___。」


マスターの合図と共に、先に二人が動いた。

それに合わせ、椿も動く。


片腕しか無いというのにマスターは、椿の刀を受け止めた。そしてまた、俊足の斬り合いが始まる。お互いに負傷しているとは思えないような戦いだ。時折、血が飛び交ってる。


先程よりも、少しマスターが押している用にも見えた。


シャルルは二人の攻防を見守る。マスターの掛け声があれば、一気に斬り込めとのことだった。細かい作戦は、シャルルには伝えられていない。その掛け声があるまで、シャルルはいつでも斬り込めるように剣を構え、剣に魔力を送る。



椿とマスターは剣を交えながら、お互いの身を削り戦った。マスターは苦しそうにしながらも、椿に挑発した。



「へへ、ツバキ..!さっきと比べたら随分と苦しそうじゃねーか...!!こっちは腕飛ばされてんだぜ...!!」


「.....」


「憎まれ口もたたけねーか...!!何処までも殺戮人形だな...ツバキ...!!」


「....っ!!」


椿の心が乱れた瞬間だった。

人斬りと呼ばれても、何とも表情一つ変えることはなかったのに、その一言で形相が変わった。否定したい気持ちの表れか、太刀筋に乱れが見える。力が篭もり、刃が乱れる。


今までの攻撃とは変わった。

それをマスターは必死に止める。片腕しかない状態で、力で押し切ろうとする椿の刃を受け止めていく。


「あの子...」


シャルルもその様子を見ていた。きっと、誰も見たことの無い椿の表情だっただろう。その怒りにも似た攻撃。線の様な太刀筋は、無駄な力が入り波打っている様に見えた。


そう。これがマスターの狙いだった。

刀は柔軟性に優れ、折れにくいとされているが、横からの攻撃では簡単に折れてしまう。


力尽くで押し切ろうとしている椿の刀は、悲鳴を上げていた。そしてその時が訪れる。


「これでも...喰らいやがれ!!」


マスターの魔力を込めた一撃。当然の如く椿は刀で受け止める。そして遂に椿の刃は折れた。空中を舞う折れた刀。そして地面に突き刺さる。


「勝負あったなツバキ。お前の負けだ。」


マスターは息を整えつつ、剣を地面に刺し椿を見下ろす。マスターの見せた唯一の隙だ。

シャルルは、掛け声も無く決着が付いたと思い駆け寄ろうとしたその時。




___ボタボタと血が滴り落ちる。




斬られた腕からでは無くマスターのお腹からだ。


「ま、マスター!!!」


シャルルは叫ぶ。

これ以上のダメージはマスターでも流石にもう駄目だと。ただ何も出来ないまま叫ぶ。



椿は折れた刀でマスターのお腹を貫いていた。マスターが倒れそうになると、椿は刀を引き抜こうとした。がしかし。どれだけ力を入れても抜けることは無い。椿は目を見開いて驚いた。目の前にいる男は、まだ目が生きている。口から血を吐きつつ、今にも倒れそうな目の前の男は、笑みを浮かべながら此方の腕をしっかり掴んでいる。


そしてマスターは言った。


___やっと....捕まえたぞ....椿!!



そして叫ぶ。



やれ____!シャル___!


