在りし日々
オフェンを先頭にショウとモール、ディフェンと続き、3人と1妖精はオーア大陸のフルトー王国を北上する。大怪獣トライオンとの一戦のあとも、狩りをしての移動は変わらなかった。ただ1つ変化したのはディフェンがアタッカーを務め、オフェンがサポートにまわることが多くなったこと。ディフェンのリハビリに重きをおくようになったからなのだが、ショウからはオフェンの弟使いの荒さが増したようにしか見えなかった。
……
「あれ、前から気になっていたのですが、何だか分かります?」
激しい通り雨に見舞われ。
オフェンとディフェンは苦にしないのだが、ショウのためにパッカランを止めて雨宿りをする一行。モールが魔法で空気の傘をつくり雨を防ぐ。ショウがそれを真似して成功させるが、同じくトライしたオフェンはまったく形にならない。そうして雨も上がり始めたころに、西の山々を指さしてショウが言った。
西にはタキュ帝国の山々から連なる山脈があった。ショウたちはその山脈を東に外れ、平野部を進んでいる。それはタキュ帝国にいたころからたまに見えていて高い山だと思っていたのだが、どうにも様子がおかしい。稜線が途切れていて、この地からだと浮いているようにすら見えるのだ。
「あれは天空島。移動するから地図には載っていないよ。あそこにも古代人がいると言われているけど、リングでの連絡は取れていない」
大したこともなさげに、淡々と答えるディフェン。
「えっとそれは……」
ショウが馬鹿げた質問をためらっていると。
「空飛ぶ島よ。天空島、海底都市、地下大空洞、いつか行ってみたいものね」
今度はオフェンが察して解説する。運営が公式告知している将来の追加コンテンツ。オフェンとディフェンは天空島には訪れることになるのだが、それは300年後。そのときにはもう、ショウはこの惑星にはいない。
「こっちには虹が出ているよ」
モールが東の空に指を差す。雨はすっかり上がった。一行は旅を再開する。
……
「よし、行けるっ!」
月の裏。
ディフェンは手すりから手を放し、歩みを進める。補助脚を装着しているが、作動はしていない。バランスを崩した際には、この補助脚が転倒を防いでくれる。
ディフェンは久々に自分の両の足で歩ける嬉しさをかみしめていると、姉が声をかけてこないことに気づいた。
「残念だけど『FWO』もそろそろ終わりだよ」
振り返り、ディフェンのほうから声をかける。
「何バカなこと言ってるのよ。でもショウをしっかり送り届けないとね」
今日は仕事を止め、医療センターに付き添いに来ていたオフェンがやっと口を開く。
「ああ、もちろんさ。それと……ありがとう」
瞳の潤む姉に感謝を示して。ディフェンはしばらく歩き続けた。
……
古国イータの首都アンコッコ市は港湾都市である。3人と1妖精はノスラムパ市から北900キロメートルに位置するこの大都市に、途中国境を越え、一週間かけて到着した。パッカランでの移動としてはスローペースで、連日午後から移動していることと狩りをしていることがその原因である。アンコッコ市にはアキン国際商会の支店があり、シンガルに向けてはやや遠回りとなるのだが経由していた。
「お久しぶりです、ショウさん。その……ずいぶんたくましくなりましたね」
この日は終日用件があるというオフェン、ディフェンとは別行動。ショウが1人で支店に出向くと、ノスコ国の旅ではアキンの護衛をしていたリザド種の女子、火の魔法を得意とするヤンが出迎えてくれた。
「こちらこそ、お久しぶりです。ヤンさんもどこか雰囲気が変わりましたね」
応じるショウ。外見は変わっていないのに、受ける雰囲気は明らかに異なる。何が異なるのかはうまく言葉にできなかったのだが。
「まとっている魔素の量が増えているんだよ。ずいぶん頑張ったね」
アンコッコ市に入って姿を消していたモールが突然現れ、その違いを説明する。
「本当ですか、モール師匠! 嬉しいです」
ヤンの心から嬉しそうな大声にまわりの職員が思わず顔を覗かせ、またそれぞれの仕事に戻っていった。応接室が埋まっており、ショウとヤンは職員用の休憩コーナーで歓談していた。魔法の訓練を通して、2人と1妖精はすっかり打ち解けている。ヤンの当初の剣呑な態度は嘘のよう。聞けばあの時は妖精が怖かったとのこと。話をしてみればまだまだ駆け出しの社会人20代前半、ショウとそれほど歳は変わらなかった。
なおアキンとバスは不在。三人らは航路で大陸沿岸沿いに北上しているのだが、前の都市での商談が長引き、ヤンだけ先行してアンコッコ市に来ていた。このあとも沿岸の都市に寄港しながらシンガルまで北上する予定とのことだが、今度はショウたちのほうが遅れて到着する可能性が高い。
ショウの大陸での冒険譚にヤンはとても興味を示していたが、彼女は勤務中。アスタリウムの延べ棒を授受し、その御礼としてのモールによるヤンの魔法個人指導を終えると、ショウは「またシンガルで」と支店をおいとました。
……
アンコッコ市から北は半島である。半島とは言っても幅は100から300キロメートルはある巨大なもので、その道のりで1500キロメートル先の先端に、国家都市であり古代人大拠点が存在するシンガルがあった。
「どうしてこの湿原を迂回するんですか? 街道もあるのに」
半島に入ってからたびたび、古代人姉弟はショウからすると不可解な迂回路を選択するようになった。特に猪突猛進なオフェンにしては、らしくない。
「古代人にだって苦手なものはあるのよ。この辺りの蚊は、私達に重病を引き起こすの」
