奇妙な訪問者
予告二日前の3月25日。
アレスラーク美術館に、来訪があった。
「館長、ルーベンス署長がお見えです。
念のためもう一度、館内をしっかり確認して回りたいとのことです」
アレスラークは、館長室のソファに座り、美術品を磨いて気を紛らわせていた。
この所、盗難予告日を控えたストレスからか、イライラが募り、昼間からでも酒を飲み、副館長をはじめ職員たちを何かにつけて面罵したりする有り様だった。
「チッ、頼りない署長様か。
まぁいい、通せ!」
副館長は怯えながら、そそくさと部屋を退出し、大玄関の方へ走っていった。
この日は平日で、さらには例の予告状の影響もあってか、多少客はまばらであった。
副館長は大玄関の横に据えられたベンチに腰をかけた、真面目そうな紳士のところへ早足でやってくる。
「ルーベンス署長、お待たせしました。
ご案内いたします」
そう声を掛けられると、紳士は立ち上がる。
「ありがとうございます。
事前にもう一度、きちんと色々確認しておきたかったもので」
比較的すいた広い館内を、副館長の案内で歩く。
廊下に面した窓や通用口などを確認しながら、3階奥の館長室の大きな扉までやってきた。
そこで副館長がドアをノックする。
「ルーベンス署長をお連れしました」
「入れ」
ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
およそ客人がいるときの物言いではなかった。
副館長は申し訳無さそうに弱々しく笑って、無言で詫びた。
「失礼します」
副館長が両開きの扉を片方だけ開け、客人に入るよう促した。
促されて、紳士は慇懃に礼をして館長室に入った。
いやらしい程に豪華で、赤いふかふかしたいかにも高級そうな絨毯は、目がチカチカするほど赤い。
「何用かね、ルーベンス署長。
私は忙しいんだ、手短にしてくれ」
テーブルに酒のボトルとグラスがあり、明らかに暇なのが見て取れるが、アレスラークは勿体つけて言った。
「お時間とらせて申し訳ないです。
念のため、館内をしっかり再確認したいのと、恐らく当日は館長もこの部屋で待機なさると思いますので、この部屋の警備についても、しっかり検討しようと思って、拝見に来ました」
「こないだ見ただろうに。
面倒な。
まぁいい、好きにしろ」
「助かります」
それからしばらく客人は、窓や点検口の配置などを確認する。
その間、アレスラークは時々、壁に掛けられた絵の方をちらりと見ている。
ハロン作「フォグザの曳航」という逸品で、作はおよそ200年前、落札価格20万ゴールドである。
成金のアレスラークからすればそう高い買い物ではないだろうが、庶民の手に届く代物ではない。
幅は1m程度、なかなか大きな絵である。
その名のとおり、夕日の中を小さな船が少し大きな帆船を曳航している、美しく印象的な絵だった。
「立派な絵ですな」
客人はさも関心したように言った。
「ん、あ、ああ、そうだろう。
ハロン作だ」
「フォグザの曳航にございます」
珍しく副館長が、少し興奮気味に口を挟んだ。
彼は本当に美術品が好きなのがわかる。
客人はソファから立ち上がり、絵に近づく。
立派な油絵である。
額も高級品だった。
「さっ、触らないでくれよ、その、あー、絵が傷むと大変だ」
アレスラークは口ごもりながら、そう注意してきた。
客人は慇懃に、
「勿論です、大切な所蔵品を傷つけたら大変です」
と請け合った。
しばらくすると、客人は一通りめぼしいところを見終わり、帰っていった。
それから一時間程たった頃。
「失礼します、館長、またルーベンス署長がお見えです」
アレスラークは随分酔いが回っていたせいか、ろれつが回らない状態で、
「まぁたか!
俺は忙しいんだ!
ちっ、バカが…。
まぁいい、通してやれ!」
と答える。
程なくルーベンスが姿を見せた。
「すみませんアレスラーク郷、明日の警備の最終計画をお伝えしに来ました」
「そんなものはさっき一回で済ませれば良いだろう!」
アレスラークは喚く。
が、ルーベンスは驚いた様子だった。
「えっ、先程?
それは一体、私は今日は初めて参りましたが」
「馬鹿言うな…、あ!」
アレスラークは喚いて立ち上がった。
ルーベンスもその様子を見て、感づいた。
「それは恐らく、クリスタルティアーズです」