シャルルは一気に高くジャンプし斬り掛かった。椿は刀から手を離して必死に逃げようとするが、マスターが椿の腕を掴み離さない。




___そしてシャルルの放った一撃は、さらに深く椿を斬り裂いた。パタリと椿は足をつき、そして遂に崩れ落ちた。マスターは椿の手を離してユラリと力が抜けたように倒れる。シャルルはマスターに駆け寄ると身体を起こす。


「マスター...マスター!!」

シャルルは必死に呼ぶ。

このまま眠ってしまうと思ったからだ。


「シャル....良くやったな....」

うっすらと目を開けながら笑って言った。


「私....何もやってないよ....!!」

シャルルはまた泣きそうになっていた。

力を込めつつ、マスターの身体を抱き寄せる。


「いいや...良くやったよ....シャル...お前なら...立派な冒険者になれるさ...」


「私...私は...」


「へ...さて...、そろそろ救援が来るはずだ...それまで...護衛頼むぞ...シャル」


マスターの力が抜け、手が落ちた。

シャルルはマスターを抱き締めながら、静かに涙を流す。


こうして、月光花の丘での戦いは、終焉を迎えたのだった。





__「後日談」__


あの戦いの後。

シャルル達はマスターのギルド本部があるヴェデルティア王国保護されることになった。店主が救援信号を送る魔道具を使っていたため、マスターの仲間達や帝国騎士団達が助けに来てくれた形となる。



結局。馬車の護衛で生き残ったのは、シャルルと店主を含めて五人だった。五人と言っても、一人は目が覚めていない状態だった。今は帝国病院のベッドで眠っている。



その一人はマスターだった。

マスターの身体は、傷自体はもう癒えているし、命に別状は無いそうだ。しかし目が覚める事は無い。ケルト帝国の魔法医師の話によれば...。



「彼は月光花を囓っている。それにより身体はマナ中毒となり、身体には異常な程、マナが蓄積されていた...。マナ中毒だけなら、まだ回復の余地はあったんだが...その状態で、闇の術式が込められた呪いが身体に刻まれている。彼が目覚めないのは、それが原因だ。」



「マナ中毒で闇の術式を受けたら...どうして目覚めないの?術式を解けばマスターを助けられるんじゃ__!」



「落ち着きなさい...。簡単に言えば命の源であるマナが闇に毒されている状態だ。術式を解く事で直るかもしれないが、闇の術式なんて見たこともない...。下手に術式に触れると患者が死に至る可能性がある...。」



「治る可能性だってあるでしょう!?マスターを...私の命の恩人を..助けて... 」



「私たちにも、何とかしたい気持ちがある。彼にはいつも依頼を受けてもらって助けられていたからな...。しかし、闇の術式は最早専門外だ...。私達の中で誰も知るものが居ないんだよ...それに闇の術式は触れる者も死に至る可能性がある...分かってくれ..。」


「そんな.....。そんなのって....ねぇ...何から方法は...?!これを使えばとか...あの薬草を使えばとか...。」



「...残念だけど...。」



シャルルは絶望した。

そんな僅かな希望ですら、望むことが出来ないとは__。


そして思い知る。

かつて世界を襲った魔女。

その闇の力の脅威を__。


シャルルは泣いた。人の目も気にすること無く、ただ彼を助けてと叫びながら。魔法医師はそれ以上何も言わなかった。


ただ静かに冷静に、首を振るばかり。

最後に頼れるのはマスター自身の回復力。

魔術に対するマスター自体の魔力だ。


為す術無く、シャルルは祈るしか無かった。マスターが闇の力に負けること無く無事に目覚めてくれる事を。



そして闇の術式を使ってマスターを眠りへと誘った椿の死体は、発見されなかった。黒い霧と共に消え去ったと、戦いを見ていた店主が話していた。



闇の術式を仕込んだのは、やはりシャルルを斬ろうとしたあの瞬間なのだろう。椿の刀が黒色が変わったときだ。刀を調べればと思ったが、使っていた刀や、椿の死体すら見付からない。何か術式について掴めるかもと思っていたが、それすらも出来ない状況だ。


マスターを助けること__。

それは完全に手詰まりとなった。

闇の魔術に詳しいローレンスも色々調べてくれているらしい。


結局、シャルルの初めて護衛は失敗に終わってしまった。そして心から思う。


強くなりたい__。

守られるのではなく、全てを守れるくらい。


もうこれ以上、

自分の前では誰も死なせない__。

誰も傷付けさせたりはしない___。

シャルルは流した涙に、そう誓ったのだった。









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