誰が猪突猛進よと、オフェンが返す。惑星ファンランにも地球の蚊と近しい生態の虫がいた。そしてこの半島の蚊、イータ蚊はボディの皮膚下まで針を刺すことができ、その唾液は視神経機構に侵食してボディの動きを麻痺させることがあった。ファー銀河連邦の技術力をもってすれば対処可能なのであるが、コストが問題であった。
このように「可能だが費用がかかる」ことは、銀河連邦といえどいくらでもある。
例えば反重力装置。ショウが唖然とした天空島は数キロメートル四方の島を浮かせているが、これくらいのサイズであれば装置を小型化する必要がないので相対的にローコストで実現できる。逆に人1人を数十センチ程度の小型装置で浮かすとなると莫大なコストがかかり、軍の極一部の特殊部隊でようやく採用できるかどうかという価格になる。
同様に物質転送装置。宇宙航行の次元跳躍と同系統の理論により実用化されてはいるが、特に重力下での転送には一段と大掛かりな装置が必要となる。惑星ファンランではコストを抑えたことによって数キロメートル四方と巨大なサイズになっている装置が、6基設置されている。
「回復魔法でも治せないんですか。古代人も不可解なことが多いですね」
蚊により病気に感染するのは原生人も同じなのだが、ショウの場合は魔法で治療することができる。
「不可解なのはあんたのほうよ。回復系の魔法を使える原生人なんて、聞いたことがないわ」
最近可愛げが無いとオフェンは突っ込み返す。ショウの笑顔が増えたのは良いのだけれど。それは嬉しくて、切なかった。
……
「ええだけども、おめさみたいなおっきなむすめっこさがのせてくれいうんは、めずらしかんど」
ショウは何を言っているのかは分からなかったが、グリン種のお爺さんが呆れていることだけは分かった。そもそも日本語と異なる言葉を理解できているのが不思議なのだ、少し分からない言葉に遭遇してもそれがなんだと思考停止。ディフェンに聞いてみると、ショウと同じようになんとなく分かる程度であるとのことだった。ディフェンのほうは、よくある地方文明語だと受け取っている。
シンガルまで残り500キロメートルの田舎道。地面を揺るがす巨体を見つけ、オフェンがパッカランを急き立てた。体長は5メートルとこれもトライオンより大きかったが、それより高さのほうは4メートルを越え、全体としてはトライオンより遥かに大きい。体重は6トンを超えていた。対して気性はきわめて穏やか。
「パオンよ。大きいでしょう!」
遅れてきたショウとディフェンに大声で説明し、パオンの足にくくりつけたロープを引っ張っていたお爺さんに、何やら交渉を始めた。その返事が先の訛り言葉だ。
「ありがとう。お願いします」
オフェンがお礼をすると、グリン種の爺はパオンに何やら合図を送り。パオンはその特徴である長い尻尾をオフェンに巻きつけ持ち上げるや、器用に自分の背にそっとおろした。
「似合ってますよ、オフェンさんー」
「何やってんだ姉貴、恥ずかしい」
口うるさい男どもが声を上げると、「あんたらも乗るのよ」と応えが返ってきた。
「モール、悪いけどこれで撮ってくれる?」
右にショウ、左にディフェンを座らせたオフェンが、リングを外してモールに渡そうとすると。
「えー、僕も映るよ」
モールがふくれて答える。魔法でパオンの周囲にリングを飛ばし、四方から連続映像を記録する。古代の遺物という設定ゆえにリングからは機能がオミットされていたが、モールの中の翔一は立体映像を起こすのに必要十分な情報を記録してあげる。
このパオンに乗る3人と1妖精の立体記念データは、オフェンの一生の宝物となった。
……
熱帯特有のうっそうと生い茂った植物に囲まれた坂を上り詰めると。
「見えたわ。あの雑然とした街並みがシンガル。そして北西の奥に見えるのが……」
先頭を行くオフェンが振り返って、なぜだか得意げに案内をするが――
「奥に見えるのが、どうしたんですか?」
突然言葉を止めたオフェンに、ショウは続きをうながす。
にこやかだったオフェンの表情が一瞬凍りついたように見えたが、どう見たって北西にあるのは古代人の大拠点だろう。ショウが見てきた今までの拠点より、遥かに大きい。大海に面していて長い橋があり、その先にはいかにも人工の島らしきものが見える。なるほど、原生人が初めて目にすれば驚くのかもしれない。
(エイチ ワイ エイチ ツウシン トゼツ。エーアイ オート パイロット ニ キンキュウ イコウ)
古代人姉弟のリングの色が揺らいでいるが、ショウは気づかない。
モールが目をぎゅっとつむっているのだが、ショウは気づかない。
白い空間ではローリーが翔一に寄り添い、手を握りしめていた。
「失礼しました。北西に見えるのが私達古代人の誇る大拠点と、人工島デラフロトでしてよ。ショウさん、長い旅でしたがあと一息です。さあ、参りましょう」
オフェンがこれまで時折見せていた丁寧な口調になり、ショウはまた始まったとディフェンの表情をうかがう。
だが。
「どうしたんだい、ショウ。さあ、僕たちも行こう」
ショウの予想に反して、ディフェンは何事も無いようにパッカランを進めた。
もう。
ディフェンの焦る姿は見られないのだ。
「あー、スルーしましたね」
ショウはパッカランの腹を締め、手綱を譲る。
なぜかモールが左肩に止まり、ショウの頭にしがみついた。
……
ショウと異種姉弟オフェンとディフェンとの旅は、このようにして終わりを迎える。
翔一は断腸の思いで、その幕切れに干渉することを思いとどまった。




