みんなのエンジェル
さかのぼること2日足らず。
アレスラーク美術館は、休日というのもあってずいぶん活況だった。
中でもやはり人気は、落札価格500万ゴールドという魔法宝石「ホメロスの瞳」である。
ホメロスの瞳は、世界に現状5つしか存在しない魔法宝石ランク最高7の逸品である。
属性は月。
その力は他のランク7魔法宝石同様謎に包まれているが、一級の魔導師が使えば、魔術が大幅に増強されることはわかっている。
30年前まではヘルバリスタ王家が所蔵していたが、王国の滅亡によりその行方がわからなくなっていた。
アレスラークの手に渡ったのは、行方知れずだったその品が見つかり、オークションに出品、落札した、ということである。
その品は、アレスラーク美術館2階奥の特別展示室に、屈強な守衛4人が周りを固める状態で、二重のガラスケースに収めて展示されていた。
人々は長い行列を作り、その美しい煌めきに魅了されては、名残惜しげに流れていく。
その中に、3人組の客がいた。
大柄な男と、小柄で背虫の男、そしてピンクのボブヘアの少女一人だ。
「リアラ、どう思う?」
背虫の小男が、周りにはほとんど気付かれないぐらいの小声で尋ねる。
「偽物だわぁ~」
彼女がリアラ、自称「みんなのエンジェル」だ。
彼女が笑うと周りの空気が華やぐ。
白いミニスカートのワンピースに薄青のファーの上着という、少女らしい服装だ。
「同意だ。
ありゃたぶんガラス細工だな。
モノとしてはそう悪い出来じゃないが」
背虫の男はそう言って、一瞬目を左右に振る。
「ふむ、なるほどね。
俺はもういいよ。
帰ろうぜ」
彼はあくびをして、もう興味を失ったらしい。
「えー、もう終わり~?
フォーグはせっかち屋さんなんだよ~。
せっかくだから他のも見て行こうよ、色々突っ込みどころ満載かも知れないよ?」
「俺も」
大男が低い地響きのような声で言う。
筋肉質な巨体を、すでに出口に向けていた。
「うっそーハルバンまでー?
つまんないじゃーん」
「だったらお前さんだけ遊んで帰りゃいいのさ」
フォーグは甲高い声で笑い、両手を頭の後ろで組み合わせて出口へ向かった。
列の間をするすると抜けていく。
ハルバンはさすがに巨体過ぎるので、人の流れに従って出て行こうとしている。
「ちょっ、ちょっとー!
もー!」
リアラは頬をかわいらしく膨らませ、ハルバンの後を追いかけていく。そして部屋を出る直前に足を止め、
「ま、予想通り偽物だったから、こっちのカードでいいわ」
と言いながら、肩から下げていたポーチからカードを取り出した。
そしてそれを、彼女のいかにも少女らしい風体からは想像できないほど素早い、しかし目立たない程度のさりげない動きで、どこかへ投げた。
広くて賑わっている展示室に、カーン、というような、突き刺さるとも当たるともつかない、背筋が凍るような鋭利な音が響いた。
リアラの投げたカードは、ホメロスの瞳のショーケースに命中して落ちていた。
ショーケースを固めていた警備員は驚き、その驚きが展示室にいた来館者たちに一気に伝搬する。
広い室内は混乱し、その隙にリアラ達は、何事もなかったように展示室を堂々と立ち去った。
彼女ら三人は、だべりながら美術館の大玄関へ向かって歩く。
そして中央のアーチ階段に来たとき、足を止めた。
赤い絨毯の、きらびやかな成金趣味の階段の下に、男女がいる。
一人は白いタキシードに白いシルクハット姿で、左目に片目金を掛けた、跳ね上がった口髭の紳士風の男。
もう一人は、グレーに宝石を散りばめたドレス姿の淑女だった。
「ごきげんよう、リアラ。
君たちの方が一足早かったようだね」
紳士風の男は、狂気をはらんだ目でリアラ達を見て、ニタリと笑った。
淑女も、薄く笑って、会釈してきた。
「うわ、リスボンとアムステリアじゃないの。
やっば」
リアラは露骨に嫌そうな顔になって毒づいた。
「奥で騒ぎになってるようだが、予告状でも出してきたのかい?」
「さぁね~、見てきたら~?
私たちは帰ってお茶とスイーツの時間にするわ」
そう言ってリアラは、アーチ階段の手すりに飛び乗り、一気に滑り降りて階下にいた二人連れの脇を通り過ぎた。
フォーグの姿はどこかに消え、ハルバンだけは堂々と階段を降りてくる。
「さすがにあなたは逃げも隠れもしませんね」
紳士風の男はため息混じりに言った。
「我々リスボンファミリーに、是非とも来てほしい逸材です。
なぜクリスタルティアーズにいるのか、不思議で仕方ありませんね」
ハルバンは二人連れに目もくれず、一言も喋らずに大玄関から出て行った。




