結界
アレスラーク美術館前に、白いタキシードに白いシルクハット、片眼鏡にステッキ、という、実に胡散臭い出で立ちの壮年の紳士が現れた。
隣には真っ赤なドレスをまとった金髪美女が、これまた胡散臭い笑みを浮かべて笑っている。
彼らの前には、玄関前を固める数十人の警官が、手に手にサーベルを握って構えている。
「リスボン推参だよ」
紳士は喉の奥で笑って言った。
「アムステリア、始めましょうか」
「まぁ準備運動ぐらいにしかならないわね」
ドレスの女はそう言うと、腰に下げていた鞭を手に取った。
ビシリと鞭を引き絞り、わずかに手を動かす。
警官達の手から、サーベルが跳ね飛んだ。
警官たちは手を押さえ、一斉に悲鳴を上げる。
見えない速さで、鞭が警官たちを襲っていた。
直後、どこから現れたのか、10人ほどの黒い俊敏な姿が、リスボンとアムステリアの横をすり抜けて、警官たちの間をすり抜けていく。
「襲撃、襲撃!」
警官たちが笛を吹き、侵入者達に対峙しようとするが、それなりに鍛えているはずの警官たちが太刀打ちできない様子だ。
が、侵入者達は足を止めた。
「リスボン卿、結界です」
まずは正門前に、侵入者の行く手をふさぐ見えない結界が張られていた。
それまでじっとしていたリスボンが足を前に進め、ステッキを振りかざす。
リスボンが何やら呪文を唱えると、空間がひび割れるような音が響いた。
「脆いなぁ、フーバー王国の国防本部と比べれば、実に脆いです」
彼はねっとりした口調でそう言い、薄ら笑いを浮かべた。
結界機器による結界は、物にもよるが値段相応に厳重になる。
破るのは決して簡単ではない。
機能停止もさせられるが、派手好きのリスボンはこれ見よがしに結界を破壊するのが好きだった。
「あと2枚あるんだね、まぁ脆弱なものだが」
そう言いながらリスボンは再び杖を振り上げ、呪文を唱えようとする。
「やめなよ勿体ない、魔源を切ればすむからさ」
不意に彼の横で、若い陰気な女の声がした。
リスボンはぎょっとしてそちらを振り向く。
「ティール!」
「ども」
そこにいたのは、薄汚いシーツともローブともマントともよくわからないベージュの薄汚い何かをまとった人だった。
「あ、あったあった、もう一個は、あぁあれだね」
彼女はそうぼそぼそ言うと、右手の人差し指を立てて、それをちょいちょいと動かした。
何やら低い振動音が2回連続で鳴り響く。
「なっ」
リスボンは、先ほどまで行く手を遮っていた結界が消えたのを感じた。
「欲しかったら持って行ったら?
あの茂みの中と、あの木の上に装置があるよ。
アムリス社製の高級品だよ。
おじさんのアジト警備に便利だと思うよ」
おじさんならリモコンも作れるでしょ」
そう言い残して、ぼろ布の少女は美術館の敷地にふらりと入っていった。
リスボンは頭に血が上り、ステッキをへし折れそうなほど握った。
相手は小柄でひ弱な少女。
だが、襲いかかれなかった。
魔法が使える人間で「クリスタルティアーズのティール」を知らない人間はいない。
当然リスボンも知っている。
宿敵だからというだけではない。
「ソーサルに仇なす者」
これがティールの、魔法使いたちの間で通っている名だ。
「なぜヤツが、クリスタルティアーズなどに…!」
リスボンは歯ぎしりする。
が、彼が必死で押さえていたのを裏切るように、彼の周りにいた部下の手のものが数人、少女に襲いかかる。
しかし彼らは見えない壁に激突して跳ね返されてしまう。
「やめないか馬鹿者!」
リスボンは慌てて止める。
横に控えていたアムステリアも、焦った様子だった。
「ねぇおじさん、先に行くなら行けばいいよ、私は歩くの遅いから」
少女は陰気そうな顔で振り返ってそう告げる。
周りで様子を伺っていた警察官たちも、少女に近寄るのが危険なのを察知し、一定の距離を保ったままだ。
「ちっ」
リスボンはティールから距離をとりつつ、アムステリアと数人の手下を従えて早足に美術館の玄関に走った。
警官たちが制止しようとするが、アムステリアが鞭を振るうと、警官たちはたちまち戦意を失ってうずくまってしまった。




