襲撃
さて、3月27日当日、時刻は深夜11時を過ぎた。
アレスラーク美術館には500人もの警官と、アレスラークの私兵100名が集結し、実に物々しい警備体制が敷かれていた。
とりわけ、クリスタルティアーズがターゲットとしていた「ホメロスの瞳」の展示室には、室内20名、両側の扉が10名ずつ、天窓の周囲に5名、玄関から展示室に至る廊下に総勢200名という、重厚な警備だった。
美術館の館長室には、部屋の前に5人、室内に5人の警官と、私兵の中でも最強と言われる二人のゴロツキが控えている。
ちなみにルーベンス署長と「スネーク」ベリアーもこの部屋に控え、ルーベンスは時折伝令に来る警官に対応している。
アレスラークはいつものように趣味の悪い黒い革張りソファに肥満体を沈め、葉巻をせわしなくふかしている。
この日は黒地に金の縁取りが施された悪趣味なジャケット姿だった。
額にはやたらと汗がにじみ、薄い髪が汗でテラテラ光っている。
「おい、魔法障壁は、動いてるんだろうな!
署長、魔法使いどもに確認させろ!」
アレスラークは顔を真っ赤にして、ギョロ目をさらにギョロつかせて喚いた。
「はい、先程も確認しましたが…」
「良いから確認しろ!」
ルーベンスはうんざりした顔で部下に指示する。
館長室にも魔法障壁が掛かっているため、無効化札を持った一部の者だけが出入りできる。
アレスラーク、副館長、ルーベンス、ベリアー、および室内警備の人間が所用に出るとき手渡しという運用だ。
ルーベンスは室内警備の警官一人に鉄製の札を渡す。
警官はすぐ出て行った。
程なく警官は戻ってきて、ドアをノックしたあと入ってくる。
「ウサギ」
ベリアーがいきなり言う。
「山、であります」
「良かろう」
合い言葉である。
警官に変装して入ってこられないようにした備えだ。
ベリアーは例によって入り口近くの壁に寄りかかり、全身黒ずくめだから、やはり陰のようで、気配は剃刀のようだ。
アレスラークもベリアーが苦手なようで、彼にはあまり声を掛けない。
深夜であり、さらには緊張感もあってか、室内はやたらと静かで、柱時計の音ばかりが響く。
そんな状態が我慢できないのか、時折アレスラークはテーブルのワインの瓶を鷲掴みしては、下品にラッパ飲みする。
そして、ちらりと自分の悪趣味で豪華な木製の執務机に、怯えたように目をやる。
予告まで30分を切った頃。
外でなにやら騒ぎ声が聞こえる。
正門の方だ。
『おい、なんだあれは!』
『警戒、警戒ー!』
警備している警察官達が口々に叫び、笛が館長室まで鳴り響いてくる。
アレスラークはソファからいきり立った。
「おい、出たぞ、署長、早く行って捕まえてこい!」
しかしさすがにルーベンスも、何度かクリスタルティアーズと対峙したことがあり、落ち着いている。
「アレスラーク郷、落ち着いて。
程なく伝令も参ります。
まずは情報を把握するのが肝要かと。
まだ時間もありますので」
あまりの平静さに、さすがのアレスラークもやや安心したらしく、ソファにドカッと肥満体を降ろした。
程なく伝令がやってくる。
扉の向こうで少しやり取りをしたあとで、ノックしてきた。
「正門にて怪しげな浮遊体が現れましたので、ご報告に参りました」
伝令は入室許可を得てないらしく、そのまま待つようだった。
ルーベンスはソファから腰を上げ、扉の前に立つ。
「キリン」
「酒、であります」
それを聞くと、ルーベンスは扉を開け、部屋の外に出た。
一部の警備以外は誰も館長室には入れないルールを徹底している。
「どんな様子だ?」
扉の外でルーベンスが伝令の警官に尋ねる。
「妙なバルーンが上がっておりましたが、無人でした。
ただ、このような物が」
警官が差し出したのは、手のひら大のカードであった。
勿論見覚えがある。
クリスタルティアーズのカードだ。
ルーベンスはカードを受け取り、裏表を確認したあと、文面を読んだ。
そこにはこう書いてあった。
「下手な小細工はぜーんぶ、お見通しよ!
スネークちゃんきらーい。
みんなのエンジェル リアラ」
読み終えた瞬間、カードが勝手に発火した。
慌ててルーベンスはカードを放り出し、周りにいた警官たちが火を消し止める。
その時、玄関の方で激しい怒号と物音が響いた。
「襲撃、襲撃!」




