表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/32

地図

「戦争……」

 次々入るこの世界の情報に頭が一杯になっているところに衝撃的な一言。ショウが激しく気を動転させると、そこに。

「うん、付いていく! ショウ、行こうよー」

 モールがショウの背から飛び出した。


「おい、ヤン!」

「分かってるわよ、バス!」

 バスはすばやく剣を抜き、ヤンは右手に火の玉を浮かべる。さきから、この2人はショウを見ていない。ひたすらモールを警戒していた。

「よせっ!」

 アキンは両腕を横に開き2人を制するが――

 モールは右手に稲光を、左手に氷の塊を浮かべ、放つ。

 前者は剣に当たるや、バスはそのしびれにたまらず手を離す。後者はヤンの火の玉に当たるや、水蒸気が立ちこめて対消滅。そして本人は「へへん」と得意顔。

 ショウは思わずモールを後ろから捕まえた。その無きにも等しい体の軽さに驚きつつも、この場を落ち着かせようとする。モールは大人しくショウの胸元に抱きかかえられた。


 アキンは青年と妖精の不興を買わなかったことに安堵しながらも、この機を逃すまいと意を強くした。妖精がこれほどヒト種に懐いているのは珍しい。だいたいはじめに見かけたときからこの妖精は異様だった。4枚の羽がことのほか大きく美しい。その体からはみ出るほど大きいというのも、何色にも変化するというのも見聞きしたことがない。

 妖精種の生態は詳しくは分かっていない。その性格は子供のように気まぐれで、しかし行使する魔法は強力、怒らせたら並のヒト種ではかなわないと聞く。多くは森の深くや綺麗な湖など人里離れた場所に群れをなして住み、その地を離れることはない。そしてそうした地には濃厚な魔素が漂い、純度の高い魔素石が採れることが多い。

 そう、妖精の魔素察知能力は商業的価値が高い。ヒト種はせいぜい魔法を使えるものが魔素を感じられる程度だが、妖精は魔素が見えるらしい。濃度や美しさまで分かるという。そしてヒト種の中には妖精にとって心地のよい魔素をまとう者がいるらしく、そうした者たちには懐く。妖精たちと友好関係を築いた者の中には、良質な魔素石の埋蔵地を押さえて一財を築いたものもいるときく。

 現状、アキン国際商会に妖精へのつてはない。魔素をまとわないものは、まとうものを通して妖精に接触するしかないのだ。


「ふたりの非礼は申し訳ない。この私を守ろうとしただけなのだ。この通り謝る」そう言ってアキンは深く頭を下げる。「許されるなら、どうか親睦を深めさせてほしい」と続ける。

 モールは「だからいいよって、いってるのに」とあっけらかんと応じた。


 ……


 ショウはパッカラが牽く車両に乗り、アキンと向かい合って座っていた。サイのような動物はパッカラと呼ばれていた。砂利道を進む車両の2階にいるのに、振動や揺れはほとんどない。

 あれから結局、ショウはアキンの誘いに応じた。林で目覚めてから周囲に流されるばかりだが、自分の置かれた状況が分からないし打開できる力もなく、手の打ちようがない。だが今のところは、それで上手くいっているように思えた。

 実際不快だったボロボロの服は――またもやアキンとヤン、バスの間で一悶着あったのだが――アキンの服に着替えさせてもらった。しっぽ用の穴がスースーして落ち着かないが、宿泊街についたら靴とともに改めて用意してくれるという。

 今唯一の心強い仲間であるモールは、車両の屋根に座っていた。窓から素足がブラブラとのぞいている。

 そのモールはというと。アキンに説明を丸投げできて上機嫌であったり、「私も次はこの手を使うー」とのたまうローリーに「一体だれに宇宙マスターの説明を任せるのだろう」と思っていたりするのだが、ショウに想像がつくはずもない。


 アキンの話によると彼らはサスコ国での用件を終え、ノスコ国北端の港町ラジハバ市にある本店に向かうところとのことであった。直線距離にして500キロ、あと3泊かけて着く予定だという。「キロ」が地球と同じ長さの単位かどうかは分からない。

 驚いたことにアキンはこの説明を、IDリングを使ってプレゼンしてみせた。IDリングから光が放たれ、それがスクリーン代わりの物書き用の白い下敷きに当たると、精緻な地図が映し出されたのだ。北に進めば少しは暖かくなると言われ怪訝に思ったが、サスコ国は南半球に位置していた――

 ショウはたまらずアキンに迫り、世界全体の地図を写すよう乞うた。果たして。

「なっ!」

 それは地球のそれとは全く異なっていた。


 ……


 パッカラ車はいくつもの山間や、田畑や、村を抜けていく。

 世界地図を見てから上の空になったショウを、アキンはそっとしていた。

 モールは屋根の上でバツを悪くしている。ローリーに「可哀そうー」と言われるのは、「お前が言うかっ」と納得がいかないが。そんなやり取りも白い空間でのこと、周りには伝わらない。


 そして陽が沈み始めるかという頃に、宿泊予定の街についた。

 サスコ国でも大きいほうの街なのだが、行き交う人は少なく、活気はない。電柱はないが街路灯がそこかしこに灯っている。それは炎のように揺らぐこと無く電気の類による明かりであることを示していたが、ショウにはそんな街の様子を観察する余裕はなかった。

 アキンは改めて服と靴をショウに手配し、夕食に誘った。一通り食べてみせたショウの様子に安心し、予約より一部屋増やした個室に泊めさせる。モールも同室である。

 街に入る前に「ヒトに見つかるとメンドー」と別行動をとったモールは、宿の3階の窓から合流してみせた。この町中からショウの魔素を探し出せるものなのかとアキンは感心したが、これはモールが特別なだけである。


 ……


 夜が明けて午前、一行は国境を超えてノスコ国に入った。

 IDリングを持つアキン、バス、ヤンはもちろんのこと、リングを持たないショウもとがめられることなく出入国をすることができた。アキン国際商会の信頼と役人への気配りによるものである。ショウがサスコ国のIDリングを持っていたら、こうは行かない。それはサスコ国にとって価値のある人物であることを、現すからだ。モールは前日同様に別行動を取り、入国後しばらくして合流した。


 こうして日が天頂を過ぎ、下り始めた頃、サスコ国とノスコ国の戦争が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