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商人

「僕はショウだ」

 ようやく肩の力も抜けた若者翔一はゲームで良く使っていた名を名乗り、街道脇の切り株に腰を掛けた。

「ボクはミマ族のモール」

 実際にそのような妖精部族は存在しない。そう偽証した妖精翔一は、今は座ったショウの前をふわりと浮んでいた。様々な色に揺らめき変わるその羽根はとても美しいが、これら四枚は飾りのようなもの。飛ぶためにはためかせる必要はない。


「日本という国を知っているかな?」

 ショウは質問をし始めた。

「そんな言葉は聞いたことがないよ」

「じゃあ、自分のような生き物はほかにいるのかな?」

「変なことを聞くなあ。いるよー」

「よかった。近くの町を教えてほしい」

「知らないよ。妖精はヒト種には近づかないんだ。キミは魔素が気持ちが良いから特別だけどね」

 モールは妖精種が答えられることだけを答える。


 白い空間からそんなやり取りを眺めていたローリーは、「同じなのねえ」とひとこと。

 さきほどからショウは話をしながらも、モールの腰巻きの下をチラチラと気にしていたのだ。モールの中の翔一は、男か女か確認しているだけだろうと自己弁護。そこに性的な意図はないと主張しつつも、見られる側になって視線がこうもバレバレなのかと思い知って焦る。リアルタイムに積み重ねられる黒歴史がいたたまれない。

 なお、妖精に性別はない。凹も凸もない。


 てんでバラバラな三者三様の思いが交錯していると。

 何やら周期的な重々しくも騒々しい音が、近づいてきた。そしてショウだけは聞き取れていなかったが、剣呑な会話が続いたあと、モールの次の仕込みが止まった。


 ……


 馬車だ、馬車だろう、馬車なのか? ショウは身を隠すことも忘れ、呆気にとられて馬車のようなものが止まるのを眺めていた。

 動物が車両を牽いていた。動物の体型は馬に近いのだが、体は硬そうな皮に覆われ鼻の上には太く短い角があってサイに近い。車両のほうは2階建て。金属製のように見える。車輪にはゴムらしきものが使われていて、サスペンションのような仕掛けも床下にのぞいていた。そして。

 1階前方に御者が座っていた。座っているのだが、顔や服からのぞく肌はウロコに覆われていて、こちらをにらんでいる。2階にも顔を覗かしている人物がいた。見えなくなったと思ったら、1階のドアを開けて降り立ち、近づいてきた。御者ともう一人が慌てて続いている。

「代表っ!」

「ご慎重に!」

「分かっている」

 時代劇のようなセリフが飛び交う。

 見たこともない人や動物、それなりの文明水準、理解できる会話、ショウは立ち上がりながらも体に力を入れた。


「やあ、こんにちわ。少し話をさせてくれないかい?」

 ショウより少し背が高い人物は、低めの美声で話しかけてきた。身なりは高そう。そしてなにより。顔は全面が毛で覆われ、キツネ顔をしていた。というかキツネそのものだ。精悍な顔つきでかっこいい。

 その右後ろに控えるはウロコの人。腰の鞘らしきものに手をかけていて物騒である。左後ろに控えるのもウロコの人。2人は同じ服を着ている。こちらは無手のようだが、右の手のひらを上に向けた姿勢が不自然。何かの構えなのだろう。ずいぶんとものものしいのだが、ショウは恐れを感じなかった。その2人はキツネの人と違ってショウを見ていない。そしてなんだかおびえて見えた。


「えっと」

 ショウは答えようとして言いよどんだ。この世界の常識がわからない。モールはさっきからショウの背中に隠れ、肩越しに顔をのぞかせ様子をうかがっている。頭隠して羽隠さずだなあなどと、このような状況に似つかわしくないことを思う。


「ああ、まずは自己紹介をさせてほしい。私はアキン国際商会の代表を務めるアキンという。あのマークを見たことはないだろうか?」

 そう言ったキツネの人は馬車の横に記された幾何的なマークに手を向けた。

「これでも業界では結構名が通っているのだがね」

 もちろんショウは知らない。マーク内の異文化文字は「アキン」と読めたが、なぜ読めるのかを不思議に思う余裕はなかった。ただ年齢がうかがい知れなかったアキンが社会人と分かり、自分を年下扱いすることには納得した。


「キミは、こう言っては失礼だが、寝る場所や食べるものにも困っているのではないのかい?」

 接触を拒絶されていないと思ったのであろうアキンは、早くも一歩話を踏み込んできた。その通りなのだが、どうして分かる?


「私はこう見えても世界を股にかけて仕事をしている商人なのだよ。このサスコ国のこともよく知っているつもりだ。この国ではキミのような、その……、浮浪児は珍しくない。苦労しているのだろう? それともIDリングを持っているのかな?」

 そう言うとアキンは左腕の袖を少し上げ、奇妙に光が波打つリングを見せる。ショウはごまかしようがない。首を横にふるしかない。


「私と一緒にノスコ国にこないかい? キミのような妖精に懐かれている青年をほうってはおけない。後ろの妖精さんもついてきてくれると嬉しいのだが」

 アキンは警戒をとこうとしてか少しおどけた様子も見せながら話を続け、ショウが情報を咀嚼する様子を見せると言葉を止める。そして最後にその目をひときわ真剣にさせてショウに告げた。


「このあたりはね、そろそろ危ないのだよ。明日から戦争が始まる」

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