予告状
アレスラーク美術館の館長室は、いやらしいとしか言いようがないほどに成金趣味で、ルーベンスは入るなり、こっそりとため息をついた。
この日彼は、帝国警察のブルドー署員を伴い、アレスラーク美術館にやってきた。
館長のアレスラークは、最近ブルドー市で、色んな意味で評判の立っている富豪で、美術館は去年、彼が私財をひけらかすために建てた物だ。
館長室は彼の成金趣味をこれでもかという程表現してあり、なる程名品ばかりだろうが、なる程センスのかけらもない展示がしてあり、ルーベンスは猛烈に居心地悪く感じた。
応接セットのソファには、禿げてでっぷりと太った金髪の中年男がいらだった様子で足を揺らし、その横には痩せた副館長が怯えた顔で小さく座っている。
太った男が、アレスラークである。
赤い派手な革の上着をこれ見よがしに着て、それが太った体にまるで似合っていない。
「ずいぶん待たせてくれるね、官僚というのはそんなに時間に甘いものなのか」
いきなりアレスラークは言葉を投げつけてきた。
が、美術館到着は定刻の19時きっかり。
単に建物が大きく、3階奥の館長室まで来るのに時間がかかっただけだから、言い掛かりであった。
ルーベンスは一瞬言葉に詰まったが、
「すみません、思いのほか立派な建物でして」
と、無難に答えた。
ルーベンスは、副署長のラングと、中堅の制服警官2名、そして本庁から急遽やってきたベリアーという、痩せてひょろりと背の高い妙な警官を伴っていた。
ソファは3人掛けだったので、ルーベンスとラングが腰掛ける。
ルーベンスはベリアーも座るように促したが、ベリアーはそれを無視して、扉のそばに腕組みして立ったままだった。
普通私服警察官は、ルーベンスやラングのように白シャツに地味な背広というのが当たり前だが、ベリアーは黒のトレンチコートに黒のハットを深くかぶり、ズボンも黒といういでたちで、影がそこに立っているようだった。
「アレスラークさん、早速ですが、届いた予告状を拝見できますか?」
ルーベンスはアレスラークにそう言った。
アレスラークは隣にいた副館長に顎で促すと、副館長は傍らに持っていたブリーフケースから、手のひら大のカードを取り出し、ルーベンスに差し出した。
ルーベンスは慌てて白い手袋をしてからそれを受け取り、表に書いた文字や裏面の紋様などを丹念にみる。
カードは白地で手触りの良い紙素材で、裏面は金の縁取りとグレーの五方星、カードの表面は細かいハートが散りばめられている。
表面には少女のものと思われる手書きでこう書いてある。
「3月27日満月の夜0時、アレスラーク卿所蔵の『ホメロスの瞳』の本物をいただきにお邪魔しまーす。
お楽しみにね!
みんなのエンジェル クリスタルティアーズ リアラ」
ルーベンスは小さく嘆息する。
「なるほど、クリスタルティアーズの予告状に間違いありませんな」
過去2度ほど、本庁の管轄する事件で、同じ予告状を見たことがある。
最初は2年前、次は半年ほど前、ブルドー市に出向してくる直前だった。
「ふざけておる!
何がエンジェルだ!」
アレスラークはイライラが頂点に達したらしく、喚いた。
そして机の上の木箱を乱暴に開け、いかにも極上な葉巻を鷲づかみした。
端を食いちぎってそのソファの横手にプッと吐き出し、葉巻をくわえると、副館長が慌ててマッチを摺って火をつけた。
スパスパと音を立ててもうもうと煙を吹く。
「私も、本庁にいたころ、クリスタルティアーズには何度かやられています。
なので、何としても逮捕したいと思います。
あと、そこにいるベリアー警部は、クリスタルティアーズのスペシャリストで、過去2回、メンバーを現行犯逮捕しています。
あえなく脱獄されましたが…」
ルーベンスはずいぶん白髪の増えた黒髪を少し触る。
綺麗に整えられた短髪と口髭は、彼の美意識を示している。
「とにかく、ブルドー署としても、名誉にかけてクリスタルティアーズの逮捕に全力を尽くしたいと思います。
当日は万全の体制で臨みますので、ご安心下さい」
ルーベンスは柔らかく笑い、穏やかな声で宣言した。